激怒
ガシャンと周囲の家具を巻き込みながらスキンヘッドが壁に激突した。
「な、なにを!?」
「うるせぇ黙れ!」
脳の神経回路が壊れて、俺は脊髄反射で倒れたスキンヘッドに飛び掛かり馬乗りになる。
拳を振り上げると、今まで抑え込んでいた雷の魔力が拳からバチバチと放電した。
制御できずに荒れ狂った雷の魔力が、執務室の壁や床を焦がしつける。
「お、おい! やめろッ、そんなの喰らったら大怪我するだろ!」
「うるせぇ、先に喧嘩を売ったのはテメエの方だろ」
スキンヘッドの胸倉を掴む。
「オルラァァ! よくも俺の子を侮辱してくれたな万死に値する!」
躊躇なくスキンヘッドの顔面へ拳を振り下ろした。
「ぐへっ!?」
「俺の息子が生まれてこなければよかっただあ!?」
ドスン!
さらにもう一発振り下ろす。
「ハイネが駄目なら、なんでテメエみてえなクズが生きてんだよ。それじゃ話の道理が通らんだろうが!」
「ぐへっ!? やめ……本当に死ぬ……」
「それでもなにか? 貴様は木の股からでも生まれてきたんかおおん? なら殺しても殺人にはならねえよな!?」
「グヒッ、グヒッ!?」
バゴン、バゴンと骨を砕くような音が鳴り、その度に汚い悲鳴があがる。
殴る度に、頭にの中にかかった霧のようなものが晴れてストレスが解消されていく。
ああ、気持ちいいぃぃぃぃぃ!
やっぱりストレスを抱え込むのは良くないな。うん。
ちょうど良く手頃なサンドバックが転がっているし、ご厚意に甘えて、ついでに思う存分すべてをぶつけさせてもらおう。
「そもそもやってられるかクソがぁぁぁぁぁ! ゲームに転生とか聞いてねえんだよ!」
「なっ、なんのことだグヘっ」
「悪役なんぞ知ったことかっ、俺なにも悪いことしてないだろ。なんで世界が滅びそうになってんだよ!」
「ぐへっ、だから何の話をしてる。お、おれをこんな扱いしてディズモン伯爵が黙ってるとだわ!?」
ハゲがなんか喋ろうとしていたので、面倒なことを言われる前にさらに強烈なパンチをお見舞いして黙らせる。
「良いかチンピラぁ、よく聞きやがれ。俺が子供を馬鹿息子と呼ぶのはいい。だが、何も知らねえテメエ風情がそれを口にするな。分かったかツルッパゲ!」
スキンヘッドの頭を叩くと、パチンという快音が響く。
「は、はいぃぃぃ」
穴という穴から血を垂れ流しながらスキンヘッドがそういって頷く。
ふう~スッキリしたぜ。
やはり我慢は体に悪いな!
一仕事終えて、手に付着した汚い血をハンカチで綺麗にしていると
「ル、ルドルフ様! なんてことを!?」
騒ぎを聞きつけた執事のジェフが執務室に飛び込んできて、惨状を見て叫び声をあげる。
その声に冷静さを取り戻した俺は、室内に飛び散った血と、雷撃で焦げ付いてる執務室と、気絶しているディズモン伯爵の使者を見て、全身からサーと血の気が引く感覚に陥る。
「しまったぁぁぁ! やっちまった。また俺のせいでシナリオがぁぁぁ!」
◇
やってしまった。
怒りで我を忘れて大切に扱う使者をタコ殴りにしてしまった。
あの後、スキンヘッドは気を失い、治療のために急遽病院へと送り届けた。
一応、手遅れかもしれないがディズモン伯爵には非礼の詫びの品と手紙を合わせて送っておいた。というか、スキンヘッドからまだ本題すら聞いてないのに、どうしてこうなった?
くそっ、あれだけシナリオから逸脱しないと心に誓った直後に、感情が抑えきれずに相手を殴り飛ばしてしまった!
ああ、なんて情けない、ルドルフ・ヴァリアンツよ。前世と合わせれば俺もう79歳だぞ!? いい加減落ち着かないでどうする。
冗談ではなく本当に世界を滅亡の危機に追いやってしまった。シナリオの軌道修正を望んでいるのに、なぜ俺はバッドエンドへの道のりを爆速で駆け抜けているのだろうか?
もう自分でも自分が分からなくなってきた。
イライラして頭を乱暴にくしゃくしゃすると、金色の髪がパラパラと舞い落ちる。これは非常によくない。このままでは、俺もストレスでスキンヘッド野郎になっちまう。
し、しかし、まだ望みは潰えていない。結局のところ、ハイネが勇者として覚醒すれば幾らでも修正は効くはずだ。
ゲームの魔人が一番厄介な点は、攻撃ダメージを大幅にカットする理不尽なスキル『罪の羽衣』にある。
魔人は全部で七人いるが、全員がこのスキルを持ち、ダメージ軽減率80%というイカれた仕様になっている。
『罪の羽衣』のおかげで魔人は攻撃に対する耐性が異常なまでに高く、普通に戦えば敗北は必至。
対抗できるのは勇者と聖女が獲得するスキル『聖なる祝福』のみだ。このスキルは魔人への特攻効果がある。その威力は実に120%のダメージ上乗せ。つまり、魔人の耐性を貫通して攻撃が可能という訳だ。
聖女は基本サポート系の能力が多く、火力は勇者が担当する。
魔剣士学園で仲間になる同級生達も、対人、対魔獣なら活躍するが、魔人戦になれば勇者をサポートする役割に徹する。
勇者の存在なしで魔人に勝てないと言うのは、こういった理由がある。
だからこそ、どんな手を使ってでも、ハイネを魔剣士学園に送り、勇者に覚醒させる。
しかし、本当に出来るか不安になってきた。
ハイネの俺に対する忠誠心は常軌を逸している。
俺に感謝を示すために自決なんて、どこの薩摩藩だ。忠誠心の高さヤバすぎるだろ。あんな過激派の化け物を家から追い出すなんて、俺に出来るのか?
「うっ、だめだ、考える程頭痛が……マーヤ~ジェフ~誰かいないか!?」
大声で叫ぶと、二人共急いでやってくる。
「どういたしましたルドルフ様……って、あらまあ。また怒ってらっしゃるのですか? もういい歳なんですから、いい加減落ち着かないと体に響きますわよ?」
俺を見るなりメイド長のマーヤがそう言ってくる。
「勘弁してくれ。頭だけじゃなく、耳まで痛くなりそうだ。頼むから、頭痛薬を持ってきてくれ」
「いっそのこと全身痛めて後悔すればいいのです。馬鹿にぬる薬はないといいますしね」
ぬぬぬ、メイド長なのになんて言い草だ。俺ってそんなに尊敬されてないのか。
「はあ、わかりました。すぐにお持ちします」
呆れた表情を披露して、マーヤは深いため息を吐き、颯爽と執務室からでいてく。そして、もう一人似たような表情を浮かべている執事のジェフにもお願いする。
「ウイスキーがあっただろ。すぐ持ってきてくれ。今日は酒を飲まないとやってられん」
「さきほど、ワインを開けたばかりでしょうに。飲み過ぎではないですか?」
「なら、それだけ異常事態ということだ。安い物で構わん。どうせ味なんてしいからなっ」
「もう直接アルコールを飲んだ方が早いのでは?」
「そんなことしたら俺が死ぬだろ!」
「はあ」
あれ、俺ってヴァリアンツ家の領主だよな?
この尊厳のなさは一体……
もちろん情けない姿を見せているのは自覚している。
これは家長として恥じるべき行為だ。だが、今は恥など捨てでも解決しなくてはいけない問題が山積みである。
二人が用意した酒と薬を飲みながら今後について考える。まず、ハイネの高すぎる忠誠心が問題だ。
ハイネは、俺と正室エミリアから生まれた子ではなく、妾のルナから生まれた子供だ。
だから、俺と、長男のジン、妹のリアは金髪碧眼に対して、ハイネはルナと同じ黒髪黒目で見た目が違う。
ゲーム本来の展開であれば、ハイネは冷遇される運命にあった。ハイネの母ルナは平民で、貴族の血をなにより尊ぶヴァリアンツ家において侮蔑の対象だ。陰湿な虐めは日常茶飯事でハイネもルナも精神を病むはずだった。
しかし、そこで前世の意識を潜在化に持つ俺という異物の登場である。
これは……情けない俺の恥となる話だが、俺はエミリアという妻がいながら、同時にルナも愛していた。
エミリアには死ぬほど怒られた。
「永遠の愛を誓っておいて、浮気とは何事か恥をしれ!」
と問い詰められ、最後は感情を抑えきれなくなったエミリアに短剣で三度も斬りつけられた。
「死ねぇぇぇ!」という掛け声で、突っ込んでくるエミリアへの恐怖心は、傷跡とともに俺の心に深く刻まれている。
それから一悶着も二悶着もあり、どうにか許しを得て、ハイネとルナは屋敷で一緒に暮らすようになった。
エミリアとルナとは親友のように仲良くなり、最後まで一緒に暮らすことが出来た。
最後……というのは、残念ながら10年以上も前に、ルナとエミリアは流行り病で亡くなった。前世と違い、ろくに医療も発展してないこの世界だ。珍しいことではなかった。
そういった背景があり、ハイネは母親と自分を冷遇せずに迎えてくれた俺や家族に、恩義を感じてるという訳だ。
まったく、馬鹿らしい。血のつながった家族なのだら当たり前だというに。
「しかし、どうしたものか。このままではハイネは永遠に家から出ないぞ」
世界を救う英雄どころか、自宅警備員で俺の胃に穴をあける寄生虫への道を突き進んでやがる。
「せめて追放とまでいかなくても、魔剣士学園に通わせないと本格的にマズイ」
魔剣士学園では、ハイネを成長させる機会が沢山用意してある。特に、歴代最高成績で入学する、後に聖女へと覚醒する正ヒロインとの出会いは、切磋琢磨できる最高の相手なのだが……
「ん、聖女? ……そうかっ、その手があった!」
急いでペンをとり手紙をしたためる。
送り先は、魔剣士学園の学園長だ。
内容は、息子のハイネに、優秀とされるヒロインを一度会わせてみたいから、家まで連れてきてくれないか、というもの。
ハッキリ言って、聖女は美しい。俺も、聖女目当てで何度も『聖者の冒険譚』をプレイしたものさ。
ハイネだって年頃の男だ。聖女を一目見れば気に入るに違いない。実際に、ゲームでも二人は恋仲のように気さくな関係だった。
恋というのは、まさに嵐だ。俺がエミリアとルナと出会って運命を感じた時のように、ハイネも聖女と会えば心を惹かれて、片時も離れたくないと思う筈。その感情は自分でコントロールできる類の物ではない。
そうなれば、ハイネは聖女が通う予定の魔剣士学園に進学したいと願い出るに違いない。
今から手紙を出せば数日以内には、聖女がくることだろう。
俺はその間に、他に打てる手を全て打って、万全の準備でその時を迎えようではないか。人事を尽くして天命を待つとは、まさにこのこと。
俺はようやく見えた、シナリオ回帰の兆しにニヤニヤ笑いながら、手紙に封蝋を押した。
ただひとつだけ、俺には気になることがあった。
「……そういえば、ゲームではハイネと聖女が結婚する描写は最後までなかったなぁ。あれは一体なんだのだろう? まあ、どうせ尺の都合かな。ゲーム会社も不況で予算もあまり用意できなかったみたいだし、エンディングを短くしたかったとか、そういう問題だから気にしないでいいか」
この浅はかな考えが後に俺を地獄に叩き落とすのだが……それはまだまだ先の話である。
完結まで執筆済みです!
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