第三楽章『gear【歯車】』‐3‐
学び舎に授業終了の鐘が鳴り響き、私の周りの同級生たちは仲の良い者同士で家路につこうとする人達ばかり。
私も例外なく誰かと帰ろうと同じように支度を始めていた。
「お~い、リンリン」
すると声が聞こえるのと同時ぐらいに後ろから抱きつかれる。
そしてそのままの態勢で、後ろから腕が伸びてきて胸を触ってきた。
「わ、ひゃ! ちょ、ちょっとやめてよ! 雅ちゃん!」
「いいじゃないの。減るもんじゃないし。むしろ増えるよ」
と親父くさい事を言って静止する私の言葉を聞かず、手を止めない。
そんな同級生の、永倉 雅ちゃんはショートカットでスカートの下にスパッツを穿いていて、見るからに活発な感じの女の子。その見た目どおり私とは正反対のスポーツ少女で、部活を三つほど掛け持ちしているという。しかも全部でエース級と言うからビックリだ。
そんな彼女とは一年生の時から何故か友達で、二年のクラス替えで離れ離れになった後もこうして雅ちゃんのほうから私の所へ来てくれる。
人見知りの私からすれば大切な友達だ。会いに来てくれるだけでも嬉しい。
でもいつもの事だけど、雅ちゃんはスキンシップがやたらと多い。今みたいに抱きついたり胸を触ったりしてくるだけじゃなく、一番ビックリしたのは頬にキスをしてきた時だ。
さすがに雅ちゃんでもやっておいて恥ずかしかったらしい。私なんか尚更だ。
「も、もういいでしょ? 雅ちゃん」
「ふむ。わらわは満足じゃ」
なかなか手を止めてくれないので私が言うと、変な口調で返し雅ちゃんはやっと私から離れた。
私は乱れた制服を直しながら聞く。
「何かあったの?」
そう言うと、あ、そうだった、と言って雅ちゃんは腰に両手を当てる
「ふっふっふ。いい情報を仕入れたのよ。今回はとびきりよ」
雅ちゃんは制服のポケットから一枚の紙を取り出す。
その紙には不気味なデザインで『都市伝説』という字が大きく書かれている。多分家でインターネットの記事を印刷したのだろう。
書いてあるのは『口裂け女』や『人面犬』といった良く聞く怪談ものや、『影に潜む妖怪』や『ビルの上を徘徊する幽霊』なんて言う噂のようなものまで書かれていた。
雅ちゃんはこういうものが本当に好きだ。いつも家に帰るとすぐにそういうものを調べたりしていると聞いたことがある。
そしてそれを私に話すのがまた好きみたいで、雅ちゃん曰く『リアクションが最高!』らしい。私としてはただ単に怖がっていただけなんだけど…。
「また怖い話? 今回はどんな話なの?」
「あれ? あまり怖がらないんだね。最近何かあったの? 反応が寂しくなったよ~」
雅ちゃんは私の手を持ちながらぶんぶんと振って抗議してくる。
それを見て私は苦笑いを返す。
「いつまでも子供じゃないもん。毎回怖がってばかりじゃないよ」
「あぁ、こうやって小鳥は親鳥から巣立っていくのね。シクシク」
大袈裟に手を目に当てて泣く素振りをする雅ちゃん。
まあ私が本物に出会って怖い目に会ったなんて知らないもんね。あんな事があった後だと話なんかじゃさほど怖くない。
しかも私にはルリちゃんがいる。こんな頼もしい子がいれば怖がる事もなくなる。
今も胸の中に---。は!
「ちょ、ちょっと待ってね! トイレ行ってくる!」
「うん、わかった。待ってるね」
雅ちゃんの返事を聞くと私は急いでトイレに入り、すぐに個室の中に駆け込む。
そして胸ポケットを開き、
「ルリちゃん! 大丈夫?」
「は、はい。何とか…」
そこには服がしわでぐちゃぐちゃになっていて、疲弊しているルリちゃんがいた。
ずいぶんと長い時間握られてたからきつかったはずだ。申し訳ない。
すぐに掌の上に乗せて服を直しやすくしてあげて、髪の毛も少しぼさぼさになっていたので、私は別のポケットに入れてある折りたたみの櫛で髪を直してあげる。
ルリちゃんの髪はきめ細かく絹のよう。少し櫛で梳いてあげるとサラサラとした髪にすぐ元通りになった。同じ女の子としては羨ましい。私なんか朝寝癖直しとかでずいぶん手間取っちゃうからなぁ。
身だしなみを直し終え、ルリちゃんは落ち着くとこちらに向き直る。
「ふぅ。ありがとうございます、凛」
「ううん。でもなんとも無くて良かった。心配しちゃったよ」
「ふふ。私もビックリしました」
そう言ってルリちゃんが笑い、私もつられて笑ってしまう。
* * *
私と一緒に暮らすようになってからしばらく経ち、今ではこうして笑いあって話すぐらいになった。
今私たちは、ルリちゃんは魔法を、私もいろんな事を教えあっている。
魔術を教えてもらっている私は、今のところまともに魔術は使えない。
ルリちゃんには、ゆっくりでいいですよ?、とは言ってもらえるけど、ルリちゃんの為にも早くここでの件を済ませて帰らせてあげたい。だけど現状はさほど変わらない…。頑張ろう…。
一方のルリちゃんも現代の暮らしというのを知らなかったらしく、いろんな事が初めてだった。
テレビを見るのは初めて、お風呂というのも初めてで、最初は面白くも大変だった。
テレビの時なんかは、
『この中には、私みたいな小さな妖精か精霊を閉じ込められているんですか?!』
なんて言うルリちゃんが、出してあげなきゃ!、と言って本気でテレビを壊そうとしたから必死でルリちゃんを止めた。あれは大変だった。
あとお風呂も入る時、
『私、食べられちゃうんですか?!』
と涙を浮かべて私にしがみついて言っていたルリちゃん。どうも茹でられるのかと思ったみたいで後で聞くと、本当に怖かった、と言っていた。私はそれを見て苦笑いしたけど、なんだかルリちゃんの子供っぽさが見れて、言葉は悪いかもしれないけど面白かった。
今ではどちらも慣れてテレビはお気に入りだし、お風呂も大好きみたい。本当によかった。
* * *
そんな事を考えながらルリちゃんの事を見る。
「ん? どうかしたんですか?」
首を傾げながらこっちを見ているルリちゃん。
私は、ううん、と言って首を横に振った。
それを見てルリちゃんは掌に座る。
「それにしても凛はあの子と仲が良いんですね」
「ありがと。私も雅ちゃんの事が好きだからね。一緒にいて落ち着くし、他の人から見てそんなふうに見えるってホントに嬉しいよ」
「へ~。あんな事されてもですか…。どこか危険な香りがしますね。フフフ」
ルリちゃんは悪戯っぽく笑って言う。
最初何を言ってるのか分からなかったが、ルリちゃんの表情を見て一つ思い当たった。
カァッと顔が熱くなり、鏡なんかなくても赤くなっているのが分かる。
「そ、そんなんじゃないってば! やめてよ。ルリちゃん」
取り乱しながら慌てて否定する。そんな私を見てもっとニヤニヤするルリちゃん。
確かに私たちの仲がいいのは認めるけど、今ルリちゃんが想像してるようなそんな仲じゃない。
「百合の花って私嫌いじゃないですよ?」
「だから---」
意地悪を言うルリちゃんに言い返そうとしたとき、トイレの入り口の扉の開く音が聞こえ言葉を切る。するとすぐに声がした。
「リンリン。どうかしたの? 遅いけど」
「あ、雅ちゃん? ううん、なんでも無い。今電話してて。すぐ行く」
慌てて誤魔化すと、そう?、と言って扉の閉まる音がし、ホッとして一息ついた。そしてルリちゃんを胸のポケットに入れ、個室の扉を開く。
「じゃあまた少し我慢しててね?」
「はい。大丈夫ですよ」
そう言ってルリちゃんはすっぽりと中に隠れ、私は雅ちゃんの元に戻っていく。
※ ※ ※
「ニジュウシン?」
「そう。巷でそう言われてて今有名なんだから。この頃この近くで自殺者が増えてるって言うのもそれが関係してるってネットの中では噂なんだよ」
雅ちゃんは胸を張って言う。
あの後教室に戻ると雅ちゃんは机を向かい合わせて待っていた。準備万端といった感じで待っている雅ちゃんは向かい側に座るよう促してきて、それに従って席に着き話をして今に至る。
今回の話題は『ニジュウシン』というものらしい。私は聞いたことが無かった。
「それに出会って皆自殺した、って言ってるわ。噂だから変に言えないけどね」
物騒な事を淡々と言う雅ちゃん。だけど話が話だけに面白おかしくって訳ではない。
話自体はそれほど怖いと思わなかったけど、『自殺』という単語に少し背筋が冷える感じがした。
「自殺って…。死にたくない人がそんな都合よく急にそんな事するわけが無いんじゃ…」
私は雅ちゃんの話に疑問を持つ。
死ぬ人の心境なんて全然分からないけど、死ぬのだって理由があるはずだ。理由の無い自殺なんてただの事故と同じだし、まして急に『生』から『死』に意識が向かうのなんてあるはずが無い。
もしそうだとしたらただの精神異常者といえる。
すると雅ちゃんはその言葉を待っていたのか、すぐに首を横に振り人差し指を立てる。
「違うの。ここからがところなのよ。何故なら…」
「…何故なら?」
間を置かれ次の言葉を待つ私はたまらず唾を飲み込む。
「そのニジュウシンに殺された、って噂なのよ」
「殺され…、た?」
また怖い単語が出てきて少し身震いした。けどまた一つ疑問が残る。
「でもニュースなんかでは自殺って断言してるみたいだよ。理由はあるの?」
その言葉に雅ちゃんは、ちょっと待って、と言ってプラスチックの定規を取り出す。
そしてそれを私に差し出す。
「これで自分の首を切るような格好をしてみて。それで定規のどこを持つのか憶えておいて」
言われるとおり定規の目盛りのあるほうを首に当て切るような格好をする。
そして首から定規を離し持っている位置を確認。確認し終えると定規をそのまま雅ちゃんに手渡した。
雅ちゃんは受け取った定規を私の首に切りつけるような格好をする。でもすぐに止めて持っている定規の手を見せてきた。
「ほら。この違いが噂で出てきてるんだ。分かる?」
雅ちゃんの手を見る。
それを見て少し考え、私の持っていたときの手の位置を思い出す。
「あ。手が逆なんだ」
私が持っていた時、首を切るのに刃の方を親指の付け根の方に向けてたけど、切りつける時の雅ちゃんの手は逆になっている。
注意しなければあまり気にしないことかもしれない。
逆と言う事は持つ所に付いているはずの指紋の位置が違ってしまうのだ。警察だったらそこに気付いたはずだ。でも検出されたそれが切られた本人の指紋で、位置が違っていたけれど少し不思議に思うだけで終わってしまい、そのまま今回の件は自殺として処理されてしまったのだろう。
「さすがリンリン。頭が良いね。でもなんでこんな細かい情報が出回っちゃったのかな…。警察の中の若い人でも流しちゃったのかな?」
確かに雅ちゃんの言うとおりだ。
こんな細部の情報が漏洩してしまうなんて、この国の安全性を疑ってしまう。
まあそんな事は今は関係ないか。
「それで? 何か別の用件があるんでしょ?」
私はなんとなく雅ちゃんが何か言いたそうな雰囲気だったので言ってみると、待ってましたと言わんばかりに私のそば来て手を握ってくる。
「あのね、それでさ明日行ってみない? 事件があった場所に。どうせ明日は休みだし」
買い物とかしながらさ、とも付け加えて。
一応夏美さんとかには、あまり危ない所には近づかないように、と言われてた。私を危険な目に会わないようにという事だろう。
だからちょっととまどったけど、これぐらいだったら大丈夫だろうと思い、
「じゃあ買い物メインなら---」
「ありがとう、リンリン。嬉しいよ!」
私が言い終わらないぐらいのタイミングでお礼を言う雅ちゃん。
ぶんぶんと私の手を握りながら振って感謝の言葉を言う。そんな様子を見て私は悪い気はしなかった。
すると胸の辺りからトントンと叩かれる感触がした。
私が雅ちゃんの目を盗み胸ポケットにいるルリちゃんに、どうしたの?、と小声で言うと、
「凛。明日は…」
ルリちゃんがそこまで言って私は思い出した。
「あ。でもあしたは午前中に用があるからその後でもいい?」
そういえば今現在の状況の報告として夏美さんたちの事務所に行く予定があったのを思い出す。大事な事だからその用事は外せない。
雅ちゃんには申し訳ないがそれだけは行かなくては。
「あ、そうなんだ。うん。別に大丈夫だよ」
雅ちゃんは快く了承してくれ、明日の待ち合わせ時間や場所を決め始めた。
私は雅ちゃんの話を聞きながら、ふと持ってきた紙を見る。
そこには今言っていた『ニジュウシン』の情報が。今までの情報や目撃情報などが多く書いてある。
見たら死ぬ、と言うのに目撃情報があるのは訳、死んでしまう人の決まりがのだ。
それは、その『ニジュウシン』は死んでしまう人と---。
「瓜二つ、か…」