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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第四楽章『迷霧【メイム】』‐5‐


「すいません。少し遅くなっ…、て?」


 気まずくなって席を外した手前、戻ろうか戻らないべきか考えていたら長く台所にいてしまった。

 自分でお茶を持ってくると言っていたのに、遅くなっては申し訳がない。

 そう思って急ぎ足でお茶をお盆に乗せて持っていくと、何故か事務所には一人も姿が見えなかった。

 夏美さんはきっと私と同じ理由で退席したのだろう。あの空間はさすがに夏美さんでもキツかったみたい。

 それよりも、成瀬君と成瀬君のお母さんはどこに行ったのだろうか。

 お盆をテーブルの上に置き、ソファーに腰掛ける。


「お茶…、冷めちゃいますね」


 私のポケットにいるルリちゃんがお茶を見つめながら私に話しかけてくる。


「そうだね」


 お盆に乗せたカップの一つを取り、口を付ける。

 本当に…、どこに行ったんだろうか。

 私が外を見つめると、ルリちゃんも一緒になって外を見る。

 外はもう、空が少しオレンジ色に染まっていて、行き交う人も家路についている頃だった。




 ◆  ◆  ◆




 屋上に出ると、もう日が少し暮れ始めていた。話していて時間の流れが把握できてなかったようだ。

 昼間はあんなにも暑かったというのに、夕方になると少し風もあるせいか、肌寒いとさえ感じる。まったくもってこの異常気象は厄介だ。

 そんな事を思いながら、俺は母さんと共に屋上の手すりに寄りかかっている。

 風が少し強く吹いていて、俺の隣にいる母さんの着物が音を立ててなびいている。母さんはそれを手で押さえながら、遠くの方を見つめて黙っていた。

 俺もただ黙って、母さんの隣にいるだけだった。

 すると、母さんはスッと顔をこちらに向けた。


「…もうすぐ、お父さん達の命日ね…」


「…うん」


 母さんの言葉に、俺は鼓動が大きくドクンッと鳴る。それでも返事はしっかりとした。

 どうせ母さんには言葉だけで俺の心なんて読まれてしまうけど…。

 母さんに言われなくても忘れはしない。…忘れたくても忘れられないだろうけど。


「その時には…、こっちに帰ってくるの?」


「まあ、そのつもりだよ」


「そう。よかった」


 そう言って母さんは俺に微笑む。

 自分の親ながらこういう姿を見ると、実際の年齢が分からなくなるくらい若々しさを保っている。

 多分格好が格好だから敬遠されがちだけど、着物じゃなかったら結構男の人に声をかけられるんじゃないかと思える程だ。

 するとそんな事を考えている俺の腕を、突然母さんが触ってきた。


「! 何すんの!?」


 驚く俺の声を聞いても触り続ける母さん。そして更に腰の辺りや頭を両手で挟むように触られる。

 その様子を俺は頭に『?』を浮かべながら辞めるのを待っていた。

 しばらくして納得したような顔をして、母さんはやっと俺の手を離す。


「いつの間にか、こんなに成長してたのね。お父さんには敵わないけど、お兄ちゃんと同じくらい大きくなったんじゃない?」


 そう言って俺の前に立つ母さん。

 こうして見ると、母さんと俺って身長がほとんど同じくらい、と言うより少し俺のほうが大きい位だ。あまり気にしていなかったから、その事実にちょっと驚いた。

 母さんの方も同じような事を思っているようで、腕を組んで何か考えているようだ。


「つい最近までちっちゃいちっちゃい思ってたのに、早いわねぇ…」


「そりゃあ…、もうあの時の兄貴に追いついちゃったからね…。そう考えると自分でも早いと思う」


 俺が母さんにそう言うと、母さんは、そうだったわね、と言う。

 その顔は嬉しそうでもあり悲しそうでもあるような微笑みだった。


 気付けばもうあの時の兄貴と同い年。時が経つのは早い。

 あの頃の俺は自分がどういう風に成長すると思っていたのだろうか。一つ分かる事は、兄貴と同い年にこんなに早くなるなんて思ってはいなかっただろう。


「それで? あなたが言いたい事はなんなの? まだ聞いてないわ」


「え?」


 突然の質問に何も言い返せず、母さんの方を見るだけだった。


「さっき事務所の中で話してたのは昔話みたいな物でしょ。しかも父さんの。まああの人の話が聞けたのは嬉しかったけど…。

 でも私はね…。湧樹、あなたの言葉を聞きたいの。あなたがこの先どうしたいかを…」


 そうだった。今思えば俺自身の伝えたい事なんて一つも伝えてない。

 決して忘れていたわけじゃない。

 母さんは言い終わると、俺のほうを見て真剣な表情で返事を待っている。


「そうだね。俺自身何も伝えてないし。そこはハッキリしておかないとな」


 そう言って俺は母さんに向き直る。

 母さんの方は、微笑みながら俺の言葉を待っていた。

 でもいざ言うとなると少し緊張する。俺は大きく深呼吸して落ち着かせる。

 そして目の前の母さんを見た。


「まあ、分かってると思うけど。退魔士を辞める気はないよ。俺は」


 俺がそう言うと、何も言わず頷く母さん。

 それを見て俺は続ける。


「そりゃあ今の俺にとって母さんは大切な人だよ。世界でたった一人の大切な家族だ。

 そんな人が言っている事を聞けないのを、申し訳なく思ってる。でも、それでも俺は退魔士として生きていきたい」


「……なんで?」


「父さんがずっとやってきた事を…、俺は知りたいから……。

 どんな風に考えて、どんな事を思いながら退魔士をずっとやってきたかを…」


 俺は嘘偽りなく、今の思いを伝えた。

 それを聞いた母さんは、何も言わずただ俺と向かい合っている。俺は母さんと向かい合ったまま、何も言わずに母さんの言葉を待った。

 なかなか何も言ってこない母さんだったが、急に下に顔を向け、そして肩を震わせていた。

 もしかして何か不味い事を言ってしまったんだろうかと心配になり、少し身構える。


 でも次の瞬間、母さんは顔を上げた。しかも---


「くくく…。あははははは!」


 大きな声を上げて笑っているのだ。

 俺は一瞬何があったのか分からず、ただその様子を呆然と見つめた。

 何が面白いのかわからないが、もう笑うのを止める事が出来ないようで、母さんは涙を浮かべ腹を抱えている。


「あのさ…、どうしたの?、母さん…」


 一人置き去りにされたように感じた俺は、堪らず母さんに声をかける。だけどその言葉も聞こえないのか、母さんはただ笑っている。俺は苦笑いを浮かべ、母さんが落ち着くのを待っていることしか出来なかった。




 ◆  ◆  ◆




「…あれ? 成瀬君たちは?」


 私が部屋から事務所に戻ると、そこには凛と、凛が命名した妖精のルリがいるだけだった。

 見てみると、テーブルの上にはカップが四つ。一つは空で、他はまだ飲まれた形跡が無い。


「私が来たときにはもういませんでしたよ」


「そうなの。あ、それとごめんなさいね。用意してもらったのに。一つ貰うね」


 私はそう言って、綺麗な琥珀色をした紅茶が入っているカップの一つを手に取る。


「あ、さめてますけど…」


 止めようとする凛。

 それでも私は凛の声を聞きながら、カップに口を付けた。

 確かにぬるい。と言うより冷えてると言った方が正しいほどかもしれない。でも---


「ううん、大丈夫。凛ちゃんが淹れてくれる紅茶は美味しいから」


 私が率直な観想を言うと、ありがとうございます、と言う凛。その顔はとても嬉しそうだった。

 そんな顔をされると、私もちょっと嬉しい。

 そして私はカップ半分ほど紅茶を飲み、カップをテーブルに置いて凛を見る。


「そういえば、凛ちゃん。魔術の方はどんな調子?」


 私がそう言うと、体をビクッとさせる凛。

 そして凛は下を向いてしまい、それをポケットにいるルリが心配そうに見つめていた。


「…その様子だと、うまくいってないみたいね」


「……はい。すいません」


 私の言葉に凛はそう返すと、申し訳なさそうにさらに体を縮みこませてしまう。

 見かねたルリがポケットから飛び出し、私の目の前まで飛んでくる。


「私からもすいません…。でも凛も頑張ってやってるんです。頑張っているんですが……」


 そう言ってテーブルに着地して、しゃがみこんで「の」の字を書いている。

 教えている身としては、申し訳なく思っているのだろう。

 私はそんな二人を見ながら紅茶を一口飲んだ。


「大丈夫よ。別に責めるつもりで言ったわけじゃないんだから、そんな顔しないで」


 でもその言葉は逆効果だったようで、凛の方は目に涙を浮かべてしまった。

 ルリの方は床に倒れこみ、余計にネガティブな気が漂ってきた。

 その様子に私は苦笑いを浮かべる。

 それにしてもまだダメか…。このままではちょっとキツイ気がしてきた。


「でもこれ以外方法はなさそうだし、このまま様子見しかないかな…」


 自分の身を守るというわけだし、中途半端にしてはダメだ。今はまだ様子見するしかないだろう。

 そう考えていると、突然凛が顔を上げる。


「あ…、あの! 一つ相談があるん、です…」


 凛は真剣な顔つきで言う。その様子に何事かと思いながら、私は凛と向かい合った。




 ◆  ◆  ◆




 しばらくして、ようやく落ち着いた母さん。

 ごめんなさいね、と言いながら自分の頬を押さえていた。思いっきり笑ってしまったので頬に違和感があるのだろう。グニグニとマッサージをして、表情を戻そうとする。

 ようやく手を離し、一息ついて俺に向かい微笑む。


「フフフ。ホント…、あの人そっくりね」


「あの人って、父さんの事?」


 俺が聞くと、そうよ、と言う母さん。その顔はどこか嬉しそうに見えた。


「一つも言葉を飾れなくて、本当の事しか言えなくて。今言ってた事も一つも嘘が言えてなくて、そしたらつい笑っちゃって。

 あなたって逆に何か嘘つこうとした時だって、こっちが匂いを嗅ぐまでもなくバレバレだし。そういう嘘がつけないところもホントそっくり」


 そこまで言ってまた笑い始める母さん。

 一方の俺は、気恥ずかしいような嬉しいような複雑な気持ちで、微妙な表情をする俺

 その俺の心境を悟ったのか、母さんは俺の額に人差し指をつきつける。


「なぁに? 父さんと似てるのが気に食わないの?」


「い、いや、そういう訳じゃないけど…。ただ、恥ずかしい気がして」


 俺はそう言って母さんの手を払いのけ、そっぽを向く。恥ずかしくてしょうがない。

 すると母さんはそんな俺の頭を、ペシッと叩いてきた。

 イタ!、と言いながら俺は母さんを見る。すると、


「私は嬉しいわよ。あの人に似てくれて」


 そう言いながら、え?、と言っている俺の頭を撫でる。

 そして俺に微笑む。


「それに、あなたの本音も聞けたしね。湧樹」


 その後も俺は恥ずかしいと思いながら、手を払う事をせずに撫でられ続けていた。


 言っておくが、決して俺はマザコンなんかじゃない。…多分。




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