~間奏曲~
数日が経ったある日、私は先生に呼び出されて前に行った教員室にいる。先生は用意していたコーヒーを私に差し出すと、自分の席に着いてコーヒーに口を付ける。
ルリちゃんはというと、教員室にある道具に興味を示し、難しい顔をしながら眺めている。
「こんなもの…、何に使うんでしょうか?」
さっきから同じような事を呟きながら、いろんな物を触っているルリちゃん。あんまり見たことが無いそんなルリちゃんの姿に、思わずクスクスと笑ってしまう。
「ふふ。気に入ってくれてうれしいよ」
先生も同じように笑いながら、ポケットからタバコを取り出して一本咥え、それに火をつける。本当によくタバコを吸う人だなぁ。
机にある灰皿を見ると、それを物語るような吸殻の山が…。
少し吸い込んだ後、口からタバコを離して白い息を吐いた。
「椎名のことだけどね、やっぱり君や永倉たちに頼んでよかったよ。前とは全然様子が違うし、何か悩んでるっていうのもなさそうだからね。無理なお願いをしてしまった私なんだが、本当に礼を言うぐらいしか出来ないのが…」
「いえ、そんな。でも椎名さんの力になれたならよかったです。それに今、こうやってコーヒーを貰えてることですし」
それはよかった、そう言って微笑む先生。
さっき言ったとおり、私たちは別に特別な事はしたとは思ってない。だから私にはそう言われてもピンと来なかった。
今では椎名さんは私たちと一緒に行動する事が多い。時々雅ちゃんのペースについていけない時があってオロオロする事もあるけど…。
でも、一緒になってお喋りなんかをしていると、本当に良かったと思う。
「あ、そういえば聞きたいことがあったんです」
「ん? なんだ?」
「どうして私たちに椎名さんの事を頼んだんですか?」
他に人はいるのに、なんで私たちだったんだろう。それが疑問だった。
私が疑問を投げかけると、簡単な理由だよ、と返して微笑む先生。
「ステンドグラスと言うのは知っているな? 桜井」
「あ、はい。いろんな色の小さなガラスが集まって、一つのガラスになってるものですよね。教会とかにあるようなイメージですけど。何かの絵になってたりして綺麗ですよね」
「うん。でもそのステンドグラスというのは造る時に結構手間がかかるんだよ。まあ手間がかかった分、いろいろな色が使われて綺麗なんだけどね」
「はあ…」
一体何が言いたいのか…。私は分からなかった。
「それと一緒なんだよ、お前達は」
「?」
「違う考えを持っている事で対立してしまうならと、みんなが同じような考えを持つ奴らだけで集まって集団を作ると言うのに、お前らときたら一人一人違う考えを持っている。なのにお前らはどの集団よりも綺麗にまとまっているように見えるんだ。そう、まるでステンドグラスで出来た一枚の絵のようにね。だからかな。
説明がつかないというのは私には不思議でしょうがない。でもそんなお前達なら椎名を受け入れてくれるだろうと思ったんだ」
面と向かってそんな風に言われると、ちょっと照れくさくて恥ずかしさから俯いてしまう私。それでも私たちの事をそんな風に気にかけてくれていたんだと思うと、先生に対して感謝したい。
すると先生もその私の思いが分かってしまったようで、同じように恥ずかしそうに頭をポリポリとかいている。
そしてどちらからともなく笑いがこみ上げてきてしまい、先生と私は二人してクスクスと笑い合った。
※ ※ ※
もうそろそろ休み時間が終わってしまうので、私は帰ろうと席を立った。
すると、
「時に桜井」
「はい? なんでしょうか?」
「お前はどうなんだ? なんだかここ最近いろいろと何かやっているようだが。今まで真面目に授業を受けてたお前が、授業中に寝たりしていると他の先生から報告がある。別にそれは構わないが、何か面倒ごとか?」
構わないって…。先生としてその言葉はどうなんだろうか。
「まあ、面倒ごとといえば面倒ごとなんですけどね…」
そう言って思い出すのは椎名さんとの一件があった日のことだ。
私は一つ溜息をついた。
※ ※ ※
あの日、雅ちゃんや椎名さんたちと別れた帰り道。もうそろそろ家に着くところで携帯メールの着信があった。
誰だろうと携帯を開いてみると、その送り主は成瀬君だった。もしかして今日休んだのを怒ってるんだろうか。
恐る恐るメールを全文表示してみると、
『かわいがり決定』
とそれだけが書き込まれている。
…かわいがりってどういう意味だろう。でもなんとなく成瀬君が言うのだから良い意味ではないと感じ取れる。
「どういう意味なんでしょうね」
「きっと良いことではないのは確かだよね。成瀬君が言うんだし」
そうでしょうね、と言って私の顔を見て心配そうな顔をする。
私は苦笑いで返す事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
カンッカンッと乾いた木と木がぶつかるような音を聞きながら、身動きの取れない私はその様子を見守るだけだった。
メールがあった次の日は休みで、早速あのメールにあった『かわいがり』というものが行われている。
と、早速凛がついていけずに膝をついてしまったよう。息も上がっていて動けそうも無い。だけど、
「ほら。立て。あと30分は打ち込みと受けの繰り返しをするんだから」
「で、でも…」
なかなか立ち上がらない凛に、じゃあそのままで良い、と言いながら薙刀を振り上げる。そしてそれをそのまま凛に向けて振り下ろした。
「!?」
その行動に凛は驚きながらも何とか持っていた自分の薙刀を両手を広げて持って防ぐ。そして後ろに少し下がった湧樹を見て、凛はヨロヨロと立ち上がる。
「なんだ。やっぱり動けるじゃな---」
「ちょっと本気なの!? 怪我する所だったよ!?」
声を張り上げて言う凛を見ながら一つ息を吐く湧樹。そしてその刹那、持っていた薙刀の切っ先の部分を凛の顔の目前に突き出されていた。
もっとも本物の刃ではないので切れることは無い。でも湧樹の威圧感と突然のことでの混乱からか、まるで本物の刃を向けられているようにビクッとしながら動けない凛。
「今この時、対峙してたのが俺じゃなくてお前が襲われた時のような相手だったら、凛、お前のその言葉を素直に聞いてくれると思うか?」
「…」
そう言われて何も言い返すことが出来ない凛。
湧樹の言う事は悔しいけど本当だ。退魔士なんかが相手にするのは、人の世に災いをもたらすような存在。凛もそういうものを相手にしなくてはならない。これから先、魔術を身につけようとそれは変わらない。
だからこそ厳しくして湧樹は凛に気構えをしっかりするようにと言っているのだろう。なんと言うか、わかりづらい人だなぁ…。不器用と言うんだろうか?
「ごめん…、なさい……」
しばらくして凛は小さく泣きそうな声で謝る。目には決壊寸前という感じで涙が溜まっている。
それを見た湧樹はギョッとしながらめんどくさいといった感じで頭を掻く。
「泣くな。お前が頑張ってるのは分かってる。それにやる気の無いような奴に付き合うほど俺はお人よしじゃない。だから自身を持ってい…」
あ~あ、そんな事言ったら逆効果だというのに…。
案の定、私の思ったとおり凛の目からは涙が零れていく。そのまま口を『へ』の字のようにして我慢をしようとするんだけど、いくらも経たないうちにヒクヒクと泣いてしまう。突然泣き出してしまった凛に湧樹はオロオロとしてしまう。
一体何をしてるんだろうか…。
私は何もしないようにとクルクルと体を紐で巻きつけられていて、何も出来ないで見守っていた。
※ ※ ※
「あっはっは! それはなんだ。コントなのか?」
ああ…。私のほうの考えてた事を読まれてしまったんですか。本当にこの人には嘘とか隠し事が通じなそうです。
ああ、すまないね、と言いながらまだ笑っている。
凛はというと顔を真っ赤にして怒ったようなと恥ずかしそうなとが交じり合ったような表情となっている。
ひとしきり笑うと、女性はようやく落ち着きを取り戻す。
「でもそれでどうするんだ?」
「まあ今のところは今度の休みに成瀬君の家に行って、今現在の実力判断に向けて頑張るしか---」
「いやいや。違うよ桜井。私が聞いているのはこの先お前はどうしたいんだ? 退魔士になるつもりなのか? そんなに必死だからそう考えているんだと思ってたんだけどね」
そう言い終わらすと、もう一本タバコを吸い始める女性。その様子に本当にここまで来ると依存症の類なんじゃないかと思いながら、苦笑いを浮かべてふと凛の顔を見ると、難しい表情をして考え事をしているようだった。
何か話しかけようと思ったのだけど、話しかけられるような雰囲気じゃないと思い、ただただ凛の事を見守るだけとなってしまった。