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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第六楽章『twilight【タソガレドキ】』‐5‐


「じゃあ私お気に入りの喫茶店でも行こうか?」


「雅のお気に入り? 少し心配…」


「え? なんであゆママ」


「考えてもみなさい。どうせ雅が気に入った女性でもいた、とかでしょ?」


「酷っ!? アンタ私の事どんな目で見てんのよ!」


「雅自身をそのまんま、だけど?」


「ますます酷いし!? ねえリンリンなんか言ってやっ…、って、あれ?」


「凛の奴どこ行ったんだ? すみれは見てなかったの?」


「ううん。私も気付かなかった。どこ行ったんだろう」




 ◆  ◆  ◆




「凛。急にどうしたんですか? 学校に戻ってきましたけど」


 私はポケットから凛に話しかける。凛は学校を出て友人達と歩いていたと思ったら、急に気付かれないように来た道を戻っていたのだ。


「うん。ちょっと気になった事があってね」


「はあ。ちょっとと言うのは?」


「ホントにちょっとした事なんだけど、さっき教室にいたときに先に帰った子がいたでしょ?」


 それは『椎名』と呼んでいた子の事だろうか。一体どうしたんだろう?

 ここでちょうど、靴を履き替える『昇降口』と呼ばれる場所に着き、一人一人に与えられている靴置き場の中のある場所を指差す凛。そこには誰かの靴が入っている。


「これ…、椎名さんの所なんだけどね。先に帰るって言ったのに、ここに靴があるのはおかしいと思わない?」


「そう言われればそうですね。でも私たちが帰るときには会いませんでしたね…」


 と言う事は、まだこの学校から出ていないという事になる。

 でもどうして…。

 あの子は帰ると言っていた。なのにまだこの学校にいる。

 何故帰らなかったのか…、その理由が私には浮かばないけど、どこか不安にさせる。凛の顔を見ると何か考えているようで、同じような事を考えているみたいだ。


「一応探してみよう。みんなには悪いけど…。嫌われちゃうかな?」


「きっと大丈夫ですよ。あの人たちは凛の親友ですもん。こんな事で縁が切れる訳無いですよ」


「ルリちゃん…。うん…、ありがとう」


 そう手短に話すと、私たちはすぐさまあの女の子の事を探し始めた。

 図書室や普段は誰も寄り付かないような教室のある棟など、色んな所を探し続ける。

 だけどなかなか姿を見つけることが出来ない。気付くと外が少しずつ夕焼け色に染まりはじめた。


「もしかしたらちょうど入れ替わりで帰ってしまったんじゃないですか?」


「そうなのかな……。あ…」


 すると凛は何か閃いたのか、急にどこかに向かい歩き始めた。


「どうしたんですか? 凛」


「ルリちゃんの言う通りかもしれない」


 そう言いながらどんどんと歩いていく。私の言う通りとはどういう事だろう。




 ◆  ◆  ◆




 今日も私は一人。

 昔から引っ込み思案なのもわざわいして、どうも一人になりがちだった。

 でもそれでも寂しくなかった。今までは…。


「莢…」


 私はたった一人の心を許しあっていた者の名を呼ぶ。それは「椎名 莢」という従姉妹で、家も近かったのもあって、結構な頻度で会ったりする仲になっていた。

 お互い性格も似てて、あまり友達を作れていなかったのもあるけど、それでも心が許せる人がいるのは、お互いの心を支え合うには十分だった。そしてこれからもそうやって過ごしていくんだと思っていた。


 だけど、それはもう出来ない…。

 その名前の存在が、もうこの世にはいないから……。


 *  *  *


 別れは突然だった。それは莢の家からの電話での事。


『莢が…、莢が自殺したの……』


 その電話を取ったのは私。電話の向こうから聞こえてくるのは、擦れるような声の莢のお母さんの声だった。

 始めは何も分からなかった。私の頭ではあまりにも現実というには残酷すぎるから…。

 そこからは本当に早送りのように日々が流れていった。まるで流れ作業のように…。


 *  *  *


 通夜や告別式では涙を流しながら死んでしまった事を嘆いてくれる者がいた。

 私も悲しんだ。夢であってほしいと眠りについて、朝起きてその事実を知る度に泣いていたような気がする。

 それが普通だと思っていた。


 でもそれは違ってたみたい。


 あんなに泣いていた人や悲しんでいた人たちは皆、何もなかったかのように生活をし始めていた。

 それはまるでこの世界に「莢」という存在がいなかったかのように自然で、私にはそれが理解できなかった。

 あんなに悲しんでいたのに、それでは莢がかわいそうだ。そう思っていた。


 でもいつの間にかそんな私も、ふと莢の存在が希薄になる。


 それがあまりにも自分自身にショックを与え、そして落胆した。

 悔しい。きっといつか私は莢の事を忘れてしまう。次第に不安だけが大きくなっていく。


「私は…、忘れたくないのに……」


 呟きは夕焼けに吸い込まれていく。

 そっと、昨日と同じように外を見つめる。私はこの窓から見える夕焼けの景色が好きだ。いつまでもいつまでも、見ていたいと思ったりもした。

 でもそれは出来ない。この夕焼けはあとほんの少しで終わってしまう。

 どんなに見ていたいと思っても、どんなに好きであろうとも、終わりは来てしまう。それはどんなものであったても言える事だ。

 どんなに抗おうとも勝てやしない…。ときというモノが奪い去ってしまうから。


 ならどうすれば…。


「いっその事この景色の中で、私自身の時間を止めてしまえば……」


 ただ普通に流れ出た言葉。

 それが意味するのはなんなのか、私は分かっている。その為に私は今日ここにいるんだ。

 私はそっと窓を開けると、静かに目を瞑った。緩やかに窓の枠に体重をかけて、少しずつ前へと重心を移動させていく。

 そしてそのまま私は風を受けながら、冷たく硬い地面へ落ちていった。




 ◆  ◆  ◆




 特別教室棟から私のクラスの教室がある校舎へと向かう私は、一階に下りて校舎を繋ぐ中庭の通路を通っていた。

 夕焼けが染まり始め、もうこれでは今日の練習は間に合わないだろう。そんな事を風を受けながら考えていた。


 ……あ。


「っあぁ!? 成瀬君に連絡するの忘れてた!」


「あの人、後で何言われるかわかりませんからね。今のうちに連絡しておくと良いですよ」


 ルリちゃんの言葉に従って、ポケットから携帯電話を取り出した。

 そしてメールを打ち込む。


『今日は用があるので練習はお休みします。

 連絡が遅くなってごめんなさい』


 送信ボタンを押し、すぐにポケットへとしまい、歩き出そうとした。

 でもその時、ふと視界の隅に人の姿が見えた。私はその姿が見えた校舎の上の方に顔を向ける。

 その姿の主は、私が探している人物だった。

 でもなんだか様子がおかしい。ただ静かに窓の前で佇んでいるだけで、何もする様子が無い。


「あ、あの人。凛の言うとおり、入れ替わりで教室にいたんですね」


「うん…。そうだね……」


 私はルリちゃんの言葉に答えるのだけど、視線は椎名さんの方を外せなかった。

 その椎名さんが、窓に手をかけて開いた。


「どうしたんで---」


 ルリちゃんに返事をすることも出来ないほど、それは突然だった。

 窓枠に手で乗り上げ、身を乗り出していく。そしてそのまま…。


「危ない!!」


 私の叫び声とほぼ同時に落ちていく姿。私は走り出していた。

 でも私ではどうにもならない。なら---、


「ルリちゃんお願い!」


「はい!」


 返事を返すなり、ルリちゃんは手を落ちていく椎名さんの方に向け、そして巻き起こる風。その風は落ちる椎名さんを包み込み、ゆっくりとしたスピードで椎名さんの体を下ろしていく。

 そして何事もなく地面へとたどり着く。そこでちょうど私が駆けつけ椎名さんの様子を見た。

 気を失ってしまったようで、目を瞑って動かない。でも見た限りケガをした様子もなく大丈夫なようで一安心した。


「リンリン?」


 突然安心した私にかけられる声。私は心臓が飛び出るんじゃないかと思うほどのドクンと鳴った。

 そのままだんだんと早く鼓動を打っていく心臓。それを落ち着ける余裕もなく、ゆっくりと私は振り返る。

 そこには見慣れた三人の姿が…。


「あれ…?、みんな先に行ったんじゃ……」


「急にアンタがいなくなったから戻ってきたのよ。置いていくなんて悪いし…」


 自分がやった事を後悔した。みんななら戻ってくる事を考えておけばよかった。

 もっとも「忘れ物があるから戻る」と言っても付いて来てくれるみんなだ。何を言っても一人でなんて無理だったかもしれない。

 でも今はそんな事を考えている場合じゃない。


「それより凛ちゃん…」


 すみれちゃんが話しかけてくる。

 私は何も出来ずにただ次の言葉を待つだけ。


「さっきの…、何だったの?」


 他の二人も私を見つめてくる。私は答える事も出来ずにうろたえるばかり。胸ポケットにいるルリちゃんも私の事を心配そうに見つめている。

 すると雅ちゃんたちの後ろからやって来た誰かが、三人の背中に何か素早く貼り付けた。

 貼り付けられるなり三人は倒れこむ。何が起こったのか私には分からず、私はやって来た誰かを確認する。


「一応何かあったらと思って見守ってたんだがね。すまなかった」


 それはボサボサの髪を掻いている山川先生だった。




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