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謎の男 ムツキシリーズ

囚われた想い

作者: すみのもふ

 今日もあの匂いがした。あたしの胸をきつく締め付けるシトラスの香りが。それに混ざる、夕飯の食欲をそそるあたたかくやさしい湯気が。あなたの想像以上にあたしを刺激するの。


 ねぇ、覚えてる? 出会った時のこと。初めて同じベッドで迎えた朝のこと。

 ねぇ、知ってる? あたしはあなたに本気になってきていること。



「ミキ、おかえり」

「……ただいま」

「先に飯食うだろ? 今、準備すっから待ってて」

「ありがとう」


 当然のようにあたしの家にいるけど、同棲ではない。そもそも、付き合っていない。ムツキとは、知る人ぞ知るがバーで出会ってからそのままずるずると関係を続けてしまっている。


 この関係に名前をつけるのならば、セフレというやつだろう。ムツキは、やりたくなった時に家に来て夕食を作って待って、夜通しやった後に気づいたら姿を消している。


 きっと、あたしがムツキにハマってしまった原因はそれだ。アメとムチのような態度に、もう後戻りできなくなってしまったようだ。


 あたしは、ボディラインの美しいお気に入りのハイネックノースリーブワンピースを脱ぎ、ラフな部屋着を身につける。長い髪の毛をお団子にまとめてから、手洗いうがいをした。


 鏡に映るあたしは、仕事の疲れはあれどいい女だと思う。いつ想い人に会ってもいいように綺麗にしている容姿は、一般人の中では負けていないだろう。


 そう言い切れるのは、それだけの努力をしているから。小さな積み重ねを長い間してきた経験があるから。


 でも……それなのに、なんで欲しい人は手に入らないのだろうか。



 美味しい匂いで満ちた部屋に入ると、勝手にお腹が鳴った。恥ずかしさで俯き、お腹に手を当てると、ムツキはケラケラと笑った。そして、椅子に誘導するとあたしの目を見つめて言う。


「今日も仕事お疲れ様」


 その一言だけで、疲れなんて吹っ飛んでしまうんだ。



 ムツキ用に買った椅子、置いた歯ブラシや男性用の服。あたしの部屋にムツキの割合は増えていくのに、減る予感のある共に過ごす夜。


 なぜかは分からない。他に都合のいい相手ができたのかも。好きな人ができたのかも。元々本命がいたのかも。……それか、あたしに飽きたのかも。


 ムツキは余計なことは話さない。余計なこと、それは自分にとって余計なことだから、あたしに必要なことでも口を割らない。


 それでもよかった、今までは。でも、今はそれじゃダメなの。あたしはムツキを知りたいから。知りたくなったから。


 だから、ねぇ、教えてよ。あたしは、ムツキの下の名前すら知らないの。



 あたしの予感は的中した。消耗品が少しずつなくなっていくように、ムツキも少しずつ来なくなった。連絡先も知らないあたしは行き場のない気持ちをムツキ用のモノへと向かわせ、処分した。


 これで、本当に部屋にはムツキはいなくなった。


 ……はずだった。けれど、いつまでも消えないシトラスの匂い。


 記憶されたアメのような甘い日々。いつか、薄れる時がくるだろうか。それはいつになるだろうか。今のあたしにはまだ分からない。あたしのシトラスの思い出。






おわり

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