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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第六楽章『twilight【タソガレドキ】』‐6‐

 なかなか目を覚まさない椎名さんを先生に抱えてもらい、私たちは保健室に向かっていた。

 『たち』と言うのは雅ちゃんたちもいるから。

 私はそっと隣を歩く三人を見る。三人は黙々と一緒に歩いている。ただ、前を見つめる視線は虚ろで、まるで人形のようだ。

 それもそのはず。三人に意識はなく、先生に貼られた札のようなもので操られているから。

 これを今一緒に歩いている先生がやったんだと思うと、なんだか怖くなってくる。


「それはちょっと傷つくな。私は別に悪い事はしてないし、今までこれで悪い事なんてしてないし…」


「あ、すみません。失礼でしたよね…」


 私がそう言ってしょんぼりすると、気にして無いよ、と先生が微笑みながら言ってくれる。

 その後あまり誰にも会わないように保健室に向かい、なんとかたどり着くのだけど、担当の先生どころか中には誰もいなかった。

 どうしようと考えている私を横目に椎名さんを背負う先生は、ちょうどよかった、と言いながら椎名さんをベットへ寝かせる。小さく寝息を立てているのを確認すると、カーテンを閉めた。

 そして振り返り、一緒に来ていた雅ちゃんたちを椅子に座らせると、三人の背中に貼られている札を剥がしていく。先生は、散財だ…、と言いながら少し涙目になっていた。

 札を剥がされると今まで意識が無いような目をしていた三人が、徐々に意識を取り戻した。


「あ…、あれ?」


「アタシたち…」


「何してたんだっけ…?」


 今の状況が飲み込めないのか、三人は呟きながら視線を漂わす。


「なんだ、お前達。寝てたのか?」


「…あれ?、山川先生……」


「『あれ』とはなんだ。倒れてた椎名の事を一緒に保健室に連れてきたんだろ? どうした永倉、お前もどこか具合が悪いのか?」


 そう言われた雅ちゃんはどこか腑に落ちない表情になる。他の二人も同じよう。

 それもそう。さっきまで意識がなかったんだし。

 みんなは札を貼られる直前までの意識があって、いつの間にかこの保健室にいる。それまでの『間』の記憶に『空白』があるのだから納得がいかないはずだ。


「そうだ、リンリン! さっきのはなんなの?!」


「え、え?」


 雅ちゃんは私の両肩を掴みながら聞いてくる。

 そうだった。貼られる直前までの記憶はあるんだから、さっきの出来事は憶えていても不思議じゃない。

 見られてしまったのだから言い逃れは出来ない。私は困惑した。

 すると横から先生が間に入る。


「こらこら、どうしたんだ?」


「先生! ついさっきなんですけど、リンリンが落ちてくる椎名さんを竜巻みたいなものを起こして助けたんです!」


 やっぱり憶えていたようだ。どうすれば良いんだろう。

 でもそんな私の不安とは裏腹に、先生はキョトンとした顔で聞いている。


「おい、ちょっと待て永倉。何を言ってるんだ?」


 先生がそう言うと、みんなが喋るのをやめて先生を見つめた。


「私たちは『教室で』椎名の事を見つけたんじゃないか。外には行って無いよ」


「え…。でも、そんな……」


「フフフ。桜井の事を好きなのは良いんだが、まさか脳内で魔法少女に仕立ててしまうとはね。

 夢と現実を入り混じらせたりするのは面白いことは面白いが、それはどうなんだ? 一種の禁断症状か?」


 そこまで言われて、雅ちゃんは顔を真っ赤にしてしまう。


「まあいい。意地悪言ってすまなかったね。それがお前の良いところだと言うのに」


「ど、どういう意味ですか、それ!」


 そのままだよ、と言いながらケラケラと笑う先生。雅ちゃんは少し唸りながら拗ねたように顔を逸らした。


「とにかく結局の所はそんな話ありえないだろう? そんな事が現実なら科学や物理というものを根本から否定されてしまうからね。私の立場が無くなってしまうよ」


 はい…、と雅ちゃんは少し釈然としないような顔をしながらも頷く。歩美ちゃんたちも同じようだった。

 私はなんとか誤魔化せた事で安堵していた。それにしても、よくそれだけ強引になかったことにしたなぁ。

 するとベットを囲っていたカーテンが、シャーっと音を立てる。

 先生を含め、みんなの視線が集まる。その視線を集めた主は、少し怯えたようにカーテンに隠れていた。




 ◆  ◆  ◆




 私はどうなったんだろう…。


 きっともう血だらけで、手を施す事も意味が無いほどになっているかもしれない。

 お母さんやお父さんたちには申し訳ない事をしたかもしれない。


 死んでしまったのに、どうしてもそんな事を考えてしまう。

 すると私の耳に何か聞こえてくる。それが気になり、私はまぶたをあげようと試みた。私は死んでしまったのだから到底そんな事出来ないと思っていたのだけど、その考えは間違えだったかのように簡単に開かれた。

 目の前には白い天井。周りを白いカーテンのようなもので囲まれていて、私はベットで寝ているんだと言う事に気がつく。

 ここは…、何処だろう……。


「ど、どういう意味ですか、それ!」


 突然カーテンの向こうから聞こえてくる声。

 私はビクッとなって布団を顔まで持ってきて身構えた。

 でもだんだん聞こえてくる声に聞き覚えがあることに気付き、私はベットをおりてカーテンを開いてみた。自分ではそっと開こうと思っていたのに、思いのほか勢いよく開いてしまう。

 そのせいで開いた先にいる人たちの視線が私に集まった。


「お、起きたのか椎名。心配したぞ?」


「せん…、せい?」


 私の言葉に先生は、じゃあ他に誰に見える?、微笑みながら返してくる。

 私は訳が分からなかった。私はなんで死んでないんだろう…。

 確かに窓から飛び降りた時の浮遊感や、落ちていくのを感じた風を憶えている。なのに私はここにいる…。


「私、何で…」


「ビックリしたよ。桜井たちに言われて駆けつけたら、椎名、お前が倒れているんだからね。

 見た所頭をぶつけたとかはなさそうだったから保健室に連れてきたんだ」


「嘘です! 私は教室の窓から飛び降りたはずです!」


 私は説明する先生の言葉が信じられなかった。

 思わず出してしまった大きな声に、桜井さんたちを黙らせてしまう。

 私はハッとして、すみません、と言いながら頭を下げる。


「大丈夫だよ椎名。そんな夢を見るぐらいだ。きっと気分がすぐれなかったんだ。気にする事じゃないよ」


「夢…」


 本当に夢だったんだろうか。私が感じたあの感じは嘘なんだろうか。

 私が悩んでいると、先生が近づいてきて私の頭を撫でた。


「何か悩み事でもあるのか? そんな夢を見るなんて普通じゃないだろ。まあ早とちりだったら申し訳ないがね」


 先生の言葉に私の心臓が大きく鳴った。別に悪い事を隠してるわけじゃないのに胸が締め付けられるような感覚に襲われ、息がうまく出来ない。

 するとそれを察してくれた先生は、私の背中を擦りながら、まあ落ち着こうか、と言ってくれて、私は落ち着こうと出来る限りの深呼吸をする。

 最初はうまく息が吸えなかったけど、何回か繰り返すうちに徐々に息が吸える範囲が広がっていく。そうしてようやく落ち着く事が出来た私は先生のほうを向いた。


「あ、ありがとうございます。もう、大丈夫です」


「よかったよ。私のほうもすまないね。その様子じゃ立ったままは良くないな。座ろうか」


 そう言って椅子を私に差し出してくれて、私は素直にそこに座った。

 すると一緒にいた桜井さんたちの視線が集まる。


「あ、みなさん。ありがとうございました。遅くまでごめんなさい…。私なんかの為に……」


 私はお辞儀をした。どんな形であれ、迷惑をかけてしまったのは申し訳なかった。

 すると丁度、校内放送が入る。


『山川先生、山川翠先生。至急職員室にお戻りください。もう一度繰り返します---』


 その放送を聞いた先生は顔を両手で押さえ、忘れていた、と言う。顔面蒼白だ。


「今日は職員会議の日だった。私はここで失礼するよ。君たちはもう少しゆっくりしていくといい」


 言い終わるなり先生は血相を変え急いで出ていってしまい、廊下を駆けていく音が聞こえてくる。

 その音を聞きながら、静かになった保健室に、私と桜井さんたちは取り残されてしまった。




 ◆  ◆  ◆




「もう、大丈夫なの? 椎名さん」


 私は気まずいこの雰囲気に耐えられず、椎名さんに話しかけた。

 椎名さんはただ頷くだけで、またさっきと同じように静かになってしまう。

 うう…、どうしよう……。


「椎名さん。ちょっといいかな?」


 その時、今まで黙っていた雅ちゃんが口を開いた。


「あ、はい。なんでしょうか」


「さっき言ってた事。どうなのかな」


「さっきというのは…」


 すると雅ちゃんは椎名さんに近づき、少ししゃがんで椎名さんの目線に合わせる。

 身構える椎名さん。そして気にすることなく椎名さんを見つめる雅ちゃん。


「何か悩んでる事があるなら、私たちなんかで良ければ相談に乗るよ?」


「…」


 雅ちゃんの言葉に椎名さんは少し困ったような顔をする。それを見ていた歩美ちゃんが後ろから雅ちゃんの両頬を引っ張った。

 目の前で急にそんな事をやられ、椎名さんはキョトンとしてしまう。


「アンタ急に真面目な事言っちゃって。私たちまで困るわよ」


「はひほ~! わらひらっれ、ほんなほひもあるわほ~!」


 思いっきり引っ張られているせいで何を言っているのか分からない。

 何とかしようとジタバタする雅ちゃんだけど、それでも放そうとしない歩美ちゃん。雅ちゃんは、はらひへ~、と訴える。

 するとそれを見ていた椎名さんは、口元を押さえながらクスクスと笑っている。それに気付いた歩美ちゃんが手を止めて放した。雅ちゃんは頬を擦りながら痛そうにしている。


「ふふ。笑ってくれた。雅、良い仕事したじゃない」


「…なんか複雑だけど、よしとするわ」


 二人はそんな事を言いながら満足げにしている。

 その様子に気付いた椎名さんは、途端に恥ずかしそうにしていた。




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