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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第三楽章『gear【歯車】』‐1‐

 人々の行き交う街の中。その中でも一際ひときわ多く人がいる大通り。

 そこには横断歩道が『×』のような形になっている交差点があった。

 横断歩道の信号が赤から青に変わり、人々が一斉になだれこむ。

 それはいつもの何一つ変わらない風景だった。


「きゃあぁぁ!?」


 だがそれは一人の悲鳴によって日常を『非』のつくものに変えた。

 その悲鳴に集まっていく人々。その中心にはナイフを持ち、首から血を流している女性が倒れていた。

 見てしまい吐き気を訴える者や、不謹慎にも携帯で写真や動画を撮ろうとする者もいた。

 そんな中、一人の女性が何も干渉しないといった感じで人だかりから離れていく。

 すれ違う人の中にはもしかしたらこの後一人ぐらいは驚く者もいるだろう。

 遠くからサイレンの音がする。

 それで辺りはまた騒ぎ出し、不運にも人ごみでその女性を隠していってしまった…。



 ◆  ◆  ◆



 桜の花も散り始め、四月も半分以上過ぎた日のお昼過ぎ、事務所の中はまったりとしていた。

 夏美さんは案件などの報告書類をまとめていて、俺も夏美さんの書類の手伝いをしていた。


「ルリちゃん、はい、ケーキ」


「あ、おいし~♪」


 それを尻目に凛は呑気にお茶なんてしている。シャルルのやつも一緒になってケーキを食べていた。

 俺たちの分も買ってきてはくれているらしいが、今は食べられる状況ではない。ちょっと悔しい。

 一旦手を休め、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやいてみた。


「…太るぞ」


 すると、どこからともなく現れたスリッパが俺の頭を『スパーン!』と叩く。

 どうやらシャルルが風を操ってやったようで、なんか無意味に起用だ。と言うかどんな地獄耳だ。

 頭をさすりながら凛たちのほうを見ると、鬼のような形相で睨んでいる。

 どうやら結構気にしているみたいだが、男の俺からしてみれば別に食わなきゃいいと思う。

 女はやたらとスイーツに弱い。「別腹だから」とか言って食ってるけど、結局カロリーは摂取してるんだし、太るのは当然だろう。

 だがそんな事口には出さない。言ったらどんな目に会うか…。


「シャルル。いきなり叩く事はないだろ。ちょっと言っただ---」


「それよりも成瀬君、今少し失礼な事考えてない?」


 有無を言わさないような速さで俺の言葉を遮り、今にも襲ってきそうな顔で凛がこちらを見て言う。

 どうやら地獄耳は俺の心の中にまで届くようだ。


「いいえ。そんな事はありませんよ」


「あなたが凛に対して敬語を使うなんて…、おかしいですよね?」


 シャルルも同じように怖い顔で言う。

 しまった。痛いところをつかれた。まあ本来は年上である凛に対しては敬語を使うのが当たり前なのだが、今になって直すのは遅いかなと思い、凛に対しての言葉遣いはそのままだった。


「そ、そんな事よりさ、『ルリ』ってシャルルの事?」


 このままだと危ないと思い、咄嗟とっさに話を変えた。

 ジト目をし、腑に落ちないような顔をしたが、そうだよ、と言った凜は、シャルルと顔を合わせ、ねぇ~、と言う。シャルルも同じ様にして返していた。

 知り合ってからそれほど経っていないのだが、二人とも今ではかなり仲の良い友達といった感じだ。

 それにしてもルリって言うのはどういう所からきたんだ?


「で、その呼び名はどこから?」


「名前だよ。ルリちゃんの名前って、『シャルル=リシェ』って言うでしょ? その姓名の名の方の最後の『ル』と姓の方の最初の文字の『リ』を合わせて、『ルリ』ちゃん」


 なるほど。でもなんでウィンさんたちが呼んでいた『シャル』じゃなかったんだろう。

 俺が疑問に思っていると、それが分かったように凛が言う。


「それにね、髪の色が夏美さんに貰った守り石と同じような色だったでしょ? 調べてみたらその色が群青色って言われる他に、『瑠璃色』って言うらしくてね、その偶然がなんだか…、嬉しくって」


 そう言った凛は少し頬を染めていた。

 俺はシャルルの髪を見ると、確かにあの時渡した石の色と一緒だ。

 そういえばあの石、ラピスラズリって言ったよな。

 ラピスラズリの『lazuliラズリ』はペルシア語からアラビア語に入った『lazwardラズワルド』って言う語が起源で、天や空という語意らしい。サッカーなどのイタリア代表の愛称である『Azzurriアズーリ』の元の語で空の青を意味する『Azzurroアズーロ』の語源にもなったとも聞いた気がする。まあ今はあまり関係ないが…。

 風を自在に操る妖精に天と空って、かなり合っている気がする。

 偶然なのかも知れないが、純粋にいい呼び名にしたなと思った。


「ふう。やっと終わった。凛ちゃん、私にもケーキお願い出来る?」


 そんな事を思っていると、いつの間にか夏美さんが仕事を終わらせてしまったようだ。

 凛は、はい、と言って皿に箱の中から一つ取り出したのを乗せ、夏美さんの机に持っていく。

 ありがと、と言って受け取った夏美さんが一口口にした。


「あ、おいしい」


「そうなんですよ。これお母さんが見つけたお店で、ケーキが結構おいしいって評判なんですよ」


「へぇ~。で、そこって何て名前のお店なの?」


 夏美さんが聞くと少し苦笑いになる凛。そんな凛を俺も夏美さんも不思議がる。


「『羅生門』…、って名前なんです…」


 凛の口から出てきた名前は全然予想もしなかった名前だった。

 美味しいケーキのお店だから、きっと英語かなんかの名前だと思ったんだが、漢字だったとは。


「最初お母さんが名前を憶えていなかったんで、いけるかどうか分かんなかったんです。でも棒線がいっぱいって言ってたから、きっと漢字の名前のお店だと目星をつけて近く探してみたら見つかったんです。でもまさかあんな名前とは思わなかったですけど…」


 まあ探し出したのもすごいのだが、よく中に入れたな。

 しかも羅生門って…。

 もしも小説の題名から名前を付けたのだとしたら、内容が内容だけにすごいチョイスだと思う。でも逆に食べてみたいとも思う。

 俺もやっと仕事を済ませ、早速凛からケーキを受け取ろうとする。差し出された皿を取ろうとすると、凛が離してくれない。


「あ、あの~…」


「…謝らないの?」


 笑顔で言う凛。

 でも表情とは裏腹に、とても怖い。全然笑ってないように見える。

 一応俺なら無理矢理ケーキを奪う事は可能だ。でもそんな事してしまったら後で何をされるか分かった物じゃない、そう感じさせる雰囲気を持っていた。

 そんなのを逆なでするような事はしない。こんな時に俺が取る行動は一つ。


「ごめんなさい」


 深々と頭を下げ謝る事だ…。



 ◆  ◆  ◆



 成瀬君に謝罪をさせると私はすぐに手を離した。

 別にそこまで怒ってはいなかったけど、いつも私の事を年上と認識してないような態度だったから少しからかっただけだ。

 いや、でもデリカシーのない言葉には少しムッとはしたけどね…。


「ちょっとテレビ見てもいいですか?」


 どうぞ、と夏美さんの了承を得て、テレビをつけた。ルリちゃんも興味心身で見ている。

 どうもルリちゃんは今までテレビを見たことがなかったらしく、こっちに来てからテレビが好きになったみたいで、いつも見ている。聞いてみると「いろんな知識が得られて、とても便利」だそうだ。

 でも間違った情報は止めて欲しい。


 ※  ※  ※


 ある日お風呂から部屋に帰ってくると、中で必死にルリちゃんが机の引き出しを見ていた。


『ど、どうしたの?』


 私がルリちゃんに聞くと、引き出しから顔を出してこちらを見る。


『未来へはここから行くんですか? この国の乗り物はすごいですね!』


 と言うルリちゃんの顔はとても輝いていた。

 何を見たのかはすぐに分かった。きっと青くて自分の事を猫と言い張るロボットの出るアニメだろう。

 しばらくルリちゃんが机の引き出しをガサゴソと探し回るのを、私は止める事が出来なかった。


 ※  ※  ※


 テレビの電源を点けると、ニュースが始まったばかりだった。

 休みの日とはいえニュースがないわけがないけど、丁度谷間の時間帯だったようだ。

 私がチャンネルを変えようとした時、聞いたことのある街の名前が出てきて手が止まった。

 画面が切り替わり、見たことのある風景が映し出される。


「あ、ここ…」


 それは今私の住んでいる街の栄えている場所だった。

 なんでも近くに空港が出来るみたいで、その周辺に当たる場所は都市開発の為にいろんな企業が進出してきている場所だった。道路の幅も建っている建物も大きくなって、まるで今までとは別世界になっていると言う。

 そんな場所でどんな事件があったのか、私は気になって画面を見つめる。

 なんでも街の中にある大通りの横断歩道で自殺した人が出たようだ。

 死因は首を切っての大量出血による失血死。ニュースによると手に持った刃物からはその本人の指紋しか出ておらず、現場で目撃者もいない事から自殺と断定したようだ。


「あんな所で自殺するなんて…」


 いつの間にか一緒に見ていたのか、成瀬君が一言呟く。


「自殺に場所なんて関係ないんじゃないの?」


「だって死にたいなら他に場所があるじゃん。何もわざわざ人目のつく場所でする必要がないし、万に一つの可能性で正義感の強いやつが偶然そこにいたら自殺自体止められてしまうかもしれないだろ?

 ほら。意味がないじゃん」


 万に一つとは…。まあ他人に関心をもつ人なんて今の時代ほとんどいないかもしれないけど、悲しい事を言わないでよ、成瀬君。

 でも確かに成瀬君の言われて納得する。

 そしたらなぜこの人はこんな所で自殺なんてしたんだろう。


「余程の寂しがり屋か、あるいは…」


 私の疑問を察してか、ルリちゃんが呟く。


「誰かに操られたか…。でもそんな簡単に出来るわけじゃないし、出来る者もそうそういないんですけどね」


 そう言ってルリちゃんはまたテレビを見る。

 その言葉は今までの私にとって現実味のない話なのに、今では信じてしまいそうだ。だって言っているのがルリちゃんだし。


「どう思います? 夏見さ---」


 夏美さんの方に顔を向けると、夏美さんはとても険しい顔でコーヒーカップを見ていた。私の声が聞こえなかったのか返事もなかった。

 私が、夏美さん?、と言うとようやく気がついた夏美さんは、はっと私のほうを見る。


「あ、ごめんなさい。ボーっとしちゃって」


「いえ、気にしないでください。夏美さん、疲れてるんですか?」


 そうかもね、と言う夏美さんの顔は確かに悪い。

 でもそれは疲労によるものというより、どこか---


「じゃあ、ちょっと寝させてもらうわ。ごめんね」


 そう言って急に自室に向かう夏美さん。事務所を出て行き、扉がしまる。

 いきなり私とルリちゃんと成瀬君は事務所に取り残され、しばし無言でいた。

 ルリちゃんは相変わらずテレビに夢中。成瀬君もケーキを食べていた。

 私はなんとなく最後に見た夏美さんの顔が気になった。


「成瀬君…、夏美さんどうかしたのかな?」


 成瀬君はケーキを食べ終え、淹れておいたコーヒーを飲む。そしてこちらを見て、


「多分大丈夫だと思いますよ」


「ふ~ん。そう…」


 私はそっけなく返してきた成瀬君に、同じようにそっけなく返す。

 でもなんとなく分かった。

 きっと成瀬君は何か気付いてるんだろう。

 

 私に敬語使ってるし…。



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