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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第七楽章『Aufgeben【ミキリ】』‐3‐

「それで、…うん、…そうですか」


 窓の外を眺めながら僕は電話の向こうの言葉に受け答える。一通り聞き終えると、じゃあまた、と言って電話を切った。

 大きく溜息を漏らしながら椅子に腰を下ろす。椅子はギュっと皮独特の音をさせて僕を包むように受け入れた。普段こんなものに座りながら何をしているんだと思ってしまう。これだけ座り心地が良いと何もしたくなくなるのではないか?

 そんな事を考えている自分に苦笑しながらさっきまでの会話を思い出していた。

 あのエンブレムを見てからなんとなく予想していた。でもどうか違ってほしいとも思っていた。

 自分自身、この件にはなんら関わりが無いと思っていたのが本音だ。それが結果として遠からず関係があるなんて…。

 僕は手で顔を覆い、もう一度溜息をついてしまう。


「でも、悲観しても仕方が無いですね。起こってしまった事を変えることは、僕にも出来ない…」


 そんな夢みたいなことが出来るのは神様か過去を変えられるような力を持ったものだ。この世界中探したって見つからない。

 気分を変えたいという思いからか、ふと窓の外に見える空を見上げる。澄み切った青が広がっていて雲なんて一つも無い。最近までずっと雨ばかりだったのが嘘のようだ。

 そういえばアンナはどうしたのだろう。僕が、お腹が空きましたね、と言ったら、アンナがキッチンへと向かっていったのを見てから姿を見ない。どうしたんでしょうか?


「…ん?」


 なんだか変な匂いがしてくる。ただただ焦げ臭い匂いに驚き、キッチンにいるのであろうアンナの元へと向かう。

 そこには立ち尽くすアンナの姿が。その見つめる先を見てみると匂いのもとと思われる黒い煙が立ち上るフライパンがあった。


「アンナ?」


 僕の声にビクッと大きく反応するアンナ。ゆっくりと振り返ると目には涙を浮かべていた。


「ご主人様…」


 注意した呼び方に戻ってしまっているアンナは僕の姿を確認すると、耐え切れなくなったのか手で顔を覆ってその場に座り込んでしまう。そして声を出して泣き出してしまった。

 とりあえず強火で燃え続けるコンロの火を消す。フライパンの上で黒く炭のようになった物体がある。一体元はなんだったのか分からなくなっていた。視線を隣へと移すとそれが何だったのかがようやく分かった。


「ぐす…、目玉焼き……」


「え?」


「目玉焼き作ろうと思ったら…、黄身が潰れちゃって…、そのままスクランブルエッグにしちゃえって思ったんですけど…、バターを使おうと冷蔵庫の中を探してたら……」


 それでいつの間にか黒く焦げてたって…。どれだけバターを探していたんでしょうか……。もしかしたらなかったんじゃないかと僕が見てみると、扉のポケットの所に置いてあるのを見て苦笑いを浮かべてしまう。

 考えてみればアンナはそんなに料理をしていたという記憶がない。家ではいつも他の誰かが作ってくれていますし、気にした事がなかった。そういう点では僕にも責任はあるかもしれない。

 僕は冷蔵庫の扉を閉め、泣いているアンナに近づき、そっと手を頭の上に置いて撫でる


「うん、大丈夫ですよ。慣れない事をさせてしまった僕にも責任はあります。だから泣かないで」


「でも……」


 落ち込んでいるアンナから離れ、僕は焦げ付いたフライパンに水をかけ洗い始める。


「あ、やめてください! 私がやります!」


 そう言って僕からフライパンを取ろうとするのだけど僕は、やらせてください、と言ってアンナを制してフライパンにこびり付いている焦げを落としていく。


「これぐらい僕にもやらせてください。それと、次からは一緒に作りましょうね?」


 そう言ってアンナを励ましながら粗方汚れを落としてしっかりと水気をきったフライパンを火にかけて乾かしていく。最後の仕上げに一度キッチンペーパーで汚れを拭きとってほとんど元の状態に戻す。

 偉そうな事を言ったのはいいけど、さすがにこれ以上ここにあるものを使うのは気が引ける。あるものは好きに使っていいとは言われてはいるけど、好き勝手に使って迷惑を掛けていい訳ではないですし。

 大体片付いたところで手を洗いながらアンナに声をかける。


「じゃあどこか食べに行きますか? アンナ」


「…申し訳、ありません……」


 ガックリと肩を落とすアンナは立ち上がり、力なく歩いていく。

 本当に、気持ちだけはしっかりといただきますよ。僕は頭を撫でようとした。



---ピンポーン



 すると僕の行動を止めるかのようにタイミングよく来訪者を告げるチャイムが鳴る。

 …僕としてはタイミングが悪いと言った方が良いんだろうか。

 そんな考えをしてると、客人だぞと主張するように鳴り続けるチャイム。さすがに待たしては悪いと思い、少し急いでドアの方に向かった。

 そして、お待たせしました、と言いながらドアを開けた。



 待ち人を見る間もなく目に入ったのは振り落とされる何か。ほんのわずか鼻先を掠めるも、何とかそれを避けながら近くに立て掛けておいた杖を持ち、先を相手に向けながら構える。

 もしかしたら僕が関わったのを知った相手が居場所を調べ手を打ってきたのかと思った。落ち込んでいたアンナもさっきまでの雰囲気はなくなり、僕の側で相手の方を睨むように見つめて臨戦態勢だった。

 だが、ゆっくりと開かれたドアの先にあるその姿を見て違う事に気がつく。


「あなたは…」




 ◆  ◆  ◆




 家や神社とは少し離れた所に位置している広々とした道場に私たちは移動していた。

 小さな防具や竹刀などがいくつか置いてあり、普段から使われているのが見てとれる。近くに住んでいる子供たちが来ているのだろう。それらしき写真も入り口付近に貼ってあった。賞状とかもある辺り、それなりに強い子供たちがいるんだろう。


「子供さんたちは巴さんがご指導を?」


「初めていらした方は驚きますけどね」


 それはそうだろう。普通だったら目が見えない人がどう指導をしているのか考えられないはず。


「最初はずっと半信半疑でうちにいて、でも大会で良い成績をあげるとそんな心配どっかにいっちゃうみたいですけど」


 そう言ってこちらの方に顔を向けながら微笑む巴さん。その顔を見て私も小さく笑ってしまう。

 自分の所に来た子供達を文句が言えなくなるほどしっかりと育てる…。だとしたらこの人の指導力というのは並外れているのは間違いが無い。

 例えばスポーツの世界でも言える事だが、周りと比べ能力が格段に高かった者ほど、指導する立場になると自分より能力が下の者を育てる事に長けていないことが大体だ。それは能力が高い故に、自分では感覚で分かってしまい、言葉にして伝える事が出来ないからだろう。

 でも巴さんは違うようだ。そう聞くと巴さんのような人が指導した子と戦う事になった凛や指導をしていた成瀬に、私がこんな風になるように仕向けてしまった事が申し訳ないと思ってしまう。


「夏美さん。失礼な事考えてませんか? 相手の立場である私が言う事じゃないですけど、うちの子の事を過小評価してませんか?」


「え、あ、いえ…、そんなことは……」


 ムッとしたような表情の巴さんの言葉に私が苦笑いを浮かべながら答えると、その巴さんはふうっと溜息をついてしまう。


「あの子はですね、所謂『曲者』なんですよ」


「曲者?」


「相手と自分を比べて自分が劣っていると判断したら、策を練ってその差を無くそうとするんです。今回だって何も考えなしに来るわけがありませんから、我が子ながら油断出来ないんですよ」


 そう説明する巴さんの表情や様子に私は微笑んでしまう。本人はいたって平静を装っているようだけど、やっぱりなんだかんだ言っても出来る息子は嬉しいのだろう、なんだか雰囲気が違う。

 そう言われてみればそうだ。最初の頃に実力を判断する為に、事務所の屋上で私と相対した時もそれなりにやっていた。

 自分が優位に立つために策を練る。ただでさえ成瀬の能力は状況次第で後手後手に回らなくてはならなくなってしまう事が多い。だからそれを補う為に見つけた一つのスタイルなのだろう。…もしかしたらサッカーが好きなのはそういう所からくるのかもしれない。

 今回はそれがどれだけ活かせるか、そしてそれを凛に伝えることが出来ているかというところが鍵となってくるのだろう。


「それにしても二人ともなかなか来ませんが、何かしてるんですか?」


「ええ。大事な試合ですからね。こっちで準備しておきましたの」


 …準備? その言葉を聞いて頭に『?』を浮かべて不思議に思っていると、丁度待っていた二人がやって来た。そして二人の姿を見て準備と言った意味が分かった。

 白い着物に黒い袴姿。一人は恥ずかしそうに、もう一人はなんともないといった表情。恥ずかしそうにしているのは言うまでもなく凛である。初めて着る服に違和感を感じるのか、裾の辺りを気にしている。

 それに比べ美央という女の子は堂々としている。


「それじゃあ二人とも揃ったみたいだし、始めましょうか?」




 ◆  ◆  ◆




 私は促されるまま床の大きく四角い線が書かれている中に入った。立ち位置と思われる短い線の所で立ち止まり、美央ちゃんと向き合っている。見て見るとその両の手には見たことが無い小さな竹刀が。そして美央ちゃんの眼は私を見つめて視線を外さない。

 そのプレッシャーに耐え切れず、視線を外し自分の手に持っている薙刀を見る。少し真新しさが残る自分の薙刀に対し、美央ちゃんの持つ竹刀は、熟練者のように汚れている。どれだけやってきたのかが伺える。

 それでも今の自分がやれるだけの事はやったはずだった。確かに何でこんな事になったんだろうと思ったけど、ルリちゃんのためにも、私自身の為にも頑張ろうと思ってやってきた。だけどそれなのに…、不安が押し寄せてくる……。


「どうしたんですか? 凛」


 余程顔に出てしまっていたのか、肩に乗っていたルリちゃんが心配そうに声をかけてくる。

 だけど私は余裕がなく表情も硬いまま、大丈夫、と小さく答えるだけ。そんな反応をすればルリちゃんが安心する訳がないって分かっているのに…。

 すると翅を羽ばたかせて私の顔の前に飛んできたルリちゃんは目いっぱい両手を広げて私の両の頬を挟んできた。


「凛。無理はしないで、なんて言いましたけど、頑張ってる凛を見て本当に胸が打たれました。手が痛そうなほど肉刺だらけになっても薙刀を振ってるのを見て感心していました。それだけに今は凛に頑張ってほしい。勝って欲しいです!」


「ルリちゃん……」


 ルリちゃんの強くとても気持ちのこもった言葉。それは私の心に響きさっきまでの弱弱しい気持ちが晴れたような気分だった。

 手にしていた薙刀をギュッと握り直し、うん、と力強く頷く。それを見たルリちゃんが微笑みながら夏美さんの方へと離れていく。


 きっと私が勝つなんて無理かもしれない。

 『かもしれない』なんて言ってられないほどかもしれない。だけどやれるだけの事をしたのに何もしないのは絶対にダメだ。

 他の誰でもない、自分の為に。


 私は向き直り、正面の美央ちゃんを見つめ返した。





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