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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第六楽章『twilight【タソガレドキ】』‐3‐

 呆然とする私たちをよそに先生は気にする事無くコーヒーを飲んでいる。

 先生は言った。「見えているよ。妖精さん」と。妖精と言うのはもう私の胸ポケットにいるルリちゃん以外には考えられない。

 私が何がなんだか分からないという状況に戸惑っていると、ルリちゃんが、立って!、と叫んだ事で反射的に私は立ちあがる。すると胸ポケットから飛び出し私の前でルリちゃんが大きく手を広げ、はねを羽ばたかせて滞空している。周りには小さく風が舞ってルリちゃんを包み込む。


「何者ですか? あなたは…」


 そう言って威嚇するルリちゃんを見て、先生はカップを机に置いて両手を挙げる。


「ああ、やめてくれ。別にただ話がしたかっただけで何かしようって訳じゃないさ。もしこちらから何か仕掛けるのであれば、こんな所では、と思わないか?」


 敵意は無いと言いたいのか、ルリちゃんの様子を見ながらその姿勢を崩さない。

 言われてみればそうだ。ここがいくら人がほとんど来ない校舎だとしても、私がここに来る時に少なくとも雅ちゃんたち三人がこっちに来た事を知っている。私の身に何か起こったとしたら、まず疑われるのは先生になってしまう。

 そして何より---、


「そうだ桜井。そもそも私がお前に何かする理由が無いんじゃないか?」


「え? あ、はい。そうですよね」


 微笑みながら言ってくる先生。私は何か引っかかりながらとりあえず返事をした。

 すると私の目の前で滞空していたルリちゃんが、私の肩に移動して先生を見据えた。まだ安心は禁物と言う事だろうか。いや、顔が紅いという所を見る限り、先走ってしまった自分が恥ずかしかったんだろうか。


「はは、敵意を全然緩めてくれないが、一応話は出来るか…」


 それを知ってか知らずか、先生はようやく挙げていた手を下ろし、くわえていたタバコの灰を置いてあった灰皿に落とした。

 そしてもう一度銜えると、まあ座らないか?、と言って椅子に腰を下ろす先生。私も同じように腰を下ろし先生を見つめた。

 先生は何者なんだろう…。


「気になるか?」


 そう言って私の方を見て笑う。私はつい目線を逸らし、下を向いてしまう。そしてさっきまでのちょっとした違和感が少しずつ確信へと変わっていく。


 *  *  *


 先生には噂があった。



 山川先生には隠し事や秘密は通じない、と。



 私が聞いた話だとある生徒が嫌がらせを受けた時、すぐにその嫌がらせをした生徒が見つかったとか。

 それが噂によるとその生徒が自分から名乗り出てきた訳じゃなく、山川先生が見つけたと言う。雅ちゃんはその噂を聞いて、きっと山川先生はエスパーよ!、なんて言って興奮してたっけ。

 いつも見ている感じだと先生はいつもだらしなく髪が乱れていて、いつも気だるそうなんだけど、確かに眼鏡の奥の瞳が何か感じさせるような雰囲気は持っていた。

 ただ授業の感じや話し方が親しみやすく、生徒達からは結構人気が高かったという評判の方が先に立っていてあまり考えた事がなかった。だって先に言った生徒も山川先生の計らいでそこまで咎められなかったと聞いていたから。

 だから私は、生徒の事をよく考えてくれる良い先生だな、とだけ思っていた。


 *  *  *


 思い当たる節はある。

 例えば教室で私の玉子焼きを取った時。その時私がどう思ったのかを分かっているようだった。でもそれは私の表情を見てそう感じ取ったのかと思っていた。

 そして今、何も言っていないのに私がどう思っているのかを言い当てていた。私だけじゃなくルリちゃんも何も言ってないのに同じように…。


「まあ思っている通りだよ、桜井。私にとっては厄介な事だがね」


「…やっぱり、そうなんですね」


 納得したように私は先生を見ながら言った。




 ◆  ◆  ◆




 胸ポケットから様子を見守りながらさっきまでの自分の事を考えて恥ずかしくなり、口の辺りまでポケットの中に入っていた。

 いくら凛の為とはいえ、私としたことがなんて軽率な行動だったんだろう。敵意の無い相手に向けて私はなんて行動を…。


「いや、恥じる事は無いよ。桜井の事を守ろうとする者としては当然の事だろう。まして私のような変な奴なら尚だろうからね」


 そう言って銜えていたタバコの火を消し、女性はカップを手にとって口をつけた。

 なんていうかこの人のペースが独特で、こっちのペースが狂わされているような気がする。こっちだけいろいろ考えているだけみたい。

 それにしても凛も気付いたみたいだけど、この人は---、


「あの、間違ってたら申し訳ないんですけど…。いいでしょうか?」


「ああ、聞きたい事があれば聞いてやるのが先生じゃないか。と言っても何を聞きたいのかは分かっているがね」


 女性はそう言って微笑んで凛の言葉を待った。


「先生は…、相手の考えている事が分かるんですか?」


 やっぱり私と同じ事を考えていたようで、凛が彼女に対して問いかける。

 彼女は何も言っていない私たちの考えていた事に対して普通に答えていた。それだけで疑いようが無い。

 それを聞いた彼女は、隠す気は無いよ、と言って座ったままこちらに向かって正面を向く。


「気付けばこんな力を持っていてね。」


「じゃあ先生は…、退魔士なんですか……?」


 思いがけない言葉が出てきたようで少し驚いたような顔をする女性。


「いやぁ、その単語を聞くとはね。退魔士か…。そりゃあ妖精さんと一緒にいるぐらいだからいくらかは予想してたけどね」


 そこまで言って、もう一度タバコの箱を取り出す。そして一本銜えて火をつける。


「まあ私はそんな大層なモノになれるようなうつわじゃないよ。まして妖怪やら何やらと言った非科学的なモンと戦うような考えは持ってないしね。ただ丁度そういう事をしている奴に会っただけさ。それでそいつから身を守る術を教えて貰ったんだが…」


 彼女はそう言いながら白衣を広げてみせる。その中には縦長の紙の束が内ポケットに入っている。

 いつかウィン様に教えてもらった事がある『東洋魔術』と呼ばれるモノにあった『符術』と言うモノだろうか。実際見るのが初めてなんでハッキリとは言えない。


「これが厄介で仕方が無い。頭にイメージをしっかり思い描かなければいけないのだからね。それにこの護符とか呪符とか呼ばれる薄っぺらい紙をそいつから買ってるんだが、これが安くないんだ。だからいつも案件処理それっぽい事をしてお金のやりくりはしてるけどね」


 っと、話が逸れたな、と言って女性は笑いながら銜えていたタバコを灰皿の端の方に置いた。


「桜井が言うとおり、私は人の考えてる事、心で思った事なんかが読み取れる。望んでこうなった訳じゃないから始末が悪い。相手が私に知られたくない事、しかも私が知りたくなかった本音まで分かってしまうんだからね。最初の頃はなんで私がこんな思いをしなくちゃいけないんだろうって思ったよ」


「それってやっぱり辛いんですか?」


「辛いなんてものじゃない。いいか桜井。例えばもしもお前が周りの奴らの心の中の声が聞こえたとする。するとどうだ。今まで自分も相手も好きで一緒にいると思ってたのに、相手は自分の事を少なからず邪魔だと思っているのが分かってしまった。それを知ったとき、今までと同じようにそいつと一緒にいられると思うか?」


 それを聞いて黙り込んでしまう凛。とても悲しそうな表情をする。

 すると女性の方はそれを見て、例え話なんだからそんな顔するな、と言って凛に微笑む。


「人は相手を信頼する事によって、周りの人間関係での自分の居場所やつながりを確立する。『絆』と言った方が分かりやすいし格好が良いか。でも要するにそれを創る事が出来なくなってしまったんだよ、私は。相手の心を読める事によって私が相手の事を信頼する事が出来なくなってしまったんだからね。

 皮肉だろ? 人って言うのは相手がどう思っているか分からないと不安だと言うのに、私は知りすぎてダメになってしまったんだ。まったく…、厄介な事この上ない」


 やれやれといった感じで首を振りながら自嘲気味に鼻で笑う。どれだけ大変だったろうか。そう私は目の前で何事もなくしている彼女を見ながら思った。

 すると壁にかかっている時計を確認した女性は、どれ、そろそろ行く準備でもしようか、と言って立ち上がった。

 でも凛は立ち上がらない。下から凛の顔を覗き見ると、先ほどのように悲しそうな顔をしている。それを見て頭を掻きながら懐から札を取り出し微笑む女性。


「でもね桜井、私はこれをくれる退魔士と話して考え方が変わったんだよ。悪い事ばかりじゃない、ってね」


「え?」


「大小さまざまだが、人ってのは相手に言えない悩みや迷いを持ってる。それがどれだけ自分一人で考えても答えは出ないとしても打ち明ける事は無い。そうだろう?

 でもそれを私は知ってしまう。相手には悪いけどね。でも知ってしまった以上、それならばその悩みを解決させられれば、私のこの力も意味が見出せるんじゃないか、って考えたんだ。まあただのお節介だと言われれば何も言い返せないけどね」


「そんな事…、言わないですよ」


 予想しなかった答えだったのかキョトンとしたような顔をした後、ありがとう、と微笑みながらそう言って女性は机に置いてある箱を持った。

 凛もようやく立ち上がり、女性と同じように荷物を持つ。そして女性の横に並んで歩き出した。




 ◆  ◆  ◆




「じゃあ先生はなんで先生になったんですか?」


「ああそれは…」


 そう言うとどう答えて良いやらといった顔をして口ごもる先生。

 だけど、別に隠すことでも無いか、と言って苦笑いを浮かべる。


「ホントはそういう悩みを解決するっていうのはカウンセラーとかそういうのが良いとも思ったんだが、私の経験からすると一番これが良いんじゃないかと思ってね」


 経験? 一番? どういう事だろうか。

 意味がよく分からず、私は『?』ばかり頭に浮かんでしまう。


「どうしてですか?」


「私が桜井ぐらいの歳でこの力に悩んでいた時に、さっき言ってた退魔士に救われたっていうのと…」


「と?」


「この歳ぐらいの子らは結構精神的に不安定なんだ。学校の成績、進学や就職などの進路、対人関係…。悩みは人それぞれだが尽きる事が無い。だから私が過ごしてきた中で、他の人たちが一番大変だと感じていたと思うこの年代の場所に行くにはって考えたんだ。そしたら何故か短絡的に先生になるのが早いと思ったんだよ。馬鹿だろ?」


 そう言ってケラケラと笑う先生を見て、私は首を振った。


「そんな事無いですよ。その為に努力して本当に先生になったんですから、私がそれを馬鹿にするなんて出来ません。むしろ尊敬しちゃいます」


 その言葉に偽りは無い。先生自身が相手の思ってる事が分かる事で、どれだけ辛い思いをしてきたのか私には分からない。それほどの辛い思いをしながら、他人の為に自分の能力ちからの使いどころを探して、他人の為に何かしようと思った先生を、私は素直にすごいと思える。

 すると先生が無口になったので不思議に思って先生のほうを見ると、普通にはしているが頬を赤らめている。

 あ、そっか。思ってる事が分かっちゃうんだっけ。


「…桜井。私は結構そういうのは苦手なんだ。慣れてないというか、なんと言うか…」


「あ、そうなんですか。…フフフ」


 何がおかしいんだ?、と言って私の事を肘で小突いてくる先生。顔はなんとなくふてくされている様だった。




早いものでいつの間にか1年が…。


当初の予定では題の『ホーリーナイト』に洒落こんで、丁度クリスマスあたりに終わるようにと思っていたのですが、まだ半分ぐらいとかなりの大幅遅れ。

この遅筆には私自身が驚いています。…いえ、本当ですよ。


でもここまでそんな私の作品にお付き合いしてくれている方々には本当にありがとうございますと言いたいです。

読者様がいたからこそ頑張ってこれたんですから。


まだまだ続く作品ですが、これからもよろしくお願いします。


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