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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
71/73

~間奏曲~

 美緒さんに連れられたどり着いたのはお風呂だった。温泉の香りが脱衣場まで香ってくる。

 神社で道場も持っているということで驚いていたのに、温泉まであるのか…。驚くよりも呆れたように苦笑が出てきてしまう。


「…それじゃあ、お先に」


「え?、ま、まって」


 いつの間にか小紋を脱いでいた美緒さんが先に行ってしまった。

 いそいで服を脱いだ私は長い髪を上でまとめ、渡されていたタオルで体を押さえながら浴場に向かう。扉を開けて中に入ると、ひんやりとした石の感触。目の前にあるのはまるで旅館に来たと錯覚してしまうような見事な木で出来たお風呂。檜風呂というのだろう。

 美緒さんを見てみると、手馴れているように座りながら『かけ湯』をしている。かけ湯というのは温泉に入る時のマナーだ。かけ湯は大きく二つの意味を持っている。まず一つは『これからお湯に入る』という身体へのサインとして。かけ湯をすることで身体への負担が軽くなり、入浴時の血圧上昇を防ぐことができるとか。そしてもう一つが『身体の汗を落とす』というのもある。大衆浴場ではこちらを心がけてほしいという思いが多いはず。私だって一緒に入る人がしっかりと汗を落としてからでないと、同じ湯船に浸かるのは気が引ける。

 美緒さんのやり方に習い、しっかりと自分の体にかけ湯をし、ようやくお風呂の方に浸かろうとした。すると、


「こら。どうせ誰も見ちゃいないんだから隠さなくてもいいじゃない。それに湯船にはタオルは入れちゃいけないんだぞ。」


 そう言うのは先に入っていた美緒さんのお母さんである美琴さんだった。

 湯気が立ち込めていてわからなかったけど、だいぶ長い事お風呂に入っていたようで、頬が赤くなっている。にししと笑うようにこちらを見つめる美琴さん。

 …なんでだろう。退魔士の人ってスタイルが良くなるんだろうか。とても二人の子供がいるような女の人の体つき。出るとこ出てて絞める所はきっちり絞まってて……。私もそんなふうになれる力が手に入るなら、退魔士になるのも悪くはないかもしれないと思ってしまう。

 まあそれはさておき、確かにタオルを湯船に入れないというのもお風呂に入る時のマナー。仕方なくもその言葉に従いタオルをとって入る。

 小さく縮こまりながらお風呂に浸かった。だんだん体が温まってきて良い気持ちになる。体の節々の痛みも和らいでいくようだ。


「隠すほど見られて嫌な傷があるわけじゃないんじゃない。白くて綺麗な肌だわ」


「へ…?」


 謙遜しちゃって~、と言う美琴さん。いつの間にか隣に来ていた。横に座ると腕を撫でるように触ってくる。触りながら、いいねいいねぇ~、と言いながら触り続ける様子は、まるで雅ちゃんを思わせる。

 どうすればいいのだろうかと美緒さんの方に目を向けると、私に微妙な表情を浮かべ「あきらめてください」と言っているようだった。

 それは、どういう事なんだろう…?


「若いっていいわねぇ。ずっと触ってても飽きないもん」


 すると間髪入れずに触っていた手がどんどん揉むような動きに変わっていく。


「程よくお肉が付いてて、ホント男の子に好かれそうな体つきね」


「え、あ、あの…、ん…」


 何も出来ずにいる私の動揺をよそに、太ももや脇腹のあたりまで触ってくるようになった。どうすればいいかわからず、なすがままでいる私。普段雅ちゃんに触られてくるような悪戯っぽいような触り方ではなく、くすぐったいと言うよりももどかしいようなで、なんていうか、その…、


「気持ちいい?」


 美琴さんの言葉に私はビクリと反応し、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。意地悪く、んふふ、と笑う声が聞こえた。わかってやっているのだろう。


「じゃあこっちは…」


 脇腹のあたりを触っていた手が、ススッと手が上がってくる。それと同時に太ももの辺りを撫でていた手も同じように太ももの内側に沿って上がってくる。身の危険を感じ、私は咄嗟に立ち上がった。


「あの、体洗ってきます!」


 私はそそくさと逃げるように湯船からあがった。のぼせたわけではないのに、顔がとても熱くなっていた。




 ◆  ◆  ◆




「…お母様、からかうのはいけませんよ?」


「良いじゃないのよぉ。悪い事はしてないんだし」


 見ようによっては悪い事をしているようにも見えてしまう。その…、はしたないので詳しくは言いづらいけど、何をしているのか知らない人が見れば、即刻通報されてもおかしくないはず。

 実際あそこまでしたのも、変に意識させないようにする為のことなのだとかで、いろんな人に同じようにしているとか。…主に女性に。

 お母様は別に人の体を触って悦に浸るような人ではないのだか---。


「それにしても良い体してるわねぇ。美緒に負けず劣らずの触り心地だし、もっと触ってたいわ」


 …いや、やっぱりそういう人なんだろうか。というよりそんな比較対象に自分の娘を挙げるのは、実際娘でもちょっと引いてしまう。


「…それで、凛さんの体の状態はどうなんですか?」


 そうだったわね、と言いながら頭を掻くお母様。

 お父様が『武器の取扱い』のプロなら、お母様は『体のケア』のプロといった所で、二人とも退魔士を相手にしての商売で退魔士間では結構有名な夫婦みたい。

 自分の親の事で「みたい」とつけているのも変だけど、どうにもその話が私には信用できない。私から言わせればただの『武器マニア』と『触り魔』にしか見えない。


「最初に見たときにひどく傷んでた筋肉、それと関節なんかはほとんど問題なくなってるし、あの分ならちょっとした筋肉痛とかで終わるでしょ。納得いかないわ。意識がないときの痛みは、まるで無視しちゃうみたいで」


「…」


「それより美緒、あんたも結構なの喰らったじゃない。お母さんに見せてみなさいよ」


「…大丈夫です。巴様との稽古で慣れてますから」


 私がここ、成瀬家に来たのは、巴様に稽古をつけてもらう為だった。

 それというのもウチはお父様は湧にぃと同じぐらい強いけど、『退魔士』が本職ではないし、お母様の方も湧にぃのお父様の妹として退魔士の家系に生まれながら、そういった強さを身に着けようとは思っていなかったようで、武術などに関してはからっきし。

 それでも私は退魔士になりたくて悩んでいたら、それならと湧にぃが出て行ってしまった成瀬家へと巴様に招いてもらい、お世話係という名目でこちらにお邪魔している。湧にぃがいないのは残念だけど、稽古をつけてもらえるなら私は嬉しかった。

 こっちに来てからは稽古の日々。巴様はやさしくも厳しく私を指導してくれて、滅多な事じゃ弱音を吐くことはなくなったと思う。


「はあ…、女の子があんなの喰らって「慣れてますから」って。少女は弱くて儚げなのがいいと思うわ。娘がこんな風に育っちゃって、お母さん悲しい」


「…私の理想は違います。生涯を一緒に連れ添う相手に見合った強さは必要です。それが退魔士なら尚の事」


「ホント、アンタは湧樹のこと大好きね。湧樹に連れ添う約束もしてないのに、普通にそんなこと言えるのね」


 それはそうだけれど、思いは口にしていないと叶わない気がするし、一種の癖のようなものだ。


「でも、それなら別にあなたは家庭を守ればいいだけじゃない。それだって女が持てる立派な強さよ。無理にどんな時でも隣にいる事の方が良いって訳ではないんだし」


 そんな事はわかってる。むしろ邪魔になってしまうことの方が多いかもしれない。それでも私はそうしたいのだ。それは私が譲れない意地であって、お母様やお父様、他の方が何と言おうとその意思を変えようとは思わない。そうしないと…、


「ああ、そっか。湧樹に変な女が付かないようにしたいのね」


「…な、何を言ってるんですかお母様。退魔士としての品格を損なうそのような考えは持っていません!」


 はいはい、と言って私の訴えも空しく私を見てニヤニヤするお母様。

 …ええ、はい。

 そうです、そうですとも。お母様の言うとおりです。良いじゃないですかそれぐらい。

 湧にぃが好きなんですもん!、大好きなんですもん!

 正直言えばあの一緒にいらした水華月さんという方と暮らしている事だって私は嫌ですよ。いくら仕事でだとしても一緒に住まなくてもいいじゃないですか。

 うらやましいですよ。湧にぃが初めて一緒に暮らす異性は私が最初になりたかったんですから。どうしてくれるんですか。

 いろいろ思い描いてたあんな事こんな事をいくつ先を越されたのかと思うと、とてもじゃないけど落ちついていられ…って、何を言ってるんだろう。私。


「…はぁ」


「なによ、落ち込んでるの?」


「…そういう訳じゃない、事も、ないです」


 自分で言っておいて自分の意気地のなさを嘆いてしまう。

 こんな思いをするぐらいなら、自分のこの思いを伝えられれば良いのに。するとそんな私を見かねてだろうか、お母様は私の頭をポンポンと叩いてきた。


「ふふ。大丈夫よ。アンタはかわいいんだから、湧樹が放っておく訳ないじゃない」


「…何を根拠に言ってるんですか?」


「別に~。私の娘が気に入らない訳ない、それだけよ。それに…」


「…それに?」


「う~ん、…いや、やめとくわ。兎に角、あなたなら大丈夫よ。なんかあったら最終的に湧樹の事を押し倒して既成事実作っちゃえばいいわけだし。なんならどういう風に迫っていけばいいか手ほどきしてあげるわよ? それなら私でも簡単に教えられるわ」


 もう親が言うような言葉じゃない。私は何も言い返さずに一つ息を吐く。

 こんな親に育てられ、こんな風に育った私。よくも性格が屈折せずに育ったものだ。


「…」


 まあ…、でも……。

 私は小さく呟く。


「…あとで、教えてください」


 決して興味があるわけじゃない。殿方に失礼がないようにするためである。




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