俺が出会った女性は、女神様だったかもしれない
強い風を受けて、繰り返し、繰り返し。
白い泡が海を縁取る。
濃い緑色の波が、濃厚な泡を纏い、その様子はまるで──。
「クリームソーダみたいだ」
せっかく南国に来たのに、この強風。
楽園どころか、嵐の前触れ。
(いや、嵐はもう、来たんだった)
婚前旅行のつもりで来た彼女から、盛大に振られた。
"もっと良い男性が出来たから、別れたい"。
そんな理由での、一方的な破談。
さらによくわからない理由で、なじられた。
"あんたの金で旅行出来るから、帰国したら振ってやるつもりだったのに。このタイミングで気づくなんて、間の悪い!"
同室にしていた彼女が、しきりと連絡を取り合うRINEから、発覚した浮気だった。
相手の男とは現地集合。この南国で、落ち合う予定だったらしい。
当然、部屋はキャンセル。
彼女とはその場で別れ、急遽取り直したホテルから、あてもなく散歩した海がこれ。
観光地なのに周りに誰もいないのは、海が荒れてるからかもしれない。
「クリームソーダとは、なんだ?」
背後から、突然女性の声がした。
驚いて振り返ると、現地人か、髪の長い美人がたたずんでいる。鮮やかな緑色の民族衣装が、よく似合っている。
俺の独り言が聞こえていたようだ。
「あっ、えっと、飲み物です。ジャパニーズ・ドリンク?」
俺のぎこちない返事に、女性が首をかしげた。
(うっ、意味不明ですよね)
知らない人の前でスマホを出すのは不用心かと迷ったが、彼女の雰囲気に促され、気が付くと検索画面で"クリームソーダ"の画像を開いていた。
「これがクリームソーダです。とても甘くて、のど越しが良い人気のジュースです」
言いながら、自ら出したその写真に引き込まれていく。
そういえば最後にクリームソーダを飲んだのは、いつだったかな。
目にするだけで心弾んで、イヤな気持ちも吹き飛ぶ神飲料。
(久々に、クリームソーダ飲みたいな)
そう思う俺の傍らで、スマホを覗き込んだ女性が、目を丸くした。
「なんじゃこれは。海が詰まっておるな!」
その声がとても嬉しそうで、瞳が生き生きと輝き出す。
(ほんっっとに、キレイな人だなぁ)
改めて感心しつつ、彼女の表現にほっこりした。
女性は楽しそうに、俺を見る。
「この部分が海なら、この白いのは雲か? なるほど、こっちの赤いのが太陽というわけじゃな! 自然への敬意がよく表れておる。感心じゃ」
白いのはアイスで、てっぺんの赤はチェリーだけど。
(あーっ、そんなふうに見たことはなかったなぁ)
言われてみれば、なるほど、そうも見える。
「ほう? そなた、笑うとなかなか可愛いの」
「えっ」
俺はいつの間にか、微笑んでいたようだ。
さっきまで最低最悪な気分だったのに。
「先ほどは酷い顔をしておった。……何かあったのか?」
「……っつ」
旅の恥はかき捨てという。
俺は思わず、どこの誰かもわからない外国人に打ち明けていた。
「実は……、いま流行りの婚約破棄に遭ってしまって……」
「婚約破棄? 結婚の約束を反故にすることであろう? 流行っておるのか、そんな不誠実が」
「あっ、あ──。流行っているのは、物語でなんだけど……。自分で体験すると、キツイなぁと」
「おかしな話が、流行る国なのじゃな」
「はぁ。まあ、確かに」
(あれ。そういえば彼女、すごい時代がかった話し方だと思ったけど、アニメや漫画の影響とかじゃなかったのかな)
ジャパニーズ・アニメやコミックの人気は、海外でもすごいと聞く。
あまりに流暢に会話できるので、メディアで日本語を学んだ人かと思ったけど……。ラノベを知らない?
「ふむ。それで海を眺めておったのか。構わぬぞ。その暗く重い気持ち、海に投げ捨てていくが良い」
「え?」
「海は広くて深い。沈んだ気持ちのひとつやふたつ、万や億、平気で引き取れる」
海に、悩みや悲しみを?
「でも、いろんな人がそうやって悲しみを捨てていくと、海が困りませんか?」
俺が聞き返すと、彼女は大きく笑った。
「アッハハ! 面白いな。そなた、真珠を知っておるか? 己のが身のうちに入った異物をくるみ、優しい宝に変える仕組みを。
悲しみを投げ捨てたところで、海はそれをくるみ包んで、輝きに変える。ゆえに海は美しいだろう?
大丈夫じゃ。安心して、海に任せておけば良い」
何故か素直に。
ストンと彼女の言葉が腑に落ちた。
俺のこの行き場のない気持ちも、海が引き取ってくれるなら。
また前を向いて、生きていける?
目の前の美人が、笑みを湛えたまま言う。
「そなたは心根の良い若者だ。そなたの服の色、緑のようだが、よく見ると青緑に近い。他国の者であることだし、今回は特別に見逃してやろう。だが、異国を訪れる時は、その土地の"禁忌"も調べておくのじゃぞ。我はいつも、寛大というわけではないからの」
「えっ、えっ?」
俺は何を言われているんだ?
「クリームソーダとやら、興味深かったぞ。婚約破棄は残念だったが、婚前に気づけて何よりだったな」
ザッバァァァン!!
海からひときわ大きな波音がして。
そちらに気を取られた一瞬の後。
気が付くと、目の前にいたはずの美人は消えていた。
(いまのは、一体???)
彼女は"禁忌"と言った。
俺は気付かないうちに、何かのタブーを侵したのだろうか?
風は、いつの間にか止んでいた。
穏やかに澄んだ海が広がって、俺の心も不思議に落ち着いている。波の音が、先の女性の声のように心地良い。
(モヤモヤを、海が持って行ってくれたのかな)
そしてホテルに戻った俺は、現地スタッフから大慌てで説明を受けた。
いわく、緑の服で海に行ってはいけない。
緑は、"海の女神"の色だから、緑の服を着た人間は海に呑まれてしまうという。
ゆえにこの島で、緑を着て海に行く者は誰もいないと。
(……さっきの女性は、緑色の服だった)
よくよく思い返すと、彼女は日本語を話してなかったかもしれない。
聞き慣れない響きの言葉で、でも意味が理解出来たら、脳が日本語だと勝手に解釈してた気がする。
南海の女神。
代々の王と婚姻を結ぶ彼女はいまも、この多島海で強く信じられている。
(俺が出会った女性は、女神様だったかもしれない──)
後日、俺を振った元婚約者が浮気相手とのクルージング中、原因不明の船の不調により、沖で長く立ち往生した話を伝え聞いた時。
海辺で会った女性をふいに思い出したのは、偶然かもしれないけど。
(いつか島に、クリームソーダを届ける方法があると良いな)
そう思いながら、俺は白い雲をすくって、パクンと口に運ぶ。
(日本のクリームソーダは、やっぱ最高)
暗い気持ちを吹き飛ばす、海とクリームソーダに大感謝!
お読みいただき、有難うございました!
こちら企画参加作品となります。クリームソーダの後半戦です(笑)
モデルの島は、ジャ〇島。
南海の女神は代々の王と結婚するらしく、ジョグジャカル〇の王宮にある"水の宮殿"からは、海の底の女神の宮殿につながる道があると言われています。
なにぶん他国の女神様。失礼があってはいけないので、いろいろ伏せて、こんな感じになりました。
だからこれは、どことも知れない場所の、どことも知れない架空の設定です。
ご検索いただくと該当の伝説がヒットするかと思いますので、気になる方はお調べください。 (*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコ
日本だけど、クリームソーダっぽい海。ナマで見たらそれっぽかったのに、写真だと上手く写せてなかった…。
お祭りには今度エッセイも出したいです♪ せっせとクリームソーダっぽいものを集めてます。
話題のガチャには出会えてない。カモーンщ(゜Д゜щ)、クリームソーダのガチャー!
【追記】2024.11.08.幻邏様がイメージ・バナーを作成くださいました! ありがとうございます!