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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第五楽章『趣意【シュイ】』‐6‐

 しばらく歩いて人のあまりいない公園にたどり着く。

 今時公園に遊びに来る子供なんていないんだろう。携帯ゲーム機が爆発的に人気になったのと、今の世の中どこで何があるか分からないと、親が外で遊ぶのを禁じているのが原因だろう。

 国民的アニメの「サザエさん」や「ドラえもん」とかの中で、野球をして外で遊ぶシーンが懐かしいとさえ感じてきてしまう時がもうすぐ来るだろう。


「ここでいいっか…」


 そんな事を思っていると、前を歩いていた成瀬君が手に持っている物を地面に置き、振り返る。


「じゃあとりあえず準備運動から」


「あ、はい」


 返事をして、成瀬君と共に準備運動を開始する。

 体育の授業でするような準備運動をしているのだけど、誰も見ていないはずなのになんだか恥ずかしい。それでもそれを我慢して、屈伸や伸脚、アキレス腱を伸ばしたりと一通りする。

 やっと終わったと思ったら、そのまま柔軟体操。

 私は地面に座るように促され、長座の体勢になり、成瀬君が後ろから私の背中を押す。


「へぇ。運動できないと言っても体は柔らかいんだな」


「む。馬鹿にしないでよ。これぐらいは出来るからね」


 そう言ってそのまま柔軟を繰り返す。

 昔から体力テストでは、総合判定がほとんど最低に近い判定で、それが行われる時期は憂鬱だった。

 でもいつも一つだけは評価が最高のものがあった。

 それは『長座体前屈』と言われる柔軟性を調べるテストで、座った姿勢から上半身を前に倒していくというとても私にとっては喜ばしいものだ。これに限っては私は絶対の自信を持っていて、運動神経抜群の雅ちゃんにも負けない。

 雅ちゃん曰く、『宝の持腐れ』だそう。確かに運動が出来ないのにそれだけ優れていても、何の意味も無いかもしれない。言われてムッともしたけど…。

 ようやく柔軟体操を終えて、立ち上がると、成瀬君は笑っていた。


「それならちょうどいい」


 そう言って置いてあった物を手に取る。

 ずっと気になっていたそれは、私の身長より高い棒のようなもの。見た感じ物干し竿と言った感じ。

 すると成瀬君はそれを私に渡す。私はそれを手にとって持ってみる。意外と重くは無いけど、触ると結構硬い感触がした。


「それでどうするの?」


 手渡されただけじゃ分からず、私は成瀬君に聞いてみた。


「じゃあとりあえず慣れる事から」


 成瀬君はそう言って棒を手で器用に回し始めた。

 まるでバトンのように綺麗に回る棒。成瀬君は乱れることなく回し続けながら私に話しかける。


薙刀なぎなたって知ってる?」


「えっと…、確か時代劇でなら見たことあるかも…。『大奥』ってドラマの中で、夜の見廻りみたいなシーンで女の人が持ってたと思う」


 長い棒の先に刀のような刃がついたのを持っていて、紐で袖をまとめていた着物の女性を思い出す。

 ただそれは薙刀らしき物を持っているだけのシーンだっただけであって、実際にそれを使って戦っていたのを見たわけじゃない。でも見た感じ、どんな風に薙刀を使うのかは想像できる気がする。

 私の言葉に、へえ、時代劇見てるなんて意外、なんて成瀬君が言う。

 まあ私だけがではなく、家族みんなが好きだ。お母さんは特に。


「確かに薙刀術は江戸時代ぐらいには武家の女性なら誰もが習う武芸だったんだ。大奥の女性がみんな習得していたのかは分からないけど。

 っと、それは兎も角、凛にはこれをやってもらう」


「でもこんな大きいのでいいの? 難しそうだし…」


 渡された棒の大きさは、私の身長を超え、2mぐらいだろうか。

 こんな大きいのを振り回すような武術を、運動音痴の私が行うのはやめた方がいいと思った。

 そんな私の言葉を聞いた成瀬君は、いや、と言う。


「長くて扱いにくいのはあっているかもしれないけど、この薙刀って武器は女性に適してるんだ。適度に間合いを保てるし、力が無くてもこういう風に長ければ…」


 と、成瀬君はそこで言葉を止め、両手で持っていた棒を横薙ぎに振りぬく。

 誰もいない方へ振りぬいた棒は、本当に風を切さいたような音を上げた。それを私は呆然と眺めていた。


「こんな風に遠心力でスピードが出る。じゃあここで問題。スピードが増すと言う事は?」


 そんな私を見てか、急に問題を振られてしまった。成瀬君の顔を見ると、ニヤニヤと意地悪そうな笑いを浮かべている。

 絶対私の様子を見てわざと・・・言ったんだ…。くぅ~、顔が憎たらしい!

 このまま終わらせられないと、必死に答えをひねり出そうとする。

 遠心力…、スピード……。分かりそうで分からない答えを、その二つの言葉から導き出そうとした。

 何度か言葉を頭の中で繰り返すうち、一つ思い浮かんだ。


「薙ぎ払う威力が、増す?」


 そう私が言うと棒を回すのをやめ、険しい顔をする成瀬君。何か変な事言っただろうか?

 ちょっとひねりが無いがそれしか思い浮かばない。不安になりながら成瀬君の言葉を待つ。


「面白くない…。本当に関西出身か? 良いボケを期待してた---」


「今は関係ないんじゃない!」


 何でボケを期待されてたんだろう。確かに私は生まれは京都だったけど、その後すぐ京都を離れたんだから、ほとんど関西人ではない。しかも関西の人だからってみんながみんな、ボケをするとは限らない。

 まあけど成瀬君の様子からすると、当たっていたんだろう。

 成瀬君は何事も無かったかのように話し始める。


「まあだからと言っても薙刀を武器とする男も結構いるけどね。多分知ってると思う奴で言えば、『鬼若』か。分かる?」


「う~ん…、分からない」


 だって『鬼若』なんて名前、歴史なんかで聞いたことないし。

 困ったような顔をしてると、それを見ていた成瀬君がの方を地面に立てたまま付ける。


「ヒントは牛若丸が五条大橋で戦ったとされる大男」


 そう言って今度は両手で持ち、

 牛若丸?、ってたしか義経って人の小さい頃の名前だったから、もしかして…。


「…弁慶?」


「大当たり。でも訂正すると、弁慶と牛若丸が戦っていた場所は特定できてないんだ。五条大橋ってのも何かの作品で有名になっちゃったんだって。それと---」


 なんだか成瀬君がすごい燃えてる。まだまだあるよと言うように豆知識を披露しているのだけど、付いていけない。

 成瀬君はそのまま持っている棒を実演するように振るっていた。余程弁慶が好きなんだろう。熱がオーバーヒートして自分がうまく抑えられないのが分かる。

 一方の私は何も言えなくなって黙っていた。

 どう受け答えすればいいのかよく分からないのだ。

 ここは知っている事を出来る限り言って話を合わせよう。そう思いながら暑く語る成瀬君に、恐る恐る話しかけた。


「で、でもさ、確か牛若丸に負けちゃったんだよね。弁慶って…。って、あ……」


 ヤバイと思ったときにはもう遅かった。

 膝を抱え、地面に視線を向ける成瀬君が目の前にいた。いつの間にそんな体勢に…。


「…ふ、ふん。牛若丸に負けたのは、会うまで999回戦ってたから、疲れがたまって動けなかったに決まってる。万全だったら負けてない……。きっと…」


 ぶつぶつと暗く語り始める成瀬君。

 さっきまでの様子とは違い、どんどん暗くなり始めている。好きなものを馬鹿にされると悔しいのは分かるけど、そこまで態度で表すなんて…。

 私はその様子を見ながら、成瀬君が元に戻るのを待つことにした。




 ◆  ◆  ◆




「それで、その女性がどうしたの?」


 私の言葉に聞き返す夏美さん。

 私は夏美さんの近くまでいき、テーブルの縁に腰掛けた。


「あまりにも禍々(まがまが)しい霊圧を感じさせて、しかもあんな危険そうな霊だったら、夏美さんが何か知ってるんじゃないかって思いまして」


 私はこっちに来てそんなに経っていない。こっちの事は分からないけど、こんな普通の街にあんな霊がいるのはおかしいと言うのは分かる。

 そんな疑問を持っていた私は、夏美さんだったら何か知ってるんじゃないかと思って聞く事にしたのだ。

 湧樹に聞くという手もあったけど、なんだかそっちの手は気が進まなかった。


「そう…。ワンピースを着た女性ね……」


 そう言って顎に手を当てて目を閉じ、考え込んでいる夏美さん。

 こうやって見ると、夏美さんは綺麗と格好良さが見事にマッチしている。女性である私から見ても、夏美さんの佇まいのは、何か特別な物を感じさせる雰囲気を感じさせていた。

 すると、しばらく考えていた夏美さんは、そっと目を開けた。


「ごめんなさいね。ちょっと私の記憶には無いわ」


 夏美さんは首をかしげて微笑みながら答えてくれる。

 私は、そうですか、と言って一つ息を吐いた。


「…でも、ルリちゃんがそう言う位の霊は気になるわ。その霊にはどこであったの?」


「え、あ、えっと…、前に夏美さんたちがドッペルゲンガーを追っていった時ですね。ドッペルゲンガーが逃げ込んだ路地裏の上で、です」


 あの時、ドッペルゲンガーを追っている夏美さんたちの後を追っていた時の事だ。

 私たちが路地裏で迷って私が上から道を見た時に現われた。

 白い丈の長いワンピースを着て、病的なまでに白い肌、少し色の抜けた長い髪。そして一番の印象は、歪な笑顔。

 それらすべてが私の頭から離れない。


「そう。それでその霊には何かされた?」


 夏美さんから聞かれ、あの時の事を思い出す。


「私が魔法を使ったときに、自分の意思とは関係なく魔法を途中で辞めてしまいました。

 私は本気であの女性を倒そうとしていたのに…。特別何かされたわけじゃなくて、ただ『やめなさい』って言われただけなんです。それなのに体が勝手に……」


 自分でもあの感覚が不思議でしょうがない。

 まるで旋律のような女性の声が、頭に直接流れ込んできたような感覚。そしてそれに従ってしまう自分の体。

 すると夏美さんの方を見た瞬間に、私は息を呑んだ。

 無表情で虚空を見つめるその姿。いつも見ていた夏美さんとは違うようなその姿に、何故かあの女性の姿が重なって見えた。

 それが何故だか分からない私は、黙って見つめてしまう。


「ん? ルリちゃん。どうしたの?」


 私の視線に気付いたのか、こちらを見て声をかけてきた。

 失礼な事をしてしまった。あんな危険な女性の霊と夏美さんを似てるだなんて。

 慌てて、なんでもないです、と言って頭を下げる私。ごめんなさいという気持ちも込めて。

 それを見て夏美さんは、変な子ね、と言ってその場は収まった。


「ルリちゃんの見た女性の霊は早急に調べておくわ。それよりも…」


「はい?」


 そう言って私を微笑みながら見る夏美さん。


「凛ちゃんの所には行かなくていいの?」


「あ! そうでした。すぐに後から行きます、って言ってあったんでした」


 夏美さんに言われて思い出した。気付けば結構な時間が立っていた。

 慌ててドアの所まで行って振り返る。


「お時間とってすいませんでした。じゃあ凛の所に行ってきます」


「あれ? 凛ちゃんの場所は分かるの?」


「あ、それなら凛が身に着けている指輪の気配を追えば大丈夫です」


 私との契約書代わりである指輪を持っていれば、凛の場所は分かる。

 私だけが感じ取れる気配を発しているのだ。

 それを聞いた夏美さんは、


「ん…。じゃあ行ってらっしゃい」


 手をひらひらと振って、笑顔で私の事を見送ってくれる。

 何か妙な感じがしたけど、私は特に気にする事も無くドアを開ける。

 小さな体でこんなドアを開けるのは重労働だ。扉の開け閉めは風を使えば楽に出来るけど、その前に行うドアノブを回すというのが難しい。

 やっとの思いで事務所の外に出た私はドアを閉めると、凛の元へと急いだ。




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