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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第三楽章『gear【歯車】』‐6‐

 俺の目の前には昼間帰ったはずの凛とシャルルがいた。怒られると思っているのか、凛は俯いていて、シャルルは凛の胸ポケットに潜り込んでいる。

 まあその通りなんだけど…。


「時間が無いから手短に。わかったか?」


「…」


 気まずそうに返事をしない凛。俺はそれを見て頭を掻きながら近寄る。


「返事は?」


「……はい」


 ようやく返事をした凛。なおも俯いている。

 怒られそうな事だったとは認識してるみたいだな。もしもそんな事も考えずにこんな所にノコノコ来たのなら、文句の一つ、いや、『体罰的肉体言語』で教え込まなくてはならない。

 いや、まあ俺自身はそんなキャラじゃない。そんな事言ってても本当にそこまでの事はしたことがない。それに、したくは無い。

 でも命に関わる事なら別モノだ。注意はしなくては。

 俺じゃなく相手自身の命の為だから…。


「よし。じゃあまず何でここにいる? 危ない事には関わるな、って夏美さんに言われてたんじゃないのか?」


 そう言われた凛は、手を胸の前に持ってきて、もじもじしている。

 そして俺の方を見て、口を開く。


「あのね…、友達に誘われてね…、今はいないんだけど…。都市伝説を確かめに行こうって事になって…」


「それで?」


「さっき近くの交差点で事件があった時、友達が見に行っちゃって、私は遠くから見てたの。そしたら近くに変な人がいて、ルリちゃんが言うには人じゃないって言われたけど。それを成瀬君たちが追ってるのを見て。それで…」


 追ってきたって訳か…。

 まったく、興味本意でそんな事をしてしまう凛が『ある意味』すごいと思った。


「でも俺たちが追ってるのを見て危険だとか思わなかったのか? 俺たちのやっている事が危険なのはわかってると思ってたんだけどな」


 今だって俺だったから良いものの、もし俺じゃなく追っていた敵に遭遇していたら危険だったかもしれない。

 シャルルがいるにしても、凛は一般人だ。何かあっても不思議じゃない。


「……少しは思ったし、危ないからやめようと思ったけど…。どんな事をしてるか気になってたし…。二人のこと…、何も知らないから…。…うぅ」


 凛はそこまで言うと目に涙を浮かべた。

 それはズルいだろう。昔誰かが言っていた言葉を思い出す。『涙は女の武器』。アレを言っていた人は少し非難を浴びていたけど、俺はその人の言う事、まさにそうだなと今思う。

 凛は必死でこらえているのだが、どんどんと目に涙が湧いてきて、とどめきれなくなった涙が一筋、頬の辺りを伝っていく。

 それを見ていたシャルルが胸ポケットから顔を出し、こちらに顔を向ける。


「あ~。紳士が女性を泣かせるなんて最低ですよ」


「こら! 茶化すな。俺は日本男児だからいいんだよ」


 茶化してきたシャルルに俺が怒って言うと、サッとポケットの中に隠れていった。

 するとその間泣くのを我慢していた凛から、嗚咽が聞こえてきた。気まずくなり俺はまた頭を掻く。

 このまま本格的に泣き始めてしまったら、ばつが悪い。これは一旦やめておいた方が良さそうだ。


「もういい。時間が無いからまた後で」


「は…、はい…」


「でも送っていけないから、一人で、って言うかシャルルとおとなしく帰ってもらう。危なそうなところは避けて帰れ。いいな? シャルルも凛を守れよ?」


 泣きながらも凛がコクンと頷いた。対するシャルルは返事がないが、手だけを出してひらひらと振っている。それを見て俺は、ふう、と息を吐く。

 危険な敵がいるが、まあ戦う訳じゃなければ、あのぐらいならシャルルがいれば大丈夫だろう。今はとりあえず俺は敵を追うことが先決だ。

 一人落ち込んでいる凛を残し、俺は先を急いだ。



 ◆  ◆  ◆



 走り去るのを凛のポケットから見送り、姿が見えなくなってから顔を出す。


「怒られちゃいましたね。凛」


「…」


 凛の方を見ずに言った私の言葉に何も返さない凛。

 凛の方を向いてみると、凛の目はもう涙で溢れていた。涙を拭っている凛にかける言葉が無い。

 まったく成瀬は。あの人には優しさが無いのだろうか。もっと優しく言ってあげればいいのに。あんな男ではモテないだろう。

 その点ウィン様だったらあんな人と違って、優しく注意してくれる。もしかしたらウィン様自身は本気で怒っているのだろうけど、その姿さえも素敵なのだ。

 同じ人でもこんなに違うのか、と思ってしまう。


「ごめんね…。ルリちゃん…。一緒に怒られちゃって…」


「大丈夫ですよ。謝らないでください。私も引き止めなかったんですし。可愛い顔が台無しですよ」


 そう言ってポケットにあったハンカチを差し出してあげる為、それを取り出し目の前で羽ばたく。


「ありがとう…」


 凛はそのハンカチを取ると目に押さえる。

 私は凛をそっとしておく事にした。

 凛のポケットから出て、ただ周りを飛び回る。その間ずっと凛の嗚咽がこの路地裏を響いていた。

 そんな凛の様子と、何も出来ない自分に胸が痛んだ。


 ※  ※  ※


 しばらく飛び廻っていると、やっと落ち着いたのか、凛がここに来るようにという事なのだろうか、掌を出してきた。

 思案した私はその上に降り立つと、目の前の凛を見る。その目は赤くなってまぶたが少し腫れていた。


「大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよ。ごめんね。それじゃあ帰ろっか?」


 私が心配になってかけた言葉に、凛は笑顔を見せ返してくれた。

 泣き顔の後だけど、やっぱり凛は笑顔が似合う。


「帰ったらいっぱい愚痴を聞きますよ?」

 

「ありがと。ルリちゃん」


 凛はまた笑顔で返し、私を胸ポケットに入れ歩き出して家路につくことにした。

 私たちは通ってきた道を逆走していき、この路地裏の出口を探す。

 改めて通ってきた道を見て思う。よくこんな危なそうな所を歩いてきてしまったものだ。

 歩く道は街頭はもちろんある筈も無く、月明かりだけが頼りだった。と言っても真上から差し込んでいるわけじゃないので、ほとんど暗いままと言って間違えは無い。

 妖精の私から見ても、こんな所には好んで寄り付かないだろう。

 凛の顔を見てみると、凛の方も同じ気持ちなんだろうか。どこか落ち着かず、びくびくしている様に見える。


「凛。大丈夫ですよ。私がいますから」


「う、うん…。ありがと…」


 ちゃんと返事を返してくれたけど、やっぱり怖がっているみたい。

 歩く凛を私が励ましながら少しずつ出口に向かっていく。

 確かこの通りを抜けて右に曲がれば大通りに出るはずだ。出るはずだった…。

 だけど---。


「あれ? 違ったみたいですね」


「うん…。行き止まりだね」


 凛が言うように今私たちの前には出口のはずの場所が壁になっていた。


「もう一度戻りましょうか?」


「そうだね」


 私たちは踵を返し、元来た場所へと向かう。

 ここまで来た時と逆の順路というだけで特別難しいことは無いのだが…。


「あれ? ココでしたっけ?」


「う~ん、なんか違うような気がする」


 なんとなく分かっていたのだけど、どうやら迷ってしまったようだ。

 考えてみれば実際周りを見ても目印になるような物は無い。見える物と言えば建物の薄汚れている壁や空き缶などのゴミぐらい。今まで通ってきた道も同じような所だった。

 こんな殺風景で目印も無いところを動き回れば迷ってしまうのは当然だ。

 それでも少し歩いてみたのだけど、一向に外に出られる気配が無い。


「…どうしましょうか? このまま無闇に歩いても時間がかかるだけですし、それに…」


「危ないからね…」


 このまま同じ事をしても同じ事の繰り返し、時間だけが進んでいってしまう。

 ましてここは成瀬や水華月さんたち、『退魔士』が追っている相手も潜んでいる。凛が言うように、もしその相手に出会ってしまったら危険だ。

 私も出来る限りのことはするが、出会わないほうがいいに違いない。

 とは言ってもどうしたものか…。

 ふと空を見上げてみる。もう夜の色に染まってしまった空に、いくつもの光の点が浮かび上がっている。

 そこで一つ思い浮かんだ。


「そうだ、凛。私が上から見てきますね。上から見ればどう行けばいいか分かると思いますから」


「そっか。その手があったね」


 それじゃあ見てきます、と言って私は上へと向かう。

 ここら辺はそこまで大きな建物ではなかったので、少し羽ばたいて行くと、すぐに建物の高さまで飛んでいけた。

 上まで行くと周りの建物の様子が分かった。

 今いる場所は同じような建物が乱立している。きっと急な街の発展のせいで、計画性無く建ててしまったのだろう。

 そのせいで建物の間にへんなスペースがいくつも出来てしまい、それがいつの間にか今歩いていた場所のような空間が出来てしまった。

 幽霊や魔物を恐れる人間が、自分たちでそんな陰気の堪りやすい場所を作ってしまったのだ。その矛盾がなんだかおかしい。

 そんな事を思いながら、今いる場所から大通りまでどう行けばいいのかを見始めた。すると---。


「あら。珍しいわね。こんな所に妖精さんなんて」


 後ろから女性の声がして、それと共に圧倒的なまでの威圧感を感じ、高鳴っていく私の心臓の鼓動が、この人は危険だ、と知らせてくる。

 それでも何者なのか気になって後ろに振り返ると、そこには白いワンピースを着た髪の長い女性が立っていた。

 そしてその人は、とてもいびつな笑顔をしていた…。



 ◆  ◆  ◆



 路地裏に入ってからしばらく経った。私は少しずつ奥へ奥へと進んでいた。

 入り組んでいる路地裏では、敵はどこから出てくるか分からない。無闇に進んでいっては返り討ちにあってしまう。慎重に進んでいかなくてはいけない。


「それにしても中々見つからないわね…」


 なのに敵は姿を現さない。逃げられたとも思ったのだが、それならば誘われた意味がない。

 すると先の方が少し明るく見えた。私は慎重に先へと進む。

 その場所に出ると、そこは今まで通ってきた場所より少し広い空間があった。建物が光を遮断しない為か、そこは月明かりや星の光のおかげで暗さがやわらいでいた。

 結構奥の方まで来たのか、さっきまで遠くの方で聞こえていたような車や雑踏の音は、今はもう聞こえない。

 そのせいか、この場所がどこか異質な空間に思わせた。


 すると奥の方から靴の音が。


 私はその瞬間、音のする方向に警戒態勢をとり、手に持つアタッシュケースを握り締める。

 靴の音は止まることなく、こちらに向かってくる。


「こんな所まで追ってくるなんてな」


 その声は女の声。口調はかく、どこかで聞いたような声…。

 そして少しずつ近づいてきた相手の格好がようやく見える。やっぱりか、と思った。


「アンタ何者だよ?」


「正義の味方」


 その姿を見ても私は無表情で答える。

 ネクタイをけないスーツ姿で、髪は短く、眼鏡を掛けているその姿を。


「ははは、正義の味方って。オレもなりたいね」


「いいえ。それは無理よ」


 私は即答すると、目の前の女性はキョトンとしてしまう。


「なんで?」


 そう言って相手は手を広げ自分の事を見る。足元から胴体、そして手を。

 最後に自分の頬に手をあて、首を傾げながら私のほうを見る。


 私の目の前、そこには---。


「こんなにアンタそっくりなのにか?」


 そこに鏡があると思うほど瓜二つの自分がいた。




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