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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第五楽章『趣意【シュイ】』‐12‐

 暗闇の中、遠くから雨音がする。なんでこんな所にいるんだろう?…。

 私は必死に体を動かそうとするのだけど、なぜか動かす事が出来ない。しかも私は自分が今立っているのか、座っているのかさえも分からなかった。


「は!」


 突然目の前が暗闇から見慣れた景色へと変わった。

 なんだ、寝ちゃってたんだ。それにしてもどうして寝てるって分からないんだろう。授業中でも居眠りをした時、いつもこんな感じだなぁ。

 私は事務所のソファーに座っていた。まだ眠気が残っている状態で首を動かして壁に掛かっている時計を見ると、最後に見た時間から大分経っている。

 いつの間に寝むってしまったんだろう。そう思いながら私は立ち上がろうとした。

 すると自分の膝の上に何かが乗っていることに気付き動きを止める。見てみると小さい寝息を立てて縮こまっているルリちゃんの姿が。

 そうだ。あの後泣いているルリちゃんを慰めていて、そのまま寝てしまったルリちゃんを撫でているうちに自分も寝ちゃったんだっけ。

 私はそっと膝の上から持ち上げてクッションの上に乗せてあげる。そして自由に動けるようになった私は鞄の中から使ってない綺麗なハンカチを取り出してルリちゃんにかけてあげた。

 ルリちゃんは穏やかな寝顔。それを見て私は安心した。


「さて、帰ってくるまで待ってようかな」


 そう言って背伸びをしながら飲み物を貰おうと台所に入らしてもらって冷蔵庫を開けた。


「あれ?」


 昼間に夏美さんに貰った麦茶がなかった。入れ物を見てないし、どれだけ入っていたか知らないけど無くなってしまったんだろうか?

 私は溜息をつきながら冷蔵庫の扉を閉める。するとそれと同時に事務所の扉が開く音がした。

 誰か帰ってきたのかと事務所に戻ると、帰ってきてたのはウィンさんとアンナさんだった。


「すいません。またお邪魔します」


「あ~ん。もうずぶ濡れ~」


 アンナさんが文句を言うとおり二人は服が張り付くほどずぶ濡れ状態だった。

 外はいまだに雨が降り止まず、それどころか勢いが増すばかり。二人がそうなってても仕方がないだろう。

 と言うより…、


「ウィンさん! 頭! 血!」


 驚きで単語を続けるだけになってしまう。

 頭ですか?、と頭をかきあげるウィンさん。見ると止血をしたように布のようなものを巻きつけてある。もう大分たった後のようで血が吸い取れない状態まで滲んでいる。


「ああ、これですか。ちょっと杖から落ちてしまって頭を打っちゃったんで---」


「いえ、そんな普通に説明しなくてもいいですよ」


 何事もないように説明しだそうとするウィンさんの言葉を遮って、持ってきたタオルを二人に差し出す。勝手な事をしてしまうけど、さすがにそのままにしておくことなんて出来ない。

 そして私は応急処置のためのガーゼや包帯でもないか探す。いつもお邪魔してるとはいえ、勝手知らずの事務所でそういうものを探すのは一苦労だ。しばらく探していると救急箱を見つけ、中から滅菌ガーゼと包帯を取り出した。

 巻いてあげようと思ったのだけど、側にいるアンナさんがジーっと見て自分がやるとアピールしている。苦笑いしながらアンナさんにそれを手渡すと、嬉しそうに頭や顔を拭き終わったウィンさんに巻きつけていく。

 それを見て私は台所に向かった。


「暖かいお茶になっちゃうんですけどいいですか?」


「さすがにこれじゃあ風邪引いちゃいそうですからね。いただきます」


「私も~」


 分かりました、と返事をしてカップを二つ取り出し、作っていた紅茶を中に注ぐ。

 そしてカップを持ってまた事務所のほうへ戻った。見るとウィンさんの頭の包帯が綺麗に巻かれている。結構なれているようで頭にぴったりと巻かれてあった。


「着替えなんかは持ってるんですか?」


「あ、はい。ええっと…」


 そう言って立ち上がり、ウィンさんが杖で床に何かを書き始めた。

 するとウィンさんが杖を走らせていくのを追うように光の筋が出来る。いつか見た屋上でアンナさんが書いていた魔法円のようだ。


「Don」


 何をするのかと思っていたら急にウィンさんが何かを言った。

 響くようなウィンさんの声がした次の瞬間突然魔法円が発光し、何かが中央から現れる。それは見た感じ古い瓶のようなもので、見たこともないような模様をしていた。

 見ていた私は少し不安になっていたけど、ウィンさんは何の躊躇もなくその瓶に手を突っ込む。

 そして引き出されたのは黒い何か。コンと杖で床を突くと、一瞬で瓶や魔法円が消えてしまった。

 呆気にとられている私をよそに、ウィンさんはそれを広げて見せる。


「ほら。この通り」


 それは今ウィンさんが着ている物と同一の服だった。あまりの事に驚くより呆れてしまう。


「すごいですね。旅行カバンいらずですか…」


「能力の無駄遣い、とみんなには呆れられますけどね。どう使おうが自分に有益じゃなければ意味がないですからね」


 あはは、と笑いながら着替えに行くウィンさん。

 私にはそう言っているみんなの気持ちが痛いほど分かります。着替えに行くウィンさんを見ながら私はそう心の中でつぶやいた。

 と、ふとアンナさんを見て今更ながら気付く。


「あれ? アンナさん」


「え、何?」


「それ…、スカートの丈が短くないですか?」


 今日最初に会ったときに別に注意して見てた訳じゃないけど、あきらかに裾が短い。

 足下をほとんど隠すほど長かったスカートが、今は膝の上の辺りまでの丈になっていた。

 その為アンナさんの綺麗なすらっと長い足があらわになっている。


「ああ、これね。ウィン様の止血の為に破いちゃった」


 あれ、アンナさんのスカートだったんだ。好きな人の為にそこまでしてあげるなんてすごいなぁ。

 感心していると私が置いたお茶を優雅に飲むアンナさん。

 足を組んで普通のカップで飲んでいるのに、それでもどこか気品があるように見えた。


「って、アンナさんも着替えた方がいいですよ」


「あ、そうね。忘れてた」


 あははって笑ってるけど…、そんなびしょ濡れで忘れないでください。


 ※  ※  ※


 着替える為に席を外したアンナさん。今ここにいるのはソファーに座っている私とルリちゃん、そして向かいに着替えを済ませ終わったウィンさんだけになってしまった。

 私は寝ているルリちゃんを撫でていた。それを黙って向かいで見ているウィンさん。

 何か話すべきだろうか…。気まずい状況に耐えられそうにない。


「そんなに硬くならないでください。僕は何もしませんよ」


 そういって笑いながらお茶を飲むウィンさん。相手に気を遣わせちゃうなんて…。ちょっと恥ずかしい。


「そうですよね。ウィンさんはアンナさんが好きなんですし、私なんかに何かするなんて……」


 そこまで言って今この事務所の中の空気が張り詰めたものになっているのに気付く。まずい事を聞いてしまったのだろうか。

 恐る恐る見てみるとウィンさんは笑顔はそのまま。だけどカップを持つ手が震えている。分かりやすいくらいに動揺していた。

 すると私の目線に気付いたのか、あ、という顔をしたあと、平静を装うようにカップをテーブルに置く。


「シャルルに、聞いたんですか?」


「あ、いえ、その、…はい」


 そのまま、すいません、と言う私に首を横に振る。


「聞いてしまったんなら、もう僕が何を言おうが意味がないですから」


 ひとまず許してもらえた、と思ったのだけど、なんだか遠まわしに許してもらえてない気が…。

 今度は私の方が手を震わせながらお茶を飲むことになった。


「恥ずかしながらその通りです。僕はアンナが好きですよ」


 ウィンさんは頭を掻きながら恥ずかしそうに答える。私のほうもはっきりとそう答えられると恥ずかしい。

 でも本当でよかった。もし違かったりしたらかなり失礼だ。

 そうなると、私の中に一つ疑問が残る。


「なら何でその気持ちをアンナさんに伝えないんですか?」


 私の問いに、そんな事まで話していたんですか、と言って困ったような顔をする。

 アンナさんがウィンさんを好きなのはどう考えても間違いない。それなら二人は相思相愛。じゃあなんで気持ちを伝えずに一緒にいるんだろう。

 私なんかは男性と付き合った事なんてないから、そんな風に言える立場じゃないかもしれない。でもお互いに好きなら伝え合う事が普通じゃないだろうか。


「なんと言ったらいいんでしょうね、自分が相手と同じじゃないから、でしょうか」


「『人間』と『妖精』って事ですか?」


 私がそう言うと、ウィンさんはコクッと頷く。


「聞こえは良いかもしれませんが、『身分違いの恋』というものは難しい事ばかりです。あ、この場合は『種族』と言った方が正しいでしょうけど…。

 妖精であるアンナは、ほとんど歳をとらずにこれから僕よりずっと長く生きていくでしょう。その時僕は一人歳をとっていき、いつか先に死を迎えてしまう…」


「…」


 私はウィンさんの言葉に何も言えなかった。

 ウィンさんはアンナさんに「好きだ」と言わないのではなく、言えない(・・・・)のだと分かったから。

 私が思うよりもずっと先の事をウィンさんは考えているのだ。それなのに私は…。


「なんだかすいません。僕はこんなこと言える立場じゃないのに…」


 そう言って頭を下げるウィンさん。私の方がそれを言うべきなのに、先に言われてしまいうろたえてしまう。


「着替え終わりました、ウィン様」


 ちょうど話が終わった時、アンナさんが事務所へ戻ってきた。


「まあこの話はこの辺で。お茶も冷めちゃいますしね」


「あ、はい…」


 私たちの様子を不思議そうに見ているアンナさん。

 何話してたんですか?、とウィンさんに聞いている。ウィンさんは、内緒です、と言ってはぐらかしていた。

 その態度に腑に落ちない顔をして、今度は私の方へと来るアンナさん。


「ねぇ、何話してたの? 教えてよ~」


 私は答えに困ったけど何か言ってあげようと考えた。


「えっとですね、アンナさんの良い所をウィンさんに教えてもらってたんです。

 そしたらウィンさんなんて言ってたと思います?」


「え? えぇ!?」


 うろたえ始めるアンナさん。私はそれを見ながら続ける。


「とても優しくて、一緒にいると落ち着くんです、って」


 そこまで言うと頬に手を当てて顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるアンナさん。ウィンさんはというと、私を見つめて苦笑いしている。

 それぐらいは良いんじゃないんでしょうか、私はそんなふうに思いながら笑みを返すと、ウィンさんは頭を掻いてしまう。


 すると事務所の扉が開き、私はそっちを見た。


 そこにはここの事務所の主ともう一人、夏美さんと成瀬君が立っていた。





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