第二楽章『fatum【運命】』‐3‐
何とか落ち着いて、二人をソファーのほうに案内した。
俺はお茶を用意する事にした。
「僕は出来れば紅茶で」
「私も同じく」
二人の注文を聞き、早速紅茶の用意をしようとする。
一応一通りの物はあった。ポットとティーカップ、それとダージリンの茶葉も。夏美さんがコーヒーの道具一式と一緒に揃えていたらしいが、俺たち二人してコーヒーばかり飲んでいたので、使った事が無かった。
どうすればいいものか悩んでいると、凛がやってきた。
「私、淹れようか?」
「え? 出来るの?」
「失礼な。これでも女の子なんだから、これぐらい出来るよ」
少し怒りながらも用意し始めた。
まずは少しお湯を沸かし、ポットとティーカップに注ぐ。
「何やってんの?」
「これ? こうやってポットとカップを温めておくと、美味しく淹れられるんだよ。そのままだと冷めて美味しさが引き出せないの」
へぇ、と俺は感心した。
そのうちにお湯をまた沸かし、ポットのお湯を捨て水気を切ると、茶葉を入れ熱々のお湯を注ぐ。
三分程待ったあと、すぐにカップのお湯を捨て同じように水気を切ると、カップには特徴的ないい匂いを漂わせながら琥珀色の液体がカップに注がれた。
「手際良いね。良いお嫁さんになるよ」
「あはは…、ありがと…。でも何故か料理は全滅なんだよね…」
「何で?」
さあ、と言って凛は盆の上にカップを手早く乗せていく。
これだけ出来て料理は全滅なんて。かわいそうだな…。
◆ ◆ ◆
私は事務所のソファーに座っている二人の前に紅茶を差し出した。
男性の方はそのまま口を付け、一口のみ顔を向けた。
「紅茶を淹れるの上手ですね。美味しいです」
上品そうに微笑みながらお礼を言ってくる男性の顔は、やはり幼くとても年上とは思えなかった。
一方女性はお礼を言うなり、つけそえていた自分の分の砂糖と男性の分の砂糖を入れ飲んでいた。とてもじゃないが、甘すぎやしないだろうか。
しばらくして二人がカップをテーブルに置く。
「自己紹介が遅れましたね。すいません。
僕の名は『ウィン=ウェストコット』です。こんな身なりですけど魔術師をやっています。水華月とは同い年で、昔は何度か仕事を一緒にやってました」
と言いながら横に置いておいた杖を持つ。
ウィンさんと言う男性の持つ杖は何の装飾も施されておらず、『木』そのものと言った感じだった。
「これは樫の木で出来ていまして、ドルイド教と呼ばれる宗教を行っていたケルト人が聖木として崇拝していた木なんですよ」
何も聞いてないのに説明してきた。ちょっと言いたかったんだろうか。
杖を眺める眼も輝いてるように見える。
だが、それよりも一つ聞きたい事があった。
「あ、あの~…、魔術師って…、昔話とかに出てくる魔法使い、ってやつですか?」
あまりにも自然に出してきた単語、『魔術師』に食いつく。
そんな昔話に出てくるようなものを信じられないが、退魔士と言う夏美さんや成瀬君がいたんだ。信じるほか無い。
その質問に難しそうな顔をして、う~ん、と悩むウィンさん。
「それとは似て非なるもの、と言うべきでしょうか。一般的に人間自身が行使する力を魔術と言って、魔法とは人間以外による魔や妖精が起こす力を差すと言われています。
まあ他の人から見れば同じようなものですからね。どちらでもいいと思いますよ。難しく考える必要も無いですし」
なんだか曖昧な受け答えだった。まあきっと明確な取り決めとかが無いのだろう。
例えばウィンさんがここで魔術を行い、私から見ればどちらも同じ超常現象的なものだから魔術にも魔法にも捉えることが出来るのだ。
よってそこに大きな差は無い、と言えるだろう。
あ~、なんてことなんだろう…。
非日常的なことを何気なく私は肯定し始めてる。
悩む私を無視して、ウィンさんが言い終わると、隣の女性が一つ咳をして注目を向けた。
「えっと、私は『アンナ=シュプレンゲル』。私の方があなたの言った魔法使い、って所かしら」
「え?」
何気ない女性の言葉に疑問が生まれる。
さっきウィンさんが言った事が正しいのであれば、この人は『人』では無いということになる。
だが、目の前にいる女性は、どう見ても普通の人に見える。
すると後ろから成瀬君が入ってきた。
「さっきアンナさんが力を使おうとした時、なんとなく分かったんだけど、あんた人間じゃないよね?」
私が思っていた事を代弁してくれるように成瀬君がアンナさんに質問する。
すごいな。単刀直入に聞けるなんて。
「ご名答~。まあ言葉遣いは微妙だけど、さすが退魔士。そういうのは得意なのね。
そう、あなたの言うとおり私は人間じゃないわ。私は『フェイ』って言われる妖精なの」
妖精…。それこそ御伽噺の世界じゃないか。
夏美さんや成瀬君に出会って、こんな人たちがいるのかと思ったばかりなのに、次は魔術師、その後は妖精ときた。
ついていけない…。頭の中がごちゃごちゃしてきそうだ。
「童話のシンデレラってあったでしょ? あの中に出てくるシンデレラを助けた魔女って私と同じフェイなのよ。すごいでしょ?」
胸を張るアンナさん。なんだか自分の事の様に誇らしげだ。
それにしてもすごい事だ。目の前にその元になった妖精がいるなんて。と、感心してしまう。
二人を見つめる。とてもアンバランスな二人。
なのに『魔術師』と『妖精』だと聞いた為か、なんとなくこの二人が一緒にいるのが似合っているように思える。
「そういえば、お二人のご関係は?」
ふと思っていた事を聞いてみた。
するとアンナさんは、え?、という顔をした直後、耳まで真っ赤にしてしまう。
ウィンさんの方は変わらず微笑んでいる。
なんだろう…。二人ともそれぞれ違う反応を示している。
だがなんとなく思う。
私は魔術師と妖精と言うぐらいだから、ウィンさんがアンナさんを使役してるのかと思ったのだが、そうではないらしい。
「僕が旅をしてたとき疲れた僕がうたた寝してて、起きたらいつの間にかアンナが膝枕していたんです。僕が倒れていると勘違いしたらしいですが。
その後も僕の事を気にかけてくれたのか、一緒に行きたいって言ってくれたんです。僕としても一人旅は寂しく感じていたところなんで嬉しかったです」
ウィンさんが言うとアンナさんは顔を赤くして俯いてしまう。
「アンナは優しいですよね。今も何もしてやれない僕なんかと一緒にいてくれますし。ありがとうございます」
「い、いえ。私が、す、すす、好きでしている事なんで、き、気にしないでください」
しどろもどろになるアンナさん。しかも『好き』という言葉が妙に言い辛そうだった。
なんだかアンナさんがかわいらしく感じた。
一目ぼれってあるんですかね…。
書いといてなんですが…。