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この物語を終わらせるため

「国境線に軍備を配置しましょう」

「え!」


 全員、同時に声を上げた。なかなかのシンクロ率だ。チームワークいいな、おまえら。


「そんなことしたら、王国が攻め込む格好の口実になるじゃん!」


 セバスも酔いが覚めたようである。良い傾向だ。


「攻め込ませればいいじゃない」

「良くないよ!」

「なんで?」

「当たり前だろ! 相手は王国だよ? 向こうの方が戦力全然上じゃん! ずっと住んでたからわかるだろ? 王国、強いゼェー」

「強いと言っても基本は白兵戦でしょ? ミサイル持ってるわけじゃないんだから」

「ミサイル? 何、それ?」

「あぁ、大丈夫。気にしなくていいから。それよりも彼我戦力の差ね。小林くん、王国の兵隊数はどれくらいだった?」

「ざっと二万といったところです」

「なるほど」

「ウチは……、この間一万人突破したとかいって記念のお祭りみたいのやってたよな……?」


 セバスが言った。


「それだけいれば十分十分」

「何寝ぼけたこと言っちゃってンだよオ! 向こう、こっちの倍もいるじゃん! 無理だよォ。やめようよォ。刺激しない方がいいよォ」


 セバスが情けない声を上げた。そしてビールを飲んだ。王国の。おまえもう、向こう帰れよ。


「攻撃三倍の法則ってのがあるの。攻める方は守る方の三倍いないと勝てないっていう考え方なんだけど」

「じゃあ、相手はあと一万人増員しないと勝てないわけね」


 キャサリンが言った。


「その通り。しかも、こっちは地理的な条件でも有利なの」

「どういうこと?」


 セバスは酔いで頭が回っていない。もう寝ろ。


「我が国は前は海が広がっていて、後ろは山脈で囲まれている。自然の要塞になってる、ってわけ。だから攻め込むのは難しいの」

「海から回って来られたら?」


 キャサリンが聞く。


「王国は基本、陸の国なの。海軍はどんな感じだった、小林くん?」

「陸軍に比べて、圧倒的に予算はない感じでした。飾り、といった印象は否めないですね」

「ほらね。だから、海からの侵略はまず考えられないし、来たとしてもこっちは海の国で、海軍は充実してるから、海での戦いになったらこっちに分があるわ」

「なるほど……。ってことはつまり……」


 セバスの、酔いの回った頭でも理解できるくらい簡単な話だ。


「守りに徹すれば負けはしないってこと!」

「でも、負けはしないけど……、勝てもしないってことよね?」


 キャサリンが、当然の帰結を問うてきた。


「そう」

「そう、って! じゃあ、勝てもしない戦いを延々と続けるっつーの?」


 セバスがまたクレームをつけてきた。


「長期化させればそれでいいの」

「ひどいじゃない!」


 これはキャサリンだ。


「兵隊さんに、ずっと戦い続けろ、ってこと?」

「ずっとじゃないわ。長引けば向こうだって疲弊してくるはず。そのタイミングを見計らって停戦交渉に持ち込むの」

「……どれくらいになるの?」

「それはこれから、小林くんが調べてくれたデータで試算するけど、そんなに長引かせるつもりはないわ。こっちだって、いつまでも兵糧がもつわけじゃないからね」

「なるほど……。大体話はわかったけど、」


 セバスが本当にわかったのかどうかわからない呂律の回らない口で訪ねた。


「なんで……戦わなくちゃいけないんだい?」

「この物語を終わらせるため」




 揺れない船の上で目が覚めた、と思いきや、どうやらまだ夢の中である。洋上に出ている船なのにまるで揺れていないというのは、さすがにおかしい。どれだけ凪いでいようとも、少しは揺れるだろう。


 船は怪獣退治の時のあの漁船である。何処へか進んでいるようだ。操舵室を見るが誰もいない。どことなく薄ぼんやりと霧がかかっている。それでも水平線の遠くまで見渡せる。


 この感じはいつも玖梨子に叩き起こされる時のあの感じだ。と思ったら、舳先に玖梨子がいた。こちらに背中を向け、船の進行方向を見つめている。仁王立ちである。


「よう」

「なんだ。あんたの方から来るなんて、珍しいじゃない」

「なんだとはなんだ。別に来たくて来たわけじゃない。いつの間にやら来ていたんだ」

「そういう時は嘘でいいから、来たくて来た、っていいなさいよ。だからモテないんだよ」

「モ……! フン。オレがモテないところを確認したことがあるのか? 当てずっぽうな推測で精神的優位に立とうと思っても、オレには無駄だぞ」

「何言ってんの?あんた。そんなの確認しなくても、あんたがモテないのなんて、一発でわかるよ。見てくれ良いから女寄ってくるとは思うけど、どーせ二回目のデートに進めたことなんてないんでしょ?」

「……」

「ごめん。言い過ぎた。……モテる人にはモテると思うよ。マニアっているからね」

「……帰るにはどうしたらいい?」

「あの……、せっかく来たんだから、もうちょっとゆっくりしていったら? お茶、あったかな……?」


 玖梨子はそそくさと船内に入り、水筒とカップを持って戻ってきた。オレにカップを渡し、紅茶を注ぐ。自分の分は水筒の蓋に入れ、水筒は甲板に置いた。紅茶を一口飲む。割とうまかった。ちょっと持ち直した。


「なんか話したいこと、あるんじゃないの?」


 玖梨子が話を振ってきた。


「いや、特には……」

「本当に?」

「いや、本当に……。あぁ、そういえば、明日、王国が攻めてくる」

「みたいね」

「知ってたか」

「やりすぎじゃない?」

「攻めてくるのは向こうだぞ」

「攻めてこさせるようにしたのはあなたでしょ。……何がしたいの?」

「この物語を終わらせるため、オレが納得するため」

「それはわかるけど、やりすぎだと思う。……これからどういうことになるか、わかってるの?」

「あぁ」

「わかっていないと思う」

「わかってる」

「わかってたら、やらないと思う」

「わかってる、って言ってるだろ!」

「あなたに返ってくるんだよ? 敵も味方も、全部あなたに返ってくるんだよ? そうなったら、多分あなた、元のあなたには戻れないと思う」

「オレは、元の世界に戻る」

「そういうことを言ってるんじゃないの。ここでの経験がゼロになるとでも思ってるの?」

 言われてみれば、それも寂しい話だな、と思った。でも、

「……ゼロになってしまうんだ」

「絶対にゼロになんてならないと思う」

「いいんだ。大丈夫なんだ。……オレは、この世界の理から外れた人間になるんだから」

「……元々そうなんじゃないの? あんた、よそから来たんでしょ?」

「そういうこととも、違うんだ」

「よくわかんないけど、……あんまり見くびらない方がいいと思う。取り返しがつかないことになるよ」


 オレは、紅茶を流しこんだ。まだちょっと熱かったが、我慢した。


「オレ、もう行くから」

「……行き方、わかってるの?」

「大体わかる」


 オレは、カップを玖梨子に渡し、紅茶の礼を言い、踵を返して、立ち込める霧の中、船の甲板を歩いた。歩くその一足ごとに、霧が濃くなっていった。そして、気づいたら、ベッドの中で目が覚めていた。なんだか寝た気がしなかった。


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