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やはりジョーカーはおまえだったか

「えー! えー! ちょっとオー! キモいんですけどおー!」


 そんな泣き叫ぶオレに構わず、触手はオレが磔にされている木材を根元から折ってしまった。そして、怪物の口はいよいよ大きく開き、オレを抱え上げた触手はその口にゆっくりと近づいていく。


「待てエー! ちょー! たーすけテー!」


 奴の口が、その臭いがきつく鼻を突くところまで迫ってきた。気絶しそうなほどひどい臭いだ。


「げろげろげろげろげろげろげろおえーぴちゃーん」


 吐いてしまった。もう、奴の口のレンジに入っている。奴はオレのゲロを飲み込んだであろう。実に汚い。


 近くで見ると、牙の一本一本がデカい。どれくらいあるだろう? 一・五リットルのペットボトルよりも更にデカいか。しかも、かなり鋭い。


 やばい。気絶しそうである。そして、奴の口がオレを噛み砕こうと、それまでよりも一層開いた。その時であった。


「おにゃあああああ……!」


 オレの体を電撃が貫いた。と同時に、怪物の体をも貫いた。というより、怪物に落とされた電撃のあおりをオレも喰らった、というべきだろう。それが証拠にいつもほどの衝撃はない。とはいえ、それでも全身痺れている。


 しかし痺れていながらも、オレの体を戒めていた触手から力が抜けていくのが感じられた。オレはそのまま船の甲板に落とされた。まだ磔にされたままだから、受け身を取ることもできなかった。モロに甲板に落下したので、全身がめちゃ痛い。


 しかし、落下した衝撃からか、触手で縄もろとも絞めつけられていたからか、オレを戒めていた縄が解けた。長時間縛られていたので、しばらくは痺れで動けなかったが、手や足をジタバタ動かしているうちにそれも収まり、ようよう立ち上がった。


 見ると怪物は力なく甲板に横たわっている。どうやら事切れているらしい。一先ずは安心しても良さそうだ。


 背後に気配がした。誰もいないはずの船の上。振り向くと、アームストロングがいた。


「やはりジョーカーはおまえだったか」


 アームストロングに組み伏せられているトニーを見下ろす。


「メインキャラである私を死なせるわけにはいかないもんな」

「クッソ……!」

「でかした。アームストロング」

「どーいたしましてェ」


 アームストロングは、会心の笑みを見せ、頷いた。


「登場人物の行動を監視し、役に沿わない行動を取ったら電撃を喰らわせる。そのためには常にできるだけ多くの人物の側にいなくてはならない。そしてそれは、気付かれずに遂行されねばならない。おまえの忍者の如き存在感を消す存在感のなさがあって初めてできる芸当だ。それに、あの呪術ドリンクを作ったのも、確かおまえだったな。魔法使いはおまえだったか」

「気付いてたのか……!」

「さて、いろいろ教えてもらお……」

「電気ビリビリぃー!」

「ぐわああああ!」

「きゃああああ!」


 トニーが叫んだ瞬間、オレの全身を電撃が駆け抜けた。アームストロングも喰らったらしい。倒れたまま動かない。失神しているようだ。トニーはその隙に甲板を駆けた。その先は大海原だ。自害する気か。


 オレは痺れる全身に鞭を打つ思いで体を動かし、トニーに飛びついた。痺れがあるため、どうしても跳躍力はいつもより劣るが、どうにかトニーの足首を捕まえ、倒した。その勢いで、もう片方のトニーの足が思い切りオレの顔面を蹴った。


「痛ッて!」

「僕の電撃を喰らって、まだ動けるのか……!」

「どうやら何度も喰らってるうちに耐性ができたみたいでね。悪いが、おまえに死んでもらうわけにはいかないんだよ」

「僕を利用するつもりか?」

「それだけじゃねぇ……」

「何?」

「一応、今さっき、命救ってもらったからな……。良くも悪くも、借りは返せって……、母さんに言われてるもんでね……」


 そこでオレの記憶は途切れた。やはり電撃の耐性なんぞ、できちゃあいなかったようだ。




 心地良い揺れと、堅い床の寝心地の悪さ、そして閉じた瞼の向こう側にも容赦なく照りつける陽光で目を覚ました。


 明るさに慣れるまで、しばらく目を開けられなかった。ようやく光に慣れ、半身を起こすと、そこは船の甲板であった。目の前には怪物の亡骸が横たわっている。


「おぅッ! びっくりしたぁ……」


 朝一で見るものとして、これ以上最悪なものはない。しかも、見た目にも悪いだけでなく、非常に臭い。


 立ち上がって改めて見てみる。昨日は夜闇の中だったのでそれほど細部はわからなかったが、こうして太陽の下に晒されると、なんだか随分とのっぺりとした印象だ。昨夜はあれだけ怖かった牙も、不思議とあの時のような迫力は感じない。


 しかし薄緑色の体色といい(こんな色してたのか)、軟体動物特有の、見てるだけで張り付いてくるような粘着感が、渇きつつある光沢とともに迫って来る。気持ちの良いはずの朝の日の光が、かえって裏目に作用してしまっている。


 目を逸らして眺めを変える。空には白い雲がところどころぽっかりと浮かび、凪いだ海はどこまでも穏やかだ。船はその景色の中に浮かぶように、ゆっくりと航行している。入り江に入ってから随分経っていたようだ。遠くに港が見えてきている。


 結局、トニーの自害は止められなかったか。しかし奴は魔法使いである。海に飛び込んだとて、何か策はあったのかもしれない。いや、そう考えた方が自然か。


 だとしたら、かえって厄介かもしれない。そのまま全元の元に帰り、正体がバレたと報告されたら何らかの手は打ってくるだろう。まあよい。だとしたら、こちらもそれに対する策を練るまでだ。


 しかし臭い。それにしてもこの怪獣はひどい臭いだ。場所を変えようと振り返ると、アームストロングが大の字に伸びていた。


 え? ちょっと待て。ということは、この船は今誰が運転しているのだ?




「しくじってしまいました」


 操舵室に入ると、先に口を開いたのはトニーだった。


 こっちを見もしない。不敬である。運転しているから仕方がないのだが。


「何を? 見事な怪獣退治だったではないか」

「そっちじゃないです。むしろそっちは失態ですよ。わかるでしょ? ひどいなあ。しくじった、ってのは正体がバレたことですよ」

「黙っていればよいだけの話だ。アームストロングには黙らせておく。ああいう奴は、案外口が堅い」


 そのアームストロングはその巨体を甲板に横たえたままだ。やはり電撃の衝撃は凄まじいものがある。どうやら本当にオレには耐性が少しばかりはできていたのかもしれない。


「……見逃してくれるわけではないのでしょう?」


 トニーは話を戻したが、オレはそれには答えず、質問で返してやった。


「主人を変えるわけにはいかないか?」


 トニーは振り返ったが、すぐに前方へと視線を戻した。


「宜しいので?」

「乗り気か?」


 トニーはしばらく黙ったままだった。港がだいぶ近づいてきた。人が大勢集まっている。集まっているなんてもんじゃない。群衆である。なんだどうした、暴動か? オレがいない間に何があった?


「その前に、確認したいことがあります」

「え? おお……。何だ? 言ってみろ」

「あなたは一体何者ですか?」

「……というと?」

「今更とぼけないでください。こんなにも自分の役柄から逸脱する登場人物、見たことありませんよ。勘弁してくださいよ、電撃出すのも結構大変なんですから」


 そう言ってトニーは笑った。


「それに、王子と瑠璃ちゃんの結婚に異議申し立てたばかりか、王国に対して独立宣言までする。どう考えても今度のクリスティーヌ様は僕が見てきたクリスティーヌ様の行動じゃない。でも、見た目はどう見てもクリスティーヌ様だ」


 そこで一旦言葉を切り、そして探るように聞いた。


「……あなた、一体誰なんです?」


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