~間奏曲‐1‐~
◆ ? ◆ ? ◆
はあ…。久しぶりに連絡があったから嫌な予感したけど、やっぱり変な事に首突っ込んでるし。
それでいつも俺が貧乏くじ引くんだよ…。まあ全部が全部嫌って訳じゃないけど…。
俺は椅子に座り机に肘をついて手に顎を乗せている。俺から少し前に離れた場所には、椅子に座っている女性がいた。その女性は拘束服を着て身動きが取れないでいる。
顔を下に向けて何もしようとはしない。抵抗もしなければ話をするでもない。こんな状態の奴から何を聞けばいいのだろうか。
「だんまりなのはこっちもキツイぜ」
こうやって呟いてみても、やはり俺の言葉に何も返してくれない。何度目だろうか…、この繰り返し…。
しかもずっと下を向いて何をしてるのかと思えば、ぶつぶつと何かを呟いていた。耳を傾ければ…、
「全ては大義のため。全ては大義のため。全ては---」
はっきり言って怖い。何かにとりつかれたようなその姿に俺はちょっと引いてしまう。
手元に置いてある資料に視線を移した。何枚も原稿資料や写真があり、その中には女性が身につけていたライダースーツの写真があった。全体を写した一枚のほかにもう一枚。
胸の辺りに付けてあったエンブレムが写真いっぱいに写されていた。
「まあこんな風になる奴が出てくるとしたら納得だけど…。やっぱり噂どおりのところなのかな」
そう言いながら女性の事を見る。相変わらず同じ事をずっと呟いている女性。
近づいていき俺は溜息をつく。そして思わず笑ってしまう。
なんだかんだ言って、この貧乏くじを嬉しいとも思っている俺がいた。
「さて…。これ以上口で聞いてもダメなら……」
腕の裾を捲くり、そっと女性の頭に色んな紋様が刻まれている手を乗せる。女性は気にするような動作も何も無い。
今からやるのはここで俺にしか出来ない事。
「頭の中に直接聞いちゃいますか」
組織長が帰ってくるまでにどうにか情報を探れれば良いけど。
そう考えながら俺は『記憶捜査』をする為に、目を瞑り手に意識を集中させていった。
◆ ◆ ◆
「それじゃあアイツはウィンさんのところに?」
「はい、信用する仲間が一番と思いまして。退魔士協会にお願いするのも考えましたが、この案件の事を考えると、もしかしたらって思いますし。
何も喋らなくても聞きだせる人間が僕の仲間でいますから」
それもそうだ。こんな案件を協会に出させてしまうようなのが裏にいるんだ。
ここであの女性を引き渡したりしてしまったら、無かった事にされてしまうのは大いにありえる。
それにしても…、聞きだすことが出来る人間って……。一体どういう人なのか気になったが、さすがに聞くのは気が引けて、そうですか、と言うだけだった。
「すいません。私そろそろ帰りますね」
そう言って席を立つ凛。雨が弱まってくるのをずっと待ってたようで、外を見るとやっと傘を差して歩いて大丈夫なくらいになっていた。
凛はソファーに寝せているルリちゃんをそっと起こそうとするが、気持ちよさそうな寝顔を見てか優しく掌に乗せて上からハンカチをかけてあげていた。
「よく寝入ってるみたいだな」
「うん。あれだけ泣いてたらね」
凛はそう言いながらルリの事を優しく撫でていた。
「ん? なんで泣いてたんだ?」
「え、あ、いや、なんでもない」
俺が気になった事を聞くと、慌てて誤魔化す凛。
俺は怪しいと疑いの目を向けていると、逃げるように事務所の出入り口のほうへ。
「じゃ、じゃあまた明日。よろしくね、成瀬君」
凛はそう言い残すなりそそくさと出て行ってしまう。俺は返事も出来ず、俺は苦笑いをうかべるだけだった。
向かいに座っていたウィンさんも、なんだったんでしょうね?、と笑っている。
その横でウィンさんに寄り掛かりながら寝ているアンナさん。来る度によく寝てるなぁ。いつもなにかしらやってくれるから、仕方ないか。
「そういえば成瀬君。聞きそびれてしまったんですが、あの子の様子はどうですか?」
「凛の事ですか?」
ハイ、と答えるウィンさんを見て思わず気まずい顔をしてしまう。
そういえば話を聞く限り、凛の様子はあまり良いとは言えない。いや、「あまり」ではなく「かなり」と言った方が正しいだろう。
しかもそんな様子で薙刀を教えてる俺…。そう考えるとちょっと言いづらい。
「その反応は分かりやすいですね」
「あ、いや…。すいません」
「いえ、謝らないでいいですよ。僕もこの短期間じゃ無理だとは分かってますから。でも少しは出来そうな様子は見られるんじゃないですか?」
その言葉にますます何も言えなくなる。
「その様子も無いとしたらちょっと考えなきゃなりませんね」
「考えると言うのは?」
う~ん、と唸るウィンさん。
そんなに言いづらい事なんだろうか。
「それはですね…」
そう言ってウィンさんが話してくれた。それに俺は賛成も反対も出来ない。
これは凛とルリ二人で相談するべきだと思ったから。
◆ ◆ ◆
ゆらゆらと心地良い揺れに、私は身を委ねていた。
耳に届くのは雨の音。そして伝わってくるのは温もり。心臓の音も小さく聞こえていた。
私はこの心地よさに懐かしさを感じていた。
それはいつだっただろう。
確かケガをした私を助けてくれたウィン様について行ってお世話になり始めの頃だ。
私がまだケガが治りきってないのに近くの森に行った時だった。
薬草を摘んだり散歩をしたりしていたら、いつの間にか日が暮れていて…。
無理して上空に行ってもあまり飛べないし、気付かないうちに結構深くまで来てしまってたようで辺りが暗くて分からなくて…。
私は不安でいっぱいになって泣いてた。もしかしたらここで一人寂しく死んじゃうんじゃないかとも思っていた。そんなはず無いのに。
でもその時、助けに来てくれたのはウィン様だった。
ヨロヨロと飛びながらウィン様に寄っていくと、泣いている私を優しく抱きしめてくれた。
そんな風に昔の事を思い出しながら私はゆっくりと目を開けていく。
なかなか目の焦点が合わず、どこを見ているのか分からない。少しずつ合っていく焦点が、今私が何を見ているのかを知らせてくれた。
それは誰かの輪郭。私は思わず、
「ウィン…、様…?」
すると丁度私の目の焦点が合い、それは違うと言う事が分かった。
私の声に気付いたのか、こちらに顔を向ける。
「あ、起きちゃった? ごめんね、眠ってたのに」
凛は私に微笑みながら申し訳なさそうにそう言った。
そこでやっと私が凛に抱えられてる事に気付く。慌てて私は起き上がった。
「す、すいません! 私寝ちゃって」
なんて事だろう。私は凛を守らないといけないのに、それをせずにまして眠ってしまうなんて。
どれくらい寝てたんだろう。ほとんど憶えてない。ただ泣きすぎていつの間にか寝ちゃった事は憶えていた。
思い出すと少し恥ずかしい。
「ううん、気にしないでいいよ。ルリちゃん。いつも私の方がお世話になってるんだし」
「そう言ってくれるのは嬉しいですが、いつ危険な目に会うか分からないので、私がこんな風にしてたら危ないじゃないですか」
私がそう言うと、凛は、あ、それもそうだね、と言うものだから私は苦笑いを浮かべる。
「でも、その時は私がルリちゃんを守る為に全力で逃げるよ。私だって何もしないで死んじゃうのなんて嫌だしね」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
どういたしまして、と凛は言ってまた前を見て歩いていく。
私は凛に抱えられたまま凛の顔を見つめていた。
こうやって暮らしていると、凛がどれだけ優しい人なのかが分かる。
いつでも自分よりも相手の事を気にかけ、誰にでも普通に接していて、自然と周りを明るくするような温かい人。
私がこっちに来て最初の頃は寂しいって思った事もあった。でもそんな私を勇気付けてくれたのは凛だった。
私は妖精で、ウィン様のような人以外にこれだけ普通に接してくれたのは初めてだった。しかも凛は魔術師でもなければ退魔士でもない。私のような存在と関わる事なんてほとんどありえない一般人。
凛のそんな優しさが私には嬉しかった。こんな風にウィン様のような人以外の人とふれ合えるなんて考えた事もなかったから。
そんな凛に私は…。
「ルリちゃん、どうしたの?」
「え? あ! いや、なんでもないです」
いつの間にか私の視線に気付いていた凛が私に声をかけてくるものだから、思わず口ごもってしまう。
そんな私の様子に不思議そうな顔をしながら、変なルリちゃん、と凛は微笑みながら言う。それを見て顔を赤くする私。自分でもすごく赤くなってるのが分かるぐらい顔が熱い。
降り続く雨が冷やしてるか、空気が火照った私の顔に心地よい。
凛に抱えられ、共に帰る雨の中。私はさっき自分が思った事を何度か思い返していた。