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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
40/73

~間奏曲~

 日も暮れて、さすがにもう遅いのでと凛が帰った後、俺は夏美さんと俺の母さん二人と共に夕飯を食べる事となった。

 いつも通り俺一人で作ろうと思ったが、母さんが、手伝うわ、と言って一緒に作っていた。

 と言っても母さんが出てきたら、俺がする事なんてほとんど無い。やる事と言えば逆に俺が母さんの手伝いになってしまう。

 その母さんの腕はそこらの料理人なんか真っ青なくらいだ。味付けの文句どころか手際にさえ言う事なんて無い。しかも目が見えてないというのだから、今一生懸命頑張って一人前になろうとしている料理人がそれをを知ったら、絶対に自信喪失してしまうだろう。

 そんな母さんだが、ただ一つ問題はある…。

 まあもう作り始めてしまったからそこは何も言わずに手伝うだけだ。

 問題を後回しにするように、今はこの下ごしらえの手伝いをして頭から忘れようとする。

 その横で母さんは鼻歌を歌いながら大根を煮ている。よく耳を澄ますと…、


「情~熱のぉ♪ 赤い---」


 鼻歌どころか結構本気で歌いかけてる。

 しかもどっかで聞いたことがある。なんか柑橘系の果物の名前をした女の子の母親が歌ってたような…。

 ……う~ん、だめだ。思い出せない。

 そこまで分かってて思い出せないのは悔しいけど、まあ今はとりあえす忘れておこう。

 するとそんな俺の様子を察してか、母さんが、どうしたの?、と声をかけてくる。


「急に黙っちゃって…。もしかして味付け間違えた? 砂糖と塩が逆だったとか」


「ぷは! そんなお約束な事はしてないよ。何でも無い。ちょっと考え事しただけです」


 俺は母さんに誤魔化すように言い返す。

 そう?、と言ってまた調理に戻る母さんを見て安心した。

 すると母さんはこっちを見ずに俺に声をかける。


「考え事と言えば、さっきいたあの子のことだけど…」


「ん、凛の事? それがどうしたの?」


 すると母さんは少し笑い、口を押さえた。

 俺はその様子を見守り、落ち着くのを待った。


「変わった子ね? 今ならまだ平穏な生活に戻れるっていうのに、自分から荊道いばらみちに少し足を踏み入れようとしてるなんて」


「そこで止まってくれればいいんだけど……」


「ただの優しさから来る気の迷いならいいわね。でも…」


 そこで言葉を止めた母さんを見ると、意地悪そうな微笑を俺に向けてくる。

 そして持っていた菜箸を俺のほうに向ける。


「ああいう子に限ってそのまま荊道に進んでっちゃうのよね。いつの間にか…」


「怖い事言わないでよ。母さんが言うと当たりそうだし…。俺はそうならないように願うよ…」


 俺は牛蒡ごぼうを笹掻きしながら苦笑いで答える。

 さすがにあの感じからして、そこまでの意思は無いはず。護身のために習っている魔術だけでなく、言ってみればその保険として体術を習うというところだろう。

 それだけならいい。

 今まで普通に生きてきた一般人が、本来は足を踏み入れてはならない領域せかいだ。凛の一般人ではありえないような霊気量を持っているというイレギュラー的な事が無ければ、凛は絶対に関わる事が無かったであろう領域せかい…。

 少し前から人員不足を嘆く今日こんにちの退魔士業界の事を考えたら、人員を確保できるかもしれない今の状況は嬉しい事かもしれない。

 でもどうせなら凛が自分で身を守る事が出来るようになったのなら、どちらかを選べる立場である凛には今までどおりの生活を送る事を俺は進めたい。

 そんな事を思っていると、母さんは菜箸を置く。


「でもあの女の子の人生だからね。あの子が選ぶ道を他の誰かが強制するのは出来ないわ」


「まあ…。それはそうだけど…」


 母さんの言う事はもっともだ。凛がもし退魔士になると言ってきたら、俺はやめたほうがいいと言うだろうが、強制的に止める事は出来ない。

 出来る事ならそうならないよう願う。

 考えていた時、ふと今さっきまでの事を思い出す。


「……って、母さんが言えるのか?」


 言っていた母さんを見て、思わず突っ込んでしまう。

 そう言っている自分は退魔士になっている俺の事を辞めさせようとしたじゃないか。

 だが俺の声が聞こえないのか、何も返ってこない。


「おい。母さ---」


 言いながら振り返って見ると、母さんは聞こえないふりをするように鼻歌を再開していて、調理に没頭していた。耳が良いからそんな事してたって聞こえてるはずじゃないか。

 それでも「自分はいいのかよ!」とは言わず、それを見た俺は溜息をつきながらそれ以上聞かずに料理を続けた。




 ◆  ◆  ◆




 やばい…。なんか変な事になってる気がする……。

 私はあの後家に帰り、今は部屋のベットに寝転がって頭を抱えていた。

 確かに自分から言った事が原因なんだけど、まさかこんな事になるなんて思ってなかったし…。


「ルリちゃ~ん…。どうしよう…」


 青いネコ型のロボットにすがりつくようなメガネ少年のように、ルリちゃんにすがりつく。

 だけどそのルリちゃんは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「もうどうにも出来なそうですね。諦めましょう」


「やっぱり…」


 分かりきっていた返答を実際に聞くと、思いっきり気分が落ち込んでいく。そして顔面をベットに押し付ける事しか出来なかった。

 ただルリちゃんの力になりたい。そう思って夏美さんにお願いしただけなのに、いつの間にか成瀬君の従姉妹いとこと戦う事になってしまったのだ。

 あの成瀬君や成瀬君のお母さんの親戚の子が相手なのだから、きっと簡単に済む事ではない。


 …いや、問題はその前だった。

 そもそもそうなってしまった事が問題なんだ。

 私だって武術や体術を習うなんて簡単な事ではないと覚悟はしていた。成瀬君や夏美さんを見ていれば、そんな事誰だって分かる。

 それでも習うとなれば、きっと大変な事が待っていると思っていたけど…。まさかこうなるとは…。

 私はうつ伏せの状態から仰向けの姿勢になった。するとそこにルリちゃんが私の胸の辺りに座った。


「それにしても凛。一言相談してほしかったですよ? 私…」


 いじける様な口調で言ったルリちゃんは、口を尖らせ、足をバタつかせた。


「いつも一緒にいたのに…、凛にとって私はそんな存在なんですね…」


 そう言って俯くルリちゃんは本当に寂しいような表情をしていた。

 私はルリちゃんの顔を見て、なんだか申し訳なく思ってしまうと同時に、なんだかちょっと嬉しかった。

 正直な事を言うと、私はルリちゃんの事を友達と言うより、大切なパートナーだと思っている。だからそんなルリちゃんに守られている事が恥ずかしくなってしまったんだ。

 どうせなら自分だって力になりたい。そう思っていた。

 でも私一人でルリちゃんのことを思っているだけの、言ってみればただの片思いで、ルリちゃんはそんな事迷惑かもしれないとも思っていた。

 だけどルリちゃんの言葉を聞いた私は、そうではないと分かり嬉しかった。


「そんな事無いよ…。ルリちゃん」


 私は微笑みながらルリちゃんの頭を指で撫でる。


「ごめんね? ただルリちゃんに心配をかけたくなくて、それで一人で考えてたんだ。

 でもそれが逆に心配かける事になっちゃって…。本当にごめん……」


「…」


 私の言葉に何も返さないルリちゃんだったけど、頭を撫でる私の手から逃げようとはしなかった。

 なんとなくだけど、この様子だと少しは分かってもらえたよう。

 するとこっちを全然見てくれなかったルリちゃんが私に顔を向けた。


「…まあ今回は私のためみたいですし、その気持ちは嬉しいです。……ありがとうございます」


 最後のお礼の言葉は小さい声で言い、顔も赤くしている。

 その様子がとても愛くるしくて、ルリちゃんの小さな体を胸に抱いてしまった。


「きゅ、きゅるしいです!」


「ふふふ。離さないもんね」


 最初のうちはもがいていたルリちゃんだったけど、私が全然離さない様子に諦めたのか、抵抗をやめた。私はそれでもルリちゃんを抱いていた。

 髪の毛を触ってみると、とてもサラサラでいつまでも触っていたいと思ってしまう。

 そうやって落ち着いていると、ふとルリちゃんが私に声をかけてきた。


「魔術の修行も忘れないでくださいよ?」


「う…、頑張ります」


 それを聞いて、よろしい、と言うルリちゃん。

 一方の私は返事を返しながらも、大丈夫だろうかと不安に感じていた。




 ◆  ◆  ◆




 自分の部屋にいた私は、成瀬に呼ばれ部屋を出た。

 料理の置かれているテーブルを見て、私は言葉を失ってしまう。

 そこには所狭しと置かれた料理の数々があった。

 金平ごぼうや大根卸しを添えた鯖の塩焼きと出し巻きに、美味しそうな味噌だれがかかっている風呂吹き大根、しかも材料を余すことなく使うようにけんちん汁まで。


「すごいですね。これ全部巴さんが?」


「あるもので作っただけですし、私の味付けなんでお口に合うか分かりませんが」


 そう言って台所の方からお茶を持って現れた巴さん。その動きに無駄は無く、次々と湯飲みを置いて席に着く。

 まったくもって今の巴さんを見ても、目が見えないとは思えない。

 一般の視覚障害者の『反響定位エコーロケーション』とは別格と言えるだろう。やはり退魔士であっただけあり、そこら辺もやはり違うのだろう。

 立っていた私は巴さんに促され、テーブルに着いた。

 そこへ人数分の茶碗にご飯をよそって持ってきた成瀬が現れる。そしてそれぞれの前に置いて成瀬も席に着いた。


「じゃあ、いただきます」


 どうぞ、と言う巴さんの言葉を聞いて、まずは金平ゴボウに手をつける。

 美味しい。本当に美味しい。

 しっかりと味が付いていて、それでいて味が濃すぎず薄すぎず、ゴボウはもちろん、人参やコンニャク、鶏肉が絶妙にマッチしていた。

 その後も他の料理に手をつけると、どれもが非のうちようが無い出来で、ご飯がどんどん進んでいった。


 ※  ※  ※


 気付けばテーブルの上にあった料理の姿が消えていた。

 箸をおき、手を合わせる。


「美味しかったです、巴さん。ごちそう様でした」


「フフフ。お口に合ってよかったです。お粗末さまでした」


 巴さんはそう言って微笑んで、手に持ったお茶をすする。

 成瀬はというと茶碗や皿を片付けるため、それらを持って台所に消えていった。


「そういえば夏美さん。あの女の子の事、どうするおつもりですか?」


 唐突に投げかけられた巴さんからの質問に、腕を組んでしまう。


「う~ん。まあ出来る事をするしかないですね」


 正直な話、まだ何も決めてない。

 力にはなると言ったのだけど、どうするべきか…。

 そうやって私が考えているのを感じ取ったのか、巴さんは湯飲みを置いた。


「それならうちの湧樹に頼むといいですわ。あの子、いろいろと戦い方を身につけていたから」


「戦い方、ですか?」


「あの子の武器って鞭でしょ? うちの男たちはみんなその武器を使ってて、剣道とかで言う流派とかが無いから、いろいろな武道や格闘技の動きを取り入れてるんです。

 ですからいろいろ出来る事はあるかもしれませんよ?」


 確かに鞭で戦う流派や格闘術は無い。

 ゲームやマンガでは結構見られる武器ではあるが、実際に武器としては役に立たないと言われている。本来の用途としては、牛や馬を叩いたり、地面を叩いて大きな音を出すという事ぐらいだからだ。

 ここまで聞くと、鞭とはダメな武器と思われてしまうかもしれないが、使い方次第ではまだ無限の可能性を秘めているとも言える。

 そのためにはいろいろな戦い方を身につけなくてはダメだったのだろう。


「じゃあ、ちょっとお願いしてみます。…って、すいません。大事な息子さんをこきつかってしまって」


 いいのよ、と言って巴さんが湯飲みを持つと、中身が無くなっているのに気付く。


「あら? お茶がなくなったみたい」


 そう言って立ち上がり、台所へと向かう。

 すると入れ替わりに成瀬がやってきた。そしてそろそろと私の元にやってくる。


「夏美さん」


 戻ってくるなり、声をかけてくる成瀬。

 私は成瀬の行動を不思議に思いながら話を聞くと、成瀬は気まずそうな顔をする。


「突然で悪いのですが、食費をもらえないでしょうか?」


「え? この前渡したはずじゃ…」


 私が言うように確か渡したはずだった。

 しかもその時、一週間はこれでもつ、と成瀬は言っていた。それでは計算が合わない。


「言い辛いのですが、母さんが食料を使い切ってしまって…。

 母さん、料理は出来るんすけど、ペース配分が分かってないんですよ」


 苦笑いを浮かべる成瀬。私も同じような表情を浮かべてしまう。

 そんな様子を知ってか知らずか、台所から巴さんの鼻歌が聞こえてきた。




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