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HOLY QNIGHT  作者: AKIRA
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第一楽章『春嵐【シュンラン】』‐5‐


『私を殺すの? 夏美』


 その言葉に私の体は動かなくなる。動かなくなった私に彼女はもう一本ナイフを取り出し、それで下から斬りかかってきた。

 私は鼻をかすめながらギリギリで避ける。鼻のちょうど真ん中辺りから血が流れた。

 体を少し後ろに退いた私を見て、その隙に彼女は素早く私から離れて、間合いを取り声を出して笑っていた。


「もう。変わらないわね夏美は。さやちゃんもこんな子に騙されちゃうし。ホントあんたって偽善者よね」


 やはりこの人がやったのか。この人の能力なら、とは思っていた。ただこの人がいるかどうかは分からなかった。だから信じた。あの人はやってない、と。

 でも事実を本人からつきつけられた。

 そんなあなたに言いたいことはあるのに言葉に出来ない。

 ただ、膝を着いている私の動かなくなった体と頭は、たった一言だけ紡ぎだす。


「千秋、姉さん…」


「何度言わせるの。私はあんたの姉なんかじゃない!」


 そう言うと呆れたような顔をして歩き去っていく。

 まるで興味を無くしたように。


「私の名前は『リリィ』。いい名前でしょ?

 今日はもういいわ。ただ挨拶でもしとこうと思ってただけだし。じゃあね夏美」


「待って!」


 私の呼ぶ声を無視して、リリィと名乗る彼女は背中を向けて、ひらひらと手を振り夜の闇に消えていく。

 嵐のように去っていく彼女を、頭の働かなくなった私は見送る事しか出来なかった。



 ◆  ◆  ◆



 リリィと名乗った敵は去っていってしまう。

 姿が見えなくなっても、何も出来なかった俺は倒れているだけだった。

 そして同じように彼女が去っていった方を向いて座り込んでいる夏美さん。


「夏美さん…」


 自分の体に治癒を施しながら、俺は悲しそうな顔をした夏美さんに声をかける。

 だが夏美さんは返事をしない。聞こえないのか、それとも---。

 俺は頭をむしる。不甲斐ない上、こんな時どんな言葉をかけるべきなのか分からなかった。それでも無い頭を回転させて、霊気治療もそこそこに切り上げ、痛みを我慢して立ち上がり、夏美さんに近寄る。


「ふぎゅ!」


 夏美さんが変な声を出す。

 俺は夏美さんの頬をつねった。柔らかい。

 夏美さんの整った顔が歪み、左右から寄せてピヨ口にする。


「ひょ、ひょっと!」


 抗議をする夏美さんを無視し、今度は逆に左右に引っ張った。


「痛い!」


 夏美さんは声を上げた。

 ランクを考えればこんな事出来るような間柄ではない。

 でも今、俺はこの人の助手だ。何か出来るはずだ。


「あ~足痛いっと。それより夏美さん」


 頬をおさえながらキョトンとしている夏美さん。

 俺は治りきらない足を気遣って座る。


「本意ではないですが、今日は切り上げますか。本来の目的である案件対象は倒しましたし。…追って相手と出会えても、二人してこんな感じじゃ何も出来そうにないっすからね」


 何も返さない夏美さん。俺はまた自分の足の治療を始める。

 霊気治療を施すのはあまり控えた方がいいのだが、さすがに足が折れてしまったのでやらない訳にはいかない。


「それとあと一つ」


「…何?」


 返事をして夏美さんは俺の方を見て黙っている。

 俺は頭を掻き、夏美さんに顔を向けた。


「俺は何も聞きませんよ」


 予想外の言葉だったのか、え?、という顔をする夏美さん。


「だって俺は夏美さんの助手ですよ? 雇われた身だって言うのに雇い主のことを詮索する、なんてそんな野暮な事しないっすよ」


 キョトンとする夏美さん。

 俺だってそこまで鈍い男じゃない。これは聞いてもいいか、あまり聞かないほうがいいかぐらいは分かると思っている。

 確かに聞きたいことばかりだ。

 夏美さんは襲い掛かってきた女性の霊を『姉さん』と呼ぶし、あっちはそれを怒るし。

 挙句にはその霊と戦闘するし、骨は折られるし。

 そして一番気になっているあの女性が言った言葉。


---また…、私を殺すの? 夏美---


 あの女性の霊と何があったのか、聞きたかった。

 だが、俺はそこまで聞けるような間柄なんかじゃない。


「でも、形だけでも俺は助手です。何か抱えているのであれば手助けしたいですよ?

 字の通り『助』ける『手』、なんすから。夏美さんを支えたいと思っています」


 自分でもちょっと柄にも無いことを言ってしまった事に恥ずかしくなる。


「ありがとう…。成瀬君」


 呟くように夏美さんが言った。

 顔つきも先ほどよりは良いように見える。


「と、それよりあの子、大丈夫ですか?」


 ふと鎌鼬に追われ、助けた時に気を失った少女を思い出す。

 一応治ったが、痛む足を引き摺りながら少女の元へと向かった。



 ◆  ◆  ◆



 私こと桜井さくらい りんは、とても変な夢を見た。


 その日はテレビの占いで運勢が最悪なんて言われていたものだから、私は本当は早く帰りたかった。

 でもそんな時に限って学校の委員会の仕事があって、少し遅くなってしまった。

 それでも無事学校が終わり、これが最悪の運勢なんて占いもたいした事ないな、なんて安易に考えていたら、帰りにとんでもない化け物に出くわしてしまった。

 その化け物から私は必死で逃げた。

 こんな状況に陥るのは夢ぐらいだ。妙にリアルな夢だが、夢であるなら早く覚めてくれ。そんな風に心の中で叫んでみてもなんら状況は変わらない。

 そんな事を考えていると、疲れてもう走れないと言うのに、私は足を切られ動けなくなり絶体絶命。

 もう駄目だ。私は殺されるんだと覚悟した。


 とその時、二人の人物が私の前に現れた。


 その二人によって化け物は倒された。

 駆け寄ってくる女性に返事をした所で私の意識は飛んでしまった。

 夢は終わったようだ。





「ここは…」


 目を覚ましたはずの私の目には見知らぬ天井。

 体を起こし、見渡しても一つとして私の部屋と思える物が無かった。

 目に付く物と言えば、壁にかけられた二つのアタッシュケースと言われる物が。

 思案していると、突然この部屋のドアが開かれた。


「あら。よかった。目が覚めたのね」


 そこには夢で出てきたスーツを着た女性がいた。




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