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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第八楽章『鏡射【リフレクション】』‐1‐

「もし、鏡に向かい右手を挙げたら、鏡に映る自分はどちらの手を挙げる?」


 この問いを投げかけられた者はそろって『左』と言うだろう。

 だが果たしてそれは合っているのだろうか。

 鏡の中の自分には、それは左ではないのかもしれない。




 ◆  ◆  ◆




 私はいろいろと凛のお母様である美奈さんから、凛についての事を教えてもらった。

 凛は『対象物の動きをほぼ同じ動きで再現する事が出来る』という事だ。それを聞いた私はハッとした。


「確かに…。凛は変に思えるぐらい動きの再現率が高いです。凛に薙刀を教えていた湧樹も目を見張るほど同じような動きをしていましたし」


 そこは私も不思議に思っていた。運動をろくにしないと言っていた凛なのだが、驚くほど上達が早かった。動きの速さや技の切れについては確かに後れを取っている。なのに動きに悪いところは見当たらない。それどころか湧樹の目から見てそれは完璧と言わざるおえないほどだった。


「そら骨格や筋肉量の違いからわりかしの劣化は避けられへん。でもほんでもなんもかも同じ動きが出来てまう。ほんまに大変なえらい子やったわ」


 言うならば『模写コピー』といわれる能力だろうか。なにせ見た相手の動きを同じように出来てしまうのだから、普通の生活をする上で大変問題のある能力である事には違いない。

 でもここで逆に疑問も出来てしまった。


「凛の能力が大変なものなのは分かりました。それならなんで私が教える魔術は覚えられないのでしょう?」


 そう、それは『何故、凛は私が見せている魔術を模写コピー出来ないのだろう』という疑問。

 イメージ、想像力の強さに私と凛に違いはあるかもしれない。それでもそのような能力があるなら少なからず出来てもいい。

 そしてそれに反し、さっきも言っていたように湧樹が薙刀を教えていた時の上達の速度が早かった事だ。これはどう考えても美奈さんが言う凛の能力によるものだったのだろう。

 『武術』と『魔術』は、言ってみれば『運動』と『学問』という両極端に等しいものだ。そこに能力の使われ方に違いが出ないとは言い切れない。

 でもそれだけだろうか。もしかしてその凛の能力には、何か制限のようなものがあるのだろうか。


「ふふ。言うのが遅くなったけど厳密に言えばあの子の能力は、今アンタが思っとると思う『模写コピー』ではおまへんよ。相手の動きと同じ動きをする事が出来るというのは合ってるんやけど、そういう意味ではおまへん」


 ますます意味がわからなくなってしまった。

 もう一度整理する必要がある。凛が動きを見せたらすぐに同じことができると言うのは、美奈さんの言動から間違いはない。ただそれは美奈さん曰く、『模写コピー』ではない、との事。そこが湧樹の動きを真似できて、私の教えた動きを真似できない理由になるのだろう。

 必死になって考えるのだけど、いくら考えてもその理由がわからない。

 美奈さんから聞いた話だと、凛が言葉をまともにしゃべれないような小さい頃、美奈さんが文字を書いていたのを見ていた凛が隣ですぐに書けるようになったのだという。絵もまともに書けないような小さな子供がだ。

 どう考えても答えにたどり着けない私は、頭を抱えてしまう。

 そんな私を見かねた美奈さんは、意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。


「じゃあヒント。確かにうちの真似をして凛は文字を書いた。でもうちは最初、それが文字だと思わなかったんよ。小さい子が書いたお絵かきにしかね。でもある事をしたらそれが文字なんだって気付いた」


「ある事?」


「そう、ある事。それに使う道具なんやけど、無くてもなんでも代用できるわ。水もそやし、窓ガラスも。水は難しいけどな」


 その言葉を聞いて、私は窓ガラスの前にやってくる。外はもう夜に染まり、ほとんどの家が明かりもつけていない。

 …っと、そんなことを見てる場合じゃない。考えるべきはこの窓ガラスで何が出来るかだ。


「もうわかったん?」


 そういうのは窓越しに私を見つめる美奈さん。頬杖を突きながら、私の方を見てニヤニヤとしている。寝ていると思っていた私を連れてきた猫の使い魔も、私の様子をうかがいながら体を震わせている。笑いをこらえてるようにしか見えない。主人が主人なら、使い魔も使い魔だ。性格が似ているのだろう。

 どういう表情をしているのか、私に見えていないと思っているのだろうか。外が暗いせいで鏡のように窓に映っているという、のに…。


「……っ!」


 私はハッとした。

 考えてみれば私の教え方と湧樹の教え方の違いが、大きなヒントになっていたんだ。

 私は凛に「やってみてください」と言って、私と同じ動きをさせた。対して湧樹は「俺を鏡と思って構えていいから」と言って始まり、そのまま自分の動きを真似させ続けた。真似をさせたという過程は同じだとしても、そこには決定的な違いがあった。

 私が右手を動かしたときには凛には右手を、そして左手を動かしたときは左手を。まったく同じ動きをさせていたのだ。

 対して湧樹は自分を鏡のようにして凛と向かい合い、湧樹が左半身を前に出せば、凛は右半身を、薙刀を左に振り上げれば右に振り上げる。

 それが答えならば本当にそれこそ鏡のようにほとんどたがわぬ動きを見せていた凛の説明がつくのだ。


「もうその様子やとわかったみたいやね。凛の能力は相手の動きを左右逆でコピーしてしまう、能力らしう言うなら『虚像ヴァーチャルイメージ』っちゅう所かな」


 本来『虚像』と言う言葉の意味は、「物体から出た光線が凹レンズや鏡などにより発散させられた場合、実際に光線が交わって生じる像ではなく、発散した光線を逆向きに延長してできる像」と言われる。そこにもう一つ左右逆になった物体があるように見える像だといった方が早いかもしれない。凛はその『虚像』のように相手の動きを写し盗る事が出来るのだろう。


「小さい時、文字書けるのを見たときは、こら天才だと思っとった。でもまるっきり鏡文字で書いちゃうから意味ないしなあ。ちゃんと書ければテレビにでも出れたんやない?、『天才児現る』て。そしたらうちの子やったら芸能事務所が放っておく訳ないし」


 とんでもない自信家だ。いくら自分の子が可愛いからってそこまで言えるだろうか。

 そこからマシンガンのように凛の可愛さを説明する美奈さん。「あの頃はホンマ可愛かったわ」とか「だからって今の凛が可愛くない訳やない」と息継ぐ暇がないほどの迫力に押され、私は何も言えずにただ座り込んでいるだけだった。

 すると、


「ご主人よ。あのルリとかいう妖精、ご主人の子供である凛の可愛さに疑問があるそうだよ?」


「…は?」


 何を言っているんでしょう猫さんは。

 それを聞いた美奈さんは膝に乗せていた猫を、座っていた椅子に下ろしゆっくりと立ち上がる。向かった先は本棚で、分厚い本らしきものを3冊ほど取って戻ってくると、私の前に戻ってきた。

 恐る恐る目の前にいる美奈さんの顔を見ると、ものすごい真剣な表情で私を見つめる。


「---て」


「へ?」


「これ見て」


 私の問いかけは受け付けず、「私に従え」と言われてるかのような気迫で言われる。

 持ってきたものを見てみると、表紙には『凛's Memory』と大きく書かれ、背表紙にはそれぞれ数字が書かれている。そして一番上の表紙の真ん中には、たぶん凛と思われる小さな可愛らしい子供の写真が。見た目からしてアルバムに間違いない。


「これ見ればどんだけ凛が可愛いか分かるやろ。うちが解説しながら教えたる」


「え、でも私明日早いですし---」


「そんなんどうでもええ。今は凛の事をあんたに教えるんが大事や」


 そこまで言うと私の言葉も待たずに凛について語りだしてしまう。もうこれは逃げることはできないようだ。

 一方の猫さんはもう耐えきれず椅子の上で笑い転げている。誰のせいでこうなったと思ってるんだろう。


「よそ見するんやない!」


「は、はい!」


 ※  ※  ※


 もうここからは美奈さんの独壇場だった。

 何時間話を聞き続けていただろう。気付けば空は少し明るさを帯び始めていて、外から新聞ニュースペーパーを配っているというバイクの、細かくエンジンを掛けたり切ったりする音が聞こえてきていた。

 ようやくしゃべり終え満足した様子の美奈さんは、ほなら本題に入りましょ、と言い出した。私はもうすでにグロッキー状態だ。左右に揺れる体を必死で立て直す。猫さんの方を見るとすでにずいぶん前から小さく丸まって寝てしまっていた。


「これから言う事は、すぐに返事をせんでもええから。じっくり考えて、答えてほしい」


 その眼はさっきまでの眼とは違い、別の意味で真剣な眼をしていた。




 ◆  ◆  ◆




 こんなのは初めての感覚かもしれない。

 今私は天井を見上げていた。何が何だかわからない。

 ただ私は右の脇腹の辺りに痛みを感じていた。


「美緒! ぼうっとしない!!」


 聞きなれている声。ただその私の名を呼ぶ声は、普段聞いた事がないほど力の入った声だった。その声に反応し、今の状況を整理しようとした。

 けどそんな事を許さないというほどに、私の前方から迫ってくる影が。

 私に一直線に迫ってくる影。それは確かに顔に目がけて迫ってきていた。避ける間もなく私は被弾するのを覚悟した。けど目を瞑るそんな私に、一向に何も当たる気配がない。

 すると、


「…なよ」


 そう小さな声が聞こえてきた。

 ゆっくりと私が目を開けると、拳一つ分先のそこには、凛さんが持っていた薙刀の切っ先が。


「気を抜くなよ…。美緒は手を抜くような相手じゃないぜ…」


 まるで機械が喋っているような抑揚のない言葉。その言葉を喋るのは他の誰でもない戦っている凛さん。目は開いているのに、まるで人形のように生気を感じない。

 しかも口調はさっきまでの凛さんには似つかわしくない、まるで男のようなもの。…と言うよりこの口調は、私が絶対に間違えるはずがない。

 すると、何もしようとしない私に対し向けていた薙刀を引く凛さん。そして薙刀をバトンを回すかのように軽々と扱う。そのたたずまいも見間違えるわけがない。


「さて…、それじゃあしっかりと防御しろよ…」


「…湧にぃ」


 そこには凛さんの姿をした湧にぃが立っていた。




 ※  ※  ※



「ネプチューン・プラネット・パワー・メイクアッ プ!!」


サブタイトル書いたら、この変身の掛け声が頭に浮かびました。

…歳がバレてしまいそうな気がします。

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