第二楽章『fatum【運命】』‐5‐
しばらくの間、私と成瀬君は屋上の手すりに寄りかかりながら、アンナさんが現れるのを待っていた。
五分ほど待っているが、いまだに戻ってくる気配は無い。
「どうしたんだろうね? アンナさん」
「さあ…。と言うかいきなり消えたけど、どっか行ったの? …まさか、失敗なんてないよな」
疑問と不安を残し、消えてしまったアンナさん。どうしてしまったんだろう。
日曜の昼下がり。暖かい日差しの中、寄りかかりながら座っている私と肘をついて空を見上げてる成瀬君は待ちぼうけを食らっていた。
きっとウィンさんに耳打ちしていたことなんだろうけど、なぜか教えてもらってない。ただこちらから聞かなかったというだけかもしれないけど。
しかもいきなり待ちぼうけを食らってしまったので、私たち二人はほとんどしゃべってなかった。
このままだと気まずい…。
「ね、ねえ、成瀬君。そういえば成瀬君の家族も同じ退魔士なんだよね?」
私は成瀬君に話しかけてみた。当たり障りが無いように、危なげない話題でいってみる。
「え…、あ、うん…」
あれ? 返事があまりよくないのでちょっと不思議に思う。
成瀬君の表情も少し硬そうに思えた。
「あ、ごめん。なんかまずかった?」
私はあまり深入りしない方がいいかもしれないと思った。
飄々(ひょうひょう)とした感じの彼だったので、そんな顔をしたのは意外だった。
「いや、別に…。ただね…」
「ただ?」
聞かなきゃいいのに聞いてしまった。
ただ流れで聞き返してしまった私が本当に馬鹿だと思った。だがここまできたら聞いてみるしかない。
成瀬君は手すりから肘を離すと、私の横に座り込む。
表情は変わらず、視線は遠くを見つめているよう。
「親父と兄貴は…、死んだんだ…」
その言葉は冗談と取れないような響きで私の耳に伝わる。
周りの音が遠くなっていくような感じがした。
「死んだって…、この仕事で?」
「うん。まあ仕事柄仕方ない事ではあるけどね。戦うんだし、生きるか死ぬかだから」
成瀬君は淡々としゃべる。
その表情はどこか悲しげで、私の胸がズキっと痛む。これ以上は聞いちゃいけない気がした。
「もういいよ…。なる---」
「ただいま~」
こちら側の肩を掴み、成瀬君の言葉を止めようとした瞬間、魔法円と呼ばれる模様が光りアンナさんが現れた。
私たちを見て、ん?、という顔をするアンナさん。いきなりだったので私は肩を掴んだままだった。
それを見て何を思ったのかニヤニヤしている。
「あ、ごめ~ん。お邪魔しちゃったかな」
ヤバイ。何か勘違いしている。
慌てて手を離す私。だが、アンナさんはニヤニヤ顔のままだ。
「ち、ちがいますからね! アンナさん!」
「は~い」
絶対に分かっていない。返事が適当だ。
というか成瀬君も否定をしてくれ! 無駄だとしてもそれぐらいはして欲しい。
その当の本人は我関せずといった感じで魔法円に興味心身だ。気持ちは分かるが。
そういえばとアンナさんを見てみると、いなくなった時から何も変わらない格好だ。荷物があるわけじゃないし、手には何も持っていない。
「あの~、それで突然いなくなりましたが、何してたんですか?」
率直な疑問をアンナさんに聞く。
えっとね、と言いながらアンナさんは手を広げキョロキョロする。何をしてるんだろう。
「ちょっと待ってね。お~い」
何をするのかと思えば、服の胸元を摘み、中に話しかけた。
いきなりの奇行にギョッとする。
「え? あの…。何してるんですか?」
「この中にいるのよ。恥ずかしくてこんなとこ隠れちゃって」
隠れてる? 何かいるのだろうか。
よく見てみると、お腹の辺りでもぞもぞと何かが動き、声が漏れてくる。
アンナさんがそれを必死で出そうとするが、なかなか出てきてくれない。と言うより逃げているようだ。
「キャ! そ、そこはくすぐったい。やめて」
くすぐったがるアンナさんは、往生際が悪い、と言って軽く服の上から叩く。
小さな悲鳴が聞こえ、ポトリと床に何かが落ちる。
それは人形のように見えた。だがよく見ると、息をしている。
目を回し、床に倒れているそれは、白い修道服のようなものを着ている。髪の毛は長くきめ細かく青っぽい色。
そして背中に蝶のような翅を生やしていた。
◆ ? ◆ ? ◆
「今日もいい天気。お掃除日和だわ」
昼下がりの暖かい日差しの中、私は教会の掃除をしていた。
しばらくの間、私のご主人様であるウィン様は『ニホン』と言う所に旅行に行っていて、私が留守を任されている。
でもあの人も無責任だ。いつもどこかに行っちゃうし。
それを止めないで一緒に行っちゃうアンナさんもアンナさんだ。二人きりでいたいのは分かるけど…。
まあ今はもう慣れている。
それにここには私以外に四人もいて、それをまとめるのが私の仕事。だから私が頑張っていなければ。
私は白い修道服を気にかけながら掃除を続けた。汚れちゃ目立っちゃうし。
「ただいま~」
教会の扉が開くと同時に声がする。
振り返るとそこにはご主人様と一緒に旅行に行ったアンナさんがいた。
「アンナさん、おかえりなさい。やっと帰ってきたんですか?」
私は持っていた雑巾を放し、アンナさんの元へ飛んでいく。
文字通り『飛んで』。
アンナの目の前で翅を羽ばたかせて飛んでいた。
「ごめんね~。いつも留守番頼んじゃって」
「別にいいですよ。慣れてますから」
手を頭に置いて申し訳なさそうにするアンナ。どうせいつもの事だから謝らなくていいのに。
「あれ? ご主人様は…」
いつもは二人一緒に帰ってくるのに、ご主人様の姿が無い。
私がそう言うとアンナが私に近づく。しかも笑顔で。
「いや、私が帰ってきたのは用があってね」
何か嫌な予感がする。
私は少し後ろに下がった。気付かれないようにゆっくりと。
「へ、へぇ~。それで……、どうしたんですか?」
不安混じりの私の声を聞いて、アンナはまた私に近づく。
それでも私は後ろに下がって逃げていた。しばらくそうしていたのだが、遂に教会の壁に突き当たってしまい、逃げ場がなくなってしまった。ヤバイ…。
「用って言うのはね…」
冷汗を流しながら私は逃げようとした。
だがそれは叶わず、アンナの手に捕まってしまう。
「あなたの事なの。ちょっと来てくれる?」
「え、ちょ---」
返す間もなく私を服の中に入れてしまった。
「ちょっと出してください! どこに行くんですか!」
私の言葉に何も返してくれない。それがなんだかとても不安を掻き立てる。
私は服の中で抵抗するが、そんな事アンナさんは意にも介さない。
そしてアンナさんが呪文を唱え始めた。これは---。
「や、やだ! どこにも行きたくない!」
「お願い。これは人助けなのよ。あなたにしか頼めないの」
人。それは私があまり関わりたくないものだった。ご主人様を除いて。
それを聞いて抵抗の動きを一層強めていく。
「ひ、人って…、余計イヤです! 何をさせる気ですか」
「でもご主人様と一緒に暮らせているんだから大丈夫よ。ホントに人見知りなんだからシャルったら。やってほしい事はあっちに着いてから話すわ」
「それ、は…」
そう言われると何も言い返せなくなる。
私はあまり人は好きじゃない。というか妖精が好き好んで人と接触しようとしたのは、私が知ってる中ではアンナさんしか知らない。
でも、助けられてからではあるが、ウィン様と共に暮らしている事は事実だ。
でもでも、何をさせられるか分からないし---。
「じゃ、行くわよ」
まだ結論が出ていない私をよそに早速目的地に向かおうとする。
「待って、待ってください! あの子達はどうするんですか!」
「あ、そうだった」
よかった。何とか一時の足止めには成功した。
だが、その直後だった。
「大丈夫ですよ。私達なら」
姿は服の中なので見えないが、声でなんとなく分かった。
「エアリー! 何で---」
「私たちの事なら心配なく。もう私たち四人でなら大抵の事は出来ますから」
声に悪気が含まれてないが、私の事を助けてくれる気配は無い。涙が出そうだ…。
「じゃ、そう言ってる事だし、行こうか?」
「いやぁ~~~!」
私の悲鳴は誰かに届くのだろうか…。
そう考える間もなく、アンナさんは私と共に転送された。
祝20話目!
それでも5万文字か…。長くは書きたいんですけどね…。