笑ったな
「次の者」
係のおばさんがオレを促した。わかってるわかってる。そう急かすなよ。オレは吐きたい溜め息をこらえて身長計に収まってやった。悪役令嬢っぽく、「私こそあのドレスを着るにふさわしい」という、ツンとした感じを出して。
あーあ。演技は疲れる。サッチャーじゃないけど、ホント、茶番だな。嫌になっちゃうな……。ゴツッという鈍い音がオレの脳天から聞こえた。痛って! おい、係。いくらオレが悪役令嬢だからって、そんな小さな嫌がらせすることないだろう。
と、おばさんを横目で睨んだら、こう言われた。
「合格!」
……え?
驚きのざわめきが、さざ波のように広がっていった。何よりオレ自身が驚き、困惑している。そうか、オレ(クリスティーヌ)と瑠璃は全く同じ身長だったのか。どうりで目線がバッチリ合っていたはずだ(その感じもまた良かった)。
「どうぞ、こちらへ」
さっきとは打って変わった態度で、係のおばさんに導かれる。一応、オレに妃となる可能性が出てきたからだろう。ただ「可能性がある」というだけなので、いかにも「形式的」といった感じではあるが。茶番であることはみんなわかっているのだ。そして、オレが悪役令嬢であることも。全ては見た目である。
おばさんに従い、別室へ行こうとすると、瑠璃の時とは違い、オレは周囲から純度百パーセントの嫉妬、そして憎しみの目を向けられた。さすが、悪役令嬢。玖梨子も、結構辛い人生生きてんだな。
別室へ入ると、瑠璃とその他モブ女子が椅子にかけていた。奥には屏風が立てかけられてある。あの向こうで着替えるのだろう。どうやらここが決勝戦の舞台のようだ。
瑠璃はオレに気づくと、パッと顔が輝いた。そして瑠璃は椅子から立ち上がり、オレの元へ駆け寄ってきた。
「お嬢様! やっぱりお嬢様もこちらへいらしたのですね。王子様のお妃様となられる方はお嬢様しかいないと、私、信じておりました」
やはりこいつも役を全うしているのだなぁ、と思う。瑠璃だってこの世界の住人である以上、物語の結末を知っているだろうし、何より自分が主役であることもわかっているはずだ。ここへきて、こんな歯の浮くようなセリフを吐くということは、キッチリ自分の仕事を全うしているということだ。
一方オレは、ツンと澄ました冷徹な無表情を貫き、そして早口でこう言った。
「聞くだけ野暮でございますわ」
その時、後ろで扉が閉まる音がした。どうやらオレで最後らしい。候補者は全部で五人。オレ、そして瑠璃、それからモブ女子三人。
「それではこれより、最終審査に入ります」
眼鏡をかけた秘書っぽい女子が、声を上げた。
「これから皆様には順番に、こちらのドレスを着ていただきます」
と言った眼鏡秘書女子の後ろから、別の女子が真っ赤な、あのドレスを掲げた。
「それでは、先ずは貴女から。どうぞ、こちらへいらしてください」
屏風に一番近いところに座っていたモブ子1号が指名された。女給みたいな人に伴われ、1号は屏風の裏に回った。程なくして着替え終わり、屏風から姿を現わす。肩もそうだが、ウエストが特にキツそうだ。痩せろ。というわけで、1号敗退。当たり前だが。
続いて2号、3号が呼ばれたが、それぞれにこれといったこともなく、普通にサイズが合わずに敗退。
そしていよいよ、真打ち登場……かと思いきや、オレが呼ばれた。着替えの屏風から一番遠くにいたのはオレなのだが、順番を飛ばされた感じだ。まぁ、さすがに眼鏡秘書、よくわかっているという感じか。
屏風の向こうに行くと、女給二人がオレの服を脱がせ、ドレスの着替えを手伝った。着替えが終わり、屏風から戻ると、
「まあ、お嬢様! 大変お似合いです!」
瑠璃のそんな声が迎えてくれた。
さすがに同じ身長だけあって、身丈はバッチリである。ウエストもぴったりであった。我ながらスタイルが良い。さすがクリスティーヌといったところか。しかし、である。
「不合格!」
そんな無慈悲な眼鏡秘書女子の声が響いた。理由は、言わずともわかっている。
「バスト不足により不合格です」
そう。そうなのだ。悔しいが認めざるを得ないことにそうなのである。この胸元のガバガバさ加減を見よ。瑠璃はグラマーなのである。顔良し、スタイル良し、気立て良し。走攻守全てを備えている上に強肩(胸)の持ち主でもある。まさにファイブツールプレイヤー。
一方のオレことクリちゃん。残念ながら肩が弱い(つまり貧乳である)。その玖梨子が瑠璃のドレスを着るとどうなるか。あえて言うまい。それはやさしさと解釈してもらって結構だ。気にするな玖梨子。ドンマイ、クリちゃん。クリスティーヌはスレンダーなのである。
しかし、それはそれとして……、だ。
「ちょっとあなた。いくら何でも言葉が過ぎるんじゃないですこと? ……言うに事欠いてバスト不足とはどういう了見でございましょう!」
一言物申しておかないと収まりがつかない。それに、悪役令嬢っぽくもあるので、この行為には問題ない。
「バスト寸足らずで不合格!」
「ちょ、待て……お待ちになって!」
おーおーおーおー。いい度胸してんじゃん。寸足らずときたか。悪役令嬢だからって、何言ってもいいと思ってやがんなコノヤロー。そのケンカ買ってやる。悪役令嬢ナメんなよ。眼鏡秘書女子に詰め寄ってやった。顔と顔の距離、約2センチ。超至近距離でのメンチ切りである。
「近い近い。近いです」
「一体どういう了見でございますの。むしろさっきより言い方キツくなってるじゃあございませんこと」
低ーい声で凄んでやる。しかし、眼鏡秘書女子も負けてはいない。睨み返してきやがった。さて、どうしてくれよう。
「お待ちください!」
そこへ瑠璃が仲裁に入ってきた。
「お待ちください、お嬢様!」
「だって聞いてよ! こいつ、言うに事欠いてバスト不足って言ったんだよ! 寸足らずって言ったんだよ! ひどくない? ねぇ、ひどくない?」
「寸足ら……、」
そう言って瑠璃は急に固まった、と思ったら、
「フッ……!」
と、息を漏らして顔を背けた。
「あ、笑ったな」
「申し訳ございません。笑ってなどいません」
「だって、申し訳ございません、って言っちゃったじゃん。謝っちゃったじゃん。それ、笑った、ってことじゃん」
「いえ、決してそんなことは……」
「バスト寸足らず」
オレがそう言うと、またしても顔を背けた。
「ウプッ……! フッ……フッ……!」
今度は完全に笑っている。もう、必死にこらえちゃってる。
「バカにしてるだろ?」
「いえ、決してバカになど……」
今度はすげえ焦り出した。
思えば、こんな風に取り乱した瑠璃を見るのは初めてかもしれない。二時会に姿を現さない瑠璃が見せた素は、これが初めてかもしれない。
「あははは」
オレは笑ってしまった。
「お嬢様……?」
やっぱおまえ可愛いな。大丈夫。おまえは十分可愛い。オレが保証する。
そんなオレをキョトンとして見ていた瑠璃だったが、
「あはは」
笑った。
オレと同じように笑った。こんな瑠璃の笑顔を見るのも初めてだ。そうか。おまえ、こんな風に笑うんだな。多分、これが本当のおまえの笑顔なのだな。なんだか、随分久しぶりに笑顔が見れた。なんだか、それだけでもう満足なような気もした。いや、それだけじゃダメなんだけど。
それから二人で笑った。なんだかオレも、久しぶりに笑った気がする。
ひとしきり笑い合った後、お互い見つめ合った。そしてまた笑ってしまう。
「あ!」
と、オレは一声上げ、思い出した。瑠璃もびっくりしたようにオレの顔を見て、固まった。オレたちは完全に役を外れていた。電撃が来る。しまった! 油断した。ここで終わるわけにはいかないのに……!




