第一楽章『春嵐【シュンラン】』‐3‐
敵が倒れたのを見て、私はすぐに襲われていた少女に駆け寄る。成瀬は相手を警戒しながら私についてきた。
「大丈夫?」
私が駆け寄り声をかけると少女は少しボーっとしていたが、声をかけられたのに気付いてすぐに私のほうを見た。
「は、はい。だいじょ、う…」
返事をしたかと思うと、相当限界だったのか少女は私に倒れ掛かるように気を失ってしまった。
私は慌てて少女を抱える。見ると太腿の辺りが大きく切れていた。すぐにポケットからハンカチを取り出して、簡単な止血の応急処置をして、離れたところに少女を寝かせる。
「夏美さん」
成瀬の言葉に反応し振り返ると、敵がのそりと立ち上がっていた。切れた右手など気にするそぶりもなく。
「いくら妖怪でも手が切れてなんとも無いって…」
成瀬は怪訝な顔をして相手を見つめる。
目の前にいる敵は人一人ぐらいの大きさ。全身が体毛で覆われて、手は鎌のような形をしている。そして犬とも狐ともとれるような顔かたちで、威嚇するような唸り声を私たちに上げていた。
「鎌鼬か。厄介な妖怪ね」
「もうさっきみたいに不意打ちも出来ないですしね」
出来ればさっきの一撃で倒したかったのだが、打ち付ける直前に少しミートポイントがずれ威力が半減してしまい、うまく倒すことが出来なかったのだ。
いや、『ずれてしまった』のではなく、『ずらされてしまった』と言うのが妥当だろう。
私と成瀬は構えなおし、目の前の敵を見据えた。
「まあ片方武器を落としただけ、良かったですかね」
「そうね。いくらかは、ね」
すこし悪戯っぽく私がいうと、それはよかった、なんて私の冗談に成瀬は笑いながら返す。
そして私から近づいていき攻撃を開始した。
それを見た鎌鼬は、残った左手の鎌を振るってくる。それを紙一重で避け、アタッシュケースを横薙ぎに殴りつけた。
だがそれは空を切る。
ならばと次の攻撃を下から振り上げていく。
またそれも空を切る。
「おっと」
と私はバランスを少し崩す。鎌鼬は少し態勢が崩れた私にまた鎌を振るってきた。
◆ ◆ ◆
夏美さんは振るってきた鎌をアタッシュケースで受け止めると、ガン、と大きな音がする。
鎌はアタッシュケースに食い込むことなく防がれた。
夏美さんの武器であるアタッシュケースは特殊な金属による特別製。その強度について聞いてみると、斬鉄剣といい勝負、なんて言っていた。そんな物どこにあるのかと疑問に思ったが、きっとそれぐらい自信があるほど強いのだろう。
だがそれだけの強度だけあって、重さもそれなりだ。並の人は十分も持てない。
攻撃を防いだ夏美さんは一旦攻撃を止め、後退した。
「やっぱり。こんな攻撃じゃ当たらないか…」
悔しい顔をしながらそう言う夏美さん。
鎌鼬は旋風に乗れる妖怪だ。そして厄介なことが、こちらの攻撃によって起きた風にも乗れてしまう。理不尽極まりない。
そんな妖怪に単調な攻撃では当たらない。
「でも、こっちは二人です。大丈夫ですよ」
ふいに俺はこんな事を言った。別になんてことない一言だったのだが、言ってしまってから、まずい、と思った。
案の定、夏美さんを見るとニコニコしていた。
「そう? じゃあ成瀬君お願いできる?」
「…了解っす。でも出来ますかね」
一応了承した俺の言葉に夏美さんは、う~ん、と唸る。
「どうにかしなきゃ、でしょ」
なんて言うもんだから、俺は苦笑した。
まったく言ってくれる。こんな所は『A+』なのか疑わしいところだ。
なんて思いながら俺は鎌鼬に向かっていく。
まずは初撃は鞭を振り落とすが、やはりそれもかわされてしまう。
「へ、ずるいなぁ」
鞭のように細い攻撃ならかわされないんじゃないか、とも思ったのだが、その思惑は外れた。まあこの攻撃が本命じゃないのだが。
策はあった。あまり乗り気じゃないが。
俺は敵を見据えると、あちらも反撃をしてきた。
「先読」
相手は風に乗れる。やはり相手のスピードの方が上だろう。それでも手が見えれば防ぐことは出来る。
三十センチ程の持ち手の棒をナイフのように右手に持ち、もう一方の左手で縄を纏めて持つ。
「二手目か…」
そう呟きながら俺は鎌鼬が足を踏み込んできたところを見計らって、足元に縄を放り投げる。
だが気にする素振りもなく鎌鼬は鎌を振るってきた。それを俺は鎌の刃の横っ面を叩き往なして軌道をずらし、刃が流れていったのを見て、少し踏み込み、がら空きの横腹に突きを放った。これなら起こる風は限りなく無いに等しい。
その狙いは見事的中し、しっかりと命中した。そして足元に投げた縄を拾う。
だが鎌鼬はこっちを睨むと鎌の無くなった右手でラリアットのように殴りかかってきた。
「にゃろう」
読んでいた通りの攻撃。
だが俺は避けるのではなく、受けることを選びしっかりと腕と棒を使いガードを固める。
ガードの上からでも力強く、かなりの威力でふっ飛ばされてしまう。
◆ ? ◆ ? ◆
その者は少し高い建物の屋上の縁に座り、鼻歌を謳う。
眼下の方で二人の人間と一匹の獣が。
「~♪。フフ。あの子、結構やるわね」
クスクスと笑いながら女性は見守り続ける。だがもう一人の方に目を向けると笑みが消えた。
「夏美…」
冷たい表情。見るものすべてを凍らせるような…。
それでも鼻歌は続く。