第二楽章『fatum【運命】』‐7‐
私の前には鞭を持ってきた成瀬君が立っている。
ちょっとドキドキしている私。本当に大丈夫だろうか。
「大丈夫ですよ、凛。私に任せてください」
私の肩にいるシャルルちゃんは勇気付けるように私に声をかけてくれる。
シャルルちゃんの笑顔に少し心が軽くなった気がした。
そして私は右手の指を見る。そこには見た事も無い文字が刻まれている。
ウィンさんから渡された物で、刻まれている文字はエノク語と呼ばれるモノで、シャルルちゃんの名前が書いてあるらしく、所有者と名を刻まれた者を繋ぐ物らしい。ウィンさんが言うには『契約書のような物』だそうだ。
これで私はシャルルちゃんと契約した事になり、それには対価が支払われる事になるようだ。
ウィンさんは『凛さんの霊気を支払う事になります』と言うのだが、そう言われても私にはピンとこない。危ないのではないだろうかと思うのだが、夏美さんは、気にしなくてもいいと思う、と言っていたので大丈夫だと信じておこう。
「じゃあいくよ」
そう言って一度鞭を叩きつける。
私はビクッとしたのだが、シャルルちゃんはあまり動じていない。
「いつでもいいですよ。不意打ちでも構いませんから」
笑いながら挑発するような口調で言うシャルルちゃん。
なんか最初のイメージと違う。もう少しおしとやかなイメージだったのに。
「じゃあお言葉に甘えて…」
言い終わると同時に鞭をこちらに振るってきた。
あの、目がマジですけど、私の事を考えてください…。
◆ ◆ ◆
私が見るには成瀬の振るった鞭は申し分ない攻撃だと思った。
だが狂いも無く身をすくめる凛に向かっていった鞭は、途中で見えない壁に当たったように弾かれる。
成瀬も、凛も驚いたような表情を見せる。
「彼女は風を操れる妖精なんですよ。あれぐらいの攻撃なら風を集め、風の壁のようにする事が出来ます」
と、ウィンが言う。
すると成瀬は鞭を引き戻し、持ち手を短剣のように持ち、近接攻撃を仕掛ける。
「凛。ボールペンを上に投げて」
シャルルがそう言うと凛は慌てて胸につけていた鉄製のボールペンを上に投げた。それを見てシャルルは何かを唱え始める。
成瀬は警戒するが、そのまま凛に向かっていく。
その時、上に投げたボールペンがピタリと止まり、先が成瀬君の方を向いた。
凛の肩に乗るシャルルは手を成瀬に向けた。するとボールペンが意思を持ったように成瀬目掛けて飛んでいく。
寸での所で避け、少し後退する成瀬。
「ちょっと! 危なくね!」
抗議する成瀬を見てうふふと笑うシャルル。だが向けていた手を下ろそうとしない。
シャルルの行動を怪しく思ったのか、成瀬は足を止める。その答えはすぐに分かった。
避けたはずのボールペンがまた成瀬目掛け飛んできたのだ。成瀬は先読を発動していたようで、それにもうまく反応し避けた。
そのボールペンは凛の元に帰っていき、目の前を風に舞うようにフワフワと浮いていた。
ほう、と感心するような声を出すウィン。
「彼、やりますね」
「私が助手として選んだんですもの。これぐらいはね」
とは言ったものの、今の戦況からしてはちょっと成瀬君に分が悪い。
いくら攻撃範囲の長い鞭だとしても、主戦場は中近距離だろう。それに一度手を合わせたときに感じたが、どちらかと言うと得意なのは近接攻撃の方のようだ。
それに対しシャルルは遠距離。しかも懐になかなか入らせてくれない防御方法をとっている。
「もう終わりにしますか?」
立ち止まっている成瀬に声をかけるシャルル。
「まさか。これからだよ」
ニヤッと笑いながら返す成瀬。
後退し、距離を置く。そして息を一つ吐いた。
◆ ◆ ◆
とは言ったものの、このままじゃ俺に勝ち目はない。
攻撃しても風の盾で守られるし、近づこうにもただのボールペンが鳥のように速く、意思を持って動くように攻撃してくる。あの速さで当たれば結構な傷を負わされるだろう。厄介なものだ。
二つのうちどちらか一つでもどうにか出来ればいいんだが…。
……ん?、そういえば…。
「どうかな…」
俺は一つ思いつき、試してみる事にした。
持っていた持ち手を上に向け投げる。その行動をウィンさんや夏美さんを含め、皆が疑問に思っただろう。
シャルルの目がそちらに注意がいった隙に、俺は間合いを詰めようとした。
だが、すぐに俺の方を見たシャルルは手を向けてきた。それと同時にボールペンが向かってくる。
「考えが幼稚すぎです」
笑いながら言うシャルル。カチンときた。手合わせだとしてもなめられるのは好きじゃない。
向かってきたボールペンを避けると、ピタリと立ち止まった。
「やっぱり無理か」
「当たり前ですよ。そんな策が通じると思---」
「でも」
俺は上を指差す。シャルルは言葉を止め、疑問に思いながらそちらを見た。
俺の投げた鞭が凛目掛け落ちていく。
「危ないよ~」
俺が気の抜けたように言うと、シャルルは慌ててその鞭を風壁で防御しようとした。
それを見て俺は一気に走り寄る。
走りながら見てみるとボールペンが落ちていた。思ったとおりだった。
「俺の勝ち」
「あっ」
俺の声に反応したシャルルだが、距離を考えるともう遅い。
いくら妖精でも出来る事は一つ。魔術だってそう何個も同時に操作できるはず無い。
どちらかに意識をそらせばどちらかがおろそかになる。そう思いやってみたらドンピシャだった。
あとは一応シャルルでも掴んで『参った』とでも言わせて終わらせよう。そう思った。
だがここでイレギュラーな事が起こってしまった。
「ギャ!」
シャルルがこちらに気を取られたために、風壁を忘れてしまったのだ。
当然のように落ちてきた鞭は凛に落ちていき、頭にヒットした。ていうか避けろよ。
頭を打った凛は、そのまま気を失い倒れてしまう。
一時休戦になり、俺は凛に駆け寄った。
「キュウ~…」
「ごめんなさい、凛! 大丈夫!?」
いや、大丈夫ではないだろう。
倒れてしまった凛に懸命に声をかけながら頬を叩くシャルル。その凛はいまだ目を回した状態だ。
やれやれと俺は近寄り、凛を抱え夏美さんたちの方を見る。
「とりあえず下行きましょうか?」
「そうね。その子が大体どのくらい出来るかは見れたしね」
夏美さんの返事を聞き、俺は凛を抱え下に向かう。
「凛、大丈夫かな…」
落ち込んだような声と表情のシャルル。
俺は、大丈夫だよ、と言っても凛のそばを離れなかった。
◆ ◆ ◆
なんだか頭がズキズキする。
確か屋上でシャルルちゃんの腕試しをするとかで成瀬君と手合わせをしてたんだ。
それでその時に成瀬君が鞭を上に放り投げて、それがそのまま私に当たったんだっけ。目の前の状況についていけなくてボーっとしちゃったんだよね。鈍くさいってよく言われるんだよね、私…。
それにしても痛かったな、あの鞭。成瀬君もあんな重い物を振り回してたんだ。大変だなぁ。
あれ? そういえば、あの時手合わせの時に私って…
「いなくても良かったじゃん!」
私が叫びながら起き上がると「キャ」という悲鳴がし、ポテっと落ちたような音がした。
そちらの方に眼を向けると、そこにはシャルルちゃんがいた。私の上に乗っかっていたのだろうか。
「ごめんね、シャルルちゃん。乗ってるの分からなくて」
「ううん。大丈夫です。私より凛の方は大丈夫ですか?」
「ちょっと頭がズキズキするけど、大丈夫だよ」
シャルルちゃんは、よかった、と言い胸を撫で下ろした。
ふとシャルルちゃんの横に袋のような物が落ちているのに気付いた。
見た感じぷよぷよしてて、水が入っているみたいだ。『氷のう』とかいうやつだっけ。
するとシャルルは慌てて氷のうを体を広げて隠そうとする。小さいので隠せてないけど。
「ずっと見ててくれたの?」
私の問いにシャルルちゃんは目を逸らしながらこくんと頷く顔が赤くなっている。
ありがとう、と言いながら撫でてあげると、もっと顔を赤くして俯いてしまう。可愛いなぁ。
私は手を出し乗ってと言うと、シャルルちゃんは素直に私の手に乗ってくれた。
「でも本当にありがとう、私なんかのために。これからお世話になるのにいきなり迷惑かけちゃったね」
「いえ、気にしないで下さい」
優しく微笑みながら私の事を気遣ってくれる。優しい子なんだな。
「もしかしたらこれからも迷惑かけちゃうかもしれないね」
「ふふふ。大丈夫です。お世話したり面倒見るのは得意なんですよ。がんばりましょう」
「そうだね。大好きなウィンさんのためにもね」
「はい。……へ?」
私の顔を見ながらポカンとするシャルルちゃん。
私の言った言葉をやっと頭に入ったのか、みるみる顔が赤くなる。茹蛸という表現がピッタリなほどに。
「な、なな、なん、で…」
言葉もうまく出てこないようで、声も上擦り、うまくしゃべれてない。
聞きたいことは分かる。だから私は、内緒にしておくよ、と言ってあげた。
シャルルちゃんは恥ずかしそうに下を向いてしまう。ホントに可愛い。
「ま、とりあえずこれからよろしくね。シャルルちゃん」
腑に落ちない顔をしながら頷き、こちらこそ、と言うシャルルちゃん。
指と手で握手をする私たち。これからの誓いをこめて。
* * *
紡がれていく物語。
四人の物語はさまざまな色で紡がれていく。
第二楽章『fatum【運命】』‐了‐