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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第五楽章『趣意【シュイ】』‐1‐

 暑い…。

 下に見える道行く人も、汗を拭いながら歩く人を見るようになった今日この頃。

 そんな陽気の中、私は帽子をかぶって事務所の屋上にいた。

 前には成瀬君が立っている。


「どうした? 遅れてる」


 そう言った成瀬君の手には竹で出来た長い棒。それを振り上げ、そして前に何かがあったら潰れるんじゃないかという位の速さで振り落としていた。

 それを繰り返す成瀬君に習い、私も同じような棒を持ち、同じような動作を繰り返す。

 何をやってるんだろうか、私は…。だんだんとやってる内に疲れが溜まってきて、そんな事を考えるようになっていた。

 するとそのせいか、動作が段々と成瀬君から遅れてきてしまっていた。


「すいま…、せん!」


 ただ一言それだけ言ってペースを早くし、何とか少しずつ成瀬君に追いつく。

 それがかえって手への疲労が増してしまい、振り下ろした次の瞬間に、手に持っていた棒を落としてしまった。

 しまったと思ったときにはもう遅い。成瀬君が意地悪そうな笑みを浮かべる。


「はい。罰ゲーム」


「…はい」


 私は成瀬君に素直に返事をして、そばにあったジャージの上を着る。

 日に当たっていたせいか、着た瞬間に熱気が私の体にもとわりつく。まあそれが罰ゲームなのだ。

 六月に入ったあたりから、もうすぐ夏なんだと感じられるようになった。先月の陽気はよく分からないほどだった。暑かった黄金週間が明けると、何故か寒い日が何日か続くという経験した事の無い季節の移り変わりを体験した。

 そのあまりにも差のある寒暖差に、体がだるくなって付いていけなそうだった。自分的には体は強い方とは思っていない。むしろ弱いと思っている。

 それなのに今、そのまま初夏の陽気が漂ってきて気付けばもうすぐ夏という状態だ。ここまで風邪をひかずに過ごせているのが自分が不思議でしょうがない。

 そんな事を思いながら、私は落とした棒を拾おうとする。

 その時、ふと自分の手を見つめた。

 私の手にはテーピングが巻いてあった。もう何日もこんな風にしていた。


 ※  ※  ※


 それはまだ黄金週間の頃の事だ。


 夏美さんと話した翌日、連休ももう少しで終わりという日に何故か呼び出された。


 ---あれ?


 そういえばしばらくあの事務所でお世話になってるけど、呼び出されたのは初めてだ。行くたびに「じゃあまた今度」と言われて、自分の都合のいい日にお邪魔していたからだ。

 でもそれよりも気になる事があった。


「何で…、私の番号知ってるの?」


 教えてないのも不思議なくらいだけど、それはまた別として、番号を教えた覚えはないし、携帯は肌身離さず持っているので、勝手に見られたという事は無いだろう。

 あの二人、夏美さんと成瀬君が勝手に見るなんてしないと思う。


 ---なら何故?


 いくら考えても分からず、ルリちゃんに聞いてみる。


「ルリちゃん。私の携帯の番号教えた?」


「いえ。そもそも携帯がよく分かりませんから、教える事が出来ません」


 とルリちゃんも心当たりが無いよう。

 私は疑問を抱えながら着替えをし、部屋を出た。

 部屋を出て階段を下りようとしたその時、隣の部屋のドアが開く。


「あれ? お姉ちゃん、今日もまた出かけるの?」


 ハーフパンツに黒いTシャツを着て、いつものポニーテール姿の真理がいた。

 ちなみにTシャツは聞いた話だと、何とかロックフェスティバルと言う音楽の祭典の限定Tシャツだとか。

 帰って来た時は放心状態のような顔をして、しばらくしたら今度は興奮して買ってきたそのTシャツを見せてきてで大変だった。けれどそのTシャツも今や部屋着代わりとなってしまっている。

 私としては何故そんな物を買ってきてしまうのか疑問だった。

 結構な値段だし、そもそも目的が音楽を聴く事なのだから。

 まあ、そうは言っても楽しみ方は人それぞれだ。私が言う事じゃないだろう。


「うん。ちょっとね。けど帰ってくるのはそんなに遅くならないと思う」


「ふ~ん…」


 すると真理が私を見てニヤニヤとしている。

 なんだろうか?


「そんなに根詰めて毎日会うぐらいだったら、嘘ついてお泊りしてくれば? 噂のな・る・せ・君の所にでも♪」


 言い終わると、んふふ~♪、と気味の悪い笑い方をした。

 最初何を言ってるんだと思ったけど、その意味が分かった私は顔を赤くして真理に近づく。


「ちょっと真理、違うからね! お母さんから聞いたんでしょ、それ。

 何度もお母さんには言ってあるけど成瀬君とはそんな関係じゃないんだから! 分かった?!」


 母がきっと話したのだろう。お母さんには何度も違うと言って否定してきたのに、いまだに信じてもらえてない。

 しかもそれを妹に話してしまうのだからどうしようもない。

 本気で否定している私の様子を見ても真理は、はいはい、と言ってニヤニヤするだけ。とても信じてもらえたとは思えなかった。

 ちゃんと信じてもらえるまで言いたいのだけど、今は呼び出されていて時間が無い。

 私は不満を抱えながらもそれ以上詰め寄ることなく階段を下りていこうとした。でもその前に…。


「真理。ホンッッットに違うからね! じゃあもう時間無いから行くね」


 そういい残した私は階段を下りていった。


 ◇ ? ◇ ? ◇


 下りていく姉を見つめてその背中を見送ると、私は手早く靴下をはいた。

 何かに着替えたいけど今は時間が無い。幸い今の格好は、見ようによっては運動する人の格好にも見える。あまり格好を気にしない私はこれでいいと判断した。

 先に行かせるのはいいけど、見失っては意味が無い。急ぐのにはそういう理由がある。


「私も見てみたいし。その成瀬って人…」


 母の話では、中々いい子やったわ、なんて言って頷いていた。母がお世辞でもいい人と判断するなんてまれなので、私は興味が沸いていた。

 姉を夢中にさせ、母まで唸らせるとなるとなかなかの男性なのだろう。

 そんな人を見てみたくて今日、姉を尾行する事にしたのだ。

 玄関でスニーカーを履き、しっかりと靴紐を結んで動きやすいようにする。


「よし。じゃあお母さん。出かけてくるね~」


 は~い、というお母さんの声が聞こえてくる。

 私は姉を追いかけるべく、玄関を飛び出していった。


 ◇  ◇  ◇


「あの…、凛。ちょっといいですか?」


 夏美さん達のいる事務所に向けて歩き始めてけら少し経った時、何かに気付いたように肩に乗っていたルリちゃんが、私に声をかけてきた。


「何? どうしたの?」


 私は肩に乗っているルリちゃんに顔を向ける。するとそのルリちゃんは苦笑いを浮かべて私を見た。


「あれ…、凛の妹の真理さんじゃないですか?」


「え、真理?」


 言われて私は後ろに振り返った。

 すると今通ってきた道にあったお店の看板に、サッと隠れる影が見えた。

 顔は見えなかったけど、それでもその追ってきている人物が、私の妹という事は分かった。

 派手なプリントのされた見覚えのある黒いTシャツに、追いかけるようになびいていたポニーテール。それはどう考えても私の妹だった。

 しかもしばらく見ていると、それに気付いてないのか分からないけど、ひょこっと少し顔を出してしまう妹の真理。それでその正体が真理だと確信できた。



 それにしても家にいた時と同じ格好で追ってくるなんて、前から思ってたけど、真理は服装を気にしなさすぎだ。あんな格好で、もし誰か知っている人と会っても恥ずかしくないのだろうか。

 ……いや、真理の事だ。きっと気にしないだろう。

 普段から制服なんかも胸元のボタンを開けてて、女としての自覚が無い。

 姉としてそこは注意はしようと、服装はちゃんとしなさい、と言ってみた事があった。でも聞く耳を持たず、


『この方が楽なんだもん』


 と言うだけだった。

 頭痛がするような答えで、私はもうそれから何も言わなくなったのだ。



 それを思い出しながら、私は肩に座るルリちゃんに話しかけた。

 今から真理の元に行って、付いてこないで、と言っても諦めの悪い真理の事だ。きっと付いてくるだろう。


「どうする? このまま追ってこられても面倒だよね」


「そうですね……。じゃあ…、逃げますか?」


 私は頷くと、ルリちゃんがポケットに入ったのを確認し、少し歩きながら後ろの様子をさりげなく見る。やはり付いてきてるようだ。

 そんな事をしながら、前を見ていたルリちゃんが声をかける。


「凛。あそこ」


 ルリちゃんの視線の先を見ると、建物の間に路地がある。

 それを確認し、私は一気に駆けていった。

 少し路地を入った所で走りながら耳を澄ますと、後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。もしかしなくても真理の追ってくる音だろう。

 それを聞き、私は走りながらこの後どうするかを考えた。しばらく走っているこの道。どうもしばらくは分かれ道が無いらしく、後ろから追ってくる真理を振り切る事は難しそう。

 まして運動神経のいい真理だ。そうそう簡単にバテてはくれない。むしろ私の方が先にバテてしまいそうだ。今の段階で限界なのだから。

 すると曲がり角があり、私は曲がっていくと、


「行き止まり!」


 言葉どおり行き止まり。目の前には私たちの行く手を阻む建物の壁が。周りにも隠れられそうな場所はないし、元来た道を戻るほか無い。別に真理と鉢合わせになってもいいのだけど、ここまできたら逃げ切りたい。私の変な意地っ張りな面に火がついているのだ。

 とは言っても状況が状況。そうしている間にも後ろの方から足音が聞こえ、それはどんどんと近づいてくる。


「ルリちゃん、どうする?」


 う~ん、と思案しているようなルリちゃんの声。…出来れば早めにお願い。

 開き直って道を戻るか…。私はそう思った。

 するとルリちゃんが手を叩き何かを思いついたようだ。


「一つ試してみましょう」


 ◇  ◇  ◇


 急に駆け出した姉は建物の間の路地裏と呼ばれる場所に入っていった。

 道を歩いていた時、しきりに後ろを振り向いていたのを考えると、私の尾行に気付いたらしい。

 迂闊うかつだった。まさか気付かれるとは思わなかったし。

 でも逃げ込んだこの路地裏は、私に味方してくれたようだ。

 この路地は角なんかを曲がったりする事はあるけど、分かれ道なんてものは無く隠れるような場所も今の所無かった。このまま走って行けば運動が苦手な姉に引き離される事は無いだろう。

 そんな事を思いながら、私はまた突き当たった曲がり角を曲がる。すると風が私の顔を撫でるように通り過ぎていく。

 それを気にすることなく目の前を見た。


「…あれ?」


 私がそう言うのも、目の前には壁があって行き止まりなのだ。

 それだけじゃない。今まで追っていた姉の姿まで無いのだ。すると混乱している私の後ろの方で足音がする。

 それに気付いた私はすぐに元来た道を戻って立ち止まる。

 目の前には走り去っていく姉の姿が。


「な……」


 何で?

 私はそんな言葉しか浮かばなかった。

 ここまでの場所で隠れられる場所なんて無かったのだから。

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