共和国脅威論
「こちらからも聞きたいことはあるが、先ずは質問に答えよう。オレが誰か?ということだな?」
「オレ……?」
トニーはそう呟き、こちらを振り返ったが、すぐに前方へ視線を戻した。
「オレはここではない、違う世界から来た人間だ」
トニーは再びこちらを振り返った。今度はオレの顔を凝視したが、またすぐに前方へ視線を戻した。トニーの顔は驚きながらも半信半疑といったところだった。
オレはこの世界に来た経緯をかいつまんで話した。
「俄かには信じられませんが……。状況から察するに、信憑性はあります……」
「信じる信じないは任せよう。じゃ、オレの番だ。聞きたいことがある。先ずはオレの妹の居場所を知らないか? ジョーカーであるおまえならわかってるんじゃないのか?」
「いや、それはわかりません。確かに僕は全元様より役柄から逸脱した行動を取った者に罰を与えるよう、言いつけられています。魔法使いでもあります。でも、だからと言って、この世界の全てを把握しているわけではありません。確かに僕は他の人物に比べてイレギュラーな存在ではあります。でも、このマンガ世界を形作る一人物でしかないんです」
「使えねーな」
「えー……。そんなこと言われても……」
「しかし、オレに飲ませたあのヘドラドリンクを作ったのはおまえじゃないのか?」
「ヘドラ……? あぁ、記憶回復液ですね。いえ、あれは純粋に失ってしまった記憶を回復するためのもので、この世の理のようなものがわかる類のものではありません」
「そんなことはない。オレはあの時、確かにこの世界について把握した」
「んー、おかしいですね。自分でも飲んでみたんですけど、」
「あれ飲んだのか、おまえ! すごいな……」
「あれ結構便利なんですよ。ド忘れしたものを思い出したい時とか。確かに不味いけど、何度か飲んでると慣れちゃいますよ」
絶対に慣れない自信がある。
「でも、そんな大それた効果は、今までなかったなぁ……」
なるほど……。ひょっとしたら、あのカメラアプリを通して、こうやって違う世界に来たオレだから現れた効果なのかもしれない。もちろん仮説に過ぎないが。
「あれ、もう一杯作れるか?」
「いいですけど、今度は吐かないでくださいよ。あれ作るの、結構めんどくさいんですから」
「わかった。努力しよう」
あれさえ飲めば、全ての問題は解決したも同然だろう。帰ったら早速準備させよう。しかし、またオレはアレを飲まなければいけないのか……。いや、飲むけど。
話している間に、港は大きく見えるようになっていた。集まった群衆の様子もよくわかる。どうやら暴動ではないようだ。
皆の顔、その表情が細かく見えてくると、そのほとんどが笑顔であることがわかった。拍手をしている者も多い。窓越しに歓声も聞こえてきた。舳先の怪物を指さしている者もいれば、驚きの表情を隠せない者もいる。
「ちょっと、出てくる」
「はい」
オレが甲板へ姿を現すと、港中から大歓声が起こった。オレは舳先の怪物の元へ歩み寄り、拳を空へ突き上げた。
「オーッ!」
オレがそう叫ぶと、歓声が一段と大きくなる。更にもう一回、もう一回と拳を突き上げ、雄叫びを上げる。それに合わせて、群衆はオレと同じように拳を突き上げ、声を上げた。
「オーッ! オーッ! オーッ!」
この港が、この国が、オレのものとなった。
「はい、これは瀬場さんに」
「おー! ありがとちゃあーん。懐かしいなァ。王立のビール。今思うとこれマズかったよなぁ」
「じゃあ、もらわなくていいよ。返しなよ。小林クン、苦笑いだよ」
「いやア、まずいものの美味さって、あるんだよ。響華ちゃんにはわっかんねーかなー」
「その呼び方、やめてよ。なんか、ハラ立つから」
蕎麦屋のカレーライスみたいなものかな、と思ったが黙っておいた。
「笠井さんにはワインです。どうぞ」
「あらぁ。ありがと。嬉しいわぁ。でもホント、王立の懐かしいわねぇ……。大事に飲ませてもらうからね」
笠井さんはそう言うと、小林青年に向かってウインクした。それこそ苦笑いであった。
「まぁでも、確かに王国の方は品数が少なくて、お土産選ぶの苦労しました。結局、王立のものしかなくて……。でも、みなさんには懐かしいかな、って思って、買ってきちゃいました」
小林青年には王国に取材に行ってもらった。タコ怪獣退治から半年ほど。我が共和国はオレというカリスマ指導者を得て、治安も回復し、それがまた呼び水ともなり、更に人口を増やした。もちろん、その多くの者は王国から流れてきた。
そこで気になるのは王国の動向である。果たして王国側はこの動きをどう見ているのか? この閉ざされた海辺の都市では、いかんせん広い王国の情勢を知るのは難しい。というわけで、小林青年に取材という名目で探ってきてもらったというわけだ。
通常、王国に入るには許可がいる。しかも入国審査は厳しい。しかし、ジャーナリズムだとその壁は少しばかり低くなる。
王国を広く紹介したい、ということならば、人口流出が問題となっている王国にとっては無視したくはないだろう。その狙いは当たり、小林青年は「山脈越え」を果たした。そして、ひと月ほど王国に滞在し、国中を旅した。
さて、一通りお土産を渡し終わったので、小林青年にねぎらいの声をかけねばならん。オレは小林青年に近づき、両手を取ってギュッと握った。
「小林くん、長旅ご苦労様。無事に帰ってきて、ホンットに良かった! 心配してたんだからね……。それから、ホントにありがとう。あなたしか頼れる人いなかったから、無理を押し付けちゃって……。本当にごめんなさい!」
その時、「プッ」と吹き出す奴がいた。トニーである。
「どした?」
不審に思ったであろうサッチャーが聞いた。
「いや、別に……」
慌ててビールを口に含み、トニーはごまかした。なんだよ。おかしいかよ。仕方ないだろ。素の玖梨子っぽく応対しなきゃいけないんだから。大体こんなもんだろ?
それまではオレの正体を知ってる奴がいなかったのでやりにくさを感じたことはなかったが、今、トニーはオレという中身を知っている。なんか、ちょっと、恥ずかしくなってきた。
「いえ……、いえ! そんなことないです!」
突然、小林青年がオレに向かって言った。どした?
「無理なんて……全然! 僕、クリスティーヌ様のためなら、なんでもやります! 僕にできることがあったら、これからも何でも言ってください!」
「あ、あぁ……そう。嬉しいわ……。これからも、よろしくね!」
「はい!」
心なしか、小林青年の耳が赤い。青年、まさかおまえ……。その心意気は嬉しいし、便利だが、しかし当面もうおまえに用はない。まぁ、機会があったらまた使ってやるか……。
「ところで早速だけど小林くん。王国の方はどうだった?」
「はい。やはり共和国脅威論が持ち上がっていました。人口の流出がその主な理由で、それに伴う共和国の経済発展もそうです。調べたら、今やどの王国の都市よりも共和国は富裕な都市となっていました。今すぐにでも軍を投入したいというのが本音でしょう」
「えー、ヤダ、怖い」
キャサリンが声を上げた。
「でも、向こうは『正義』の国ですからね。攻め込みたくても、それをやってしまったら『悪』となってしまいます。やりたくてもできない。ジレンマを抱えているのが現状です」
「なるほど……。予想通りというわけね。ありがとう。確認ができて良かった」
「いえ、そんな……」
小林青年は赤くなってうつむいた。
「どうするんですぅ? 隊長ぉ」
セバスが言った。もう酔っ払ってやがる。隊長ってなんだよ? まぁよい。




