第六楽章『twilight【タソガレドキ】』‐2‐
朝はいろいろと騒がしかったけど、その後はいつもどおりに過ごしていき、ようやくお昼の休み時間になった。でも途中途中休憩時間になると雅ちゃんがやって来て、何度も私の事を聞いてきていた。
「リンリンをたぶらかしているのは誰?!」とか「男なんかに毒されちゃダメよ!?」なんてずっと大声で言ってるものだから、クラス中が私の事を気にしだし、しかも噂話を始めているよう。有らぬ噂を立てられては困るんだけど…。
そう考えながら溜息をつくと、ポケットにいるルリちゃんが苦笑いを浮かべながら顔を出す。
「大変そうですね? 凛」
「あはは、まあね。でもこのままだといけないから、話がこじれる前にどうにかしないと…」
そうは言うものの、どうすれば良いのかよく分からない。私がこれ以上何か言っても、あの様子だとどうする事も出来なそうだ。だからといって何もしないわけにもいかないし…。
私が悩んでいると歩美ちゃんたちがやって来た。見ると歩美ちゃんの腕にはグッタリしている雅ちゃんが抱えられている。
「凛、あまり気にしないでも大丈夫よ。こいつは一応私がこうしといたから」
そう言って手放された雅ちゃんは、崩れ落ちるように私の前の席に座る。そして机に突っ伏して『の』の字を書きながら泣いていた。
「だってだって…、リンリンに男が出来たらと思うと悲しいんだもん……」
「アンタはホントに…」
雅ちゃんの言葉を聞き、歩美ちゃんはやれやれといった様子で首を振る。
するとすみれちゃんと歩美ちゃんは近くの席から椅子を持ってきて、私の席に集まる。手にはそれぞれ昼食を持っていた。
すみれちゃんは小さい子が持つようなピンクの可愛い小さい弁当箱、歩美ちゃんは女の子では珍しいと思う二段重ねのお弁当。でもそれが二人のイメージにピッタリに思える。
いつもお昼は誰かの席に集まって食べるのが私たちのなかの決まり。とは言っても、今日はそっちで食べよう、とか何も言わずに誰かの席に集まっているのだ。
「でもさ、みやびん。これから先もしかしたら離れ離れになるかもしれないよ? 進学して違う大学に行く事になったらどうするの?」
「それもそうだ。このままいつまでも凛と一緒、って訳にもいかないからな?」
二人がそれぞれ言うと、それを聞いていた雅ちゃんがますます落ち込んでしまう。
悲しい事だけどそれもそうなんだろう。もう私たちは高校二年生。来年になればもう進路について決断する時が来てしまう。進学するのか、それとも社会に出て働き始めるのか。はたまた難しいかもしれないけどどこかの家に嫁いで行くのか。最後のは相手がいればだけど…。
形はどうであれみんながみんなそれぞれの道を歩き始める事になる。そうなれば二人の言うとおりいつも一緒っていうのは難しくなる。
なんかそんな事考えると、事実なんだとしても寂しいなぁ。
「そんなの寂しいよ~。でもいいもん! 少しでも長くリンリンといるためにリンリンと同じ所に行くもん!」
なんて言う雅ちゃん。なんて事を言うんだろう。自分のこれからの将来だと言うのにそんな簡単に決めてしまうなんて…。
そんな事を考えながら苦笑いを浮かべていると、雅ちゃんの後ろの方から山川先生が近づいてきてるのが見えた。その顔はいつもどおりの無表情だ。そして…、
「おい。ナメたこと言ってんじゃないよお前は」
そう言って持っていた学級日誌を振り落とす。しかも縦で。
それ程力を入れて落とさなかったけど、気持ち良いほど見事な音をさせた。叩かれた雅ちゃんは頭を押さえ、痛いよ~!、とさっきまでとは別の泣き声を出す。
雅ちゃんは今日はどうやら厄日のようだ。
「お前らは仲が良いねぇ。いつも一緒で」
ガガガっと椅子を私たちのいる所まで引いてきて輪の中に混じると、不意をつかれ私のお弁当から玉子焼きを摘んで取られてしまう。…ああ、最後に食べようと思ったのに。
「すまないね。美味しそうだから、つい…」
私の気持ちを察してか、食べてすぐに私に申し訳なさそうに微笑みながら謝る。でもさすがにその理由で人のものを取るのはいけないんじゃないか。とは言ってももう玉子焼きは帰ってこないけど…。
それにしても先生がお昼休みに教室に来るなんて珍しい。どうしたんだろうか?
「先生どうしたんですか? こんな時間に」
歩美ちゃんも同じ事を思っていたようで先生に質問する。それを聞いて先生は、う~ん、と言いながら机に肘をついて手に顎を乗せる。
「ちょっと気になる事があってね。聞いてくれないか?」
そう言った先生に私たち四人の視線が集まった。
「椎名 香奈は知ってるな?」
「え、ハイ、それは…。知ってるも何も同じクラスの子なんですから当たり前じゃないですか。今は教室にいないですけど。でもそれで椎名さんがどうしたんですか?」
いやぁね、と言って背もたれに体を預け、腕を組む。
「昨日下校時間の時に私が見回りをしたんだが、一人でこの教室にいてね。外を見つめてジッとしていたんだ。どうも何か思いつめてるような表情で、話を聞こうと声をかけたんだが無視されてしまったよ。
でも気になったら何かしなくちゃいられない性質でね。それでお前達に話を聞きに来たって事さ。こういう事は教師である私より、同じ生徒達に、と思ってね」
そこまで言って、ふう、と溜息をつきながら肩を落とす。
椎名、香奈ちゃん…。確かにこの頃ずっと元気が無いのは知っていた。その子とは1年の時も同じクラスだったので面識はある。でもその時は今とは違って明るい人だった。そしていつも周りに友達たちがいて笑いあって話していたのを憶えている。
それが2年生になってからは面影が無いほど無口になってしまった。そのせいかいつも一緒にいた人たちはどんどんと離れていった。私も何度か話かけたりもしたけど、言葉少なに返事するぐらいだった。
後で知った事だけど、聞いた話では仲の良かった従姉妹が亡くなったと言う。どうして死んだのかは分からない。病死だったのかもしれないし、もしかしたら他の事で…。
でもそれが今の原因なのかはわからない。一因であるかもしれないけど。
「う~ん。すいませんけど私たちも詳しくは知らないですね。力になれなくてすいません」
歩美ちゃんがそう言うと、そうか、と言って下を向いて落ち込んだような表情をする。
ちょっと悪い気がする。なにかしら力になれれば良いんだけど。
「まあ気にするな。食事時にこんな事聞いてる私のほうが悪いんだ。でも聞いてもらったついでに頼みたい事もあるんだが…」
「はい?」
「その椎名に何でもいいから話しかけてやってもらえないか? 少しでも元気付けてやったりしてもらえれば何か変わるんじゃないかって思うんだ」
「はい。それぐらい全然良いですよ。私たち同じクラスメイトなんですもん。ねえ?」
そういう歩美ちゃんの言葉に私たちは頷いて返す。
すると少し微笑んだ先生は、心強いな、と言って立ち上がる。すると、
「そうだ。桜井ちょっといいか?」
「え、私ですか?」
ああ、と先生は言って歩き出してしまう。
私は訳が分からないまま先生の後を追っていった。
◆ ◆ ◆
凜の胸ポケットにいる私は、そこから見える景色を眺めて今どの辺りにいるのかを考えていた。
見た感じだとさっきいた建物とは別の場所のよう。凜に聞いてみると、化学などの実験や調理実習などを行う場所がある所みたい。実験って何をやるんだろう…。怖いことだろうか。
そんな事を考えているうちに目的の場所についたようで、前を歩いていた先生と呼ばれる女性がある扉の前で立ち止まる。
「じゃあ入ってくれ。私もいるんだから許可は別にいらんだろう」
そう言って頭をポリポリと掻きながら入っていく。
中にはいろいろな物が置いてあった。何に使うのか、中に蛇やカエルが入っているビンが置いてあったり、変なマークが描かれていてコードが付いている機械などがあふれていた。
「相変わらずすごい部屋ですよね? ここ」
「ハハハ、そうだな。私の私物なんてほんの一部ぐらいだ」
一部って…。一体どれがこの人の私物なんだろう。
そう思っていると普段使ってる机だろうか、そこに二つの箱が置かれていた。だけど女性はそれを持つことなく何故ここにそんな物があるのか、コンロの上に置いてあるヤカンに水を入れてそのまま火にかけ椅子に座った。
「あの…、それを持って行けばいいんですか?」
「ああ。でも授業開始まで時間はある。少し休んでいくといい」
凜にそう言って女性が指差したのは、壁にかけられているパイプ椅子。凜は不思議に思いながらそのパイプ椅子を手にとって広げる。そして女性の正面に座った。
すると、失礼するよ、と言ってポケットからタバコを取り出す。手慣れた手つきで1本だけ出して口にくわえると、引き出しから取り出したマッチで火を点けた。
少し息を吸い込んだような動作をし、一度口からタバコを放して息を吐くと、真っ白い煙が天井に上っていく。
何度かそのあとも同じような動作を繰り返す。部屋の中がどんどんタバコの臭いで充満する。
「嫌だねぇ…。もう街中じゃどこもかしこも禁煙禁煙で。国が認めた物だってのに今度はダメと言ってくる。言うならば私は被害者だ。中毒にさせておいて突き放されたんだからな。そう思わないか?」
女性の言葉を聞いて、ちょっと私には…、と言って困ったような顔をする。
それを見た女性は笑いながら、聞き流していいよ、といって立ち上がる。見るとヤカンからシューシューと湯気が吹き出していた。
「コーヒーでもどうだ。砂糖は無いが呑めるだろう?」
一瞬何を言っているんだと思ったようで凛は少し考えたけど、じゃあお言葉に甘えていただきます、と返す。
「ん。じゃあ君はどうする? 桜井と一緒に飲むのかい?」
ふと女性はこちらを見ずにそんな事を言う。誰に言っているのだろうか。ここには凛と私以外いないと言うのに---。
「そうだ。君しかいないだろう?」
カップにお湯を注ぎ終え振り返る女性は、カップを持ったまま人差し指を凛の胸元に指す。その指は私に向けられていた。
訳が分からず私はキョトンとするだけ。凛も何がなんだか分からないらしく、私と一緒の表情だ。
やがて少し冷静になってくると、一つの考えがまとまる。
---私が、見えてる…?
「ああ。見えているよ。妖精さん」
固まったままの凛にカップを手渡し、女性はフッと笑いながらカップに口を付けた。