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一番好きな動物を言え

「そもそも、あんた、誰なの? なんで私の体を乗っ取るの? 気持ち悪い」

「き、気持ち悪い……!」


 そんなこと……初めて言われた! この、オレが、気持ち悪い……?


「気持ち悪いよ。人の体乗っ取るなんて。乗っ取られた方の身にもなってみてよ」

「ま、まぁ……。そりゃ、確かに、その通りでは、あるな……」


 そうか。オレは「悪役令嬢になった」というよりは、「一時的に悪役令嬢の体を借りている」状態なのだろう。


「あなた、何者? 早く出てってよ!」

「オレだって、来たくてきたわけじゃねーよ!」

「……どういうこと?」


 オレはここに至るまでの経緯を説明した。


「そんなカメラがあるの? 怖っ……!」

「だから、オレは妹を元の世界に連れ戻さなくちゃならないんだ」

「そっかぁ……、そういう事情があったのかぁ……」

「だから、もう少しだけおまえの体、貸してくれ。頼む!」


 と言って、嫌と言われても、この体から出て行く術を知らないのだが、ここはこう言っておくしかない。


「うーん、気持ち悪いけど……、そういう事情ならしょうがない。うん、いいわ。わかった。早く、妹さん、見つかるといいね」

「おぉ……! あ、ありがとう! 恩に着る!」


 なんだ、良い奴じゃないか。やはり悪役令嬢というのは役柄上のこと、本人は演じているにすぎない。


「で、早速だが、最近、見知らぬ女の子が現れたりしたことはなかったか?」

「うーん……。私の知ってる限りではないかなぁ……」

「そうか……。わかった。ありがとう」

「あ! そうだ! 思い出した!」

「お! マジか? 明凜の居場所、わかるのか?」

「違う。そっちじゃない」

「なんだよ……」

「あんたに言わなきゃいけないことがあったんだ! 一番大事なやつ。ちょっとあんた。私の話を聞きなさい」

「な、なんだよ? 聞いてるよ」


 なんか、急にすごく怒っている感じを出してきた。何かを思い出したようだ。思い出し怒りというやつだろうか。


「あんたねぇ、」

「はい」

「電撃食らいすぎ!」


 ビシッとオレを人差し指で指した。人を指差すとは、随分と無礼な態度だ。さすが悪役令嬢。年季の違いを感じる。しかし、人を指で指すことが無礼であるならば、なぜ()()()指と呼ぶのだろう? まぁ、よい。


「私の体なんだからね。あんたが電撃食らうと、私まで痛いの! わかる?」

「あ、そうだよな……。わ、悪かった」

「なんであんな基本的な凡ミスすんの? ケアレスミスもいいとこよ。悪役令嬢が主役の女の子に告白って……! ありえない。ホンット、ありえない。もうちょっと自覚持ってよ」

「あ、あぁ……。申し訳ない」

「あんた、ホント、バカなんだね」


 今、こいつ、何て言った? バカって言ったような気がする。しかも「ホント」まで付けたような気がする。まさか、オレがバカ呼ばわりされるなんて、そんなわけない。聞き違いだろう。


「もう、二度とバカなマネ、やめてよね」

「二度も言った! オレのことバカって、二度も言った」

「言ったよ。それが何か?」

「な、な、ななな、何……か、だと……!」

「大事なことだから二度言ったまでよ。バカにバカって言って、何が悪いの?」

「オレは、バカじゃない!」


 なんだか、こんなこと言うと、逆にホントにバカっぽいが、言ってしまった発言は残念ながらデリートすることはできない。


「バカじゃない。日に三度も同じミスするなんて、バカじゃないとできない芸当よ」

「そ、それは……、それほどまでに、オレの瑠璃に対する愛情が深かった証だ」


 すると、失礼極まるこの女、悪役令嬢こと、クリスティーヌこと、佐反玖梨子は顔を真っ赤に染めた。


「な、な、な……! 何が愛よ……! バカじゃないの!」

「バカじゃない! オレは、むしろ頭が良い!」


 言った瞬間に、逆にもうホントにバカっぽいと思いはしたが、言ってしまったものはしょうがないし、事実である。


 そして、しばし睨み合った後、佐反玖梨子は「帰る」と言って、席を立った。


「ちょちょちょ! ちょっと待ったあ!」

「何よ」


 玖梨子は不機嫌を図にしたような顔をしたものの、振り向いて待ってくれた。


「二時会でのおまえはどんなだった? オレはどんな風に振る舞えばいい?」

「え……? 昼間の、悪役令嬢としての私がどんなか、じゃなくて?」

「いや、それはいい。そっちは知ってる。わからないのは二時会、つまり本当のおまえの方なんだ」

「あんたホントバカね。自分のことなんて、自分が一番わからないに決まってるじゃない」


 ぬぅ。自分のこともわからないバカに、またバカって言われた。なんでオレは自分の夢の中でこれほどの屈辱を味わわねばならんのだ。


 しかし、今はそんなことを言ってる場合ではない。このバカが自分のことをわからないのであれば、オレがわからせてやる。


「じゃあ、オレの質問に答えろ」

「なんで私が……」

「一番好きな動物を言え」

「え? 動物?」

「サン、ニイ、イチ……」

「え? え? え? ……い、犬!」

「犬種は?」

「えー、っと、あれ、あれだ。なんだっけ……、そう! スピッツ!」

「なるほどな……」

「な、何よ? 文句ある?」

「ではもう一つ動物を言え」

「はぁ? だから、なんで私があんたの質問に……」

「サン、ニイ、イチ……」

「え、えっとぉ……、き、キリンかな?」

「ふむふむ……。じゃあ、最後にもう一つ動物を言え。サン、ニイ、イチ……」

「ま、マナティ!」

「ほう……。わかった。よし、行っていいぞ」

「何よ! 生意気ね。何がわかったんだか……。じゃ、私もそろそろ寝るわ。オヤスミー」


 そして今度こそ、振り向かずに霧の濃い庭の奥へと消えていった。




「オーホッホッホッホ! サアッ、ほつれた私の靴紐をお結び!」

「はい、クリスティーヌ様」


 瑠璃は従順にもオレの足元に跪き、靴紐を結び直す。


 トゥラあああああぁぁァーイ! ツラすぎる……。


 そんなことしなくていいんだ、瑠璃……。


 我が屋敷の庭を、セバスとサッチャーも引き連れ散歩している途中だった。


 歩きにくいと思ったら靴紐がほつれていた。それに気づいたセバスが直そうとするところをオレが止め、わざわざクリスティーヌを指名したというわけだ。サッチャーに肘を小突かれてのことだ。黒幕はこの子である。


 ちょっと歩いたくらいで紐がほつれる靴など、投げ捨ててしまいたいくらいだ。


 見下ろすと、可愛らしい巻き毛の頭頂部が見える。カールしたつむじは文学的ですらある。下を向いているので表情が見えないのが不幸中の幸いか。


 しかし、瑠璃の小作りな顔が地べたに近いところにあることを思うと、いっそ自分の足をへし折ってしまいたい衝動にかられる。


「遅い。いつまでかかってるんだ!」


 セバスが怒鳴る。そんなセバスを怒鳴りつけたかったが、グッと堪えた。


「も、申し訳ございません」

「これだからお嬢様は使えないのよね」


 悪役令嬢様の面前でそんなことを(のたま)ったのはサッチャー嬢である。なかなか勇気あるねぇ、(さち)ウス子ちゃん。


 しかしこれにはからくりがある。サッチャーのこの言葉はオレに向けられたものではない。瑠璃に対してのものだ。


 というのも、瑠璃は元はオレ、つまりクリスティーヌ、つまり佐反玖梨子よりも格上の貴族の出である。幼き頃より何不自由なく育てられてきた瑠璃が突然の不幸に襲われたのは一年前であるらしい(そういう設定らしい)。


 海外旅行の船の上、一家はシーサーペント的なものに襲われ(怪獣までいるのか、このマンガ)、両親は行方不明。瑠璃一人が生還したのだそうだ。


 一夜にして孤児となってしまった瑠璃は、北斗七家とは親戚筋に当たる佐反家に迎えられた。しかし、そこで待っていたのは使用人としての過酷な日々だった……、というあらすじである。


 だからこの言葉は、瑠璃が元はお嬢様であることに対する嫌味として発せられたものである。


 しかし、そこにはそこはかとなくダブルミーニングを感じてしまう。この女、幸薄い顔をしている割に、なかなかである。


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