序曲『理由』‐4‐
私と成瀬は降り注ぐ攻撃をよける。成瀬は一歩早くだが。
「やっぱり成瀬君は早いわね」
「夏美さんだって十分よけきれてるじゃないっすか」
私自身もしっかり攻撃をよけはしたが、成瀬のように戦いにおいて相手の攻撃をいち早くよけ、すぐに戦闘態勢に入れる者は、いつでも戦いにおいて有利な状況に回れる利点がありいいと思う。
攻撃が止み、二人並んだ私たちは自分たちの武器を握りなおし少女を見つめた。
「じゃあコッチの番ね?」
成瀬に言うと、彼は頷く。
私と成瀬は少女に向かい駆けていく。
◆ ◆ ◆
俺の攻撃を回避した彼女は反撃をしてきた。
「それ!」
迫ってくる彼女は手に持ったアタッシュケースを地にこすり付ける。
火花が上がり、直後アタッシュケースが炎を纏い、下から俺に襲い掛かってくる。
「んな、無茶苦茶な」
後ろに飛びのき回避する。だが彼女はもう一歩踏み込み、もう一つのアタッシュケースを上から振り下ろしてくる。
俺は鞭の持ち手の両端を両手で持ち受け止める。ガン、と言う音と共に受け止めたそれは、女性とは思えないような重い一撃。手が痺れる。
「意外に丈夫ね。今の受け止められるなんて」
「様子見の攻撃なんて朝飯前っすよ」
頼もしいわね、なんて言う彼女。俺も強がって言ってみせたが、結構いっぱいいっぱいだ。このままこの先何度も攻撃を回避するのは不可能だ。
そう、このままじゃ---
「じゃあ…」
一気に彼女との間合いを取り、集中する。
「先読」
そう言って俺は彼女を見据える。
彼女は俺に向かい攻撃を仕掛けてくる。横薙ぎに襲い掛かってきた攻撃を紙一重でかわす。
もう一撃来たが、それもギリギリでかわし、がら空きになった体へ回し蹴りを繰り出す。だがそれは彼女にしゃがんでかわされた。
彼女はアタッシュケースを置き、俺に殴りかかる。だが---
「わかってますよ。それも」
そんな事を言いながら、それも難なくかわし、素早く後ろに間合いをとった。
それを見て彼女は置いたアタッシュケースを持ち、俺を見つめる。
「中々厄介な能力を持っているのね。相手の攻撃の手が見えるなんて」
「ありがとうございます」
「でもあんなに無駄なくよけられるなんて。成瀬君の戦法はギリギリでよけて反撃の機会を窺う、みたいな所かしら」
ドンピシャで戦闘スタイルを読む彼女。そしてアタッシュケースを握りなおし構えた。
「でもそれなのに一旦距離を取ったって事は…」
そこまで言うと彼女は俺に向かってきた。俺もすぐに構えなおし向かってくる彼女を見据える。
アタッシュケースで殴りかかって来たが、それをスウェーでよけ、次のバックブロー気味に来た攻撃をしゃがんでよける。そしてその回転のままアタッシュケースで足払いを狙ってきたので、ジャンプして避ける。
だが、そこまで来てやっと彼女の狙いがわかった。初めに俺が仕掛けた攻撃と同じ、相手を死に体にする事が目的だったのだ。
「やっぱり。その能力には制限があるのね」
彼女の声で我に返り、前を見ると目の前いっぱいの銀の壁。
アタッシュケースが俺の顔面に打ち込まれたのだ。さすがに彼女のようなよけ方は俺には出来ない。殴られた俺は勢いのまま床を転がる。
加減してくれたのだろう。痛かったが、気を失うまでは行かなかった。
「やられたらやり返さなくちゃ気が済まない性質なの。ごめんなさい。痛かった?」
俺は、大丈夫です、と言うと、治癒を開始し、顔の腫れがひいていく。
水行が長けていて、男のイメージとしては合わないが治癒は得意だ。自分では気に入ってるが…。
「攻撃の手が見えるのは良い事だわ。でも見える事で何も考えないのはいけない事。
攻撃一手一手に意図があるんだから。理由無く手なんか出さないでしょ?
ましてすべての手が見えるならいいけど、あなたは3手ぐらいしか見えない。尚更そこは気を付けないと。あと---」
手合わせが終わり、彼女は早速俺の戦い方の注意をし始めた。俺は自然と正座になり俯いていた。
しばらく話し続けると、ふと気付いたのか、一つ咳をし苦笑いを浮かべた。
「あ、ごめんなさい。つい話し込んじゃって」
「いえ。上のランクの方直々に教えていただけて嬉しいです。はい」
それなりに自信はあっただけに少し悔しい。
俺が落ち込んでると、彼女は微笑みながら近づいてきて、頭を撫でてきた。
その撫でる手は暖かく、励ましてくれているようだった。
「落ち込めるって事は良い事だわ。また上を目指せるんだから。何も無いまま上にいったって何も得られない、私はそう思うの。
それにあなたはきっともっと強くなる。保証するわ」
「…ありがとう、ございます」
撫でられたのが恥ずかしいのか、強くなるなんて言われたのが嬉しいのか、やけに顔が熱くなる。
そして彼女は手を引きしゃがみ、手を差し出す。
「腕も気構えも申し分無し。これからよろしくね? 成瀬君」
「はい。よろしくお願いします。えっと…」
差し出された手を握ろうと思ったが、彼女をどう呼べばいいか判らず手を止める。
思案していた俺を見て、彼女が俺の手を取る。
「夏美でいいわ。苗字は慣れないし、言いづらいと思うから」
「あ、はい。えっと、夏美さん。よろしくお願いします」
握手をする俺と夏美さん。
冬の寒空の下、俺のこの事務所での仕事が始まった。
「じゃ、中でコーヒー飲もうか?」
「そうですね。俺が入れますよ」
お願いね、と言って中に入っていく夏美さん。後に続き俺も入っていく。
まずはコーヒーを入れることからか。
◆ ◆ ◆
少女に向かっていくと、成瀬は鞭を繰り出す。
「先手必勝!」
「え、きゃ!」
その攻撃は彼女に一直線に向かっていくが、避けられてしまう。
いや、避けられたのではなく、反射的にしゃがんで難を逃れられただけだった。
うずくまる少女は手で顔を覆い、指の間からこちらを見た。その眼は狂気に染まり、私たちを殺したいと言っているようだ。
「ナンデ?私はナニもマチガッタ事なんてシテナイ」
「…そうね。あなたはただ仕返ししただけですものね」
少女は私の返事に反応する。成瀬もその言葉に驚きを隠せない。
私は少女に歩み寄っていく。少女は身構えているが様子を見ている。成瀬もその様子を鞭を構えながら見守っていた。
「椎名 莢、ちゃんでしょ? あなた」
名前を呼ばれ、少女はピクリと体を硬直させていた。
私は近づきながら続ける。
「あなたは事件の被害者の中の一人、琴浦 霧緒の彼女だった」
「……て…」
私の言葉を聞いて下を向きつぶやく少女。
私はまた近づいていく。
「事件のあった前の日、あなたは自殺した」
「…めて…」
私の言葉に肩を震わせ、言葉を切ろうとする少女。表情は下を向いていて読み取れない
私は尚も続け、近づいていく。
「その前の日あなたは彼に呼び出される。そして…」
「やめて…」
怒気を含むつぶやき。近づいていた私は足を止めた。
少女との距離は2m弱。
私はメガネを直しながら最後の言葉を言う。
「彼を含む3人に---」
「やめてって言ってるでしょ!」
その怒声と共に、少女の近くにあった多数の石が、銃弾のように私に襲い掛かってきた。
時間軸が行ったり来たりすいません。
次あたり序曲終了です。