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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第五楽章『趣意【シュイ】』‐11‐

 ぽつぽつと降ってきた雨は少しずつ雨足を強めていた。

 それでも私は屋上に佇む姉さんを、後ろから静かに見つめて立っている。

 その屋上のへりに座り、鼻歌を歌っている姉さん。歌っているのは「Singin' In The Rain」。昔の映画の中で誰かが歌っていた気がする。

 私はそれを黙って聞いていたのだけど、突然鼻歌が止んでしまう。


「盗み聞きなんて悪い子ね」


 姉が妹を叱るような優しい口調で、それを聞いた私は懐かしさを感じていた。

 昔、同じように姉さんに言われた事があった。それから何年も経っている。それでもその口調は姉さんのもので…。

 でも私はその思いを振り払うように首を振り、今度はこちらから声をかける。


「気付いていたんでしょう? 姉さん」


 私がそう言うと、ふふふ、と笑う姉さん。そして立ち上がりこちらを向いた。


「そう呼ぶな、って言ってたんだけどね…。いつまでアナタは私の事を「姉さん」と呼ぶのかしら」


 そう言うなり地を蹴り姉さんは私に向かって来る。それを見て私は持っていたアタッシュケースを握りなおした。

 姉さんはナイフをポケットから取り出し、切りつけてくる。私は慌てずにアタッシュケースでそれを受け止めた。連続して攻撃をしてくるが、全てかわしていく。

 するとこれ以上攻撃しても意味がないと判断したのか、一旦私から後退し距離を取った。


「はあ。簡単にはいかないか。やるじゃない夏美」


「…」


 変な気分だ。こんな風になってしまった姉さんに褒められるなんて。それが嬉しいという思いも少なからずあるのだから、そんな自分に苦笑してしまう。

 思えば昔は一緒に修行でこうやって戦ったものだ。姉さんは私の目標で、いつも私は認めてもらおうと必死だった。そんな私の攻撃をいとも簡単にかわされて、気付けば私が劣勢になっていたんだっけ…。

 そんな私を優しくも厳しく指導してくれたのは姉さんだった。今でも思い出せる。


「戦ってる最中に何考えてるの?」


 その言葉に、はっと意識が目の前の状況に引き戻される。戦いの最中に考え事をしてしまうなんて。

 気付いた時にはもう目の前に姉さんの姿があった。そして私に向かいナイフを突き出してきた。

 私は慌てて横に避ける。私は転がっていき、すぐに立ち上がり追撃を警戒した。


「チャンスだったのになぁ…。アナタを殺す……」


 その言葉が私の胸を締め付ける。もうこの人には私を殺すという事しか考えられないのかもしれない。


 …でも、私がした事を考えれば納得がいく。


 するとまた姉さんが攻撃を開始してくる。私は姉さんの攻撃に備えてアタッシュケースでガードをしようとする。だけど姉さんの攻撃はナイフによる物ではなく、そのナイフでの攻撃動作はフェイクだった。

 姉さんは、タンッ、と地を蹴り素早く繰り出された蹴りは、対応する間もなくアタッシュケースの横にクリーンヒットして弾き飛ばされる。

 そこにまたもやナイフでの攻撃。私は慌ててもう片方の手に持っていたアタッシュケースを振るってナイフを弾き飛ばす。

 だけど姉さんはそんな事お構いなしに回し蹴りを浴びせてくる。

 私はアタッシュケースを振るった方に流れたままの体を元の体制に戻す事が出来ず、姉さんの蹴りをまともに浴びてしまった。


「ぐッ!」


 せめて少しでも威力に対抗しようと歯を食いしばった。だけど姉さんの蹴りは、そんな事がまるで無駄に思える程の威力。

 だけどその行為に少なからず意味はあったようで、意識が吹き飛ばされる寸前の所で踏みとどまる。いっそのこと意識が飛んでた方が良かったと思えるような痛みを味わう事になったけど…。

 たった一撃だというのに脳が揺さぶられ、三半器官がやられてしまい、平衡感覚を麻痺させられてしまったのかうまく動く事が出来ない。そのため地面がグワングワンと揺れるような感覚に陥った私は倒れたままだった。それをみて姉さんは私の近くまでやってくる。


「ふふ。動けないみたいね」


 そう言って私に向けて姉さんは微笑む。だけどその笑顔は優しさなんて微塵も感じることが出来ない。

 私はせめてもの抵抗で姉さんを睨みつける。


「なによその顔…」


 私の行動が気に食わなかったのか、そう言うなり無表情でおもいっきり腹部を蹴ってっきた。避ける術も、防ぐ術もなく、私はその攻撃をまともに受けてしまう。

 咳き込みながら動けない私。それを見て姉さんは私の側に寄ってくる。もう一本のナイフを取り出し、姉さんはそれを逆手に持った。


「じゃあね…。夏美…」


 言い終わると姉さんはナイフを上に振り上げ、あとは私に向かい振り下ろすだけの体勢になる。

 私はもう動く事が出来なかった。唯一動く目で、姉さんの持っている物を見る。手には銀色に輝くナイフ。降ってくる雨がナイフを伝って先の方から水滴が落ちてくる。

 自分は殺されてしまうというのに、それがなんだか綺麗に思えてしまう。そんな自分が滑稽で仕方がなかった。


 あの水滴を追って、ナイフが落ちてくれば、私は死んでしまう。


 そう思うと私はもうそれ以上何かを考えるのをやめ、じっと姉さんの持っているナイフが振り下ろされるのを待つことにした。

 それで姉さんに許されるのであれば、私は死んでもいい。私はそう思っていた。



 だけどなかなかその時は訪れず、私は姉さんの方を見る。その顔を見て私は、はっとした。



 その時だった。



 突然銃声が聞こえ、姉さんがその音に反応して動きが止まった。

 何故銃声が聞こえてきたのかは分からない。でもそのおかげで出来た隙を見て、死ぬ覚悟をしてたというのに、私は咄嗟に逃してはいけないという思いに切り替わっていた。そして必死の思いで足を振り上げる。それが姉さんの手にヒットし、持っていたナイフを手放させる事に成功した。

 反射的に転がっていくナイフを目で追う姉さん。それを見て私は力を振り絞って立ち上がり、姉さんから離れた。

 蹴られた時に肋骨を折られたのだろうか、少し動くだけで痛みが酷く、呼吸をするのもかなりキツイ。それでも私は悟られまいと姉さんを正面に見据え、アタッシュケースを握り構える。

 姉さんの方は飛ばされたナイフを追い、ゆっくりと拾う。そしてナイフの汚れを落とすように服で拭っていた。


「まだ諦めないの? もうその体じゃうまく動けないんでしょ?」


 少し苛立たしげに言う姉さんの言葉に私はドキッとしたが、何も返事をせずに姉さんの攻撃に備えていた。でも反撃は多分出来ない。今攻撃してきたら私はなす術なく本当に殺されてしまうだろう。

 でも今の私はそんな事気にならなかった。それよりも私は目の前の姉さんの顔を見ていた。

 目の前にいる姉さんは同じ表情でいる。さっき私を刺そうとしていた時の顔と…。


「姉さん…」


「だからもうそう呼ばないで---」


「なんで…、泣いてるの?」


 思わず姉さんの言葉を遮ってまでそれを聞いてしまった私。するとその言葉に、え?、と言いたげな顔をした姉さんは、ナイフを鏡代わりに自分の顔を見る。その様子を私は黙って見ていた。


 その顔には雨が滴っている。そこに混じり、目からも一筋の涙が流れていた。



 ◆  ◆  ◆



「ん?」


 夏美さんを探す俺の目に、人らしき姿を確認した。俺は全力でその姿に近づいていく。

 近づくにつれてだんだんとはっきりとした姿が見えてきた。それは二人分だった。


 黒い服装の人物と、白い服装が向き合って佇んでいる。

 黒い服はスーツ姿の夏美さんだ。そして向かいにいる白い服の姿は…、


「リリィ…」


 俺は呟きながら足を止めず、どんどん近づいていく。

 だけど様子が変だ。戦っている様子もなく二つの姿は近づく事も離れる事もせず、距離を保ったまま立っている。俺は何かあったのかと急ごうとした。

 するとリリィの方が突然持っていたナイフを落とし、そしてその手を頬に添えた。その奇妙な行動に俺は近くまで来たというのに思わず足を止めてしまい、そのまま二人の姿を観察できる場所で様子を見守る。


「なに…、これ…」


 リリィと名乗る女性、夏美さんが姉さんと呼ぶ女性は、何かを不思議がるような口調で呟いている。

 ここからではよく見えないが、手で何かを拭っているようにも見えた。夏美さんが何かしたのだろうか。


「ねえ…。なんなの、これ…」


 口調がだんだんと怖がるようなものになっている。あのリリィがどうしてそんな声を出しているのか。それは俺には分からなかった。


 すると突然膠着していた事態は動く。


 リリィは手で頭を押さえフラフラと体がふらついていた。それを見た夏美さんが近づこうとする。


「来ないで!」


 夏美さんはリリィに言われ、一歩足を出して咄嗟に止まる。

 制したリリィの方は鬼気迫るような表情でいる。依然として片方の手は頭を押さえていて、どこか辛そうに見える。そしていきなり走り出し、この場から去っていくリリィ。その後を夏美さんは追おうとするが、糸が切れた操り人形のように急にその場に倒れこむ。

 それを見た俺は、夏美さんのもとへと急いだ。

 倒れている夏美さんはこちらを見て微笑む。


「盗み見なんて悪い子ね、成瀬君…」


「…気付いてたんすか?」


「そんな余裕、なかったわよ…」


 そう言った夏美さんのスーツはボロボロで、口からは血を流している。

 言っている事は本当だと一目で分かるほどだった。


「ただ…、タイミングが良すぎだった、からね…」


 そして起き上がろうとする夏美さん。だが力がうまく入らないのか、なかなか起き上がれずにいる。

 すいません、と言いながら俺は夏美さんに肩を貸して起き上がらせ、フェンスに凭れ掛からせる。

 見た感じ外傷は無いように思える。でも夏美さんの顔色は尋常じゃない。呼吸が乱れ、胸の辺りを押さえている。


 ---胸?…。


 俺はまた、すいません、と言いながらスーツの前を開き、俺はワイシャツの上から胸の辺りを触る。すると小さな悲鳴を上げて、少し苦しそうな素振りを見せる夏美さん。それで俺は確信し、そのワイシャツもボタンを外してはだけさせる。

 そこに綺麗な女性らしい肌はなく、赤黒く変色した痕があった。とても正常な人の肌の色とは思えず、その痛々しい痕を見た俺は思わず目を逸らしたくなった。

 だけど一つ深呼吸をして落ち着き、俺は霊気治療を行った。


「あは…。結構ヤバイかもね…」


「喋らないでください!」


 こんな状態で話していた夏美さんが不思議でしょうがない。

 いろいろ聞きたい事、言いたい事はある。でも今は必死で夏美さんの治療に専念した。




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