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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
7/73

~間奏曲~


 春の陽気のいい陽射しが差し込む日。何事もなくただ事務所でのんびりと過ごす俺と夏美さん。

 夏美さんは案件の提出資料の作成、俺はすることもなく、持っていた小説を読んでいた。本来、そういう仕事は一応雇われた助手である俺の仕事なのだが、やりましょうか?、と俺が言うと夏美さんはそれを断り、居てくれればいい、と言う。

 しばらくして一息ついた夏美さんが俺の方を見て不思議そうな顔をする。


「あれ? そういえば成瀬君…」


「はい?」


 お気に入りの小説を読んでいた俺は、しおりを挟み視線を本から夏美さんに向けた。


「…学校は?」


 確かに夏美さんの疑問は的を得てる。もう四月というのに俺は学校にも行かず、事務所でのんびりしている。普通の人が見ればおかしい。

 俺は手を口に置きプッと噴いてしまった。別段おかしい所がなかったはずなのに、笑っている俺を見て夏美さんは頭に『?』を浮かべるばかり。


「すいません。えーっと、俺学校行かないんすよ」


「え!」


 俺の言葉に驚く夏美さん。そのはずだ。

 一応ここに入る時、俺は学校に行くと言ってあったのだから。


「いいの? この仕事のせいなら気にしないで行きなさい。やめてもいいんだから---」


 本気で心配そうな顔をして言ってきた。

 その顔を見てまた笑ってしまう俺。夏美さんはもう訳がわからない様子だ。

 俺は立ち上がり自室に戻っていく。住み込み可というだけあって俺の部屋まである。なんともありがたい事だ。

 そして2・3枚資料を持っていく。その一枚を夏美さんに見せた。それは---


「通信科?」


 それは高校の入学案内。それには『通信科』と書かれている。


「今は家に居ながら高校に入学できるんすよ。家庭の事情とか個人の事情とかに対応できるようにするってのが目的みたいですけど」


 まあ根底には入学者を一人でも多く取り上げたいってのがあるんだろう。学校も金儲けの時代。不況だからしょうがなくもあるんだが。

 夏美さんはやっと納得したようでホッと一息つく。


「もう。早く言ってくれれば良いのに」


「すいません」


 拗ねたように言ってくる夏美さん。俺も微笑みながら謝る。

 お詫びの印に俺は夏美さんにコーヒーを入れることにした。


「まあ、母にはしつこく反対されたんすけどね。この案件もですけど俺が家を離れること自体、中々許してくれなくて。こっちも負けずに力押しでなんとか許しは貰えたんすけど」


 言い終わり、作ったコーヒーを夏美さんの机に置く。夏美さんは、ありがと、と言ってコーヒーに口を付けた。

 一口飲むとカップを置きこちらに視線を向ける。


「なんか悪いわね。そんな大事にしてる成瀬君をこんな風に使ってるなんて」


「いえ、自分で好きでやってるんすから、気にすることないですよ」


 俺自身こういう風に家を出てくるのは、少なからず悪いとは思う。

 でもやっぱり家を出て自分のことは自分で出来るようにしたいと、そんな思いで出てきたんだ。悪いなんてことはない。

 俺は自分の机に戻り、小説を読もうとする。いつもいろんな小説を見ているのだが、今度の小説は上下巻あって読むのに一苦労するのだ。案件が入ったりする前に読み終えなければならない。机に置いた小説に手を伸ばした。


「そういえば」


 夏美さんが突然何か思い出したように声を上げる。俺はビクッとなりながら夏美さんに向き直った。


「あのね、ちょっとこれから携帯を変えようと思ってるの。付き合ってくれるかしら?」


 話によると今の携帯を長年使ってたのだが、そろそろ買い換えたかったのだそうだ。

 別に一人で行って変えてくればいいと思うのだが、なんか心細いし店員が言ってる事が良くわからない、と言う。

 言われてみれば自分も携帯を買いに行った時、店員がマシンガンのようにいろいろ説明したり、良くわからない変なプランを進められたりと、ちょっと大変だった気がする。

 俺は別段予定なんてないので承諾した。そしてちょっと気になることを聞いてみた。


「夏美さん。見た感じかなり古そうなんですけど、携帯何年くらい使ってたんですか?」


 所々傷も見られ、サイズも少し俺のに比べデカイ。

 前から気になっていたのだが、そんなに聞くことじゃないと思い聞いてなかったのだが。


「う~ん、二〇になる前だから…、五年くらい?」


 結構長いな…。



 ◆  ◆  ◆



 夏美さんの資料作りも終わり、街に出る。

 比較的拓けている街で、いろんな店が通りに面して並んでいる。少し歩くと目的の携帯ショップに着き、二人で入っていく。

 中に入ると店員の爽やかな挨拶。精一杯の作り笑顔もだ。


「…この対応は俺あまり好きじゃないんすよね」


「…私も。これもあるから余計に付いて来て欲しかったの」


 店員を横目にサンプル品を見始めた俺たち。今は機能性とデザイン両方が求められ、いろんな種類がある。気を付けないと買った後に後悔、なんてのもある。

 しっかり見定める。それが肝心だ。


「う~ん。いろいろあって決められないわね」


「そんな時は自分の判断基準を考えてみるんですよ。色はこの色がいい、とか」


 腕を組み考える夏美さん。

 携帯でこんなに悩んで買う人はいないだろう。携帯の製造会社の人が見たら泣いてしまうのではないだろうか。


「持ちやすいやつで丈夫なのがいいわね。仕事が仕事だから」


 そう言われ俺が何個か絞り、夏美さんに見せてみる。

 防水加工がしてあるものや衝撃に強いもの。薄いものまである。

 夏美さんはその中から思案して一つ選んだ。

 それは衝撃に強く、それにしては比較的薄くて持ち運びやすいもの。確かに最適かもしれない。


「じゃあこれにするわ。あとは色だけど…」


「色ですか?」


「うん。私オレンジか赤がいいのよね」


 カラーバリエーションを見ると赤があった。

 そしてその機種を確かめてそれに機種変更をすることにした。


「でも、ここからが本番なのよね…」


「そうですよ。俺も付いてきますから」


 お願いね、と言う夏美さん。

 俺は作り笑顔で待つ店員の元へ向かう夏美さんの後に続いていった。



 ◆  ◆  ◆



「ありがとうございました」


 店員の明るい声に送り出される俺と夏美さん。手には新しい携帯が。


「疲れた~。だからイヤなのよね。携帯って」


「そうっすね。もう少し気楽に機種変とか出来れば良いんですけど」


 二人そろって疲労の色を隠せない。

 店員のしつこい説明やクレジットカードの勧誘などで、ただ携帯を変えに来ただけなのに疲れてしまうなんて。もう少し対応を考えてくれないと客としてはあまり行きたくない。


「でもありがとうね。付き合ってもらっちゃって。帰りどこかで食べてこうか」


「いいっすね」


「じゃあ決まりね。行きましょ」


 はい、と言い俺は夏美さんの横に並び歩いていく。

 歩き出すと、ふと思い出した事があった。


「そういえば、この前の案件での『アレ』、どうなりましたか?」


 先日の少女の霊の言っていた伝言の事。

 あの後、夏美さんは一人、少女の家族にその伝言を伝えに行ったのだ。


「うん…。やっぱりすぐには信じてもらえない感じかな。無理もないけどね。いきなりやって来て『あなたの娘さんの伝言です』なんて言われても信じられるわけないし」


「そうですか。でもきっと届くはずっすよ。実の娘の言葉なんすから」


 うん、と夏美さんも笑顔で答える。

 その時、暖かい風が吹く。俺と夏美さんの髪をなびき、吹き抜けていった。



 街は少しずつ暗い闇に包まれていき、所々明かりがともっていく。

 何も無い、四月のある日の出来事だった。




一休みの何もない日。


ちょっと読み返すと序曲が尻すぼみな気が…。

考えすぎるといつもおかしくなる。悪い癖です。


そういえば多分気付いていると思いますが、序曲の琴浦と椎名の名前について。

二人の名前、実は並べ変えると

『しいなさや』→『やさしいな』

『ことうらきりお』→『うらぎりおとこ』(都合で「ぎ」を「き」にしてしまいましたが)


これも何でもない事です。

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