カリスマ
「え……?」
玖梨子は半信半疑、といった表情を浮かべた。なんとなく理解はしたけど、したくない、といった感じか。
「よその世界からこのマンガの中に入ると、誰か登場人物の体を借りて存在することになるらしい。それは、今の状況が雄弁に物語っている。だから、オレの妹も誰かの中に入ってると仮定して、最近様子の変わった奴を探していたんだ。まぁ、その話は前にもしたと思うけど……」
「うん……」
「でもなかなか、それっぽい奴がいなくて正直ちょっと焦ってたんだけど、舞踏会の時にようやくわかったんだ」
「それが、ルリルリだったってわけ?」
「そう」
「なんでわかったの?」
「食い方だ」
「食べ方?」
軽く言い直されてしまった。こういうところはさすが令嬢である。育ちが良い。
「そう、舞踏会の時に料理が振る舞われたんだけど、その中にボロネーゼがあって、その食べ方がオレの妹にそっくりだったんだ。食事は人間の生存には不可欠だからな。そこには癖が強く出やすい。ような気がする」
「でも……、たまたま食べ方が似てた、っていうことも考えられなくない?」
「まぁな。でも瑠璃の食べ方を見てオレの妹かも、と思った時に気づいたんだ。そういえば、瑠璃はオレがこの世界に来てから二時会に出なくなった」
玖梨子の動きがわかりやすく止まった。
「それは、よその世界から来た人間はこの世界の登場人物の体を借りる、ということを妹が知っていたから、普段とは違うクリスティーヌに警戒心を抱いたから、じゃないかな? どう思う?」
「え、えーっと……。そういう考えもあるけど、単純に体調が悪いってこともあるかも……」
「それにしちゃ、あまりにタイミングが良すぎないか? 俺が来た前日までは出てたんだろ? みんな言ってたぜ」
「うーん……」
「それに、食べ方の問題もある。二つも疑わしいポイントがあるんだ。偶然で二つも重ならないと思うぜ」
「そう……かな? そう……かも?」
オレはしばし玖梨子を目を細めて見つめた。玖梨子はすっとぼけようとしたようだが、オレの執拗な視線攻撃に、遂にクリンチ気味にこう言った。
「な、なによ……」
「……おまえ、」
「……」
「気づいてたろ?」
「え? うーん……、いや、気づいてな……。気づいてた。ごめんなさい」
どうやら玖梨子は嘘をつけない人間のようだ。やはり、悪役令嬢は演じているのだろうなぁ。しかも無理矢理。
「大方、瑠璃の中にオレの妹がいると、瑠璃ともども外の世界に連れて行かれると思ったんだろ?」
「う……! ご、ごめん……なさい……」
「でも、もしそうなら、おまえだって、オレと一緒に外の世界に出ることになるんだぞ」
「そう……だけど……」
「だったら、いいじゃねぇか」
「私は……、クリスティーヌとして、ルリルリとして、……一緒になりたいの」
オレは一つ溜め息を吐いた後、言った。
「……気持ち、わからんではない。つーか、わかる。でもさ、まだオレたちが一緒になって、一つの体で外の世界に出ると決まったわけじゃないだろ?」
「……その言い方、やめて」
「……どれ?」
「一つの体、っての……」
「……失敬」
海辺のカフェで、いつもと同じ窓際の席に座る。ただ以前と違い、店内は満席である。そして今日は向かいに小林青年がいる。二つ並んだアイスティーの光が、白いテーブルの上に色のついた光を落としている。もちろん、背後にはいつものようにセバスがスタンバってる。
「あなたのおかげよ。写真もよく写っていた」
「いえ、そんな……」
「あの日の売り上げはどうだったの?」
「おかげさまで、海辺日報史上最高を記録したそうです」
「そう。それは良かったわ。おめでとう」
「クリスティーヌ様のおかげです」
「ヴィラン自由共和国の認知度が早くに上がったのは、紛れもなく小林くんの記事のおかげよ。しかもトップ記事にしてくれるなんて」
「それは編集長のおかげです」
オレは小林青年の顔を立てて微笑んでやった。余程の間抜け編集長でもない限り、国の独立宣言をトップに持ってこない者はいまい。オレに言わせればその編集長とやらは、当たり前のことを当たり前にやっただけの話だ。
「でも正直、最初は独立を嫌がる人たちも多いかと思ったんだけどね」
「元々、この町は中央から離れていて、まぁ冷遇されてましたから……。王国に反感を抱いている人たちも多かったんです」
そこも調べ済みだったが、こうもすんなり独立が受け入れられたのは正直予想外だった。
そこへ、店のおばさんがやって来て、オレたちの前にそれぞれザッハトルテを置いた。オレが注文したもので、当然オレの奢りである。
「頂いてもいいですか?」
と、小林青年が聞く。
「どうぞ」
「これ、初めて食べるんですよね」
と言って、小林青年は早速フォークをつけた。もう待ちきれない、といった感じだ。
「あ、美味しいですね、これ」
小林くんは甘いものに目がないようである。実にうまそうにケーキを食う。しかも、一気に半分ほどを頬張った。見ていて気持ちがいいくらいだ。
その時、後ろから椅子やテーブルがひっくり返される派手な音と、悲鳴、それから怒号、更にはガラスが割れる音まで聞こえてきた。
何か、と思って振り向いた瞬間に、
「食い逃げだー!」
という叫びが聞こえた。目に飛び込んできたのは、無惨にもひっくり返された椅子とテーブル。床には食器の破片。割れた窓ガラスの間からは逃げていく下手人の姿……。
「ああいう輩も増えましたな」
セバスがあきれながら言った。
「通行許可証制度撤廃の功罪だな」
オレが答える。
「それだけじゃないでしょう」
「と言うと?」
「王国で犯罪を犯した者も受け入れたじゃないですか」
「名前の通り、ヴィラン自由共和国だからな。悪役令嬢の国だから当然だ」
「いくらなんでも受け入れすぎですよ。もう少し審査しないと」
「耳が痛いな」
「私は執事長ですからね。お嬢様の失態に苦言を呈するのも仕事です」
「言うようになったねぇ」
「言わせていただきました」
「セバス。今日、歩いて帰っていいよ」
「え!」
「お嬢様命令である。……お、何だ?その目は。文句あるのか? 私は悪役令嬢だぞ」
「……承知……致しました……!」
「でも、確かに、治安は確実に悪くなりましたよね……」
小林青年が、なぜか申し訳なさそうに呟いた。皿は既に空である。
「というわけで、本日の議題は、如何にしてこの私をカリスマにするか、です。それではご意見のある方は挙手で、お願いします」
「何ヨォー、クリちゃんよォー! いつから二時会は会議の場になったのォ?」
セバスは座っている椅子の他にもう一つ椅子を用意し、そこに足を投げ出したままの体勢で抗議した。実に態度が悪い。というのも、カフェから我が屋敷まではなかなか距離があり、久々に長距離を歩いて、足が上がらなくなったんだそうである。運動しろ。
「いいんです。たまにはこういう日もあるんです」
「なあに? そのカリスマって?」
キャサリンが質問する。会議については異論はなさそうである。




