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行きますわよ

「瑠璃と王子が結婚して、国民みんなから祝福されるって話だけど……、おまえは幸せ……」

「私は幸せだよ」


 オレが言い終わる前に遮って答えた玖梨子の言葉は、ちょっと早口に感じた。


「ルリルリが幸せだというのなら、私は幸せ。それだけ」

「そうか……。わかった。引き留めて悪かった。ありがとう」

「……おやすみ」

「おやすみ」


 玖梨子は振り返ることなくドアを開けて、出て行った。




 翌日、オレは街のカフェへと繰り出した。昨日夢で見た、玖梨子と話したあのカフェだ。本当は瑠璃も連れて行きたかったが、一人になりたかったので、お供には瀬場さんことセバス、あと御者のトニーだけ伴った。


 セバスはトニーと共に店の前に停めた馬車で待たせ、カフェへ。中に入ると、早速VIPルームに案内されそうになったが辞した。昨日夢の中でも使った店の奥の席を所望した。店内に客は少なく、閑散としていた。これならVIPルームに行く必要もないというものだ。


 メニューを開く。お茶や菓子の類は一通り揃っており、どれも王家御用達のものだ。しかし、いかんせん種類がない。選ぶ余裕もないので、紅茶とスコーンを注文した。


 キャサリン(笠井さん)は舞踏会は一週間後だと言った。おそらく、そこで「めでたしめでたし」となり、それがこのマンガのラストになるのだろう。そして、そこをクリアすれば元の世界に戻れると、一旦仮定した。


 なぜなら、マンガが終わるということはこの世界が終わるということだからだ。世界が終わったのなら、異分子であるオレは必要なくなるだろう。用済みな存在は元の世界へと戻されるかもしれない。そうすれば自動的に明凛も元の世界に戻るかもしれない。


 しかし、マンガが終われば強制的に外の世界に出される、ということにはならないということも、もちろん考えられる。マンガのストーリー自体は終わっても、マンガの中の世界では延々と登場人物たちの生活が続いていくのかもしれない。


 また逆に、この世界は『無』に帰すのかもしれない。そうなれば、永遠に元の世界には戻れない。それどころか、そこで人生は終わりだ。あんまりあっては欲しくはないが、そういうケースだって十分考えられる。


 だとしたら、やはり明凜を探し出さなくてはならないし、外の世界への出方も探さなくてはならない。そうするためには、舞踏会をデッドラインとしたら時間がなさすぎる……。


 ただ、キャサリンたちはこうも言っていた。物語の最後は、王子と瑠璃が結婚することによって、国のみんなが幸せになる。逆に言うと、物語の終わりの条件は『全国民が幸せにならなければならない』とも言える。……なるほど、『全国民』かぁ。


 そしてその一方、オレは瑠璃を手に入れなくてはならない。


 さて、どうするか。


 紅茶とスコーンが運ばれてきた。紅茶を一口、口につける。当たり前だが、夢の中より熱く感じられた。「幸せ」と言った玖梨子の顔が、ちらりと浮かんだ。ふぅむ……。


 さて、もう一つのオレの「脳内議題」だが、明凜と同時にもう一人探している人物がいる。


 それは魔法使いである。


 いるだろ? こういう王子様とお姫様が出てくるおとぎ話的な世界では、判で押したように。できれば、そいつを見つけ出したい。多分、いると思う。ただ、その件に関してはヘドラドリンクの効力が切れたのか、元々いないのか、その存在は定かではない。


 ただ、オレの予想では、いるとしたら案外近くに潜んでいる。




 一週間が過ぎ、舞踏会当日となった。その間、昼間は瑠璃をいじめて胃が痛くなり、深夜二時を越えてクダを巻くという日々を繰り返した。残念ながら、瑠璃は一度も二時会には姿を見せなかった。


 屋敷を出発し、三時間ほど馬車に揺られ、いい加減ケツも痛くなってきた頃、ようやく停車した。馬車から降りて、見上げると、そこには真っ白な城がそびえていた。


 鉛筆のような三角の塔がいくつも連なり、中央へ行くに従って高くなっていく。全体的には見事な三角形のフォルムを成している。外壁の白さは夜の闇でも浮かび上がるほどで、いくらなんでも白すぎじゃ……、と思うほどだが、しかしその純白は王子が住むにふさわしい汚れのなさでもある。


 今日は執事長のセバスはもちろん、メイド長のキャサリン(笠井さん)、メイドのサッチャー(臼井氏)、コックのアームストロング(三太郎)、執事のトニー(殿垣内)、そして主役少女・瑠璃と、屋敷の全員が揃った。


 というのも、この舞踏会に招待された貴族には、以下の条件が出されていた。各家の者全員参加のこと。よくよく考えたら奇妙な条件だが、そのおかげでセバスと瑠璃の他の者にもスーツとドレスを買い与えなくてはならなかった。余計な出費である。でも、今のオレはお金持ちだから問題ないのである。


 王子の城を改めて見上げた。嘘くさいほどに白い城が月夜に映えている。いよいよだ。


「行きますわよ」


 果たし合いの如く、オレはそう一言発し、お供を引き連れて城内へと入っていった。




 会場のホールに入ると、既に『花』で敷き詰められていた。花とは、紳士淑女のことである。皆、着飾り、特に女たちはそれぞれ自らがこの舞踏会の主役であることを誇示するように、色とりどりできらびやかなドレスに身を包んでいる。それはまさに花である。


 しかし、哀しいかな、主役は既に決まっている。無論、オレの後ろに控えている少女、瑠璃だ。ご主人様のオレですら、自分が引き立て役であることを十二分に意識させられる。


 今日のドレスは先日、オレが買い与えた橙色のイブニングドレス。ノースリーブではあるものの、胸や背中の露出はできるだけ控えめにさせた。しかし、それがかえって、清楚さを演出し、逆に輝くような清新な色香を放ってやまない。


 瑠璃には太陽の、明るい光が良く似合う。瑠璃は以前、オレンジの薔薇は昼の花と言った。オレはそのことを忘れてはいない。


 何人もの男どもにダンスに誘われたが、その悉くを冷たくあしらってやった。もちろん、瑠璃に近づく悪い虫どもも、「自分よりモテる主役少女への嫉妬」という名目で、全て追っ払ってやった。


 そんなこんなで、なかなか気の休まることのない舞踏会であったが、食事が実にうまい。ウチの自慢のコック・アームストロングの料理すらも気持ち霞むくらい、と言えばそのうまさがわかろうというものだ。ちなみにアームストロングの料理はオレの料理すらも気持ち霞むくらいの腕前である。


 うーむ、さすがは王子主催の舞踏会といったところか。特にこのボロネーゼがなかなかにして絶品だ。そんな激うまボロネーゼに舌鼓を打ちつつ、瑠璃の監視を怠らないオレの目に、とある光景が飛び込んできた。


 瑠璃の食事シーンである。


 そういえば、瑠璃が食事をしているのを見るのは、これが初めてだった。瑠璃は結局二時会には一度も現れなかったし、クリスティーヌ嬢はいつも食事は一人でとる。その間、他の者はオレにかしずかなくてはならない。だから、瑠璃の食事風景は初めてなのだ。その姿から、しばし目を離すことができなかった。


 瑠璃もオレと同じくボロネーゼを食べていたのだが、モソモソと音もなくすすっていたのだ。音を立てずに麺を食べるという、洋食のマナーという観点からは正しいかもしれないが、どこか間違っている気がするその食べ方は、実に主役少女の所作としてはそぐわない。


 オレが瑠璃から目を逸らせずにいると、その視線に気づいた瑠璃と目が合った。瑠璃はスッと視線を外し、フォークを置いてナプキンで口元をぬぐった。


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