獣深森
獣深森。
高さ五十メートルを超える巨大な木々が立ち並ぶ、魔獣が住まう危険な森である。
巨大な木々は空高くまで葉を鬱蒼と生い茂らせ、また大きすぎるが故に、木と木の間隔は、お互いの枝が干渉しないように人が二十人並んでも余裕があるほどの幅がひらいている。
木々の間を通り抜けて獣深森へ足を踏み入れる。
気温がグッと下がったような肌寒さを感じる。森には長い年月で蓄積した腐葉土の匂いが充満しており、独特な臭いが鼻を刺す。
「相変わらずここの空気には慣れんな。絶えず死の気配が漂ってやがる」
「ヴァリアンツ家の当主ともあろう方が、まさか怖気づいてるので?」
「そのまさかさ。俺だって死ぬは怖いからな。だが、今更引き返すつもりはない、安心しろ」
俺はジェフに、肩をすくませながらそう返事をした。
周囲には獣深森に侵攻する準備を終えた兵士達が二百名ほど待機していた。全員が白を基調とした甲冑を装備している。
その中には、軍団長のエドワード、副団長のキアン、フルプレートを着込んだシーロン様もいる。
ハイネ達はこの場には来ていない。
あいつらも遠征の同行を希望してきたが、獣深森は危険で、今彼らが大怪我をしたらゲームストーリーにも支障がありそうだったので、屋敷に留まるように厳命しておいた。
「さあ諸君、これより獣深森に踏み入れいる。魔獣は非常に危険な存在だ。全員気を引き締めよ!」
今回の遠征は、あくまで最初の一歩であり偵察が目的だ。
ゲームの時と同じように、ミスリルの鉱脈がはたして存在するのか、それを確かめる。この世界で、ミスリルの鉱脈が獣深森のどこにあるか知っているのは俺だけだ。
この知識が正しければ、ヴァリアンツ軍は大きな力を得ることになるだろう。
いよいよとなり、若い兵士の幾人かが緊張して固い表情をみせる。
若い兵士達の空気を感じ取ったのか、エドワードが場を和ませようと大袈裟に大声をあげた。
「よっしゃー、腕が鳴るぜぇ、俺が一番先に魔獣を仕留めてやる!」
キアンも対抗して負けじと宣言する。
「ふん、せいぜい最初の一匹を倒してへばってればいいわ。一番多くの魔獣を倒して評価を得るのはわ・た・し!」
「んだとお、じゃあ俺は一番最初に魔獣を倒して、一番沢山魔獣を倒すぞぉー!」
団長と副団長のいつものやりとりに、緊張していた兵士達がクスリと笑い声をあげて、少しだけリラックスした様子を見せる。
普段馬鹿な事ばかりしているエドワード達も、こういう場面では頼りになるな。
そして、俺はヴァリアンツ軍を率いて、ついに深獣森に侵攻を開始するのだった。
◇
「部隊ごとに左右から挟んで迎撃しろッ、正面から挑むな潰されるぞッ!」
閑静な雰囲気だった森は、いたる場所から怒号が飛び交う戦場と化していた。
指示を飛ばすと、五人ごとに編成された兵士たちが巨大な魔獣を囲む。
「グルァァァァァァァ」
分厚い灰色の体毛に覆われた獣が、後ろ足で立ち上がり咆哮をあげると、ビリビリと空気が振動する。
体長五メートルを超えるその巨体から発せられる威嚇は、訓練された兵士でなけれが卒倒しそうな威圧感がある。
この魔獣はストーンベア。
獣深森の中層後半に生息する、熊の見た目をした獰猛な魔獣だ。
ヴァリアンツ軍が普段相手をする魔獣よりも格上の相手である。三十センチもある鋭い爪は、容易く人を真っ二つにする威力を秘めている。
そんな危険な魔獣が、同時に四体も現れて状況は混乱を極めていた。
指示を飛ばす俺を含め、兵士達は対応に追われて忙しなく動き回る。
「一撃に注意しろ! 中距離射撃で注意を引き、その隙に左右から挟み込め!」
そう命令を下すと、弓を構えていた部隊が矢を放ち、ストーンベアの命中する。
「今だッ!」
弓矢に気をとられたストーンベアが、目前の敵から視線をそらして、弓兵を睨みつける。その一瞬の隙を逃さず、数名の兵士が武器を構えて突貫する。
しかし、
「グオオオォォォン!」
ストーンベアの遠吠が響く。ストーンベアの足元にあった土が僅かに光り、ドロドロとうごめいてストーンベアの全身を覆うように這い上がる。
先ほどまで、灰色の毛で覆われていたストーンベアの身体は、一瞬で土に包まれた。
柔らかった土は瞬く間に硬化して石の鎧に変貌する。
突然現れた石鎧に兵士達の攻撃は全て弾き返されてしまった。
「ちっ、またかッ! しつこい奴だ」
突撃してきた兵士達に、ストーンベアが反撃をする。
ブオンと風切り音を発生させて振るった爪は、逃げ遅れた兵士の鎧をガリガリと削り、甲高い摩擦音を響かせて火花を散らした。
ストーンべアはその名にふさわしく、土属性の魔法を扱う。
周囲の土を硬化させて全身に纏い、防御力を飛躍的に向上させる能力を持っている。
この状態だと動きは遅いが、まともに攻撃は通らない。
すでに二度、鎧を破壊しているが一定時間を過ぎるとまた石鎧が再生するので手こずっていた。
この仕様はゲームと同じであった。ゲームではストーンベアにある程度のダメージを与えると鎧は破壊されて、三分のクールタイムで復活する。
よって、攻略方法もゲームと同様の方法が通用する。
「風属性の者が前にでよ! ストーンベアの関節を狙え、そこが鎧の弱点だ。他の者達はサポートに徹しろッ」
「「「はいッ!」」」
命令通りに兵士たちが動き、ストーンベアの気を引きつつ、その隙に風属性の兵士達が攻撃を狙っていく。
ストーンベアは攻撃を嫌がり、首を激しく振って抵抗する。
『聖者の冒険譚』では、属性の優劣が存在する。
土属性には風属性が強い。そしてストーンベアの鎧には弱点が設定されており、うなじのもろい部分に弱点属性の攻撃がヒットすると鎧は崩れ落ちる仕様であった。
ゲームでは、勇者パーティーになる魔剣士学園の仲間達が主要な属性を持っているので、適正のあるキャラでちまちま攻略するのだが、今はゲーム世界ではない。現実の強みを最大限まで利用させてもらう。
この場には、この日のために、獣深森の適正に合わせて選定した兵士達が二百人もいるのだ。時間さえあれば間違いなく攻略可能である。
「よしっ、一撃を与えたぞ!」
一人の兵士が魔力で身体能力を強化して、ストーンベアに飛び掛かり、魔法の風をまとわせた剣で弱点の関節を次々に斬りつける。
「ぐおぉぉぉん!」
硬化していた石の鎧は、弱点を突かれてボロボロと崩れ落ちていく。
「次こそ猶予を与えるなッ、息の根を止めろ!」
俺は絶えず指示を飛ばす。
こんな場所で大切な兵士を失うわけにはいかない。
攻略方法を知っている俺が全員を守るのだ。
鎧を失ったストーンベアがひるむと、左右で待機していた兵士達が一斉に攻撃を開始する。それぞれが魔法属性を付与した武器で、ストーンベアを斬りつける。
―――しかし
兵士達の攻撃では、巨大な魔獣相手に致命の一撃を与えるには足りなかった。
全身から血を流したストーンベアが唸り、反撃を加えようとがむしゃらに暴れだす。
「ぬあああ」
逃げ遅れた若い兵士が転倒して、無防備な体を敵にさらしてしまう。
―――まずいッ
考えるより先に体が動いていた。
俺は鋭く一歩を踏み込む。
バチンッ!
電流が弾ける音が鳴った。
体中に雷の魔力を行き渡らせて、無理矢理に自分の身体能力をあげる。
―――間に合えッ
若い兵士めがけて全速力で駆け出す。
ストーンベアが目の前に転がる兵士に気が付き、鋭い爪のついた腕を振り下ろす。
その動作に合わせて、俺は腰に手を伸ばし、護身用として持ってきた、破滅の剣の柄を握る。
走った勢いそのままに若い兵士の前に割り込み、迫りくる爪に向けて、剣を抜き、振りぬいた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ガルアアアアアアアア!」
スパンと快音が響き、切断された三本の爪が宙に舞って、手負いの獣の悲鳴がこだまする。
「引くぞ!」
「は、はいっ!」
俺はすぐさま、倒れていた兵士を起こして後ろにさがる。
「だれか、援護しろ!」
爪を弾き飛ばされたストーンベアが怒り狂って、おれに腕を振り下ろしてくる。
もの凄い迫力だ。
やはり、知識で知っているゲームと、実際に経験するのでは大違いだ。
だが、侮ってもらっちゃ困る。
おれだって、若い頃はそれなりに暴れてきたんだ。
「領主を舐めんな、くそクマがぁぁ!」
破滅の剣に雷の魔力を乗せて、渾身の一撃を放つ。
鮮血が飛び散る。
ストーンベアの太い腕が宙に舞った。
「いまだッ! やれえい!」
俺がそう言い切るが早いか、目にも止まらぬ速さで駆け出してきた女が、動きを止めているストーンベアの前に躍り出て、水の魔力を付与した剣を振った。
副団長のキアンだ。
「水刃!」
水の魔力は剣の切っ先から刀身の三倍以上の長まで伸びて、まるで水の鞭のようにしなり、ストーンベアを横一線に切断した。
散々暴れた魔獣は、上半身をドサリと地面に落として沈黙した。
トドメの一撃を決めた女が返り血を拭いながら、深く息を吐く。
「ふうー、流石にこうも数多いとしんどいな。あっ、ルドルフ様! 見ていましたかこのわたしの活躍を!」
「あ、ああ」
颯爽とストーンベアを倒したキアンが笑顔を見せる。
「どうです、私を団長に昇格する気になりましたか?」
こんな時にまで、わざわざ昇級のアピールをするとは、ブレないなこいつ。
「一応考えておこう。見事な一撃であった」
「ありがとうございます、日頃から訓練してきた甲斐がありましたわ! ルドルフ様も、魔獣の固い爪を一撃で弾き飛ばすとは流石ですね」
「たまたまだ。いきなり体を動かしたせいで、身体があちこち痛いわ」
正直、破滅の剣のおかげだ。
勇者ではない俺にはコイツの能力を引き出せないが、チート武器なだけあって頑丈で刃こぼれしないし、切れ味も凄まじい。
ハイネがなにを言っても受け取らないので、倉庫に腐らせるよりはマシかと思い持ってきたが、正解だったようだ。
「それよりお前は別の部隊を指揮していただろ。そっちのストーンベアは倒したのか?」
「もちろんです! あそこにぶっ倒れております」
キアンが指さした先にはもう一体のストーンベアが、袈裟斬りで真っ二つになって倒れていた。
「やるじゃないか。ここまで強いとは驚いたぞ」
「えへへ、常に団長の座ねらい日々研鑽を積み重ねておりますので」
ライトブルーの髪をいじりながら、キアンが照れた様子でそう言う。
「あと二体いたはずだが、そっちの方はどうなった?」
「臨時顧問殿のサポートで兵士達が一匹殺ったみたいです。最後の一匹は……今終わったみたいですね」
キアンが言い終わると、ドーンと爆発音が鳴り火柱が上がる。
そちらに目を向けると、何故か上半身裸になっているエドワードが、剣を持った手を空に掲げてガッツポーズをとっていた。
「ぬうおおおおお! ついに、鎧ごとぶった斬ったどー!」
そう叫ぶエドワードは、一人だけ異様に泥だらけだった。
「流石です団長! はじめて見直しましたよ」
どうやら、わざと鎧を解除しないで戦っていたらしい。そのことを自慢して、珍しく部下の兵士たち称えられていた。
折角弱点を教えてやったのにそれを無視する意味が分からない。
「ちっ、ルドルフ様。次ストーンベアがでたら私に任せてください。必ずや、鎧ごとぶっ殺してやります」
遠目からエドワードを見ていたキアンが悔しそうにそうつぶやく。
いや、だからなんでそうなるんだ。
アホな真似してるからアイツだけ苦戦して泥だらけになってんだろ。
「駄目だ。この先も長いんだ。力は温存しておけ」
「くっ……命令なら仕方ないですね」
ここは既に獣深森の中層だ。
俺達が森に入ってから三日経過している。
ストーンベア以外の魔獣とも何度も交戦していた。
キアンもエドワードも威勢は良いが、度重なるゲリラ的な魔獣の襲撃に、明らかに疲労の色が見えている。
他の兵士達に関しては、程度の差はあるが、半数以上がどこかしらに傷を負っている状態だ。油断はできない。
しかし、引き返すつもりはない。
俺がゲームで発見したミスリル鉱石の場所まで半分以上までのとこまできている。
目的地まであと少しだ。
―――そして、二日後
俺達はついに目的地へと辿りつくのであった。




