もう一度二人で
ポロポロと情けなく涙を流す私の姿に目を見開いて。
まるで意外だと言いたげな使用人たちの視線を浴びながら、旦那様を見る。
「私は絶対に嫌!!」
「…………君は俺が嫌いだろう。」
「えぇ、そうよ!!昔からアンタなんか愛してる!!」
「……そうか。」
私が大嫌いと叫ぶほど、貴方はいつも嬉しそうな顔をする。
昔からそう。
「……なんで、嬉しそうにするのよ!!昔から!!いつも!!いつも、いつも、いつも!!」
惨めな気持ちになるのは、いつも私。
「駆け落ちするならするで、帰ってこないでよ!!アンタの中途半端な優しさが嫌いなの!!」
「待て、なんの話だ。」
「とぼけるんじゃないわよ!!貴方が美人の幼馴染と駆け落ち考えてるって皆言ってたわ!!」
「…………。」
「だけどココは……!女主人の立場は私のものよ!!誰にも絶対に渡さない!!」
貴方の心が手に入らなくても。
貴方の関心が私になくても。
惨めに見えても、情けなく見えても。
貴方の一番で居られる女主人の立場だけは絶対誰にも譲りたくない。
「…………マデリン。」
「触らないで!!」
「…………っ。」
パチンと音が鳴る。
周りが悲鳴にも似た声を上げる中、至っていつも通りに表情のない顔で私を見て。
「マデリン。俺が嫌いか?」
「……、愛してる。」
「そうか。」
嬉しそうに笑って、私に叩かれたことなんて気にしてないと言いたげに距離を縮めてきて。
「…………知ってる。」
力強く抱きしめられれば、感じるのは優しい温もりだけで。
「……だから、なんで……嬉しそうなのよ…………っ。」
ジワリと目元が滲む私に気付いたのか、嬉しそうに笑って目元を拭ってくる。
「……ちょっと、エイムズ!?何してるのよ!!その女から離れて!!私を正妻にしてくれるんじゃないの!?」
「誰もそのようなこと一言も言ってないが?」
「な……!だって、邸に来いって言ってくれたじゃない!!」
「あぁ、言ったな。お前があまりにもしつこいから、見せてやったほうが早いかと思って。」
「は……はぁ!?」
「妻のマデリンだ。」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を指先で優しく拭いながら紹介される。
冗談じゃない、あり得ない。
「一年前に結婚した。会ったことなかっただろう?」
「ない、けど……。でもそれは政略結婚だし、愛してるわけじゃないから会わせる必要もないからでしょ?」
「?何を言ってる。お前達に会わせればマデリンを傷つけるのがわかっていたから、会わせるまでもないと思っただけだ。」
旦那様の腕の中でポカンとする私と、そんな私以上に意味がわからないと言いたげな顔の美女。
「じゃ、じゃあ何?エイムズ、その女を愛してるとでもいうの?」
私を抱きしめる旦那様の腕に、力がこもる。
「あぁ。」
この鼓動は……旦那様?
「俺は今まで一度も、マデリンを“嫌い”だと伝えたことはない。」
あぁ、そうだ。
昔から、顔を合わせるたびに“嫌い”だと伝えるのは私で。
そっけなく“そうか”とか“あぁ”とか言葉を返してくるのが彼だ。
「第一、嫌いだったら数ある候補の中からマデリンを選ばない。」
初めて聞くその言葉に思わず顔を上げる。
だけど旦那様は私なんか見てなくて。
「な、に言って……。」
旦那様、耳が赤い……?
ひょっとして、照れてるの?
「ま……、毎日のように大嫌いって言われてたのに!?エイムズの一方通行な思いじゃない!!そんなの長続きしないわよ!!」
「?一方通行じゃない。」
「は!?どこがよ!!」
「ソレを証明してやる。」
聞いた覚えのない魔法詠唱とともに喉に触れてくる。
「マデリン。俺が嫌いか?」
「えぇ、“愛してる”。」
音となって聞こえる言葉に、思わず口を抑える。
「そうか。」
そして、いつも通り嬉しそうに私を見る。
「な、んで私今……。」
「俺に対して好意的な言葉を発せないようにする魔法を解いた。」
「は…………は?一体どういう……。」
「覚えてないのか?」
「何を。」
「いや。必要ないことだから良い。」
「それってどういう────」
「家同士が仲悪くて良かったな。お陰で政略結婚の流れもスムーズに言った。」
眼の前で饒舌に語る男は、一体誰。
私の知ってる人?
「だがまぁ、ココまで不愉快になるほど誤解を与えているのは心外だったから。解けて良かった。」
「…………旦那様。」
「なんだ。」
「私、驚きすぎて涙も引っ込みましたので、身体放してもらってもよろしいですか。」
「残念ながら聞けない相談だ。」
「ひゃ!?だ、旦那様!?」
いきなり抱え上げられ思わず悲鳴を漏らす。
だけどソレすらも嬉しそうに微笑むと、廊下を進んでいく。
「ジョア。」
「ハッ。」
「せめてもの情だ。妹連れて、立ち去る許可をしてやる。責任持ってこの場をおさめろ。」
「ハッ。お心遣い感謝します!!」
廊下をまっすぐ進み、バンッと勢いよく扉を開くと乱暴にベッドに投げ捨てられる。
「だ、旦那様!?一体何、を……。」
思ったよりも近くにいた旦那様に言葉を失う。
「マデリン。愛してる。」
「……………………、ずるいわ。私が大嫌いと叫んでも嬉しそうにしてた理由が魔法だなんて。」
「傷ついたか?すまない。」
大きな手のひらが優しく頬を撫でる。
「反省の見えない表情ですね、旦那様。」
「浮かれてるんだ。やっと、ちゃんと手に入るから。」
「結婚したし、私は貴方のものだと思うのですが。」
「政略結婚ではなく恋愛結婚だったと自覚したのか?」
「!!」
「今、やっとしたな?顔が赤い。」
熱をもち、泣き腫らした目を隠そうとすればすかさず手を取られて。
瞼に口付けられる。
「……、愛してる。」
「だ、だんなさ……ん。」
言葉を紡げないまま、吐息だけが奪われる。
息継ぎの間も与えられないまま、熱に浮かされて。
「愛してる。マデリン、愛してる。」
口づけの合間に紡がれる“愛してる”に応える隙も与えてくれなくて。
「マデリン。俺の、マデリン。」
熱に浮かされたように呼ばれる名前。
自分の名前なのに、別の誰かを呼んでいるように思ってしまう。
それくらい、今はまだ、受け入れられなくて。
「どうして私は魔法に気づかなかったのかしら……?」
「マデリンの魔力を使っていたからだろう。」
「私の?」
「俺の魔力を防げるのは、対の魔力を持つマデリンだけだからな。」
髪に口づけ、抱きしめ、優しくなぞられる。
「……、旦那様。私真面目な話をしてるんですが。」
「数カ月ぶりのマデリンなんだ。許してくれ。」
私一人モヤモヤしてバカみたい。
「…………どうして初夜はダメだったんですか。」
「聞くな。」
「嫌です。聞きます。私だけ恥晒してバカみたいじゃない。それに、あの言い方だと、私を嫌いだったから拒否したわけじゃないんでしょ?」
「…………、から。」
「え?」
「キレイだったから。俺の身がもたなかった。」
「────」
ポカンとする私を優しく包みこんでくれる。
「マデリンの“大嫌い”が愛情の裏返しだって気づいてからは、本当に俺自身が我慢しなくちゃ、この政略結婚にももっていけなかったから。」
「でも、だからって……!お陰で私は、女主人としての立場すら……っ!!」
「だけど、俺達がお互いに嫌いだからという先行した考えがマデリンを守った。」
「それは……。」
言葉を紡げずに口を閉じれば、優しく触れるだけの口づけを贈られる。
「マデリン。初夜からやり直してくれるか?」
伺うように、優しく触れてくる。
「………、聞いたことのない試みね。この一年は、なかったことにするの?」
「いいや。」
トンッと肩を押され、ベッドに沈む。
私の視界に入るのは天蓋と、旦那様。
「この一年は恋を自覚する期間。今からは、愛を育む時間だ。」
「…………。」
「異論は?」
その問いかけに腕を伸ばす。
「あれば聞いてくれるの?」
私の腕を掴むとそのまま近づいてきて。
「いいや、聞いてやれそうにない。」
そう苦笑すると、優しく唇が触れた。
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