~間奏曲‐2‐~
「はあ…」
これで今日溜息をついたのは何度目だろう。帰ってきてからこれの繰り返しだ。
そんな私の頭に浮かぶのは、お姉ちゃんを追っていったときの帰り道で起きた出来事だった。
※ ※ ※
路地裏を走り続け、もうすぐ通りに出てしまう。
「やっぱりもう無理か…。見事に逃げられちゃった」
お姉ちゃんの事を追って路地裏に入っていき、絶対に逃げられないと思っていたのだけど不覚をとってしまい逃げられてしまった。
悔しい。まさか私がお姉ちゃんに撒かれてしまうとは考えていなかった。運動神経では絶対に私の方が良いと思っていたから。
……自惚れだろうか。
でも今考えると不思議だ。何であの時後ろから追って行った私と会わなかったんだろう。
だって通り道はあの一つ。それなら追っていた私と鉢合わせなければおかしい。
ただ、一つだけ私と会わずにUターンしてくる方法はある。
「上…、から…?」
という事は飛んでいったって事になる、って自分で考えていておかしくなってしまう。子供の発想じゃないか。
自分の発想に苦笑いを浮かべてしまう。
「はあ…、もうお姉ちゃんどこ行ったか分からないし、帰るしかないか」
お姉ちゃんに追いつけないのなら、もう帰るだけだ。私は通りに出ると家の方向へと足を向けた。
するとあるモノに目が止まり、足も止めてしまう。
通りの反対の方に二台のバイクが止まっているのが見えた。一つは赤い色のバイク。もう一つは黒い色のバイク。種類とかは分からないけど、見た感じ高そうに見える。
その側にはバイクと同じカラーのライダースーツと言われるのを着ている二人組が話していた。
どちらも同じぐらいの背だけど身体のラインがはっきりしている為、赤の方が女性、黒の方が男性と分かった。
「カップルでツーリングか…。お熱いことで」
そう聞こえるはず無い冷やかしを言いながら、私は家へと向かいまた歩き出す。
まったく、ああいう人たちがいると言うのに私は何やってるんだか…。そんな事を考えながら歩いていると、
「きゃ!」
「うわっ!」
完璧に不注意だった。歩き出した瞬間に何かとぶつかってしまう。
尻餅をつきながら見てみると、前には荷物を持った男の人が同じような体勢でいた。
「どこ見て歩いてんだ?」
口調や格好を見た限りでは不良とかの類ではないみたいだ。でもなんだか偉そうだ。
そんな事普段だったら思ってなくても、すみません、と言ってやり過ごすのだけど、お姉ちゃんに逃げられたというのもあって不機嫌な私はカチンときてしまう。
「アンタも前見てれば私の事避けられたじゃない。私のせいだけじゃないでしょ?」
なんとなく私が言った言葉にムスッとした表情になる男。そのまま立ち上がって手を差し出してきた。納得しないながら悪いと思ったのだろうか。
でも私はその心がけを無視するようにすぐその手を払った。一瞬、え?、というような顔をする男。
そんな事をよそに私は立ち上がる。そしてすぐ男に体を向けて、男を見据えながら腕を少し上げて空手のときのような構えをする。
「ちょっと今機嫌悪くてね。女だからってなめてたら怪我するからね」
何をしてるんだろう私は…。私は不良か…?。でも言ってしまった手前、後には引けなくなっていた。
でも男の方は微動だにしない。全然困っている様子も何も無かった。どうもなめられているようだ。
そう私が考えた瞬間、荷物を置いて男はゆっくりと私に向かってくる。
怖くないととれる表情で男が私に向かってくるものだから、カチンときた私は男に向かって『突き』を放った。そんなつもりはなかったのにやってしまった。言い訳がましいけど。
だけどそんな事は関係なかった。
男はそれを軽く手を添えるような所作で軌道をそらされ、そのまま難なく避けてしまったのだ。その反応に驚いた私は動きが止まってしまう。すると私に向かって男は手を出してくる。
その手が私の顔の方に向かってきたので、やられる、と覚悟して目を瞑る。
でもその手は私の顔に放たれる事はなかった。
「これ、ゴミがついてる」
男の人の声が聞こえ、私は目を開けた。目の前には男の手があって、その手には紙くずのようなゴミが摘まれていた。どうやら頭に付いていたもののようだ。
「女だったら身だしなみはちゃんとしろよ? その服とかも。可愛いのにもったいないぜ?」
男がそう言って私の体を指差してきた。言われた言葉に反応して恥ずかしさで顔が熱くなってしまった。
恥ずかしい思いで咄嗟に下段蹴りを繰り出す。でもそれはまたも不発に終わってしまう。
避けづらい下段をいとも簡単に、しかも完璧なタイミングでバックステップでだ。今まで空手をやってきて初めての体験だ。普通なら自ら脚で受け流してダメージを軽減させるのに。
私は棒立ちになってしまった。
「筋は良いけど攻撃が直線的過ぎ。手が読まれやすいから気をつけな」
そう言いながら地面に置いた荷物を拾い、通り過ぎていく。私はそれをただ見送る事しか出来なかった。
※ ※ ※
「なんなのよ、あいつ…」
私はムスッとしながら膝を抱えて座り呟く。そして何事もなく去っていったあの男を思い浮かべていた。
私の『突き』も『蹴り』も難なく避け、去っていく男は後ろで長く伸ばした髪を細長い布のような物で結んでいた。
見た感じ、私なんかよりずっと弱いように見えた。なのに私を小さい子供のようにあしらわれてしまった。それが不思議でしょうがない。
「…それにしても」
一層膝を抱え顔をうずめる私。思い出すのはあの言葉…。
『女だったら身だしなみはちゃんとしろよ? その服とかも。可愛いのにもったいないぜ?』
きっとあの男の人にとってはなんて事無い一言だったんだろう。でも私はある部分が頭の中に残っていた。
「『可愛い』…、か……」
口に出してみて途端に恥ずかしくて赤くなる顔。
今まで異性からそんな事言われたことがなかった私。どうしてもそんななんて事無い一言に反応してしまう。
って、こんな女の子っぽいの私には似合わないって…。私はそう自分で自分の事を笑ってしまう。
そしてそのままソファーに横になる。
「何者だったのかな、アイツ…」
私は天井を見つめながら、またあの男の事を考えていた。
◆ ◆ ◆
「ねえ、真理はどうしたの?」
今私はお母さんに連れてかれ物陰に隠れている。帰ってきたら急にお母さんが来て私を連れてきたのだ。
見ているのはソファーの所にいる真理。なにやらブツブツと呟いている。
妹のこんな姿を見たことが無い私はお母さんに聞いてみる。
「わからん。なんや昼間帰ってきたと思ったら、ずっとあんな感じなんよ」
どうもお母さんも訳が分からず困っているよう。
この間にも膝を抱えたり、急に笑ってみたりと意味不明で…。なんなんだろう……。
私とお母さんはただただ様子を見守るばかりだった。
◆ ? ◆ ? ◆
黒いライダースーツを着た男は、携帯に向かい淡々と事の次第を告げるだけだった。
「ミランは残念ながら連れ去られてしまいました。応戦したようですが、どうも相手は『神童』と呼ばれたあの『ウィン=ウェストコッド』だったようで…、私では相手にならないと判断し、手を出せませんでした。何故そのような者がいたのかは分かりませんが…」
口調こそ柔らかいものだが携帯を持つ手と逆の手は、その口調とは真逆の状態で拳が作られている。それによって革独特の、ギュウ、という音がしている。
しばらく話し、通話を切って携帯をポケットにしまう。
「見捨てろ…、か…」
呟いたと同時に男は止めてあったバイクのシートを叩いた。
「いや、これも大義の為なんだ…」
その声には悔しさや歯痒さといった感情が伝わってくるよう。
一旦深呼吸をした男は、ヘルメットをかぶりバイクに跨る。
勢いよくスタートをきるバイクは、雨を切り裂くように夜の街へと走り去っていった。
どうもお久しぶりです。
待っていてくれた方々にはこの約1ヶ月お休みしてしまいスイマセンでした。
私事ではありましたが、ここのところ深夜帰宅が続いてしまって、最初のうちは昼の1時間で書いてたりもしたんですが、何がなんだか分からなくなり…。
最終的に無理しすぎて倒れてしまうんですから何をしているんだか……。
…あぁ、変な事いってしまいました。それに言い訳みたいになってスイマセン。
これから少しずつ書いていくんでよろしくお願いします。