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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第四楽章『迷霧【メイム】』‐6‐

 その後も母さんとの他愛もない会話が思いのほか弾んでしまい、気がつけば夕暮れが暗闇に染まりつつある。

 二ヶ月ほど会っていなかっただけなのに、話し出してしまうと話したい事が次から次に出てきて、なかなか終わらす事ができなかった。

 まあ自分の考えをちゃんと伝えられたっていうので、気が楽になったというのもあるだろうけど…。


「そろそろ中に入ろうか? 母さん」


「あら。結構時間が経ってたのね。ちょっと寒いわ」


 じゃあ中に行きましょ?、と言って母さんは俺を置いて先にいってしまう。

 俺は母さんが先に行くのを見ていたのだが、見た感じどこか前と違って見えた。何がと言われてもハッキリ言えない。でもなんとなく歩いていく母さんの足どりが軽く見えたのだ。

 これも話せたおかげだろうか。そう考えると俺はちゃんと母さんと話せてよかったなと思えた。たった一人の家族なのに、いつまでもギクシャクした親子関係ではいたくなかったから。

 そんな事を思いながら、俺は母さんの後ろを追いかけていった。




 ◆  ◆  ◆




 私は夏美さんの顔を見つめる。夏美さんも真剣な顔で私の言葉を待っていた。

 それなのに私は、切り出したのはいいものの、本当にいいのかと考えてしまう。


「それで? どうしたの?」


 夏美さんは何も言わない私を不審に思ったみたいで、そんな私に声をかける。

 それでも何も言えないでいた私は、ポケットにいるルリちゃんと目が合った。そのルリちゃんは私の事を心配そうに見ていた。

 それもそのはず。この事は少し前から一人で考えていた事なのでルリちゃんには何も伝えていない。

 成瀬君とルリちゃんがここの屋上で戦った時や、私とルリちゃんが路地裏に成瀬君たちを追いかけていった時に成瀬君と出くわしてしまった時の私自身の様子がきっかけだったから。

 ルリちゃんは私を守ってくれていたから、きっと私の気持ちを知らない。


 ただ守られるだけの私の気持ちは…。


 私は膝に置いた手でスカートを握り締めて、話し始めた。


「その…、お願いがあるんです」


「ん? いいわよ。何?」


 やっと話し始めた私に安心したように、夏美さんは微笑みながら私を見つめる。

 私はその反応に安心して続ける。


「私…、夏美さんや成瀬君のように戦えるようになりたいんです」


「え?」


 私の言葉に聞いた夏美さんは私を見つめキョトンとしている。

 そんな反応をすると私は思ってた。きっと夏美さんは私からそんな事を言ってくると思っていなかったんだろう。

 私自身だってこの考えはどうだろうかと思っている。だから夏美さんがそんな反応をしたっておかしくはない。


「ど、どうしたの? 何かあったの?」


 夏美さんは困惑しながら私に質問をする。

 ルリちゃんの方も驚きの表情で私を見つめ、夏美さんへの返答を待っていた。

 そんな空気と自分で何を言ってるんだという思いからだろうか、心臓の鼓動がだんだんと早くなっているのが分かる。

 それでも私は落ち着いてゆっくりと話し始めた。


「あ、いえ。別に深い意味があるわけじゃないんです。すいません。ただ…」


「ただ?」


「何も出来ない自分が歯痒くて…」


 私がそう言うと、夏美さんもルリちゃんも黙ってしまった。


 私がこういう風に考えるのには訳がある。その考えるきっかけとなったのが二つあった。それはここの屋上で成瀬君とルリちゃんが戦った時と、少し前の路地裏でのある出来事だ。

 確かに魔術を習う以外に、ルリちゃんには私の事を守ってもらうという前提もあって一緒にいてもらっている。

 でも本当にそれだけでいいのだろうか…。そう思ってしまったのだ。

 ただ立っているだけの私の事を守るとなると、ルリちゃんだけでは難しい状況にだってなる事もあるはず。

 現にそのきっかけとなった屋上での件でもそう。あの時、目の前の状況についていけず体が動かなくなっていた私の頭に、成瀬君の投げた鞭がぶつかってしまった。

 そして路地裏での出来事もある。突然出てきた成瀬君にただ驚くだけで何もせずに足をすくませるだけだった。この時は何事も無く終わったけど、もしも相手が成瀬君じゃなく、追っていた相手だったら危なかった。

 私が考えすぎと思われるかもしれないけど、その二つとも私自身が動けたんじゃないか、そうとも考えることが出来てしまった。


「別に本当に戦いたい訳じゃないんです。ただルリちゃんに迷惑をかけたくないってだけなんです」


「凛…。私は別に迷惑だなんて思ってないですよ…」


 私の元にきたルリちゃんはテーブルから上目遣いで私を見ながら言う。

 そんなルリちゃんを私は手に乗せて目の前に持ってきた。

 手の上のルリちゃんは目を離さずに私を見ている。私も目を逸らさず、ルリちゃんに微笑みかける。


「ありがとう。…でもねルリちゃん。ルリちゃんが良くても私が気にしちゃうんだ。

 それに私が自分で危ないときに動いてくれれば、ルリちゃんの負担も減ると思わない?」


「まあ…、それは……。いや、でも、それじゃあ…」


 悩むような顔で私の問いかけに答えるルリちゃん。

 きっとこれから先どうするかを考えているのだろう。

 今もまだ私は魔術を教わっている身。それをどうするのか…。それについても一応考えてはある。

 私は夏美さんに向き直る。


「今までどおりルリちゃんからは魔術を教わろうと思っています。それと同時に夏美さんに体術なんかを教わりたいのですが…」


 そこまで聞いた夏美さんは、腕を組んで考え込む。確かに同時にやっていてどっちつかずの状態になるかもしれないデメリットを考えれば、どちらかを専念させたいだろう。

 それでも私は後には引かず、お願いします、と言いながら頭を下げる。

 それを見た夏美さんは大きく息を一つ吐いた。


「本当は気は乗らないけど、凛ちゃんがそこまで言うなら出来る限りの事はするわ」


 渋々ながらも了承してくれる夏美さん。

 それを聞いた私はお礼の言葉を言おうとしたが、


「ただし」


 夏美さんがそう言って私の言葉を止める。

 私はお辞儀をするかしないかの微妙な体勢のまま止まって夏美さんを見る。その夏美さんは少し意地悪そうな微笑みを浮かべていた。

 ちょっといやな予感がする…。


「何か『目標』があったほうがいいわね」


「目標…、ですか?」


 そう、と言って頷く夏美さん。


「何事も目標があってこそ頑張れるものでしょ? まあでも、これに関しては私のほうだけに限定するわ。魔術に関しての判断は私には出来ないから、それはルリちゃんの判断で任せるわ」


 夏美さんはそう言ってルリちゃんに視線を向けると、ルリちゃんはとりあえずという感じでゆっくりと頷いた。


「それはいいですけど、私はとりあえず魔術を教えるだけですから、判断も何もないですが…」


 ルリちゃんはそこまで言ってはねを羽ばたかせて私の肩に飛んできて座り私を見つめる。その顔はとても心配そうな表情をしている。

 私はそんなルリちゃんの頭を撫で、ごめんね、と言った。

 そして聞いていた夏美さんは、わかったわ、と言ってテーブルに置いておいたカップを取る。

 中身を飲み干し、カップをテーブルに置くと、一つ背伸びをした。


「じゃあどうしよっかな? そこまで難しい事は出来ないだろうし」


「…お手柔らかに、お願いします」


 私は苦笑いを浮かべながらお願いする。

 どうも夏美さんは見た目仕事の出来る女性って感じなのに、今の表情とかを見ると、かなり意地悪な気がする。そんな夏美さんを見るのは初めてだった。


 …もしかして、こっちが素なのかな?


 するとその時、そんな事を思っていると、ガチャッと事務所の扉が開く。

 そこには成瀬君達二人の姿が。

 何故か成瀬君のお母さんである巴さんが笑っていて、後ろにいる成瀬君は頭を手で押さえている。

 なんとなく巴さんと夏美さんの笑い方が似ていて、いやな予感がする。


「夏美さん。私から提案があります」


 あ、予感的中したかも…。




 ◆  ◆  ◆




 事務所の前まで着くと母さんが立ち止まる。

 俺が、どうしたの?、と声をかけようとすると、母さんは口に人差し指を当てて、喋るなと指示してくる。

 なんだか『デジャヴ』を見ているような気がしたが、とりあえず母さんの指示に従った。

 すると事務所の中から凛の声が聞こえてきた。


『私…、夏美さんや成瀬君のように戦えるようになりたいんです』


 凛の声は確かにそう言った。

 その言葉に俺は驚いた。

 あの凛がそんな事を言うなんて思ってなかったから。自分の身を守るために魔術を習うなんて事をしていたが、戦うなんて事はないと思っていた。

 なのになんで…。


『何も出来ない自分が歯痒くて…』


 俺の疑問に答えてくれるように聞こえてくる凛の言葉。

 なんとなく凛がそう思った理由が分かった。

 俺だって父さんや兄貴が戦っているのを見て、何も出来ない自分が悔しい、って思っていたし。

 そんな事を思っていると、前にいる母さんがこちらに向いて笑う。


「あの子、あなたに似てるわね?」


 意地悪そうに笑う母さんの顔を見て、少し恥ずかしくなる。

 俺が思っている事が分かったかのようなタイミングだから、ちょっとビックリもした。


「ああいう子、私好きなのよね…」


 ニヤニヤとしている母さんのつぶやきにいやな予感を憶える。

 母さんがこんな顔をした時は、嫌な事しか覚えていない。

 俺が小さい頃に何度この顔を見て、辛い思いをしただろうか。思い出すと体が震えてしまう。

 そんな俺をよそに、母さんは話が一段落した事務所の中に入っていってしまう。それはもう俺が止める間もなく…。


「夏美さん。私から提案があります」


 入るや否や、いきなりの発言。しかも盗み聞きは隠すつもりは無いらしい。なんか母さんのそういう所がとてもすごいと思った。俺には出来ない。

 中の様子を見ると、こちらを見て普通にしている夏美さんと面食らったような凛の姿が。

 そんな様子も気にせずに、母さんは話を始める。


「今度湧樹といっしょに家にいらっしゃってはどうですか?」


 突然の申し出にさすがに夏美さんもキョトンとする。

 俺だって驚いた。一体どんな提案なんだ?


「家に道場があるんで、今うちで家の中の手伝いをしてもらっている私の姉の子供と戦ってみる、って言うのはどうです? 歳は湧樹の四つほど下ですけど---」


「ん? え?! 美緒みおの奴こっちにいるの?」


 俺は提案にビックリするのではなく、美緒がこっちの家に来てるほうがビックリしてしまった。母さんはただ一言、そうよ、と言うだけで、聞いてみるとなんでも美緒が来たのは俺が家を出てすぐだったらしい。どうりで俺が知らないはずだ。

 すると夏美さんは、


「その子、実力的にはどうなんですか?」


 いきなりの提案だが、夏美さんはどうも乗り気のように見える。

 その乗ってきた様子に母さんは気をよくして続ける。


「まだ資格無しのひよっこです。でもどうしても退魔士になりたいらしくて、家の方で私に習って修行してるんです。渋々ながらやっていますが私はあの子の師。あの子がどれだけ成長したか知ることが出来るので、是非とも…」


 そう言ってお辞儀をする母さん。それを見た夏美さんはソファーから立ち上がり、母さんの元にやってくる。

 そして手を差し出す。


「それじゃあ失礼じゃなければ、よろしくお願いします」


「お気になさらず。お待ちしています」


 母さんはその手を取って握り返した。

 はあ…。面倒になりそうだ…。そんな事を考えながら凛の方を見ると、困惑した顔で俺を見つめている。多分自分の立場が面倒な状態になってる事に気付いてるのだろう。

 そっと凛に近づき、俺は凛の肩をポンと叩く。


「…がんばれ」


 少ない言葉だが、凛には通じたようだ。

 凛はガクッと肩を落としていた。



 第四楽章『迷霧【メイム】』‐了‐


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