13 みなまで言わなくてもよくわかります。
幸緒の世話をかいがいしく焼く二人を嘲笑する宝生に、古町がムッとしたようにひっそり反論する。
「だいたいここ三年新人全く取らない央ちゃんが悪いんだよ」
「使えない新人ほど不要だろうが」
「だからだよ。だから大事にしなきゃ」
古町が幸緒の世話に戻る。やれ箸置き、やれお味噌汁ととにかく愛想を振りまきながら、幸緒に話しかけている。紫乃もうんうんと頷きながら、夕食の準備を終えた。
幸緒の隣に紫乃が、前には古町が陣取って、揃って手を合わせる。
「それでは支配人、お願いします」
紫乃が、これがここの習慣よ、とばかりにオーバーアクションで宝生に手を差し出した。宝生が手を合わせたまま、はいはいと面倒くさそうに食事の号令を出す。
「いただきます」
「はい、いただきまーす!」
古町が元気よく返事をする。
「いただきます」
幸緒も続いた。
目の前のどんぶりをのぞき込む。つやつやしたあんかけに、小さい揚げ出し豆腐と、飾り切りされた人参、細切りにされたインゲン、黄色い花のように広がったたまご。出汁の香りが、ふわふわと湯気と一緒に幸緒の顔を撫でる。
幸緒はそうっと箸を入れ、口に運んだ。ふわっと口の中に香りが広がった。
「んん」
目を細め、もぐもぐと噛みしめる。飲み込むと、幸緒は隣に座る紫乃を見た。
「美味しいです!」
「ありがとう。まかないっていうか、多めに作って食事に回してるだけだから、気にしないでね」
「お代を払わないなんて、罰が当たりそうで怖いくらいです」
「わ、嬉しい」
ぱあっと笑顔が満開になる紫乃の顔を、なんて素敵なんだろうと思いながら、幸緒は満面の笑みで二口目を味わって食べた。
「ユキちゃん、仕事内容聞いたんだって?」
「はい」
はきはきと笑顔で答える幸緒を物珍しそうに見ながら、古町がはふはふとあんかけ丼をほおばる。
「ん、驚かなかったの?」
「驚きましたよ、そりゃもちろん」
「微動だにしなかったけどな」
「気配を消せと厳命されていたのもありますけど、予備知識もなにもなしにあんなの繰り広げられたら誰でも凍結しますよ」
「あっはは、凍結かあ」
「ホストだったらしいよ」
紫乃が囁くと、古町はまた明るく笑った。
和やかな食事って、こんなに心地いいものなんだ、と幸緒はしみじみと味わった。ここ最近は、母親に就職はどうなのかと質問責めされて居心地悪く、しかしそれ以上に、父親に気むずかしい顔で、うん、と渋い返事を返されるとほうが堪えていた。まさに食事の味さえあまりしない味気ない食卓だった。
兄と姉がいたころはもう少し明るかったんだけどな、と思い、そういえばあの二人はどの分野でもさらっとこなせる才女と秀才だったことを思い出す。なんで気がつかなかったんだろう。あの二人、塾にも行っていないのにいつも成績優秀で、なんならどっかの部長とかいつも務めていた気がする。え、もしかして私だけ落ちこぼれなの?
「凡庸な人間ってところだろう」
「ああ、そっか。よかった」
「それ全く褒められてないからね、幸緒ちゃん」
紫乃ががっくりと肩を落とす。
古町が箸を止めた。
「っていうか、ユキちゃん、普通に返事してたけど」
「へ?」
「いや、これ」
箸で宝生を指す。宝生はぐいっと手で窘めた。
「行儀が悪い」
「あ、ごめん」
「いやー、私って、なんでも顔に出てるんですって」
底抜けに明るく言った幸緒に、古町は「へ、へえ」と曖昧に返事をした。紫乃を見る。紫乃も驚いたように視線を合わせ、それから二人してその目を宝生へと向けた。しらっとした素知らぬ顔を返されて、また紫乃と古町で目を合わせ、触れないでおこうと食事を再開する。幸緒は今まで食べたことがないほど美味しいお味噌汁を啜って満足げだった。
「これ、いりこだしですか?」
「え、あ、うん。そう」
「美味しいですねえ」
「ありがとう」
「昔、母といりこの頭と内蔵をちまちま取りました」
「へえ。お出汁に?」
「いえ。甘辛い味噌で炒めるんです。それをあつあつのご飯の上に乗せて、味噌を溶かしながらご飯と一緒に食べると美味しくて」
「それ、いいね。出汁取った後でも使えそう」
「出汁を取った後だとやわらかくて、出汁をとる前だとしっかり堅くて、よく噛んで食べるんです。保存食って言うんですかね、父は飲んで夜遅く帰ってきてわさびとのりと粒あられを入れてお茶漬けにしてました」
「へー、お酒の最後のシメにいいね。作ってよ、紫乃」
「いいわね。一緒に作らない? 教えてよ幸緒ちゃん」
「はい、もちろんです」
古町がお新香を摘みながら、宝生を見て尋ねる。
「そういえば、金剛はいつ戻るの?」
「さあ、明日には戻ると言っていたが」
「軽いなあ。央ちゃんって金剛に甘いよね」
「おうちゃん?」
「ああ、宝生の名前よ」
紫乃が聞いていなかったの? と首を傾げた。
「聞いてません」
そういえばここが名前を採用の基準にしていると言っていたときに聞いたが、答えてもらっていない。
宝生は自分の話題だというのに無関心なまま、こんなにも美味しい食事を無表情で食べている。しかし、その隣で古町がにんまりと笑った。
「ではユキちゃん、僕から紹介を。こほん。こちら、アドリブ・ホテル勤続十五年、今やこのホテルにはなくてはならない大黒柱ーー支配人、宝生央慈でございます」
古町が手のひらで恭しく紹介をした。今から演歌でも始まりそうだ。
「宝生王子ですか!」
「漢字が違う」
冷静な突っ込みが入る。はっと、幸緒は自分が名前でからかわれてきたことを思い出した。もしかして、この冷血人間には触れられたくない話題だったのだろうか。だとしたら、大げさに驚いて申し訳ない。普通の顔に王子など、確かに名前負けをしている。きっと幼少から、名前で苦労してきたに違いない。
「余計なお世話だ」
「いえ……いいんです」
幸緒はゆるゆると首を振った。みなまで言わなくてもよくわかります。
宝生が面倒くさい、と書いた顔で幸緒の同情を大して気にも止めず黙々と食事を進める。古町がぷっと吹き出し、大きく頷いた。
「ちなみに、おうじ、は中央の央に慈しむ、だよ」
「まるで中心でみなを慈しむという、優しさ溢れる名前じゃないですか。それがどうしてこんな風に」
「余計なお世話だ」
「二回目!」




