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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第三楽章『gear【歯車】』‐7‐

 私は恐怖心に邪魔されて動く事が出来なかった。

 ここからでは見えないが、下には凛が待っている。早く凛の元に行ってすぐにここを離れなければ…。そうは思ってもなかなか思うように動く事ができない。まるで体中が固められたようだ。

 もし動くタイミングを間違えれば、凛まで巻き込みかねないからだ。

 幸い、相手の女性が動き出す様子はない。だけど動かず何を考えているか分からない相手と見つめあうのは、じりじりと過ぎていく時間もあってか、冷静さをそぎ落とされてしまいそうだ。


「あら? どうかしたの?」


 そんな私の焦りを知ってか知らずか、私の前に立っていた女性は笑顔を見せながら私に近づいてきた。

 このままでは危ないと思い横の方を見ると、工事の時に足場を作る時に使うのであろう何本もの鉄パイプが置かれていて、青いビニールシートに被せられていた。

 それを見た私は勇気を振り絞って手を向けて、風を起こしてそれらを浮かび上げた。

 私の起こした風は、成瀬と戦った時のようなペンを浮かせる程度のモノではなく、置いてあったそのパイプを木の葉のように楽々と浮かせる『竜巻』のようなモノ。

 そして浮かせたパイプは、唸りを上げるような荒々しさで女性の周りを旋回し始めた。

 女性はそれを警戒するわけではなく、ただ興味深げに見ていた。


「すご~い♪ そんな小さな体でこんなこと出来るのね」


 そう言ってケラケラと笑っている女性の姿は、とても感じる霊圧の主とは思えなかった。それはまるで小さな幼い少女のような姿。

 私はそれが馬鹿にされたような気がしてしまい、手を女性に向けて鉄パイプで一斉に攻撃を仕掛けようとした。


 その時だった。


 女性は急に私のほうを見た。その表情はさっきとは違い、冷え切ったような視線を私に向けていた。そして、


「『もう…、やめなさい』」


 そんな言葉が女性から発せられた。

 発せられた女性の声は私の耳に、と言うよりも『頭』に深く刻み付けるように届く。だけどそれは『声』と言うより、『旋律』と言った方があっているかもしれない。

 そして頭に届いたその旋律は、キーンと響くような感覚を頭の中で感じさせる。それは心地悪くもあり、反対に心地よくも感じた。

 すると突然、そんな自分でも分からないようなモノを感じた私は、自分の意思とは関係なく風を起こす事をやめてしまった。

 浮く力を失った鉄パイプは屋上の床に大きな音を立てて落ちていった。

 その耳障りな音を聞きながら、何が何だかわからない私は、ただ目の前にいる大きな恐怖を小さな体全体で感じていた。


「危ないじゃない。ダメよ、そんな事しちゃ」


 子供を叱りつけるような口調で言う女性。その顔はさっきまでの表情ではなく、元に戻っていた。


「言う事を聞く子は好き。妖精でもね」


 そして笑いながらまた近づいてくる。

 このままでは危ない。私だけでなく凛まで巻き込んでしまうかもしれないから。

 私はすぐさま撤退を決断し、後ろを振り返ることなく凛のいる地上に下降し始めた。



 ◆  ◆  ◆



 白い修道服を着る小さな妖精を見送る女性。

 その顔は苦笑していて、どこか寂しげにも見える。


「嫌われちゃったみたいね…」


 小さく呟いたその言葉は降りていく妖精には聞こえない。

 女性は髪をなびかせながら振り返る。そして鼻歌を歌い、月を見上げ歩き去っていく。

 誰もいない建物の上を、ただ一人…。



 ◆  ◆  ◆



「遅いなぁ…」


 上に行ったルリちゃんを待ち、私は壁に寄りかかっていた。

 見てくるだけだから、それ程時間はかからないと思っていたんだけど…。

 周りは壁に囲まれ薄暗い。ココは一人待つにはとても怖かった。今頃だけど、よくこんな所を歩いてきたものだ。ルリちゃんと一緒にいたにしても、これはさすがに怖い。

 とその時、上の方で何かを感じた。

 それは指輪を通し、ルリちゃんのものだとわかった。そんな事がわかるとは聞いていなかったけど、なんとなくこの感じがそうなんだと直感した。その直感は当たったのだろう。上の方で風が渦巻いているようだ。

 しかし、急に風が途絶え、上の方で甲高い金属音がした。


「ルリちゃん!」


 私はルリちゃんに何かがあったんじゃないかと思い、上に向かって名前を叫ぶ。

 

「凛!」


 そのルリちゃんが降りてきたのが見え、私は無事がわかり安堵した。

 けど、降りてきたルリちゃんの表情は、上に行った時とは違い、怯えきったような表情。一直線に私の元に来た。

 そしてルリちゃんは私の手に降り、体が崩れ落ちた。その体は振るえ、小さな体が余計小さく見える。


「どうしたの? ルリちゃ---」


「凛! ここを離れましょう! 早く!」


 私の手にしがみつき、私の言葉を切りながら話すルリちゃんの表情は、真剣そのもの。

 その表情を見た私は、ただ危険だということだけを知り、この場所を離れる事にした。


 ※  ※  ※


 怯えながらもルリちゃんは私に道を指示してくれる。そのルリちゃんをポケットに入れ、少し小走りで進んでいた。

 ルリちゃんをチラッと見ると、さっきより落ち着いた様子。


「大丈夫? ルリちゃん」


「ええ。すいませんでした」


 気にしなくていいよ、と言って私は走るのを止め、歩き始めた。

 誰か追ってくる気配も無いので、大丈夫だろう。普段運動をあまりしないので疲れてもう走れない、と言うのが本音だけど…。

 歩き始め、少しずつ息を整えていく。


「それにしても…、どうしたの? あんなに慌てて降りてきたけど」


「え? 凛は気付かなかったんですか? 私の事を呼んでいたので、てっきり気付いてたのかと思ってました」


 気付いてた…?。

 一体何の事だかわからない。上で何かあったんだろうか。


「あれはルリちゃんが心配だったんだよ。それに、この指輪をはめてたら魔法を使ったのが伝わってきたの。ってよくは分からないんだけどね。それだけが気になっちゃったから、気付かなかったのかも…」


 なんて鈍感だろう。私は苦笑した。

 でも、その後すぐにルリちゃんの魔法を使用してる感覚が伝わってこなくなったのが、ルリちゃんを呼んだ理由だ。

 あの時はルリちゃんに何かあったんじゃないかとすごい心配してたし、しょうがない。


「それで、何があったの?」


「あのですね…」


 私が質問すると、ルリちゃんは真剣な顔つきで話し始めた。

 話によると、建物の上に女性の霊がいたのだと言う。それもルリちゃんの魔法を止められたらしい。

 初めて会ったとき、事務所の屋上で成瀬君と手合わせをしたのを見ていたから、あんな常識外れの力を止めたなんて信じられない。


「こんな所にあんなのがいるなんて信じられませんが…。私の魔法を止めたのだって、物理的なものじゃなく、私自身を操って止めたんですよ」


「それって…、さっき追ってた奴とは違うの?」


「とんでもない! それなんか比じゃない位です。あのまま戦っていたら、私は殺されてたかもしれないです…」


 それを聞いて私は背筋が凍った。もしかしたら私も危なかったかもしれない。あの時、ルリちゃんに言われてあの場をすぐに離れてよかった。

 もしかしたらルリちゃんは私が気がかりで、すぐ下に来れなかったのだろう。相手が追ってきたら、私に標的を移すかもしれなかったから。

 でも、もし私の為に危ない目に会ってしまっていたのなら、私は申し訳ない。

 でも今の私は何も出来ない。


「…頑張らなくちゃ」


「え? 何か言いましたか?」


 聞こえないように言ったはずだけど、少し気付かれてしまったルリちゃんに、なんでもないよ、と言って誤魔化す。

 ルリちゃんも、そうですか、と言って気にかけられずに前を向いた。


「とりあえず今はここをいち早く出ることです。そうすれば危険は無いですから」


 ルリちゃんに言われ、私は今はこの路地裏を出ることを目指す。

 あれ?、っと思い気がつけば車や雑踏の音が聞こえ、だんだんと音が大きくなってきた。

 出口まではもうすぐみたいだ。



 ◆  ◆  ◆



 目の前にいる私そっくりな女性ドッペルゲンガーは両手を広げ、自分の体をじっくりと見ている。


「それにしても、アンタの体、オレ気に入ったよ」


 ドッペルゲンガーの言葉に私は笑ってしまう。


「ならその言葉遣いを直すことね。それじゃあ女としては失格だわ」


 すると私の言葉に目を丸くして私を見つめるドッペルゲンガーは、プッ、っと噴出して同じ顔で笑った。

 目の前で自分が笑っているのは、なんだか変な気分だ。

 笑っていたドッペルゲンガーが、こちらを向き見つめる。


「へ~。そんな事言ってるけど、オレはこの後どうしたいか知ってるんだろ? こんな所まで追ってくるんだから、お前普通の人間じゃないよな」


「そうね。私の経験からいくと、私を殺す、って所かし---!」


 その瞬間、私が言い終わるのを待たずにいきなり距離をつめ、私に向けてナイフを突刺してくる。

 私はすぐにアタッシュケースでガードした。ガンッ、という鈍い金属音が路地裏に響き渡る。


「失礼なのね。話しは最後まで聞くもの、よ!」


 私はそのまま横薙ぎにアタッシュケースで殴りかかる。


「っ!」


 だが、ドッペルゲンガーは私の反撃を予想してたのか、後ろに退避して避けた。

 タイミング、攻撃の速度。さっきまで追っていたときの動きを考えれば申し分ないはずだった。

 だが今、あっさり避けたドッペルゲンガーの動きは、追っていたときの動きなんかとは別モノだった。

 もしやと思い追撃をする。

 思い切り地を蹴り、敵との距離を詰め、アタッシュケースを振り落とす。

 するとその起動を見極めたかのようにドッペルゲンガーは回転しながら横に避けた。

 その回転の勢いのままナイフで切りつけてきた。

 ここは避けるところだろうが、私は逆に懐に踏み込んだ。

 私の行動に意表を突かれた敵は、気付くのが遅く、動きを止められない。

 そしてナイフを持っている方の腕を掴み、一本背負いのように投げ飛ばそうとした。


「さっすが~!」


 言っている言葉のおかしいドッペルゲンガー。投げ飛ばされたのに変な事を言っているのが気がかりだった。それでも動きを止めずに投げ飛ばす。

 でもすぐにその意味が分かった。

 投げ飛ばされたドッペルゲンガーは無理やり体を捻り着地した。

 動き自体はまるっきりの素人。でもそんな動きができる理由は一つしかない。


「私の真似事コピーをするなんてね。厄介な事になったわ…」


 まったくの偶然なのかもしれないが、そんな感じの事をしたことを覚えている。

 確か成瀬がうちの事務所に来た時だっただろうか。実力判断のために行った手合わせで、私が成瀬の攻撃を防いだ時にやった動きと似ていた。


「いや~、今のは危なかった。やっぱサイコーだよ、アンタ」


 首を傾けて笑う姿は、同じ顔である私には不快でならない。


「でも同じやつは二人要らないよなぁ?」


 そしてドッペルゲンガーは右手に持っていたナイフを逆手に持ち替え、殴るような動きで切り掛かってきた。

 単調な動きに私は慌てる事無く横に避ける。私はそのままアタッシュケースを殴りつけようとする。

 すると首をこちらに向けて、ニヤッと笑う私と同じ顔。

 私はハッとなってすぐに退避する。間もなく私がいた所をナイフがヒュッとくうを切った。そのまま飛んでいったナイフは後ろのほうの壁にぶつかり、地面に転がる。

 その転がる無機質な音を聞きながら、退避した私が相手を見る。


「何だよ。これでも駄目なのかよ」


 悪態をつくドッペルゲンガーの腕が、ブランと力を失くしたように下に向いていた。

 思いっきり逆方向に振った腕の間接が、耐え切れずに外れてしまったようだ。

 ドッペルゲンガーはそれを無理矢理直してこちらを見る。


「まっだまだ~♪」


 そしてまた私に襲い掛かってきた。

 その様子はまるで子供のように無邪気で---


「哀れね…」


 誰に言うのではなくただ呟いた言葉。

 ただ私はこの目の前にいる私に似た背格好の相手を哀れんでいた。




気がつけばもうすぐ10万文字。

今まで短編ばかり書いていて、2・3千文字ぐらいしか書いた事のなかった私には信じられません。


それもこれも今まで見てくれている読者のおかげです。これだけ見てくれる人がいるんだと力を貰っていました。

本当にありがとうございます。


って、終わりみたいに書いちゃったけど、続きますからね!

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