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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第六楽章『twilight【タソガレドキ】』‐7‐

「じゃあその莢さんって人が亡くなって元気がなかったんだ。そりゃあ仲が良くて身近な人が死んじゃったら落ち込むよね」


 私たちはあの後雅ちゃんが、じゃあ改めて話でもしない?、と言って、椅子を輪のようにして話していた。

 椎名さんは最初、少しおどおどとしていたけど、しばらく喋っていると、それが解けていき、しっかりと話せるようになっていた。


「はい…。でも多分、それだけじゃなかったんだと思います……」


「え? どういう事?」


「それは…」


 椎名さんは少し戸惑う。しばらく考える素振りを見せ、ようやく答えてくれた。


「…私、教室にいるのが好きなんです。『あの時間の教室が』、なんですけど」


 あの時間と言うのはさっきまで教室にいたのを考えると、みんなの帰る放課後の事だろう。でもそれがどう関係あるのか分からず、私や雅ちゃんたちはその後の言葉を待った。


「疲れた~、って思った放課後に教室にいると、みんなが帰った後、夕焼けが教室をオレンジに染めるんです。そんな時私一人がこの教室に残って、窓から外を見ると、そこから見える景色も教室と同じように染まっていて綺麗なんです」


 椎名さんを見ると表情がすごく柔らかで、それがどんなに好きなのかが窺える。

 でもふいに表情が強張ってしまった。


「でも…、人ってどんなに好きなモノでも、いつか忘れてしまう……。それが私には許せなかった。

 だってそうだとしたら、今まで愛していたモノの存在意義が無くなってしまうんですよ? それじゃあ忘れられたモノたちがあまりにかわいそうじゃないですか…」


 本当に悲しそうに言う椎名さん。そんな様子にみんながみんな、言葉を失ったようになってしまった。 私たちは物事をそこまで考えた事も無い。そんな私たちにはかけられそうな言葉があるはずもないから…。


「でもそれは自分自身にも言えて、私だって忘れちゃうかもしれない…。莢の事やあの景色を……」


 椎名さんは次第に涙声になってきてしまい、目には涙を浮かべていた。側に座っていた私は、小さくなっている椎名さんの背中を擦る。でも逆にそれがいけなかったのか、ますます小さくなってしまう。

 私は思った。

 きっと辛い事があって、いろんな事を考えすぎてしまって、訳が分からなくなってしまったのかもしれない。ただでさえ気苦労の耐えない学校生活。それに合わさって大切な人の死によって考えが余計にまとまらなくなってしまった。

 一人で抱え込んでしまったから…。

 そんな時、誰かがそっと手を差し伸べてあげられたら、何もここまで考え込むなんてなかったかもしれない。

 すると、そんな風に私が考えている私の隣にいた雅ちゃんが突然立ち上がった。


「私に考えがあるわ。みんな」


 人差し指を立てて二ッと笑っている雅ちゃん。


「その考えってなんなの? みやびん」


 すみれちゃんが頭に『?』を浮かべながらたずねる。私と歩美ちゃんも同じ思いだ。すると雅ちゃんは、えっとね、と言ってその案を話し始める。

 私たちはそれぞれ反応を示す。


 でもそれは反応の仕方であって、みんなの返事は同じだった。




 ◆  ◆  ◆




 久しぶりに訪れたこの場所は、やっぱり暗く静かで一人で寄り付くには怖い。

 でも確か場所はもっと先の方のはずだ。少しずつ少しずつ、目的の場所へと近づいていく。もうほとんど空は暗闇に染まっていて、余計に今歩いている通りは暗く感じさせる。

 ようやく着いたその場所には花が置かれていて、その中には小さな写真立てが置かれている。


「莢…」


 小さく呟きながら近づいていき、私は持っていた花を置く。

 すると私の後ろからスッと誰かが前に出てくる。それは一緒にやって来た桜井さんだった。手には線香が握られていた。

 それを缶の上の所を切り取ったものに挿した。そして手を合わせる。後ろで見ていた私と永倉さんたちも同じように手を合わせた。


 ※  ※  ※


 これは永倉さんが言った案だった。


『忘れてしまう人がいるなら、覚えてくれる人を創れば良いんだわ』


 それならプラマイゼロだわ、とも付け足していう永倉さんの表情は誇らしげだ。


『でも…、どうやって……?』


『それはこれからいろいろと頑張らなきゃいけないわ。けど…』


『…けど?』


 そう私が訪ねると永倉さんが、そうね、と言って他の三人の事を見る。すると三人は永倉さんの所に集まり私の前に立った。


『少なくとも私たちは今すぐにでも力になってあげられるわよ。いろいろとね』


『え?』


『アタシ等で良かったらさ、その莢って子の事、どんな子だったのかもっと聞かせてほしい。椎名さんがそれだけ思う人なんだし、きっと良い人に違いない』


 近藤さんがそう言うと、他の二人も同じ思いのようで、その言葉に頷いている。


『でも、何でここまで…? 私なんかの為に……』


 私にはそれがよく分からなかった。私と桜井さんたちにかかわりなんてほとんどなかった。それなのになんで……。

 でもそんな事を考えている私のおでこを永倉さんは、何言ってるの、と言いながら人差し指で小突いてきた。


『私たちは好きでそうしてるの。確かに莢さんのようにはいかないかもしれないけどね。椎名さんは私たちと友達になるのは嫌?』


『嫌なんてそんな…。って、とも、だち?』


『なら良かった~。じゃあね、椎名さんの呼び方はね~』


 私の疑問が聞こえていないように話を進める原田さんと永倉さん。その様子をやれやれといった感じで見守っている近藤さん。私はどうすれば良いか分からず、オロオロしていると、桜井さんが肩を叩いて微笑みかけてきた。


『あはは、いつも通りだから気にしないで。悪くはしないから』


『悪くはしないって…』


 その言葉に一抹の不安を感じてしまう。


『あ、でもね。雅ちゃんたちは本当に良い人たちなんだよ。私が保証する』


『いえ、それは分かります。けど私なんかがいても迷惑じゃ…』


『それで良いんだよ。私たちなんかいつもみんなで色んな迷惑かけあっちゃったりしてるんだもん。それをみんなで助け合ったりするんだから大丈夫』


 桜井さんはそう言って三人の方を見る。私も同じように見た。三人の話す姿は、本当に仲のよさそうな光景だった。

 すると突然、その視線に気付いた永倉さんが寄ってくる。


『もう! 二人だけで何しみじみしちゃってんのよ』


『あ、うん。ごめんごめん』


『ほら、しいちゃんも。遅くなっちゃうから行きましょ?』


『え?、あの、何処に』


 ※  ※  ※


 その後向かったのがこの場所。途中お花や線香を買い、今こうやって手を合わせている。

 ここまで来るまでいろいろ話したりしていたけど、みんなこの時だけは静かに手を合わせて目を瞑っていた。


 そして私は莢に心の中で話しかけた。


 莢、私寂しいよ。何で急にいなくなっちゃったの? 莢がいなくなったら、私どうすればいいか分からなくなってた…。

 時間が経てば経つほどその思いが大きくなっていって、どうすれば良いか分からなかった。

 いつだったか一緒に話してたよね? 私が放課後の教室が好きだ、って。莢がいなくなって寂しかった時、そこで一人でいつも泣いてたの。そうすると、なんだか少し気が楽になったから。

 でもいつまでもその景色であることは出来ない。少し経てばすぐに空を暗く染められちゃうから。

 時間が好きなものを無かったものにしてしまう。いつか好きだった莢といた記憶も、もしかしたらその空と同じように黒く塗りつぶされちゃうって思ったの。

 だから私、いっその事死んでしまったら、自分の時間を止めてしまえたらなんて考えちゃって…。あ、でもそれは夢で済んだから心配しないでね。

 ただ、ほとんど本気だった。そんな事…、莢が悲しむだけだって分かってるのに。

 心配させたかもしれないから、ごめんなさい……。


 すると突然、少し強い風が吹いた。

 頬を撫でるその風は、この季節にしてはとても心地よかった。


「じゃあ暗くなる前に行こっか?」


 確かに。これ以上暗くなったら親が心配してしまう。

 私たちはその場所から離れようとした。でも一人、桜井さんがその場から動かない。


「どうしたんですか? 桜井さん」


 声をかけられた桜井さんは大げさなほどビクッとする。そんなに驚くほどだったろうか。


「う、ううん。大丈夫。今行くね」


 そう言うと急ぎ足でこちらに来た桜井さん。少し胸のポケットのあたりを気にしているみたいだけど…。


「ごめんね。雅ちゃんたち待ってるし、行こうか?」


「あ、はい。行きましょうか」


 先を行く三人に追いつこうと、少し小走りになる私たち。ふと後ろに振り返ると、さっきいた場所がもう遠い。

 でも今までのような寂しさや悲しさはそこまではなくなっていた。今は桜井さんたちが側にいるから。

 だからって莢の事を忘れるつもりはない。莢と一緒にいた時間は大切なものだから。


「ほら二人とも~。暗くなっちゃうよ~」


 永倉さんがこちらに声をかけてくる。桜井さんは私のほうを見た。なんとなくその視線の意味が分かった私は頷いた。


「「今行くよ~」」


 私たちは声をそろえて返した。




 ◆  ◆  ◆




 手を合わせている私たちに風が吹くと、私の胸ポケットにいたルリちゃんが顔を出す。


「あの椎名って子、愛されていますね」


「どうして?」


 中から出てきて、吹いてくる風に目を細めて全身で受けるルリちゃん。


「この風に莢さんの思いが乗せられています。椎名さんに向けて、頑張って、って。死んだ自分より生きてる人を思うなんてすごいと思います」


「へえ。ルリちゃんそんな事も分かるんだ」


 風の妖精ですからね、と言って胸を張るルリちゃん。風でそんな事が分かるなんて本当にすごい。

 すると、そうだ、と言ってルリちゃんが何かを思い出した。


「私は人間もその事を知ってるのかと思った詩がありましたよ。凛はメアリー・エリザベス・フライが作った『Do not stand at my grave and weep』って詩を知ってますか?」


「う~ん。ちょっと分からないかな。その人がどうしたの?」


「同居していた友人マーガレット・シュワーツコップの母が死んでしまった時、悲しむ彼女の為に作った詩だそうです。確か最初の方が、

 『Do not stand at my grave and weep,

  I am not there, I do not sleep.

  I am in a thousand winds that blow.』

 だったでしょうか」


 ルリちゃんは分かりますよねって感じで言うけど、やっぱり分からない。

 それを感じ取ったのかルリちゃんは、英語の勉強をしっかりしましょうね、と言ってきた。まったくもって返す言葉がありません…。


「日本語で、

 『わたしのお墓に佇み泣かないでください

  わたしはそこにはいません、眠ってなんかいません

  わたしはふきわたる千の風』

 ですよ。勉強になりましたか?」


 あれ?、それってもしかして…。


「『千の風になって』?」


 日本ではそう言われてるんですか?、と言うルリちゃん。するとここで、


「どうしたんですか? 桜井さん」


 と、椎名さんの声がして、私とルリちゃんはビクッとする。

 ルリちゃんは慌てて胸ポケットに飛び込んだ。


「う、ううん。大丈夫。今行くね」


 ポケットの中で変な体勢になってしまったのか、もぞもぞと動くルリちゃん。

 そのくすぐったさに耐えながら、私はみんなの元へと急いだ。



 第五楽章『趣意【シュイ】』‐了‐


作中の中に出てた詩の作者は、あくまで有力説です。

断定的な感じで書いてしまってスイマセン。

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