~間奏曲‐1‐~
「ここが凛のお家ですか」
私の胸のポケットにいるシャルルちゃん。
あの後事務所で夏美さんたちと話をしていたら夕方になり私は事務所を後にした。
そしてシャルルちゃんと家に帰ってきた私は、玄関を開け中に入る。
「ただいま~」
家の中を響いていく私の声。すると奥の方からパタパタと足音がし、隠れて、と言うとシャルルちゃんはポケットの中に隠れた。
音が目の前まで来ると、そこにはエプロン姿の母親が。
「おかえり~。今日も遅かったんやない? 何かあったんか?」
柔らかいしゃべり方で聞いてくる母に、ううん、何も、と言って返した。
母は腰の辺りまであるロングヘアーで、すらっとした体つき。娘である私が見ても和風美人を連想させ、とても似合っている。
私もこんな風になりたいな、と思い髪を真似ているのは内緒だ。恥ずかしいし。
「どうしたん? そんな所に立ってへんで、はよ上がりぃ」
母の言葉に促され、私は玄関を上がり部屋へと向かう。母はそのまま台所の方へ戻っていった。
「綺麗なお母さんなんだね。凛のお母さん」
「ありがと。でもホントお母さんってすごいんだよね。歳よりもずっと若く見えて綺麗だし…」
シャルルちゃんの言葉に私も同意しながら歩いていく。
すると階段を上っていこうとした時、上から妹の真理が降りてきた。
それを見て今度は何も言わなくてもシャルルちゃんはポケットの中に隠れる。
そして髪を纏めながら降りてくる真理は、纏め終わると私に声をかけてきた。
「おかえり、お姉ちゃん。今帰ってきたの?」
「うん。そっちは今日は部活じゃなかったの?」
「部活は午前中だから、お昼過ぎには帰ってきてたよ」
ポニーテールにしていて、三つほど歳が下だというのに私と身長が変わらない妹。家の中だからか、Tシャツと学校の半ズボンというラフな格好をしている。
背格好も顔つきもあまり変わらないのだけど、胸が…、私より…。
返事もせず私が恨めしそうな目で胸元を見ていると、それに気付いた
「もう、お姉ちゃんたら。私だって出来る事ならこんな胸お姉ちゃんにあげたいよ。クラスや部活の男子どももここばっか見てくるし」
ごめんね、と私が言っても、ぶつぶつとまだ文句を言っている綾。相当胸に関してのストレスが溜まっているみたいだ。悪かったかなぁ…。
私と違い運動派の真理は部活をやっていて、中学二年生でありながら空手部の副キャプテンでエースなのだそうだ。
いつか聞いた話だと、空手を始めたのも『格闘技をやれば胸が小さくなるかも』というのが理由らしい。確かにオリンピックに出てる柔道やレスリングの女性の選手を見てみると胸が小さい人が多い気がするけど…。
でもそんな浅知恵が理由で、しかもそれでエースになるほどまでになってしまったのだから凄い。
「じゃ、先行くよ。お姉ちゃん」
そのまま別れ、真理は下に。私は部屋着に着替えるため自分の部屋に向かった。
部屋に着くとポケットにいたシャルルちゃんが、ふう、と息を吐きながら出てきて、ベットに寝転がった。
「疲れた~。やっと落ち着ける」
「ごめんね。さすがにバックの中は心配だからポケットにしてもらったの」
十分バックの中も入れると思うのだけど、見えないので何かあってはいけないと思ったのだ。
心配でバックを変に警戒して持ってるより、ポケットにいてもらった方がいくらか楽だ。
ウィンさんとの話だと、「シャルのような妖精は本来人間には見えないのですが、凛さんが凛さんですから、家族にはもしかしたら見えてしまうかもしれません」と言っていたので、一応最初は隠れてもらう事にし、後々様子を見ながら探っていく事にした。
見えないのであれば離れずにいられるし、ご飯とかも気にかけずに食べさせられるようになるし重要だ。
「でもどうやって確かめればいいかな。いきなり目の前にシャルルちゃんを出すのは無理だよね」
「見えてしまっていたらその時点で意味がないですからね」
部屋着に着替え終わった私はベットにいるシャルルちゃんの横に腰掛けた。
しばらく二人で一緒に考えていると、シャルルちゃんが一つ思いついた。
「凛はこれって見えますか?」
「え? なに?」
私が言うとシャルルちゃんは羽を羽ばたかせ、目の前を飛び回る。
すると気に留めてなかったのだけど、シャルルちゃんの飛んだあとに何かが飛んでいた。それはまるで蝶の鱗粉のようで一つ違う点を挙げるなら、輝くようにキラキラと舞っていた。
手を出すと掌に落ち、チラチラと光っている。なんだかラメのようで綺麗だ。
「これって?」
「『フェアリーダスト』って言うんです。中には『ピクシーダスト』とも言う人もいるみたいですけど」
「へ~、そうなんだ。あ、じゃあこれを見せてみればいいって事?」
はい、と言って頷くシャルルちゃん。
「これなら私が行かなくてもいいですしね」
「そうだね。シャルルちゃん頭いい!」
私が褒めると頭に手を置いて照れくさそうにしている。
そんなシャルルちゃんを私は指で撫でてあげた。
「お姉ちゃん、降りてきなよ。ケーキあるよ?」
ちょうどその時下から真理の声がした。私は早速試すべく、ベットから立ち上がった。
手の甲に鱗粉をついているのを確認し、出て行こうとするとシャルルちゃんが呼び止めてきた。
「? どうしたの?」
「あ、あの…、早く…、帰ってきてくださいね。慣れない所で一人と言うのは…、寂しいので…」
下を向いてもじもじとしながら言ってくる。
確かに私だって知らない場所で一人にされたら寂しい。ましてシャルルちゃんのように小さな体だと余計だろう。
私はシャルルちゃんの前まで行きしゃがむ。
「うん。確かめたらすぐ戻ってくるよ。ケーキも持ってきてあげる」
「はい! ありがとうございます。凛」
私の返答に、ぱあ、っと笑顔になるシャルルちゃん。
その笑顔に私はつられて笑ってしまった。とても綺麗な笑顔だ。
※ ※ ※
下に降りていくと真理は先にケーキを食べていて、お母さんの方は台所の方にいた。
私は真理の向かい側に座り、用意されていたケーキを少し口にする。
ケーキは生クリームとスポンジ、イチゴというシンプルな材料で作られた、いわゆる『ショートケーキ』というやつだ。
食べてみるとクリームは甘すぎず、スポンジはふわふわでとても美味しい。
真理の方も余程気に入ったようで、いつもは食べるのが早いのだけど、ゆっくりと味わいながら食べていた。真理の美味しい物を食べる時の癖だ。
「美味しいね、お姉ちゃん」
「ホント。これどこで買ってきたの? お母さん」
「ケーキ屋さんが近くにできたんよ。開店記念ゆうて安かったから、買うてしまったんや。たしか棒線が多い名前やったんやけど…」
う~ん、と唸りながらお母さんはこちらに顔を向けずに答えた。
なんとなく名前が分かったのだけど、今はそれどころではない。
私は早速自分の手の甲を真理の方に向ける。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「これ、どう?」
「どう、って…」
そう言って私の手の甲を見つめる真理。その様子をドキドキしながら見つめる私。
真理はしばらく見つめた後、ケーキを一口含んで飲み込むと顔をこちらに向けた。
「何? ケガでもしたの?」
真理は首をかしげながら答えた。それを見て私はふうっと息を吐き、なんでもない、と言って安心する。
すると横の方から近寄ってくる音がした。
「どうしたん? 二人で何話してはるん?」
夕飯の準備が終わったのか、お母さんが私の脇に座り、一緒に持ってきた紅茶を私と真理の前に置いた。
夕飯の用意をしていたのにいつの間に用意をしたのか、お母さんの手際の良さに驚かされる。
持ってきた紅茶を口に含むと、とてもリラックスするような味わい。
「これってレモンティー?」
「でもなんか味が少し違うよね」
不思議に思いながら私と真理が聞くと、頬杖をついているお母さんは、分からんか?、と言う。
「それは砂糖代わりにはちみつを入れたんよ。ま、簡単に言うとお茶で作ったはちみつレモンや」
そう言われてみれば少しハチミツの味がした。
レモンティーのほのかな酸味とハチミツの優しい甘味がとてもマッチしている。
私がまたカップに口を付け紅茶を口に含むと、お母さんはニヤニヤしながらこちらを見て口を開く。
「もしかして…、昨日の彼の話か?」
その言葉に口の中のものを逆流させてしまい、自分の顔どころかテーブルの方まで吹き出してしまった。
真理は、大丈夫?、と言いながらテーブルを拭き、お母さんは笑いながらも慌ててタオルを持ってきて私に手渡してくれた。それを受け取り私は顔を拭く。
「フフ。図星やな」
「ち、違うよ! それと成瀬君はただの友達---」
「ふ~ん、そうなんか。女子高通いで男友達なんてなぁ」
「うぅ…」
ああ…。成瀬君に言っておくべきだった。
私と真理は中高一貫の学校に通っていて、しかも女子校。当然だがそこに男子なんていない。
私から聞かずとも妹の真理が通っているのだ。ごまかせるはずがない。
「でも、そっか。へぇ~。お姉ちゃんがねぇ」
「ねぇ~。ほんまに。男っ気がなかった凛ちゃんがねぇ」
母と妹二人は私を見ながら同じようにニヤニヤしている。こういう所を見ると、似た物親子だなって思う。
私はそんな二人の顔を見て苦笑い。
そして素早くティーカップとケーキを持ち、立ち上がった。
「こ、これ自分の部屋で食べるね! じ、じゃあ」
あまり詮索されるのは避けたい。そう思った私はそそくさと自分の部屋へと向かっていった。
振り返りはしなかったが後ろからは、逃げられたか、という声がした。かなり楽しそうな声で。
これ以上あそこにいたらきっと根掘り葉掘り聞かれてしまっていただろう。
居間を出た私はひと息つき、そのまま部屋まで歩いていきドアを開ける。
「おまたせ、シャルルちゃ…、ん?」
部屋にあるベットの布団の上で小さくなりながら寝息を立てているシャルルちゃん。小さな体なのにそのせいで余計に小さく見えた。
時間としてほんの十分程。
そんな短時間で寝てしまうなんて、余程疲れていたのだろう。慣れないところだから気疲れも相当あったはずだ。無理もない。
寝ているシャルルちゃんを優しく手で持って、布団に寝せ、毛布をかけてあげる。
「おやすみ、シャルルちゃん」
寝顔を見ながら、私は声をかける。
何も言葉を返しては来ないが、安心して眠っているのを見て私は微笑んだ。
小説内に出てきたレモンティーの飲み方についてですが、私は結構好きですよ。
ただもしかしたらクセがあって苦手な人がいるかもしれません。
機会があればお試しください。