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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第五楽章『趣意【シュイ】』‐7‐

 窓の外を見ると、人々は何事も無く過ごしている。

 私はただそれを見つめていた。

 すると小学生位の女の子が小さい女の子を連れているという光景が目に入った。笑いあいながら歩く二人の様子から姉妹なのだと分かる。

 大きい方の女の子が、小さな女の子の手を引いていた。微笑ましい光景だけど、私は何故かそんな小さな女の子達相手に、嫉妬しているかのように心がざわつく。


「私たちは…、なんであの子たちみたいになれなかったのかしら……」


 自分自身で発した言葉が、ずっと頭に響く。

 そしてふと、あの女の子二人が昔の私と姉さんの姿と重なる。


 ※  ※  ※


 私の手を取って先を歩く姉さんは、とても頼りになって、いつでも私を助けてくれる正義の味方ヒーローだった。

 そしてそんな姉さんは、私の一番大好きな人だった。


 でも私が中学生の時、姉さんは私の前に現れなくなってしまった。


 私は悲しんだ。私の大好きな人だから、会えない事は本当に悲しかった。

 すると私の前からいなくなったヒーローは、私が悲しんでいるのが分かったのか、私の前にまた現れた。

 でもその時には姉さんはヒーローではなく、『ヒール』となってしまっていた。


 あの姉さんがするとは思えないような事件を起こして…。


 強くて大好きだった人がそんな事するわけ無い、そう思っていた私の前でした事は…。


「お父さん…。お母さん……」


 今でも思い出すあの光景。

 降り続く雪の間を舞うように飛び散る赤い鮮血。それが見えるたびに倒れていく父と母。まだ中学生だった私は、それをただ見ていることしか出来なかった。

 それを無表情で行う姉さんが怖くて、私は歯をガタガタとさせて動けないでいた。

 でも動かなくなった父と母に気付いた姉さんは、立ち尽くし、血に染まる自分の手を見つめ、涙を流し泣いていた。

 その姿はとても幼いように見えて、私は訳が分からなくなった。

 すると突然私のほうを見る姉さん。


「夏美…」


 そう私の名前を呟いて近づいてくる姉さん。力なく垂れている手には、血塗られたナイフが握られていた。

 必死にうまく動かない体を動かして後ずさる私を、一歩一歩距離を詰めてくる姉さん。その表情に感情というものが見られない。

 すると後ずさる私の手に何かが当たった。

 そんな場合じゃないのにそれを確認すると、それは鉄で出来た杭だった。

 本当はそんな事したくない。でも私は意を決してそれを握りしめ、迫る姉さんに向けて振り放った。


 夢と信じたい今の光景を、振り払うように…。


 ※  ※  ※


「変な私…」


 柄にも無く小さい子供なんかに嫉妬したり、昔の事を思い出したりする私に苦笑しながら、置いてあった車のキーを再び握り締める。


「いるかは分からないけど、行ってみて損はないかな…」


 そう言って事務所のドアを開けて、ドアの外で立ち止まる。

 そしてそこから中を見た。

 ほんの数ヶ月過ごした事務所。それでも、ほんの少しの間でも、ここには少なからず思い出が詰まっている。


「じゃ…、またね…」


 誰もいない事務所に響く私の声を、当然受け止めてくれる者はいない。

 でもとりあえず言っておきたかった。

 私には贅沢すぎるほどの時間で、また得たい時間だから。


 たとえ『またね』が嘘になるとしても…。


 そしてドアから手を放すと、重々しい音を立ててドアが閉まった。




 ◆  ◆  ◆




「り~~ん!」


 俺と凛の元にルリがやってきた。

 なんか迷ってしまった犬が飼い主を見つけたときのようなスピードで飛んできたルリは、目もまた犬のように輝かせてそのまま凛まで飛んでいく。でも…、


「ひゃ!」


 そう叫んで慌てて凛から離れる。それもそのはず、凛は俺が渡した棒を回していたからだ。

 俺がやっと落ち着いてから、まず長い棒になれる為に凛には俺が良いと言うまで回してもらう事にした。

 凛は、八つ当たり?、とか言っていたがそれはない。本当に。


「ル、ルリちゃ~ん…」


 力なくルリを呼ぶ凛の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 かれこれ20分ぐらいは回しているだろうか。いまだに俺は止めていいと言っていない。でも投げ出さない凛にはちょっと驚いていた。

 最初は音を上げるくらいやってやろうと思ったのだが、予想以上に頑張っている凛。それ程意志が固いのだろう。

 でもさすがにずっと同じことの繰り返しはキツイようだ。俺だってずっと同じ事をしていれば辛い。

 心配そうに見つめていたルリは俺のほうを向いて睨みつける。


「ちょっと湧樹。凛がかわいそうじゃない!」


 俺の顔寸前まで近寄って抗議するルリ。本当に俺のことが嫌いなんだな。接する態度が俺だけ悪い。

 まあ確かにこれはキツイ。でも、


「じゃあ悪霊とかと戦うのは楽な事か?」


 俺がそう言うと、ルリは悔しそうな顔をしながら口を閉じて何も言わない。

 こんなもの、退魔士の仕事を考えれば全然辛いなんて内に入らない。退魔士の世界では戦うという事は、「命」をかけることと同じだ。

 凛が身を守るだけにしても、それも同じような事。自分の「命」を守らなくてはならないんだ。半端な事はしておけない。


「それに俺が夏美さんの事務所で働けるかもかかってるんだ。俺は厳しくいくぞ」


「……それが本音?」


 ルリがジト目でそんな事を言う。俺は目を逸らし何も答えない。


「り、凛。一旦休憩」


「良かった…」


 凛は俺の言葉を聞いて、すぐに棒を回すのを止めた。そして突き立てている棒を掴みながら膝から崩れ落ちる。結構限界だったようだ。

 ルリは近寄って、大丈夫ですか?、と言って凛を気遣っている。りんも息を絶え絶えながら、大丈夫だよ、と言って返事をした。全然そんな風には見えない。

 それを見てちょっとやりすぎたかな、と思いながらバックからペットボトルを取り出した。

 その間に凛は棒を杖代わりに突きながらヨロヨロと歩いてベンチに向かい、力尽きたように座っていた。その凛に、ペットボトルの二つの内の一つを凛に差し出す。


「お疲れさん」


「あ、ありがと…」


 受け取った凛は蓋を開けて一気に飲み込む。半分くらい一気に飲んでしまっていた。それでもぐったりしている。

 俺はとなりに座り、ペットボトルの中身を一口飲み込んだ。意外と俺も疲れていたのか、それとも暑い気候のせいか、自分の体に水分がどんどん吸収していくように感じた。


「凛。まだこれでも序の口だぞ。得物に慣れるなんて当たり前の事なんだし」


 俺がそう言うと凛は聞いてるのか聞いてないのか、返事をしてくれない。

 この凛の様子を見ると、技や基本を教えるより先に基礎体力の向上が不可欠のようだ。とは言っても期間が少ない。

 そんな事を考えてる時も、まだちょっと動きたくないといった様子でぐったりしている凛。

 そんな様子を見たルリが何かの詠唱を始めた。言い終わるとほぼ同時にそよ風が吹いてくる。

 程好い風が吹いてきて、凛が気持ちよさそうに風を受けていた。

 まだ動くのには早い様子の凛を見て、俺も隣で一緒に風を受けていた。これは気持ちいい。まるで天然の扇風機だ。

 だた、視線をルリの方に向けると、ルリは少しムッとしたような顔をしている。お前は風に当たるな、と言いたげだ。

 でも今は隣に凛もいるからと諦めたようで、そのまま風を起こし続けていた。


 ※  ※  ※


「じゃあとりあえず構えから行くか」


 そう言うと、はい、といい返事をする凛。もう大丈夫のようだ。

 今俺の持っている棒の先には、危ないので丸めた布でガードしてある。こうしておけば思いっきり突かない限り傷つける事はないだろう。

 今は間に合わせだけど、そのうちちゃんとしたのを使うつもりだ。でもこの辺だとすぐに用意できなかった。やっぱりマイナーなだけあって、取り扱っている店なんかほとんどない。しかもやっとの思いで取り扱っている店を見つけた所でも、道具が入荷するのには何日か掛かる、と言われてしまったのだ。今はこの間に合わせで我慢してもらうしかない。

 俺がまず棒を両手で体一つ分くらい離して持ち、足を肩幅ぐらいに広げ、凛に向かって半身にしながら棒の先を向ける。この時の体の位置は、棒を凛の方に倒した状態で左右どちらかに位置する。。


「こうやって自然に持ってみて。俺を鏡と思って構えていいから」


「こ、こう?」


 凛は俺の言葉どおり俺の構えと鏡のように見て構えた。俺と凛はお互い半身になりながら向かい合う。

 剣術だと相手を正面に見据えて構える。そしてその時に刀や竹刀を持つときに、つかと呼ばれる部分を握るのだけど、ふちの方を右手、かしらの方を左手で持たなくてはならない。

 それに対して薙刀は剣道とは異なり、相手に対して正面を向いては構えない。全て半身の状態での構えになっている。

 言っておくと、薙刀の最初の構えは左半身での構えではあるが攻撃するたびに棒の左右に体を入れ替えたりする。そして相手の出方によっては、中段、下段、上段、八相、脇と呼ばれる五つの構えを臨機応変に変えていくのが肝心だ。

 長くて扱いづらいというのをカバーするために、打ち込みや薙ぎ払うのがやりやすいように場面場面で持ちかえられると言う事だ。まあ剣でも刀でも、実戦では片手になったりする時もあるだろうから、さほど変わらないかもしれない。


「力は入れないで棒を持って。そして軽く膝を曲げて、いつでも動けるような状態を作っておく事」


「は、はい」


 返事をしながら構える凛。その構えに無駄に力が入ってない。

 凛は気付いてないようだが、先ほどやらせた棒回しが功を奏したようだ。


「とりあえずこの状態から基本の振り方ね?」


 俺は言い終わると凛から少し離れる。

 凛を正面に見据えもう一度構えなおし、棒を振り上げる。そして一歩踏み出しながら棒を振り落とした。風を切るような音が鳴った。

 振り終えてもう一度構えなおしてから構えを解く。


「これが上下振り。前にいる相手の頭をかち割るぐらいの気持ちで振りぬけよ」


 俺の言葉に、はい、と返事をした凛は、言われたとおりに俺と同じような動作をした。

 力強さはないが無駄に力が入ってない分、振り落とす棒の軌道が滑らかだ。体が柔らかいのも良い方にはたらいてるのだろう。

 じゃあ次と俺は言って、今度は横に振りかぶり、足を踏み込んでそのまま水平に振り切る。


「そしてこれが横振り。今度は相手の体を真っ二つに切るつもりで」


「…なんかたとえが少し……」


 凛が苦笑いを浮かべ、俺自身も同じように苦笑いしてしまう。喩えがおかしいのは、自分でもどう説明したらいいのか分からないからだ。

 一応基本的な動きなどは自分で言うのは変だけど、ちゃんと身につけていると思っている。

 だが「やれる」のと「教える」のは全然違う。やってみると意外に大変だ。そんな事を感じてしまうようでは、俺はまだまだなんだと痛感してしまう。


「そこはスルーしてくれよ。これでもいっぱいいっぱいだから…」


 俺がそういうと、わかった、と言って了承してくれる凛。

 それを聞いて俺もそのまま続ける。

 今度は縦でも横でもなく、斜めに振り上げてその角度のまま振り下ろす。

 そこまで見て早速真似しようとする凛を、ちょっと待って、と言って制す。


「この斜め振りに関しては上の方からだけじゃない。こうやって…」


 そう言って俺は手首を返し、元来た方へ振り返す。


「下からの斜め振りもあるんだ」


 へぇ~、と言って感心する凛。そして早速同じように振り始めた。

 やはり振りに関しては文句無い。むしろうまいと言っても良い位で、本当に運動が出来ないのだろうか、と思わせるくらいだ。

 そんな初めてやる凛が、文句無しで動けているなんてちょっと悔しい。

 そんな凛に俺は言った。


「じゃあ今から全部の振り方を何回も繰り返す事」


 俺のその言葉に凛は、え?、と言って固まる。

 そして不安そうな顔をして俺を見てきた。


「…どのくらいやればいいの?」


 そんな不安そうな凛に俺は微笑みながら言ってやった。


「そりゃあ、俺が『いい』って言うまで」


 その言葉を聞いた凛は、晴れ渡った空に似つかわしくないような、曇りきった表情を浮かべていた。




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