サアー、盛り上がって参りました!
何を飲みたいか聞かれたので、とりあえずオレンジジュースを所望する。すると、端の方に座っていたアームストロングが、スッと席を立って、グラスに注いで手渡してくれた。ペットボトルから……。
もう、なんていうか、世界観もクソもない。
それでも、アームストロングに礼を述べると、
「あーいえいえ。よろしくどーぞー」
と返事を返してくれた。意外なノリの軽さだったが、セバスティアンとは違う種類のノリの軽さで、好感度は比べようがないほど、こちらの方が高い。
それにしても、これは一体どういう会合だ?
「クリちゃん、もう大丈夫なの?」
声をかけてきたのは、先ほどバケツの水を瑠璃の頭にブチまけた女、キャサリンだ。
「は、はぁ……。まぁ……」
「良かったぁ。心配したんだからねぇ」
なんだか、さっきとはえらい感じが違う。オレへの態度も違う。
「でも、どうしたの? 日に三度も電撃食らうなんて。クリちゃんらしくもない」
キャサリンは、しきりにオレの心配をしてくれる。世話好きの肝っ玉母さん、といったところだ。
「しっかし、相変わらず全元様は容赦ないねェ。三回やらかしちゃったら一回くらいは大目に見てあげてもいいじゃんねぇ」
セバスティアンが話に加わった。……全元様って、なんだ?
「ちょっと、瀬場さん!」
キャサリンがたしなめた。
「大丈夫ちゃん、大丈夫ちゃあーん。全元様はもう寝てるんだから。それあっての二時会だもんネー」
「ま、そうだけどね」
言いつつ、キャサリンはワインを一口含んだ。
「そこは助かってるわよねぇ。日がな一日、自分じゃない人格演じてたら、本当にそういう人間になっちゃうわぁ。あー、やだやだ」
なるほど。なんとなく、わかってきたような気がする。この二次会なる会合でわかったことが三つある。
先ず、オレが三度も食らったあの衝撃。あれはやはり電撃の類のものだったようだ。そしてその電撃は全元様なるものが食らわせやがったらしい。しかも、タイミングとしては役から外れた行動を取った時にそれは行われるようだ。思い返せば、確かにオレが電撃を食らった時、オレは瑠璃に自らの真心を吐露した時ではなかったか。
今のオレは残念ながら悪役令嬢だ。謂わば、主役少女であるところの瑠璃の最大の障壁とならなくてはいけない存在である。その最大にして最悪の障壁が、こともあろうに主役に愛の告白をするなど、確かに全元様ならずとも言語道断である。悪役がそんな態度では、そもそもこのマンガが成り立たない。やる気あるのか、とオレが読者なら問い質したくなる。
次に、全元(『様』なんぞ必要ない!)とかいう奴がいるということだ。そいつがどういう奴か、どういうシステムでこの世界の住人を監視しているのか。そこはまだわからない。ただ、深夜二時になると寝入るという。そうか……、わかったぞ! だから『二時会』か!
そして三つ目は、この『役』というのが一つのキーワードであることだ。キャサリンは「自分じゃない人格を演じる」と言った。そして、セバスティアンもキャサリンも、こうして見ると、昼間とは全く違う感じである。おそらく、これが彼ら本来の姿であって、昼間は役を演じているにすぎないのだ。そこで一つ、問題が浮き上がって来る。
オレってどんなだ?
本来のオレこと、悪役令嬢こと、クリスティーヌこと、佐反玖梨子がどんな奴かわからん。ぬぅ、困った。
昼間のクリスティーヌについては、あのヘドラドリンクの効用がまだ残ってるので、大体は把握しているつもりだ。しかし、この『二時会』の記憶はズッポリと抜け落ちてしまっている。つまり、今のオレには「クリスティーヌ本来の姿」の知識がない。うぬぅ、ひょっとして、今、相当ヤバい状況ではないだろうか。
そうこうしていると、オレの脇腹をつつく者がある。振り向くと、サッチャーであった。
「今日、クリちゃん大人しいね」
そう言ったサッチャーの抑揚のない、鼻にかかったような声は実に大人しいものだった。しかし、それはそれとして早速心配していた大ピンチが訪れた。
「ゑ? ソ、ソンナコトナイヨォ。ここに来るちょっと前まで寝てたから、まだエンジンがかからないだけ。でも、もう大丈夫! サアー、盛り上がって参りました!」
そこへセバスティアンが話に加わってきた。
「お、今日はクリちゃん、元気じゃーん! 普段はいつも物静かなのに。楽しくなってきたゼェ。Yeah!」
も、物静かだア?
「盛り上がってるのはァ……、心の中でェー……、見た目はクール、でも心はホット……」
「いいのよ、クリちゃん。そんな、無理して元気に振る舞わなくても。ホント、気ぃ使い屋さんなんだから。今日はもう休んでもいいのよ? また元気になって楽しめばいいんだから」
キャサリンが助け船を出してくれた。さすがメイド長! おばさん、良い人だー! やはり、亀の甲より年の功だな。本人の前では言えないが。
「そ、そうね。今日はちょっと、調子が悪いかな……。ごめんね、じゃあ、今日はこのへんで、抜けさせてもらいまァーす……」
「部屋まで送ろうか?」
「ううん。大丈夫。いいから、楽しんでて」
オレはキャサリンの申し出を丁重に断り、皆に挨拶をして、部屋を後にした。
疲れた……。心労がひどい。キャサリンの言うように、今日はもう寝よう。
「ねぇ。……ねぇ、ってば。……ちょっと! 起きなさいよ!」
う、うーん……。なんだ一体……。
オレは薄目を開けると、目の前にはオレがいた。いや、悪役令嬢、ことクリスティーナ、ことクリちゃん、こと佐反玖梨子がいた。
「うおっ! え? なぜだ?」
オレはちゃんとここにこうしている。しかし、目の前にも今のオレの姿がいる。これはいったいどうしたことか?
そして見ると、ここは夕方にジョギングの最中に見かけた庭の四阿である。濃い霧の向こうに湖が横たわっている。テーブルを挟んで佐反玖梨子と向かい合っている格好だ。
「なぜって、夢の中だからに決まってるじゃない」
「決まってるって……」
「今、あなたは元のあなたに戻ってるはずよ」
オレは自分の顔から体からまさぐってみた。触った感じ、確かに元の、本来のオレっぽい。なんか既に懐かしい感じがする。久しぶりだね、オレ。いや、そんなことよりも、だ。
「え? 夢の中……? 今、君……、つーかオレ……、つーか君、『起きろ』って言わなかったっけ?」
「言ったよ」
「でも、夢の中なんだろ?」
「私はあなたに体を乗っ取られたんだから、こうして夢の中じゃないと会えないの! だから起こしたの」
「ごめん、ちょっと話が高度すぎてわからない……。じゃ、何か? オレは今寝てて、その寝てるところを夢の中で起こされたわけ?」
「そう」
「でも、夢の中だよね? 夢ってことは寝てるよね?」
「正確に言うと、ノンレム睡眠からレム睡眠に引きずり出した、ってわけ」
「ひどいな、オイ! それ、結構やっちゃいけないことなんじゃないのか?」
「いーの! 私がいいって言ってんだからいいのよ! 文句言わない!」
うわあ。悪役令嬢がいる。オレの目の前に悪役令嬢がいるぅ……。
「それに、さっき、夢の中に出てきたのに……。あなたって、自我が厄介なのね」
「そう。オレは根が複雑だからな。そこらの単純な輩とは訳が違う」
「そうじゃなくて、複雑ってよりは、めんどくさいの」
「め、めんど……!」
なんか悪口を言われたような気がするが、気のせいだろう。




