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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第五楽章『趣意【シュイ】』‐3‐

「え…、どういう事?」


 飯も食べ終わり、落ち着いたときの事だった。

 俺は母さんが持ってきたお茶を飲んでいたのだが、母さんの言葉に手を止めてしまう。


「だから湧樹、あなたもあの子に戦い方を教えなさいって言ってるのよ。耳が悪いの?」


 いや俺は耳もどこも悪くない。ただ母さんがそれを言うかが不明なのだ。

 別に凛に教えることに協力するのは構わない。気乗りはしないが夏美さんが承諾した以上、俺が止めるべき事ではないし。

 でもなんでそれを母さんに言われなきゃならないんだ?

 混乱している俺をよそに、母さんは真面目な顔をして続ける。


「で、あの子と美央ちゃんで試合をするじゃない?」


「うん…」


 そこまで言った母さんの顔がどう見ても意地悪そうな表情で俺は感づいた。こういう時の母さんは面倒な事を言うと決まってる。

 なんとなく、と言うより限りなく答えに近いような気がする…。


「それであの子が負けたら…」


「…負けたら、俺がそっちに帰るとか?」


 なんとなくを装うように聞いてみた俺の言葉に、母さんはより一層笑みを浮かべる。


「んふふ♪ どう?」


 その表情を見てそうなんだと確信した。俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 さっき話していたこともあって、もうそれは問題になる事ではないと思っていた。

 まさかまたぶり返すとは…。


「ちょっと待って。でもそれはさすがに分が悪すぎると思うんだけど」


 俺は少しでもこの状況がいい方に向くように一つ意見をする。

 スタートラインが同じ状態なら、相手が母親が教える奴と言えど申し出を受ける事はするだろう。

 でも相手はあの美央だ。退魔士の資格を持っていないといっても、ずっと修行をしていたと言う。

 それではスタートラインが明らかに何メートルも前の相手になってしまう。俺の言い分は間違いではないはずだ。

 そんな理不尽な事を言っているのが気付かないのか、母さんは夏美さんと話をまとめようとしている。


「だから待ってって。俺の言ってる事全然聞いて無いじゃん」


 俺の言葉に気付いた母さんが、あら、ごめんなさい、と言う。

 ちょっとイラッときたがグッとこらえる。ここで受け入れてしまっては俺に勝ち目がない気がする。


「なあに? あ、もしかして自信が無いの?」


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、追い討ちをかけるように口元を押さえてワザとらしくニヤニヤしながら言う母さん。

 その様子を見て、さすがにカチンときた。自分でも簡単な奴と思えるけど、そんな事を気にしてられない。


「分かったよ、受けて立ってやる」


 明らかに誘われているのが見え見えだが、俺はあえてそれを受け入れる事にした。

 もし凛が勝ったら母さんの事を見返せるかもしれない。そんな考えが俺の中にはあったからだ。

 そうと決まれば一つしておかなければならない。

 俺は夏美さんの方を向く。


「夏美さん。凛に教えんの、俺に任せてください」


「え、どうして?」


 不思議そうな顔をする夏美さん。

 俺は母さんに視線を移しながら答える。


「俺一人でやらなきゃ勝っても嬉しくない!」


 見えてないのは分かっているが、俺は親を睨みながら語気を強くしていった。

 すると小さな笑い声が聞こえて視線を向けると、夏美さんが笑っていた。

 それを見てなんだか少しムキになっていた自分が急に恥ずかしくなってしまい、下を向いてしまう。


「あら、ごめんごめん。悪気があったわけじゃないの。成瀬君でもそういう風になるんだなって思ったらおもわずね。ホントにごめんなさい」


「…いえ、俺のほうがちょっとムキになっちゃってすいません。勝手に先走ってました」


 そういって落ち込んでいると、夏美さんがやってきて俺の頭を撫でる。


「ううん。別に悪いとは言ってないわ。それに…、それだけ本気なら返事は一つしかないんじゃない?」


 え?、と言いながら顔を上げると微笑んでいる夏美さんが。


「凛ちゃんの件は成瀬君に頼むわ」


 そう言って手を差し出してくる夏美さん。

 俺はその手を握り返し、ありがとうございます、と言う。

 自分から申し出たと言っても任せてもらえるのは嬉しい。




 ◆  ◆  ◆




「って事があった」


 帰ってきた成瀬君にあの後、かなり端的に事の経緯を説明された私はただ黙っていた。

 というか私抜きで話が進んじゃダメではないだろうか。まあ今言っても手遅れだろうけど…。

 それにしても親子間の問題に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。昨日の様子からもう大丈夫だろうと思ったのだけど、こんな形での決着のつけ方になるなんて…。

 目の前にはもうやる気満々の成瀬君。そしてそれを見守る巴さんと夏美さん。もはや私が「異議あり!」と某ゲームのように言っても却下されてしまうだろう。

 私はただ溜息をつくだけであった。


「もういいや…」


「凛…。頑張ってください」


 苦笑いを浮かべ、私に声をかけるルリちゃんに、ありがとう、と言うだけだった。

 まあでもいいか。私が教わるのが夏美さんからではなく、成瀬君になっただけだし。

 そう思っていながら成瀬君を見れば、持っていた袋をガサゴソとあさっている。何をしてるんだろうか。


「成瀬君、どうしたの?」


 私が聞くと、あったあった、と言いながら袋から何かを取り出し、私の前に差し出した。

 見ると持っているのは、


「靴と、ジャージ?」


 靴と言っても普段出歩くときに履くような物ではなく、いかにも運動する人が履くような物。そしてその下にジャージまで一緒に持っている。

 私は戸惑いながらそれを受け取った。


「俺からプレゼント。やるからにはちゃんとした服装じゃないと、動き辛いし汗臭くなっちゃうから」


「あ…、ありがとう…」


 なんだか成瀬君が燃えている。申し訳ないのだけど、少し引きそうだった。

 そんな成瀬君の気持ちは察してあげたいけど、さっき聞いた話からすると実際の所は明らかに私の方が分が悪いと思われる。

 成瀬君には悪いけど、私自身も無理があると思われる。

 期間もそんなに無いし、運動自体あまりやった事の無い私。勝ち目があるほうがおかしい状況だ。

 そんな事を考えていて、私の顔に出ていたのか、成瀬君が近づいてきて私の頭をペシッと叩く。


「イタ!」


 私は叩かれた所を手で押さえながら、成瀬君のほうを見て目で、なにするの?、と抗議する。


「今変な事考えたろ。大方私じゃ勝てないとかだろうけど」


「う…。で、でも本当に私なんかじゃ勝てないでしょ?」


 するとすかさず私の額にデコピンをしてくる成瀬君。

 そのデコピンは思いのほか痛かった。私は涙目で成瀬君を見つめた。


「それならそうならないようにする、たったそれだけだろ?

 もしかして凛の覚悟はそれだけだったって事? なら教えたりしないよ。そんな人に教えても時間の無駄だし」


 そう言って腕を組む成瀬君。私は手渡された靴とジャージを見つめる。

 成瀬君は自分のためと言うのもあるだろうけど、私の為にこんな物まで買ってくれて、しっかりと教えるという姿勢を見せてくれている。

 そして私は胸のポケットにいるルリちゃんに視線を移す。

 ルリちゃんの為と言いながら、私は冗談半分だったのだろうか。

 確かに最初は危ない思いをするなんて絶対にやだ、って思っていた。今だって危険な目には絶対に遭いたくないと思っている。

 でも…、ルリちゃんに迷惑をかけたくないという思いも本当だ。私がルリちゃんの負担を少なく出来るなら、なんだってしてあげたい。


「成瀬君、ごめん…。そうだよね。最初から諦めてたらダメだよね」


 持っていたジャージと靴を握り締めながら、私は成瀬君を見る。


「お願いします。成瀬君」


 そう言って私が手を差し出すと、成瀬君はその手を取って握ってくれる。


「どこまで出来るかは凛次第。俺のことは別に考えなくていいから、教えてもらうからにはとりあえずちゃんと頑張れよ?」


 私はその言葉に、うん、としっかりと返した。

 なんだか自分がこんなに体育会系のようになっているのが不思議だけど、もうそんな事気にする事なんてしない。

 ルリちゃんのため、気にするなとは言ったけど、成瀬君のため。

 そして自分のために…。

 決意を持って私は成瀬君の手を握った。


「うん。これは私も気を付けなきゃね。まずは帰ったら美央にこの事を伝えないと」


 側にいて私たちの様子を見ていた巴さんの声が聞こえて、私はちょっと恥ずかしくなって成瀬君の手を離した。

 見てみれば夏美さんも同じような顔をして見ていて、余計に恥ずかしくなった私は、


「い、いや~」


 手に持っていたもので顔を押さえながら、部屋を出て行った。




 ◆  ◆  ◆




 どこに行ったのか分からないが、凛が出て行ってしまうのを、俺と夏美さん、そして母さんがただ黙って見送っていた。

 バタンと扉が閉まり暫しの静寂の後、笑い始める母さん。


「大変ね、湧樹」


「はは。でも策は無いわけじゃないから。あまり余裕見せてると危ないよ?」


 俺がそう言うと、母さんが少し驚いた顔をして、すぐにまた微笑んだ。


「あら? ただの強がり?」


 俺は母さんの言葉に、どうだろうね、と返すだけにして、それ以上何も言わなかった。

 どうせその言葉が嘘か本当かばれてしまうし、言う必要が無い。


「……でもないみたいね。フフ。それじゃあその『策』、楽しみにしてるわ」


 そう言って母さんは置いていた荷物を持つ。


「それじゃあ行こうかしら。もう何時かしら?」


 俺はそう言われて壁に掛かっている時計を見る。

 時刻は十一時を少し回った所。


「母さんの乗る電車って何時に出るの?」


「確か…、十一時三八分だったかしら。美央に予約を取ってもらったから多分あってるわ」


 ここから駅までは歩いて一五~二〇分ぐらいのはず。今から出てギリギリぐらいだ。

 ちょっと貸して、と言って母さんの手から切符を取ると、そこに書いてある発射時刻を見てみるが、母さんの言っている時間で間違いない。

 俺は冷汗を流しながら切符を返す。


「…危ないわね」


 そう言ったのは側にいた夏美さん。

 俺が頷くと、すぐに車のキーを取り出す夏美さん。


「じゃあ送っていきますね。車なら五分くらいで着きますから」


 そう言って先に出て行く夏美さん。

 雇ってもらっている俺としては申し訳ない。

 すると隣にいた母さんが頭を撫でてきた。顔を見るとさっきまでの笑みは無く、真剣な顔つき。


「頑張りなさいね。湧樹」


「何だよ急に。それより早く行かな---」


「あの人の力になってあげなさい。いい?」


 急に変な事を言う母さん。意味が分からず何も言えなくなってしまう俺。

 それを察してか、母さんはまた微笑む。


「…ううん。気にしないで。湧樹は今までと同じようにしてればいいわよ」


「? …うん、分かった」


 結局よく分からずその話は終わらしてしまった。

 でも今は、母さんが電車に間に合うかが大事だ。

 荷物を持つ母さんに下まで付いていき、車に乗って出るのを見送る。

 車が見えなくなって階段を上って事務所に戻りながら、俺は母さんの言っていた事を思い出す。


『あの人の力になってあげなさい』


 心の中で考えてみるが、よく意味が分からず頭を掻いてしまう。

 まあ気にしないでって言っていたし、今度家に帰ったときにでも聞いてみるか。

 そう思いながら俺は事務所で凛を待つことにした。



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