第二楽章『fatum【運命】』‐4‐
「あ、すいません。無駄話が長くなってしまいましたね」
ウィンはそう言いながら頭をかき微笑む。
そうだ。本題を忘れていた。
私も額に手を置いてクスクスと笑ってしまう。呼んだ張本人が忘れるなんて、あっちゃいけないのに。
私は凛の肩をポンと叩く。
「この子についてなんだけれど、多分分かるでしょ?」
私がウィンに言うと、ウィンの顔が真剣な表情になる。
そして凛を見つめている。
凛の方は一体なんだろうと緊張している様子だった。
しばらくして表情を和らげるウィン。
「とても珍しいお方ですね。例えるならば、まだ磨かれていない宝石の原石、って所でしょうか。興味深いです」
言いながら微笑むウィン。
ウィンらしいたとえと言うかなんと言うか…。
確かに原石と言うのは的を得ている。
「この子、力も何も持っていないのよ」
「この霊力の量で普通に暮らしてきたなんて、本当に珍しい」
ウィンは眼を輝かせる。
昔から珍しいものや興味が惹かれるものが好きみたいだが、それは今も変わらないらしい。
まるで科学者か発明家のようだ。
前に同じような事を本人に言ってみた事がある。ウィンが言うには、魔術師とは『知識を求める者』らしい。その『モノ』について追求し、知識を得る。それを繰り返し、その過程で魔術を身につける。だから確かに科学者なんかと変わらないかもしれない、らしい。
まあ魔術師や魔法使いすべての者に言える事じゃないみたいが。
「で、僕を頼ってきたのはどうして?」
私は凛から袋を受け取り差し出す。
「これを貰ったのを思い出してね、何か案があればと思ったんだけど。力がつけられないにしても、守る術を持たせることは出来るんじゃないか、ってね」
私の言葉にウィンは困ったような顔をした。
ちょっと無理な相談だとは思っていた。でも何かあると期待していたのだが。
「う~ん、難しいですね。その守護石にしても、用意するのに時間が掛かりますし、どれだけ強いものでも期限がありますから。それだってもう期限が切れそうですからね。
仮に魔術を身につけさせるにしても、時間がありませんし…」
懸念していたが、やはりウィンも同じだった。
私は最初、守護石のような物を持たせる事を考えていた。
だが、物事にはどれにも期限が設けられてしまう。それが魔術にしても言える事だ。永遠なんてありえないのだから。
期限が切れる都度用意してもらう手もあるが、それでは効率が悪い。
ならばいっその事、凛に守る術を持たせればいいのではないかとも考えた。
簡単でもいいから魔術を身につければ、身を守る事が出来るかもしれないから。
だがそれも無理なようだ。
「魔術は学問的なモノなので誰にでも出来るはずです。でも時間は掛かります。すぐにと言われても簡単なものじゃありません。短くても二ヶ月は欲しいですし、僕自身そこまでは出来ませんから」
「そうよね…」
まあ大体そうは思っていたが、残念ながら無理のようだ。
前にいるウィンは、力になれずすいません、と言いながら頭を下げた。
私が無理して呼んだのだからあまり気に病まないで欲しい。私のほうが悪いのだから。
「さて、じゃあ振り出しって事か…」
「すいません。私なんかの為に」
悩む私たちを見て気を悪くしたのか、申し訳なさそうな顔をする凛。
「気にする事無いわ。もう少し考えてみましょ?」
そう言った直後、ウィンと共に来ていた妖精のアンナが手を上げた。
「ご主人様、私に一つ考えがあるんですが」
アンナはウィンの耳元に囁く。
それを聞くウィンがニコニコしている。
「それは良いかもしれないです。すごいですね、アンナ」
「ありがとうございます! ご主人様」
ウィンはアンナの頭を撫で、撫でられているアンナは目を細め気持ちよさそうにしている。
このバカップルめ。
◆ ◆ ◆
ウィンさんと夏美さんをおいて場所を移す俺たち。
何も聞かされず、ついていった先は事務所の屋上だった。
「あの、アンナさん。こんな所でどうするんですか?」
不安そうに尋ねる凛。聞かれた本人はただ、待ってて、と言って作業をしていた。
アンナさんは屋上の床にしゃがみこんで黙々と何かを書いていた。
先ほど話していた時に、いきなりチョークを貸して欲しい、と言うから慌てて俺が買いに行った。チョークなんてあるわけないし。
帰ってきてそれを渡すと、屋上に行くと言って今に至っている。
2m程の大きさの二重の円を書き、間の四方向に文字のような何かを書き込み、中に星のようなものを書いている。これって…。
「『魔方陣』、ってやつですか?」
悪魔などの召喚や結界などに用いる模様。実際には見たことは無いが、本やテレビで見たことあるようなやつを思いだす。
立ち上がり腰に手をやりながら、こちらに体を向ける。
「ちっちっち、基本的にはそんな変わりないけど、これは『マジックサークル』って言うものよ。『魔法円』とも言うかしらね。四つ書いてあるこれらには四大元素が書かれているの」
一つずつ指を刺していく。
「これが地のタブレット」
対方向の文字を指差す。
「こっちが水のタブレット」
横方向に移動して指差す。
「火のタブレット。そして…」
残りの文字の元に歩いていき、指を差す。
「最後は風のタブレット」
そして円の中に入っていく。
「それら四大元素の力を借りて、この魔術は行使する事が出来るのよ」
後ろ手でにっこり微笑むアンナさん。
簡単に言ってくれるが、多分それ程簡単な事じゃない。
聞いた事があるが、魔術はしっかりと心の中でも形作る事が大切だそうだ。イメージとはまた違う、想念といったところだろうか。
魔法円を書いたからといって、そこで終わり、と言うわけじゃなく、そこから先が大事なのだ。
素人には出来無いと思う。今ここで同じように書かれている模様が書けたとしても、やはりそこから先が難しい。だから一般人が出来る事はないと言う。
そしてアンナさんは手を少し広げ目を瞑る。すると円が光りだす。
「じゃあ少し待っててね」
「え?」
聞き返すが何かぶつぶつと呟き始めたアンナさんは聞こえてない。
そして、光が包み込み、アンナさんが消えてしまった。
「え…、どういう、事?」
いまいち状況が飲み込めない凛は俺に聞いてくる。
だが自分も何がなんだか分からない俺は、さあ、と言うだけだった。
◆ ◆ ◆
私たちはそれぞれ上に行く前に用意してもらっていたコーヒーと紅茶を飲む。
ここに残るのは私とウィン。
だがウィンに先ほどまでの穏やかな表情がなくなっていた。
「それで…、あなたの方はどうなんですか?」
「……どうって?」
話しかけられた私は、マグカップをテーブルに置く。
同時に、はあ、とため息を吐くウィン。
「あなたがこの国に来た目的は、どのくらい達成できているんですか?、ってことです」
まわりくどい事も言わず、直球で聞いてくる。顔に似合わないその行動は昔から変わらない。
「あなたの姉である千秋さんを追ってきているのは知ってるんです。いまさら隠す必要なんてない、そんなの知っているでしょう?」
「別に隠すつもりなんて…。ただあなたに言う必要は無いと思っただけ。そうじゃない?
これは私個人の問題なんだか---」
「まだあなたはあの事を悔やんでいるんですか?」
言い終わる前に言ってくるウィン。
その言葉に何も言えなくなる私。
「あなたは旧約聖書の『アベル』のようになりたかったんですか?」
一度聞いた事があったが、どんな話だったか。
確か、兄である『カイン』に---。
「自分が殺されれば良かった、そんな事考えていないですよね」
胸が締め付けられる言葉。
私は言い返したいのだがなかなか声が出てこない。
たが私は必死に言葉を紡ぎ出す。
「それなら…、こんな事にならずに済んだのにね…」
波紋が起きているマグカップの中のコーヒー。
まるで私の心のようだ…。