第二楽章『fatum【運命】』‐6‐
「そんな…、私には出来ません。ご主人様の言う事なら聞きたいですが…」
私は俯いたまま拒否の態度を崩さない。意地でも折れないつもりだ。
「君なら任せられると思ったんですよ」
「…でも、私…」
別に気に食わないわけではないのだ。
ご主人様の頼みは重々分かってるし、私もしてあげたい。ただ---。
するとウィン様は人差し指で、私の手を取る。
私はゆっくりと顔を上げて、ウィン様の顔を見た。
「お願いです。いつまでも、という訳じゃないですから」
何も知らないウィン様は私に微笑みながら頼んでくる。
はあ…。やっぱりアンナさんには敵わないんだろうな…。
◆ ◆ ◆
目を回す着せ替え人形のような生き物を、アンナさんは拾い上げ手の中に抱え、俺達の元へ歩いてきた。
それは透き通るほどに白い肌で、アンナさんのように髪を長く伸ばしている。サラサラとした髪の色は青い。
服は白いが、修道服といわれる物だろうか、テレビなどで見たことがある。
「コレも妖精、ですか?」
「コレとは失礼な! 正真正銘妖精よ。私とは違う種類だけどね」
俺たちが話していると妖精が目を覚ました。
焦点が合わないようで必死に俺たちの方を見ている。
しばらくして俺たちを視認出来た妖精は、慌てて後ずさり翅を羽ばたかせてアンナさんの後ろに逃げていった。
そして肩の辺りから顔を半分出してこちらの様子を窺っていた。
アンナさんは苦笑いを浮かべる。
「ごめんね。この子人見知りなのよ」
そう言いながらアンナさんは妖精に指を伸ばし、頭を撫でた。目を細め気持ち良さそうだ。
隣を見てみると凛がその光景を見つめていて、目が輝いていた。しかも分かるぐらいにそわそわしている。
「あの…」
凛が恐る恐る声をかけると、妖精はビクッとしてまたアンナさんの後ろに隠れた。
あっ、と凛は少し残念そうな声を出す。
「どうしたの?」
声をかけてきた凛にアンナさんが聞き返すと、凛は近づいていった。
「私にも…、触らせてくれませんか?」
その顔つきは真剣で、アンナさんは少し戸惑っている。
きっと凛は小さな動物とか好きなんだろうな。
そこまでではないが、そういう俺もなんとなくチワワを連想させるあの妖精が気になってしょうがない。
妖精はより一層後ろに隠れていくのだが、そうはさせまいとアンナさんは妖精の首の後ろのほうの服をつまむ。
え?、という表情をする妖精を無視して、アンナさんは俺たちの前に差し出す。
キョトンとしていた妖精だったが、俺たちが近くにいると気付くと、涙目になった。
「か…、かわいい~!」
そんな事に気付いてないのか、それとも気にせずなのか、凛は叫ぶと手を出し妖精を掴む。そして抱きしめた。
妖精は凛の手の中で手足を使って少し抵抗をしていたが、全然意に介さず凛は手を離さない。
しばらくして観念したのか、妖精は動くのを止め、されるがままだった。
そして顔の前に妖精を持ってきて、顔を合わせる。
「お名前は何て言うんですか?」
「あう…、えっと…、『シャルル=リシェ』…、です…」
妖精は困ったような顔をしながら答えた。
その様子に凛はますます心奪われてしまっている。ポーっとしてシャルルという妖精を眺めていた。
「それでこの妖精と凛がなんか関係あるんですか?」
俺が率直な疑問をぶつけると、大アリよ、と言うアンナさん。俺には分からない。
すると凛とシャルルは少しずつ話し始め、少なからず気を許せるようになってきたようだ。まあ一方的に凛の方から質問して、シャルルが答えるって感じなのだが。
「でも、すごいですよねウィンさんって。二人の妖精と一緒に住んでいるなんて」
感心した俺の言葉にアンナさんは、ううん、と言って否定した。
「まだ他に四人の精霊がいるのよ。しかも…」
「しかも?」
「『四大元素』、って知ってる?」
『四大元素』?
確か五行思想と似たやつで、昔の哲学者が「万物の根源は『風』と『火』と『水』と『土』の四つの元素それぞれから成り立っている」、とか言っていた中の四つの元素の事だ。厳密に言えば元素ではないのだが。
東洋は主に五行思想、西洋が四大元素説だったかな。よく比較される事が多いみたいだ。
現代では『地水火風』や『風火水土』などと言われて、ゲームやマンガなんかでしょっちゅう使われてたり、タロットの小アルカナの4スートの棒、剣、杯、硬貨にそれぞれ対応させたりするけど、みんな知らないんだよな。
「その四大元素のそれぞれに対応する『四精霊』と呼ばれる精霊があっちにいるのよ」
「はは。何でもありだな…」
確か精霊って、水と火に対応する精霊は相性が悪くて一緒にいられないはずだけど。
それ考えると本当にウィンさんってすごいな。
「あ、来たんですねシャル。待っていたんです」
と、その時、扉の方からそのウィンさんの声がした。そちらを見ると夏美さんも一緒に立っていた。
ウィンさんがこちらに歩いてくると、シャルルが凛の手の中をすり抜けて、飛んでいく。
シャルルはウィンさんの周りを飛び回り肩に着地すると、お久しぶりです、と言ってスカートを両手で摘みながらお辞儀をする。
「いつも留守の番を任せてしまってすいません。あの四人は大丈夫でしたか?」
「いえ、気にしないでください。四人も仕事が出来るようになったので大丈夫です。私も助かるぐらいですよ」
「きっと君の教え方がよかったんですね。任せてよかったですよ」
ウィンさんはお礼を言いながら、シャルルの頭を撫でる。
シャルルは恥ずかしいのか、顔を赤くしながら下を向いていた。
するとウィンさんはこちらの方を向き近づいて俺と凛の前に立ち、両手を広げシャルルに乗るように促がした。
シャルルは不思議そうな顔をしながら素直に従って、ちょこんとウィンさんの手に座った。
「来てもらって早々申し訳ないのですが、君に頼みがあるのです」
「はい、なんでしょうか?」
「この子の事をお守りしてください」
その言葉に固まったようになるシャルル。全然頭の中が整理出来ていないようだ。
どういうことでしょうか?、とシャルルが聞く。
「君にこの子の事を守ってあげて欲しいんですよ。この子に君が魔術を教えるついでにね」
シャルルは黙り、思考が止まっているようだった。
目もウィンさんを見つめたまま固まっている。
ウィンさんが指でシャルルの肩を揺する。するとシャルルは意識が戻った。そして…。
「えぇぇ~~~~~!」
シャルルは開口一番に叫ぶ。その声は小さな体に似合わないような大きさだった。
◆ ◆ ◆
ウィンさんはシャルルちゃんの手を離すと、シャルルちゃんを私に差し出す。
だけどシャルルちゃんはウィンさんの指にガシっとしがみつき離さない。目には涙を浮かべている。
「私…、ご主人様の…、そばにいたいんです…」
泣き出しそうなのを我慢して、搾り出すように声を出す。
ああ、きっとこの子ウィンさんのことが好きなんだろうな。
そんなシャルルちゃんを見てウィンさんは彼女の頭を撫でる。それでも指を離さないシャルルちゃんにウィンさんは話しかけた。
「大丈夫。しばらく日本にいるので会いに来ますから」
「でも…」
なんだか私は申し訳ない感じだった。
私のせいでシャルルちゃんの大好きなウィンさんのそばから離れてしまうのだから。
でも私には他に方法があるわけではないし…。
「本当にお願いします。君にしか頼めないんです」
ウィンさんの言葉にピクリと反応するシャルルちゃん。どうしたんだろうか。
「私…、だけ?」
シャルルちゃんの言葉に反応したようだ。
それを見てウィンさんは微笑みながら黙って頷く。そしてシャルルちゃんは涙を拭い、分かりました、と言う。
シャルルちゃんは私に、掌を出してください、と言うので私は従って掌を出した。シャルルちゃんはウィンさんの指を離し、私の掌に飛んできた。そしてそこで膝をついて座った。
「しばらくの間、ご主人様の命に従い、あなたのお傍にいさせて頂きます。よろしくお願いしますね」
「え? 大丈夫なの?」
余程『私だけ』というのが嬉しかったのか、一転引き受ける事にしたシャルルちゃんは、私の言葉に、はい、と頷きながら答える。
私は指を差し出す。
「じゃあよろしく」
「はい。えっと…」
あ、そういえば私自己紹介してなかった。
「桜井 凛。凛でいいよ」
「わかりました。よろしくお願いしますね、凛」
シャルルちゃんは私の指を握り返す。ホントに可愛い。
これでひとまず安心かな?、と私は思った。
「でも、そんな子で大丈夫なの?」
と、突然成瀬君が入ってきた。
そうだ、言われてみれば私の事を守ってくれると言う事は、襲われた時に戦わなくちゃいけないんだよね。成瀬君の言うとおり、この子にそんな事出来るんだろうか。
それじゃあ、と言って微笑むシャルルちゃん。
「試してみますか?」
そういうシャルルちゃんの顔は自信満々の顔だった。