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ちょっと待ったアーッ!

 ……しかし、何も起こらない。しばし固まったまま身動きが取れなかったが、電撃は来なかった。気づくと、お互い、ひしと抱き合っていた。


 それに気づいて、お互い「フッ」と小さく笑った。瑠璃の顔がすごく近いところにあった。不覚にもドキドキした。でも、離れなきゃ。そしてオレたちは役に戻る。


「次の方」


 その声が、場の気を取り直すように響く。


 瑠璃はオレから手を離した。


「それでは、行って参ります」


 一礼し、最後に目を合わせ、そして背を向け、屏風の向こうに消えていく。


 オレは、瑠璃の目から、背中から、屏風から、目を離せずにいた。


 ややあって、瑠璃が姿を現した。赤いドレスはあの日と同じ。やっぱりオレが選んだドレスよりも似合っていた。感嘆のため息が部屋に満ちる。


 やはり、このドレスは瑠璃のためのドレスだった。そして、あの王子が用意したものですらないのかもしれない。この「世界」が瑠璃のためにしつらえたドレスなのかもしれない。そんな風にも思ってしまった。あまりにも瑠璃に似合いすぎていて、この世界そのもののようにも見えたから。それは多分、瑠璃が『この世界そのもの』だからだろう。


 瑠璃と目が合った。


 すごく似合ってるよ。


 本当はそう言ってやりたかった。でも、言えない。オレは今、悪役令嬢なのだから。


 オレにできることと言えば、憎々しげに瑠璃を見つめ、背を向けることだけだった。


「合格!」


 野暮なセリフが背中から響いた。




 ホールに戻ると、誰が妃になるのか、その話題でもちきりだった。オレはみんなが待ってたテーブルに戻ってオレンジジュースを飲んだ。気を遣ってくれてるのか、みんなオレには声をかけなかった。


 そして、遂にクライマックスが宣言された。


「皆様、プリンセスが決まりました」


 近衛兵みたいな奴が、会場中に響き渡る大きな声で告げた。


 いよいよか。どよめきの後、静まり返る場内。


 皆が固唾を飲んで見守る中、大階段下にスポットライトが当てられ、その中に瑠璃が現れた。


 歓声と拍手がこだまする。赤いドレスは白いライトの中で、より映えた。


「クリちゃんのドレスの方が趣味良いよね」


 ボソッと、オレにだけギリギリ聞こえる音量でサッチャーが呟いた。


「まだ深夜二時じゃないよ」


 オレは一応、たしなめた。


「こんな小さな声、わからないよ」


 瑠璃は大階段の下に、私なんかが場違いです、とでも言うように身を縮めて佇んでいる。その感じがまた、なんというか、逆に主役っぽい。……これもまた演技なのか?


 そして、大階段の上に王子が現れた。割れんばかりの拍手が送られる。


 王子は階段下にいる瑠璃を見つめると、右手を差し出した。瑠璃はそれに応え、ドレスのすそをちょっとつまんで、階段を登る。一歩一歩、確かめるように。最初はおそるおそる。でも、段々と、力強く。


 オレの視線も上がっていく。最後は完全に見上げていた。階上が天上ででもあるかのように。その見上げる先で、階段を登り切った瑠璃は誰もが羨むプリンセスへと変貌していた。


 そして二人は手を取り合う。あの日と同じように王子は瑠璃の背を抱いた。これで大団円。万雷の喝采はいつまでも続く。


「ちょっと待ったアーッ!」


 オレは、間違いなく生まれてきてから一番の大声を張り上げた。ちょっと喉が痛くなった。鳴りやむ喝采。静まり返る中、オレは会場のド真ん中を突っ切り、大階段を駆け上がった。


 ハイヒールを脱ぎ捨て、裾を思い切り掴んで上げた。全力ダッシュだ。パンツが見えても構うもんか。見たい奴は見ればいい。いくらでも見せてやる。


 しかし、半ばまで登ったところで、近衛兵二人に両側から取り押さえられた。


「クリスティーヌ様!」

「おぉ。君か」


 二人がオレを見下ろす。


「この結婚、私は納得できません!」


 王子の顔が強張った。祝福されるとでも思ったのだろうか。一方、瑠璃は戸惑った目でオレを見ている。


「そんなこと言われてもなぁ……。できれば、君にも僕たちを祝福して欲しいのだけど……」

「できません。王子が私ではなく、その小娘と結婚するというのなら、未来永劫、私はその女に憎しみを抱くことでしょう」

「そうか……、わかった。君は……、この人のご主人だったね。仕立て屋で会った。でも君は、この人に対して、常日頃から辛く当たっていたのではないのかい? いわば、我が妃の……敵というわけだ」


 どこで情報を仕入れたのか。まぁ、オレは『悪役令嬢』だから、役どころの素性は知れていたとしても不思議はない。


「王子……!」


 瑠璃が王子の袖を強く掴んだ。


「殺しますか?」


 オレは言った。


「何?」


 王子が気色ばむ。


「どうしても瑠璃が欲しければ、私を殺せばいい!」


 そうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから……。


 物語の終わりの条件は、全ての登場人物が幸せになることだろう。それはつまり、登場人物皆がこの結婚に納得をするということだ。納得できない者がいると、大団円にはならない。王子もそれは知っているだろう。


「なるほど……。それはいいアイデアだ」


 王子はそう言って微笑むと、腰の剣を抜いた。そして階段を下りかけたその時、瑠璃が王子の腕にしがみついた。


「王子! おやめ下さい! その方は……私の主人です……! どうか……」


 瑠璃、それは君の本心か? それとも……演技なのか?


「し、しかし……。このままでは……」


 王子は瑠璃に戸惑いつつも、オレを睨みつけた。


「王子……、もし王子が、このまま私を亡き者にしたら、……その子は悲しむと思います」


 瑠璃が悲しむ。その状態では、全員が幸せとは言えない。エンディングの条件には合わないことになる。王子は今や、完全に怒りの形相に変わっていた。すげえ顔してるぞ、王子様。鏡で見せてやりてぇな。


「今、それがわかりました……。私も見誤っておりました……。この娘が、そこまでやさしい心根の子だったとは……」


 オレがそう言うと、王子の目が探るようなそれに変わった。


「私、改心致しました。この御結婚、私も納得することに致します」


 オレは言った。王子は驚きながらも、安堵した表情でオレを見返した。


「おぉ、それでは……」

「しかし、私の王子への想い。どんなに深いものか、貴方様にはわからないでしょう。海よりも遥かに深く、消えることはありません……」


 再び王子は、探るような目になった。コロッコロ変わるなぁ。なかなかスケール小さいぞ、プリンス。


「ですから私、その想いを断ち切るため、この国を出ようと思います」

「クリスティーヌ様!」

「そうか……」


 王子、あからさまに安堵するの巻。


「ですから王子様、差し出がましいようですが、私に、東の港町をいただけないでしょうか?」

「東の……? 港町か……?」

「はい。あすこの町はここからも遠く、一人王子様の想いを断ち切る場所にはうってつけかと」

「なるほど……」

「そこで、自分を見つめ直し、その暁には、残念ではありますが、貴方への想いを海の泡のように消してご覧にいれます。そしてその時には、再びこの国へと戻り、晴れて御二方を祝福させていただきとうございます」


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