ヴィラン自由共和国
正午。門の解放と同時に、多くの住民が押し寄せた。
とかく娯楽の少ないこの都市に住む人たちにとっては、観光気分でもあるはずだ。もちろん、無料で料理が振舞われる、ということもあるだろう。そうでなくては作った甲斐がないというものだ。
屋敷を訪れた住民たちは、それぞれ思い思いに過ごした。食事を楽しむ者、庭を散歩する者、海を眺める者などなど。いつかの爺さんたちはこんなところでもチェスをしている。ただ今日はケンカの時間が長い。元気なようである。小林青年の姿も見える。彼は薔薇園で写真を撮っている。瑠璃のことをちらりと思う。
小一時間ほど経った頃、集まった皆に屋敷の前の広場へ集まってもらった。セバスを伴い、バルコニーへ出る。すると期せずして拍手が起こった。悪い気分ではない。セバスが聴衆に向かって声をかける。
「皆様、本日はお忙しい中、ようこそ、お集まりくださいました。こんなにも大勢の方にご来訪いただき、クリスティーヌ様をはじめ、屋敷の者一同、心より喜んでおります。今日はどうぞ、ごゆるりと、お楽しみくださいませ」
セバスの「クリスティーヌ」の一言に、そこかしこで「誰?」という声が上がっている。ちょっと恥ずかしい。ここは「佐反玖梨子」で良かったのではないか?セバス。それとも、嫌がらせか?セバス。
「さて、本日お集まりいただきましたのは他でもございません。我が当主、クリスティーヌ様の領主就任のご挨拶の場とさせていただくためでございます。それではこれより、クリスティーヌ様から、領主就任の報告と、挨拶がございます。皆様、どうぞご静聴のほど、よろしくお願い申し上げます。それではクリスティーヌ様、」
セバスに促され、前に進み出た。
「ただ今、ご紹介に預かりました、新領主のクリスティーヌでございます。皆様、どうぞお見知り置きを」
もう、腹を括った。「佐反じゃないの?」という声は、無視だ。
「さて、皆様、早速ですが、私はここに宣言致します」
バルコニーから聴衆を見下ろす。小林青年は……指示通り前方のほぼ中央に陣取っている。カメラもバッチリ構えている。
「我が佐反家の領土は、南十字家王国から独立し、もって、ヴィラン自由共和国となること、そしてその建国を、ここに宣言します!」
オレは右の拳を高々と蒼穹へと突き上げた。
聴衆を見渡す。今ひとつピンと来ていないようだった。仕事熱心な小林青年のシャッター音だけが響いている。振り向くと、セバスの忘我した表情が目に飛び込んできた。
「知らなかったんだけど」
「言ってなかったからね」
「ちょっとオ! 何してくれちゃってんのヨォ、クリちゃあーん!」
言いつつ、セバスはビールを飲み干し、新たに注ぐ。この勢い、酒の力を借りてやがるな。
「ねえ? みんな、知ってたあ?」
「いや、知らなかったよ」
キャサリンがこともなげに答える。
「私も」
サッチャーも同じだ。
「ボクもです……」
これはトニー。
「うーん。知らなかったかなー」
そしてアームストロング。
「ねねね、なんで? なんで、みんなそんな冷静なの?」
「いや、だって……。ねぇ?」
「うん」
キャサリンの問いかけに、サッチャーが頷く。
「独立だよ? 独立宣言しちゃったんだよ、このお嬢さん」
「あっはー。そうだよねぇー」
アームストロングはむしろ楽しそうに笑ってる。その横で、トニーも笑ってはいるが、こちらは困ったような苦笑いだ。
「みんなに言わなかったのは、それは、謝る。……ごめん。ごめんなさい」
というのも、先に言ってたら議論になった可能性があるからな。こっちへ来させさえすれば、なし崩し的に従わせることができるだろうと踏んだからだ。
「物語の終わりは、みんなが納得して、みんなが幸せになって、って話だけど、……私は全然納得できなかった。幸せなんかじゃ、全然ない。このままじゃ終われない。本当に納得できるのは、自分にできることを全てやってからだと思う。たとえそれが、必ず失敗するとわかっていても。指をくわえて見てるだけなんて、私絶対我慢できない。でも、やれること全部やって、万策尽きれば、その時は納得できると思うから。そしたら幸せに……なれるかわからないけど、頑張ってみる。だから、みんな、ごめん。私に万策尽きさせて!」
オレはそう言った後、皆に向かってペッコリと四十五度のお辞儀をした。
「失敗するとわかって……、やるの? 万策尽きるまで……?」
セバスが聞いた。
「うん」
オレがセバスの目を見返してそう答えると、セバスはグラスを持ったまま俯いて、黙ってしまった。しばし沈黙が続いた後、口を開いたのはキャサリンだった。
「クリちゃんは、いつも遠慮してたからね。やっと本気を出したか」
玖梨子、いつも遠慮してたのか。さすがはキリン。いや、マナティか。
「やっぱ変わった」
サッチャーが呟いた。いつもよりは、やや感情が見えたような気がする。それがどんな感情かは微妙ではあるが。
俯いていたセバスが顔を上げた。
「ま、オレは二時会があって酒が飲めれば、王国だろうが……何? ビラビラ帝国?」
「ヴィラン自由共和国」
「だろうが、どこでもいいです」
そう言って、グラスの残りを飲み干した。
「クリちゃんは、悪役令嬢なんだし、王国に対して反旗を翻すっていうの、ボクは全然有りだと思うなぁー」
アームストロングが背中を押してくれた。
「そういうことなら、オレは執事長だ。だから、悪役令嬢様の言うことには従いますよ」
セバスはアームストロングの後を受け、グラスに新たにビールを注ぎながら言った。
「そうね。なんてったって、悪役令嬢だもんね。それで、私はメイド」
キャサリンも乗っかった。
「私もです」
「僕は、執事ですから」
更にサッチャーとトニーも続いてくれた。
じゃあ、後はオレだ。腰に両の手の甲を当て、胸を反らす。
「そうよ。だって私はこの御屋敷のお嬢様。革命の悪役令嬢、クリスティーヌなんだから!」
「ねぇ。ねぇ、ちょっと」
「ん? おおー」
玖梨子に起こされるのは久しぶりである。もちろん、夢の中だ。そういった意味ではまだ睡眠中だ。よくよく考えたら変な状況である。しかも、ここはマンガの中の世界である。更によくよく考えたら恐ろしい状況である。
玖梨子に「夢の中で起こされる」のは舞踏会の日以降、初めてだ。見渡すと、今日はあの海辺のカフェである。外を見ると、毛並みの良い白い犬がゆっくりと道を横切る。これみよがしに美化されている。
「なんだ? 瑠璃と離れ離れになったから、泣いて暮らしてたのか?」
「そー……! そんなこと……! あるわけ……ないでしょ!」
まさかの図星だったので、若干引いた。
「そうか……。だったら、いいんだけど……」
さすがにからかう気も引いた。ここは気を遣うべきところだろう。
「……思い切ったこと、やったね」
「見てたか」
「まあね。でも、私もいいと思う。存分にやって」
偉そうである。さすがは、役柄とはいえ、悪役令嬢だ。
「おう。元より、そのつもりだ」
「みんなも、応援してくれてたもんね」
「んー……。みんなねぇ……」
そう言って、オレはテーブルの上の紅茶に口をつけた。
「何? なんか、気になることでもあるの?」
「この世界に、ジョーカー的な存在はいるか?」




